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壱
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しおりを挟むだから唯子は誰とも結婚しない。たとえ父、義村に命じられても……
「唯子さまってば!」
「……あ、眉子」
いつの間にか髪を梳き終えていたらしい。唯子は櫛を片づける眉子の姿を見て、自分が思考に耽っていたことを痛感する。
「久々に公暁さまにお会いできたのが、嬉しかったんですか?」
神託によって立場を入れ替えた唯子の事情を知らない眉子は、純粋に唯子のことを三浦家の姫君だと思い込んでいる。それはいまも変わらない。
唯子が黙って俯いているのを肯定ととったのか、眉子はうっとりした様子で言葉を紡ぐ。
「たしかに公暁さま、美しかったですよね~」
彼女は浜辺を歩く唯子と公暁を遠くから見守っていたひとりだ。ふたりが何を話していたかまではわかっていないだろうが、遠くからでも親しげに笑い合う様子は確認できたに違いない。
昨日のことを指摘され、唯子はホッとしたように言葉を返す。
「……眉子は昔の彼を知らないものね。あのときはわたしのほうが頭ひとつぶん高かったのよ」
それなのに、いつの間に彼は成長したのだろう。がっしりとした体躯に、艶を帯びた低い声、あれがあのときの義唯……公暁だなんて、最初に垣間見たときは唯子ですら信じられなかったのだ。
「えぇ、そうなんですか? 信じられません」
長身の唯子に負けず劣らずおおきい公暁の姿に、眉子は圧倒されたようだ。幼いころの唯子と公暁の姿が想像できないと、眉子はぺろりと舌を出す。
「ほんとうよ。あの小さな善哉は泣き虫で怖がりで、いつもわたしの傍にいたんだから」
整った顔立ちは女の子のようにも見えた。だから義村は自分の庶子を女と偽り、頼家の娘と立場を取り替えることが難なく行えたのだ。
「だから僧になられたのですか?」
「――っ」
眉子の悪意のない問いかけに、唯子は言葉を詰まらせる。
三浦家の庶子でありながら二代将軍頼家の息子にさせられた彼は武に秀でた父に厳しい鍛錬をいやいやさせられた過去を持つ。護身という名目で一緒に稽古をつけてもらった唯子の方が筋がいいと褒められてしまったほどだ。それゆえ御家人たちから彼は争いを好まない温厚な性格だと思われている。祖母の政子によって他の息子たち同様に寺へ入れられたのは身を護るためとも言えるが、本人が素直に受け入れたのを考えると、他にも理由があったのかもしれない。
「それも、理由のひとつ、でしょうね」
淋しそうに唯子が笑うと、眉子は気まずそうに視線をそらす。主の機嫌を損ねてしまったと、理解したのだろう。
唯子は優しく笑みを浮かべ、ぽつりと呟く。
「でも、未だに剃髪されてないところを見ると、僧にはならないのかもしれないわ」
「還俗される、ってことですか?」
「知らないわよ」
興味津々と言った表情で瞳を輝かせる眉子に、唯子は苦笑で返す。ただ、公暁は政子に呼び戻され鶴岡八幡宮の別当となるため鎌倉へ戻ってきただけ。それ以外に意味などないはずだ、たぶん。
「でも、そうなったら唯子さま、大変ですね」
「何が?」
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