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壱
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それがいまから三年前の、桜が散ったばかりの弥生のおわりのこと。
屋敷に戻った当時十五歳の唯子は義村に文句を言われることもなく、その後も何事もなかったかのように屋敷での生活を送りつづけることになった。
いま思うと、あれは唯子につけていた侍女の眉子が義村に実朝との邂逅を密かに告げていたからなのだということが理解できる。その日以来、忌み姫と嫌われた自分のことなど興味がないと言いたそうに世話をしていた同い年の彼女が、しきりと唯子の傍に侍るようになったのだから。
――あたしは応援します、唯子さまのこと!
いままで忌み姫だと疎んじていたことを詫びると同時に告げられた、眉子の言葉に唯子は驚いたものだ。けれど、そのおかげで唯子は彼女と心を割って向き合うことができるようになったのも事実だ。
三年前、屋敷を飛び出した主を追いかけ、実朝と同じ衣被きに入り言葉を交わしている唯子を見つけた眉子は、戻ってきた彼女を見て一目でわかったという。
――それは恋ですよ。
ニヤリと笑う眉子に、唯子は決めつけないでと不貞腐れたが、言われてみれば、そのときから唯子は実朝に淡い恋情を抱いていると言ってもいい。
三月の別称は、夢見月。唯子は実朝との邂逅を、夢だと思おうとした。けれど、眉子や実朝が、唯子の夢を、現実にしようと追いかけまわしている。
相手は十年上の現役の鎌倉どの。それに三代将軍にはすでに十年以上連れ添っている正室、信子さまがいるし、男色家とも言われている。ましてや唯子は実朝の姪だ。姪が叔父に恋するなんて、許されるべきことではない。
けれどときどき実朝は、あのときのように妻の衣被きで顔を隠しながらふらりと三浦邸を訪れる。そして唯子の顔を見て、話を聞くだけで満足そうに去っていく。眉子はそれを逢瀬だと嬉しそうに口にするけれど、唯子は素直に認められなくて、ついいつも逃げてしまう。彼は自分がすきな和歌のはなしをしたいだけ、わたしに教養がないからとさまざまな知識を教えてくれるだけ。それを逢瀬など、呼べるわけがない。
「唯子さま」
どうせ叶うことのない、結ばれてはいけない恋。きっと彼はわたしをからかっているだけ、そう思うことで心を落ち着かせるのはいつものこと。だって自分は鎌倉を滅ぼす忌み姫だから。将軍に嫁ぐなんて考えるだけでもおこがましい。
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