春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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「だって、噂になっていますよ~。源公暁が剃髪せず鎌倉に戻ったのは、三浦家の姫君を正室にもらい受けるためだ、って」
「……え」
「義村さまは唯子さまを鎌倉どのの側室に望まれてますけど、唯子さまずっと理由をつけて断っていらしたじゃないですか! なんでだろうって不思議だったんですよ、あたし。納得しました、幼なじみの公暁さまと添い遂げる約束をなさっていたから、鎌倉どのへの気持ちを隠されていたんですね!」

 うんうん頷く眉子の前で、唯子は顔色を変え、黙り込む。

「公暁が、なんですって……」

 そんな話、聞いてない。
 そもそも、公暁は殺されないために僧になる道を選ばされたはず。いまさら還俗して妻を――それも鎌倉を滅ぼすと畏れられている忌み姫を――手に入れるなど、実朝や彼を操る執権どのに敵対する、将軍位を望む行為とみられておかしくない。

「? 姫さま?」
「莫迦じゃないの」

 ――こんなところで北条氏を刺激してどうするんだ、義唯は! 下手すると、殺されるぞ!

 思わず口にしそうになった罵倒を心のなかですまし、唯子は立ち上がる。

「唯子さま?」

 突然立ち上がった唯子は憤怒の形相をしている。眉子は驚き、口をぽかんとひらき、問いかける。

「あの、どちらへ?」
「決まってるじゃない。還俗を考えている莫迦僧侶のところよ!」
「ちょ、駄目ですよぉっ!」

 還俗などさせてやるものか。彼の正室になる? そんなこと、考えたこともなかった。確かに幼いころ、家族ごっこみたいなことはしたことがあったけれど……

「なに考えてるのよ、義唯っ」

 そういえば別れの際に結婚してでも傍にいたかったなんて一方的に言うだけ言っていたけれど……自分は彼と夫婦になる未来なんか想像してもいなかった。
 いまだって勝手に周りが騒ぎたてているだけ、公暁もそう思っていると信じたい。けれど、いっそのこと実朝の側室になればいいと言いだした義村や、幼なじみと約束をしたという妄想にときめく眉子の姿が唯子を不安にさせる。
 眉子の制止を振り切るように屋敷を飛び出した唯子は、公暁が滞在している主屋を目指して走り出す。

 季節は常夏、小袖だけでも汗ばむ陽気。燦々と照らしつける陽のひかりを邪険に思いながら、唯子は走りつづける。
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