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白鳥とアプリコット・ムーン 本編
ウィルバーと囚われの怪盗アプリコット・ムーン
しおりを挟む怪盗アプリコット・ムーンがスワンレイク王国憲兵団長ウィルバー・スワンレイクに捕まり、花の離宮の地下監獄へ収監された翌朝。
一晩中檻の外で目を光らせていたウィルバーは朝食とともに姿を消し、別の男がやって来た。
てっきり交代に来た見張りの男だと思ったのだが、それは昨晩王の影武者を勤めた宰相ジェイニーが憲兵に変装して忍び込んできた姿で、ローザベルを唖然とさせる。
「……無様ね」
「ジェイニー。どうして」
「怪盗アプリコット・ムーン。君が盗んだはずの“稀なる石”はすべて元の場所へと還って行ったよ。捕まる直前に、“やりなおしの魔法”を唱えたのだね……」
ジェイニーの憂えた瞳は幼馴染のローザベルではなく、国のあり方を変革しかねない“やりなおしの魔法”を安易につかった怪盗アプリコット・ムーンへ向けられているのだろう。もしかしたら彼女も“やりなおしの魔法”によってローザベルの存在を忘れてしまっただけかもしれないが。
檻の向こうから動きを封じられた怪盗アプリコット・ムーンを一瞥し、ジェイニーがため息をつく。
ローザベルは彼女がどこまで知っているのか怪訝そうな表情を浮かべながら反論する。
「ええ。だけど国主を変えるような“確変”は起こってない……わたしはただ」
「視えるからいいわけは不要だよ。この“世界”に変わって“ローザベル・ノーザンクロス”の存在は消えた。いまの君はただの“アプリコット・ムーン”でしかない」
「そう……」
やはり、魔術師ジェイミーの記憶のなかにもローザベルの存在は残っていないのだろう。ただ、透視の魔法によってアプリコット・ムーンの心を読み取ったから、なんとなく状況が理解できているのだ。
「このボクでさえ記憶をリセットされたんだ。君が愛していた夫の憲兵団長は、妻のことなどすっかり忘れているだろうよ。いまは君のことを憎き女怪盗としてしか見ていない」
「でも」
「喋るな。わかってる。君はそれでも彼を護るために“稀なる石”をつかって自分の存在を消す“やりなおしの魔法”を選択したんだものな。かつての幼馴染だった、不器用な怪盗さんよ」
国王アイカラスの宰相であるジェイニーは、彼がローザベルの記憶を失わなかったことを知っているのだろう。そのことを確認したくて、わざわざ花の離宮を訪れたのかもしれない。
「盗品は戻ったけど、盗んだ事実は消えないぞ。それと、王家を愚弄した罪は重い……極刑に処すことだってありうるんだぞ? なに笑ってるんだよ。だからバカだって……」
「ジェイニー・ジェミナイ」
「なんだよローザ」
「……忘れたんじゃなかったの?」
「忘れてるさ。けど、ここは場所が悪すぎる。精霊たちが囁くんだよ。須く彼女を解放すべし、なんて偉そうに。ボクが王にかけあったところでそう簡単に檻の外に出せるわけないのに……」
「その気持ちだけで充分よ」
ふふ、と花がほころぶように笑うかつての幼馴染みを睨み付けて、ジェイニーはぶるぶると頭を振る。
「ああ気持ち悪い! なんて中途半端な“やりなおしの魔法”をかけたんだ。真相を知るのは国王と君だけで、あとの人間はなに食わぬ顔で、国を騒がせた女怪盗アプリコット・ムーンが捕まったって話題でお祭り騒ぎだ……いっそのこと脱獄でもさせてやろうか?」
「ジェイミー。残念だけど、“ローザベル・ノーザンクロス”の存在が消えたことで、わたしが生まれながらに持っていた古代魔術を扱うちからは消滅しているの。いまはただの名無しのアプリコット・ムーン。手元に“稀なる石”があったとしても、以前のような強大なちからはもう、つかえない」
「――それは、ほんとうなのか」
ジェイミーの背後から響く声に、ローザベルはびくっと身体を震わせる。ジェイミーは臣下の礼を素早く取り、場所を譲る。
「国王、アイカラス」
「お前が持つ古代魔術の能力は、ノーザンクロスの星詠みのちからは、消滅したのか?」
「完全な消滅まではしてないわ……精霊の姿を視ることはできるので。星詠みについては……わからない、です。ただ、“稀なる石”をつかった大がかりな魔法はもう……」
「そうか」
だから役立たずなのだとつづけようとするローザベルに、アイカラスは告げる。
「もはやお前は王家に不要だな。ウィルバー・スワンレイクには別の娘を花嫁としてあてがうことにする」
「あ」
その言葉は、極刑を言い渡されるよりもきつくて。
怪盗アプリコット・ムーン……ローザベル・スワンレイクはじゃらじゃらと枷を鳴らしながら、がっくりと項垂れる――……
* * *
だというのに。
――なぜ、このような状況に陥っているのだろう。
「捕まえたからには取り調べをしっかり行えと王の達しだ。まずはその気が滅入るような黒装束を脱げ」
「……え?」
かつての夫で憲兵団長のウィルバーによってはじまった突然の身体検査。魔力封じの手枷をつけた状態で服を脱ぐのは無理がある。ローザベルが首を横に振れば、彼は忌々しそうに懐から短剣を取りだし、背中を切りつけた。
「痛っ……!」
「おっと手が滑った。布だけを切り裂くつもりだったんだが……悪い」
「ひどいわ、いきなり切りつけるなんて」
「お前がおとなしく脱がないからいけない」
「枷のついた状態で脱げるわけないじゃない!」
「いま消毒する。舐めれば治るだろ」
「え――きゃ……」
ウィルバーが怪盗アプリコット・ムーンの背後にまわり素早く傷を確認する。
はらりと背中から剥がれ落ちた黒装束の布の向こうからのぞく雪のような白さの肌に、ぴっと紅い線が走っていた――傷つけるつもりなどけしてなかったはずなのに、勢い余ってつけてしまったひとすじの紅。
ぺろりと舐めはじめれば、ひくっ、と女怪盗の身体が跳ねる。それが面白くて、ついつい着衣を乱しながら、必死になって立っている彼女の背中の傷を舐めていく。
「ぁん……だめ……」
「可愛い声も出せるんじゃねぇか」
びりびりに裂かれた怪盗アプリコット・ムーンの黒装束の中身は、噂にあったグラマラス美女の身体ではなく、まだ少女と呼んでも過言ではない幼さが残った裸体だった。
だというのに男を知っているのか、小振りな乳房には紅い花が散っている。
「やだ……見ないで」
「こんな貧相な女怪盗を抱いた男がいるのか……? 面白ぇな」
一昨日の夜、夫のウィルバーが「愛している」と囁きながらつけてくれた接吻の痕だ。だというのにいまの彼は別の男がつけたものだと認識している。そのうえ「貧相」だなんて。
「まぁ、見た目が美人だからな……すこしくらい胸がなくても気にするな」
「きゃっ」
「感度もいい。調教のしがいがありそうだ」
ふにっ、と彼の手のひらで乳房を包まれ、そのまま指先で桜色の乳首を摘ままれ、ローザベルの身体が反応する。
忘れ去られた妻だというのに、身体は未だに夫から愛されることを望んでいて、相反する心と身体を窘めるように、ローザベルは苦しげに呟く。
「身体検査……って、何をするの」
「お前の身体に隠し持っている武器や魔具がないか確認したかっただけだ。問題なさそうだな」
「なにそれ……服を脱がせる必要ないじゃない」
呆れるローザベルに、ウィルバーが当然のように言い返す。
「俺がお前のハダカを見たかったんだよ」
「なっ……!?」
摘まんで引っ張ってこねくりまわして。
弄りつづけたことでぷっくりと濃い色に染まり勃ちはじめた両方の乳首を見下ろし、ウィルバーが勝ち誇ったように口を開く。
「――この俺が、国じゅうを騒がせた女怪盗アプリコット・ムーンを捕まえた英雄だとよ。憲兵団は表彰され、国王アイカラスは団長である俺に褒美を与えてくれるという。俺がいま欲しいものがわかるか?」
――こんなウィルバーさまは知らない。
だけど、ローザベル以外の女性の前では、こっちが素だったのかもしれない。
ローザベルは彼の両手で胸を弄られる羞恥に顔を染めながら、「わ、わからないっ……」と甲高い声で喘ぐ。
乳首だけを執拗に攻撃されて、息も絶え絶えになっている鎖に繋がれた全裸の怪盗の、潤んだ新緑の瞳を射るように、ウィルバーは潔く告げる。
「欲しいのはお前だよ。怪盗アプリコット・ムーン……」
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