ハルゲルツ

ささゆき細雪

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10. 血の味のキスと、スキのカタチ c

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 泣きやんだらお腹が空いた。

 桂輔は彰子に手を引かれ、グラウンド脇の水飲み場に連れられる。
 涙でぐしゃぐしゃの顔を冷たい水で洗う。現実に却らせる水の温度。桂輔の横で彰子も冷たい冷たいと騒ぎながら自分の顔をごしごし洗う。

 そんな二人を遠くで見守る由海。
 彰子は由海がいるのを知っているからか、桂輔に何も話そうとしない。
 意を決した由海が、恐る恐る彰子に近づく。振り向いた彰子は、嘆息して、再び冷たい水を自分の顔に浴びせ掛けた。


「何してるの?」
「顔洗ってるの」


 彰子と桂輔の同じ反応に、由海はくすりと笑う。そして、黙って顔を洗いつづける二人に。


「決闘を終えて友情を再確認したガンマンみたいだね」


 と、端的な言葉で表す。
 二人は、恥ずかしいからか寒いからかわからないが、顔を赤くしたまま、頷く。お互いにどこかすっきりしたような顔で。

 そして彰子は呟く。この気持ちを口にしようと。桂輔に、届くように。


「I Like You.」


 Loveだけがすべてじゃない。
 大切な人には、好きって言ってもいいんだ。
 それは恋ではないけれど。

 ……人を好きになるってどういうこと?

 大切に想い合う二人の関係を示す、それは、彰子が繰り返し自問自答していた問いの、一つの答え。


「I Like You.」


 もう一度、声に出す。桂輔に届くように。
 彼方への、スキのカタチ。


 Because, I Love……


   * * *


 桂輔が応える。
 いつもの、彰子にとって心地よい穏やかな声色で。


「I Like You, Too.」


 彰子の気持ちを、優しく受け止めた桂輔、泣き止んだはずなのに、一粒だけ、目元から水滴が零れ落ちる。
 水道水なのか、涙なのか、由海には理解できない、一滴。

 それでも由海は、先日まで釈然としない表情をしていた桂輔が見せた、素直な泣き顔なのだと理解した。
 その涙の理由を彼らに聞くのは野暮な気がする。だって。


 ――恋に勝ち負けなんて、ないから。


 想いを伝えることができた桂輔は、敗者なんかじゃないと。由海は微笑を投げかける。
 彰子と桂輔も、お互い、顔を見合わせて、噴出し笑いを浮かべる。それぞれの笑顔は、もうすぐやってくるであろう冴え渡る冬空のように、清々しい。



 はらり、公孫樹の黄色く染まった葉が、一枚、落ちた。
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