40 / 56
chapter,4
シューベルトと初恋花嫁の秘密 + 1 +
しおりを挟むドビュッシーの「月の光」を淋しそうに奏でていたアキフミに「すきだ」と告白されたわたしは、自分の気持ちがすでに彼のモノになっていることを悟ってしまった。亡き夫への罪悪感よりも、彼とともに未来を創りたいと希う気持ちの方が、日に日に強くなっていたことを思い知らされて、感極まって涙してしまう。
そのまま寝室に抱っこされたまま連れていかれ、いままで以上に甘くて手放しがたい彼との夜をわたしは過ごした。夕方のお仕置きとは違う、名残惜しくなるような時間だった。
次の日も、その次の日も。ピアノを弾かせてもらえないほど、彼はわたしの身体を奏でつづけた。もう、手放さないと、アイシテルと囁かれた三日目の夜。
わたしはついに、彼の求婚に「是」と頷いた。
* * *
わたしが観念して彼の求婚に応じた翌朝、ずいぶん早い時間にアキフミの元へ客が訪れた。
どうやら朝一の新幹線で上野から軽井沢へ来たらしい。若くて綺麗な女性がアキフミのことを「社長」と口にしている。彼女がアキフミの秘書なのだろう。軽井沢で引きこもり状態の社長をついに引っ張り出しに来たのかと覚悟したわたしに、立花と名乗った彼女は妖艶に笑う。
「はじめまして、社長の初恋花嫁さん」
「あなたは……?」
「紫葉リゾート社長秘書、立花ゆかりと申します」
真っ赤なルージュが印象的な、華麗な女性を前に、寝起きに近い状態のわたしは慄く。
アキフミはそんなわたしを庇うように抱き寄せ、人前だというのに額にキスしてくる。
「ネメ。心配しないで。彼女は俺たちの味方だ」
「そうだよー、アキフミを連れて帰ろうなんて思ってないから安心して」
「社長の恋煩いが長すぎて本社の方まで飛び火してるんだぞ」
ひょこっと同じ顔の人懐っこいスーツ姿の男性がアキフミの背後から登場してわたしを驚かせる。彼ら、は?
「……紫葉孝也と、史也。俺の双子の、異父弟たちだ」
* * *
賑やかな午前十時のティータイム。応接間にはわたしとアキフミ、社長秘書の立花とアキフミの双子の弟たちで賑わっている。添田も人懐っこい双子たちに質問攻めにされたらしく、困惑顔で客への対応をしていた。
双子から逃げるように退散した添田の次の標的になったのはわたしだ。
「ずっとアキフミお兄ちゃん悩んでいたんだよ。社長の妻に貴女を迎えて大丈夫なのか、って。社長夫人になったら人前でピアノを弾く機会が増えて彼女の負担になるんじゃないか、って。だけどお見合いした生意気な女を妻にするのは耐えられない、って」
「そんなことを彼が?」
「あくまでオレたちの想像だけど」
なんだ、想像か。と顔に出てしまったわたしを見て、ふたつの同じ顔がくすくす笑う。名前を教えてもらってもどっちがどっちなのか判断できないとわたしが匙を投げれば「アキフミお兄ちゃんの双子の弟たちでいいよ」とあっさり返されてしまった。アキフミはどっちがタカヤでどっちがフミヤか違いを理解しているらしいが、耳元のホクロの位置だと言われても初対面の人間が耳元のホクロの位置で判別するのはかなり難しいと思う……
苦笑を浮かべるわたしに、双子の片割れが心底不思議そうに呟く。
「お互いに想いあっているのに、どうして一歩を踏み出さないの?」
「ネメさんの相続が落ち着いたら、なんて言っていたら他の男に掻っ攫われちゃうよ、アキフミお兄ちゃん」
彼らは紡のことも調査済みらしい。立花が「どっちが良縁かってきかれたら常識的には雲野さんです」とあっさり教えてくれたけど、わたしはつい言い返してしまった。
「わたしは紡さんとは結婚しません」
「が、社長もいい男ですよ」
「はい……わたしにはもったいないくらいです」
その言葉にアキフミが嬉しそうな顔をしている。愛人でいいと思っていたのに、こんなにも彼に求められたら、その気持ちは揺らいでしまって当然だ。わたしがアキフミへ微笑みかければ、彼も恥ずかしそうに頷いた。
「なんだか心配して損したかも。お兄ちゃんとネメさん、ラブラブじゃない。いいなあ初恋のひととの結婚」
「彼女なら義父さんも認めてくれると思うけどなあ」
昨晩のアキフミとのやりとりで、わたしの心は彼との結婚を夢見はじめている。
アキフミの秘書と双子の弟たちという応援もやって来て、なんだか落ち着かない気持ちだ。
それでも希望の光が見えてきた。
わたしの残された課題は夫の遺言書を探し出し、なるべく早く相続の手続きを行うことと、そして、アキフミの両親や会社のひとたちに認めてもらうこと。
結婚へのハードルがどうなるかは、わたしの戸籍謄本を確認してからになるだろう。
車の免許を持っていないわたしがひとりで外に出ることは厳しかったので、郵送で紡に委任状を渡して代理人請求をお願いしている。三日もあれば、取り寄せられるときいたので、そろそろ彼が現物を持ってきてくれるはずだ。
「だけど……アキフミ」
「ネメ。言っているだろ。俺はお前がバツイチだろうが、気にしないし、両親にも社員たちにもお前を認めさせてやるって」
「そうじゃないの……」
バツイチじゃないかもしれない。
アキフミの心配を和らげてあげられるのは嬉しい。
夫の死からもうすぐ三ヶ月。
もしバツイチだったとしても。
アキフミが最初に口にしていた「百日の制限」はまもなく訪れる。
きっとアキフミは何があっても起こってもわたしを妻に迎えるはず。
だから不安になってしまった。「しあわせになってもいいの?」、そう彼に言おうとしたそのとき。
来客を知らせる玄関のチャイムが鳴った……
0
あなたにおすすめの小説
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
【完結】泡になった約束
山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。
夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。
洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。
愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。
そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。
振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。
平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる