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白鳥とアプリコット・ムーン 本編
ウィルバーと怪盗アプリコット・ムーンと愛玩奴隷
しおりを挟む「欲しいのはお前だよ、怪盗アプリコット・ムーン……」
必死になって追いかけていた怪盗アプリコット・ムーン。ようやく捕まえて、花の離宮の神殿跡地にある美しい監獄へ閉じ込めた。
「うそ」
「……国王陛下には既にお伝えしている。返事はまだないが、な」
思わず短剣で彼女の背中を傷つけ、身体検査だと理由付けて無理矢理着ていた服を切り裂いてしまった。
いま、ウィルバーの前には黄金色の魔法封じの枷を両手両足につけられ鎖につながれた全裸の乙女がいる。
雪のように真っ白な肌と、まっすぐな長い黒髪、深緑を彷彿させる瞳に、薔薇の花のように艶やかな唇……
これが、一年近く追い求めてきた、女怪盗の正体……ウィルバーは裸に剥かれ乳首を弄られ羞恥に肌を薄紅色に染めた無防備なアプリコット・ムーンの姿を満足そうに見つめ、頬を緩ませた。
「無茶よ」
じゃらりと鎖を鳴らしながら即答するローザベルの前で、ウィルバーは笑う。
「そんなこと、やってみないとわからないだろ。それに離宮の管理を任されている俺の手にはお前を閉じ込めている檻の鍵がある。花の離宮の外に出さない限り、何をしても文句は言われまい」
「……え」
ローザベルはその言葉にぎくりとする。怪盗アプリコット・ムーンは王城へ連行され王の元で裁きを受けるのだと、そう思っていたのに、彼はこの花の離宮から自分を出すつもりがない?
「国王陛下が言うには、この『美しい監獄』にお前をつなぎ、すべてを吐かせろ、だとよ。とうぜん、全権は俺に委ねられている」
「――うつくしいかんごく」
神殿跡地には妖精王が眠っていた聖棺のある石室と、儀式のための空間、罪人を捕らえるための檻に、拷問と処刑のための部屋があるという。
国王アイカラスはそれを『美しい監獄』と称し、憲兵団長ウィルバーに花の離宮とともに管理を委ねていたらしい。彼の腰にぶらさがっている鍵束が、その証だろう。
「つまり、ここにお前が囚われている間は、俺が何をしても……殺さない限りは問題にならない。なぜ“稀なる石”などという旧時代の遺物ばかり盗んだのか、その目的と共犯者、国家を揺るがす陰謀があるのならすべてを明かさせる必要があるからだ」
「すべて……?」
「そう、すべて……そこにはお前の身体にきくことも含まれる」
「!」
「なぁに。こう見えても淑女には優しい俺だ。手酷い拷問をするつもりはいまのところない……さっきみたいにうっかり傷つけてしまう可能性はあるがな」
獣のように空色の瞳をぎらつかせて、目の前の男がローザベルの裸体を腕で絡めとる。抱き寄せられたことでローザベルの心拍数が一気にあがる。
ウィルバーの香りも、姿も変わっていない。だというのに、目の前で自分を抱き締めているのはかつての夫とはまるで別人のような男。
自分に関する記憶を抹消しただけで、こんなにも性格は変わってしまうものなのだろうか……
“ローザベル・ノーザンクロス”という存在と関わることなく二十年間を生きた男に囁かれ、ローザベルは言葉を失う。
「すべての取り調べを終えたら、お前を王公認の俺の奴隷にしてやる。他の男に抱かれた記憶なんかすぐに塗りつぶして……俺だけの女にする……いいな」
魔女だと弾劾されて火炙りの刑にされるよりマシだろ、と嘯くウィルバーの声をどこか遠くで聞きながら、“やりなおしの魔法”をつかったことで訪れた惨い現実にうちひしがれたローザベルは、いつしか彼の腕にきつく抱かれながら、意識を飛ばしていた。
一粒、頬に涙をつたわせて。
* * *
「それでは、陛下が先日までご一緒だった憲兵団長と現在の憲兵団長はまるで別人だ、と……」
玉座で悩ましげに息をつく国王アイカラスの前で、宰相ジェイニーはしずかに問う。
魔術師であるジェイニーすら、ローザベルの記憶をすっぱ抜かれた状態なのだ、ウィルバーなどすっからかんにされても仕方がないはずだ。
「……わしの知るウィルは温厚で、不器用で、それでいて優しい男だった。“愛”を失うとあんなにも変わってしまうのか……」
「そりゃそうでしょう。十歳のときから政略結婚を決められていたふたりですよ。お互い強く想いつづけて十八で結婚、早く子どもを作りたいと急かす夫と彼の“不確定な未来”を確変させるため“稀なる石”を盗んで怪盗稼業に精をだしていた妻……その結果が、自分の記憶を消し去るという強制終了する魔法です。記憶を抹消された人間にその残滓があるわけ」
「――あったんだよ」
「はい?」
愛する妻の記憶が消えたから、現在の彼は冷徹敏腕な憲兵団長として国民に認められているというのに、アイカラスはそうじゃなかったのだと嘆く。
「褒美を取らせると言ったら、あやつは……自分が捕まえた女怪盗を自分の愛玩奴隷にしたいと」
「……へ」
「かつてあれだけ溺愛した妻を、今度は自分の奴隷にするだと!? どの口が言ってるんだ、って怒鳴り散らしたかったが、黙っておいた……記憶のない人間に言ったところで通じないからな」
「はあ」
「それに、愛する妻の記憶が消えたからか、その隙間にアルヴスにいた頃の荒んだ思春期の思い出が入り込んであんな状態になったんだろう……そう考えると、ウィルに怪盗アプリコット・ムーンの処遇を任せるのは、悪いことではないのかもしれない」
それでも納得できないと唸るアイカラスを、ジェイニーがまぁまぁと宥める。
「陛下はさきほどこうおっしゃってましたよね、『ウィルバー・スワンレイクには別の女を花嫁にする』と」
「ああ言ったさ。けど、いまのウィルを結婚させるのは至難の技だ……あそこまで怪盗アプリコット・ムーンに執着しているとは思わなんだ」
怪盗アプリコット・ムーンを捕らえ、花の離宮にある美しい監獄へつなげと命令したのはたしかにアイカラスだ。
現にウィルバーは花の離宮で独り暮らしをしていた。妻が暮らしていた痕跡なのか、誰のものかわからない女ものの衣類や花柄の小物などが残ったままだという報告も受けている。
まるで狐につままれたような状態で、アイカラスはこの現実と向き合っていた。
だが、怪盗アプリコット・ムーンとして捕らえられたローザベルもきっと同じような状況なのだろう。自分の記憶を消したことで、かつての夫があのように変貌してしまうことまでは、きっと未来視していなかったに違いない。
その彼に、今度は愛玩奴隷として望まれているなどと知ったら――……
「陛下……それで、どのように応えたのです」
「奴隷の件は保留にしておいた。けれど、花の離宮内での取り調べに関しては一任した。殺さない限りは何をしてもいい、すべてを聞き出せ……と」
ローザベルには辛い想いをさせるかもしれないが、ウィルバーに怪盗アプリコット・ムーンの真相を突きつけるためには欠かせないことだと心のなかでいいわけして、アイカラスは自嘲する。
愛する夫を守るため、“やりなおしの魔法”で夫から自分の記憶を消し去った妻が目の前にいると知ったら――彼は“愛”を取り戻せるのだろうか?
「悪趣味ですね」
ジェイニーにきっぱり言い切られ、アイカラスは嗤う。「夫を王殺しにはさせない」そう言って捕まったというのに、自分はまだ、彼女を暴こうとしているのだ。変わり果てた甥をもとに戻したくて……
「古代魔術を扱えた“ローザベル・ノーザンクロス”はここにいない。いるのはただの怪盗アプリコット・ムーンだ。彼女がほんとうに彼を守りたいといまも想っているのならば……その“愛”で魔法はつかえると思わないかね?」
「ごたくはいいですよ透視できておりますので。あのですね、陛下、別の観点から可能性を申し上げます」
「ほう?」
うじうじしている国王にしびれを切らしたのか、ジェイニーが堰を切ったように喋りだす。
「今回の事件の責任を取って、国王の座を引退し、第一王子に譲ることで、“ローザベル・ノーザンクロス”が気に病んでいた“不確定な未来”は解消されます。怪盗アプリコット・ムーンは『夫を王殺しにはさせない』と言ったんですよね?」
「……あ、ああ」
いきなり何を言い出すんだ? と首を傾げるアイカラスに、ジェイニーは追い討ちをかける。記憶にない幼馴染が人生をかけて放った“やりなおしの魔法”が無駄にならないように。
「怪盗アプリコット・ムーンが憂えていたことなんかとても簡単なことだったんです。あなたが王でなくなればいい」
「ぬ」
「そうしたら、“やりなおしの魔法”の効力が消えて、何事もなかったかのように“ローザベル・ノーザンクロス”という女性が国民の記憶に戻ってくるかもしれませんよ?」
そんな莫迦みたいな真似、できますか?
影武者宰相からの思いがけない提案を前に、国王アイカラスは凍りつく――……
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