ゲーマー少女、異世界に立つ。

波智

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1.星乃有結

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 ──2045年。
畑に人が立っているなんて、もう10年前に見なくなった。店員なんか田舎でも見ない。
 ほとんどの仕事をAIやロボットで行うようになった現代では、コミュニケーション能力など不要。そう思っている若者は少なくない。それに、平日の仕事中、唯一の楽しみである昼食を買おうと椅子から立ち上がった、彼女"星乃有結ほしのあゆ"だってそうである。
...いや、そうであったという方が正しい。

 星乃有結ほしのあゆ彼女は、農業用ロボットの管理会社の社員である17歳。女。独身。
超高齢化が進み、人手不足のこの時代では中卒が主流となっていた。そういう理由ワケで、有結は入社2年目の新人社員だ。
 JKという概念は、1部の人達にしか残っていない。非常に残念である。
 
 ...話を戻そう。彼女は今、心底コミュニケーション能力を欲している。星乃有結の前に2人、彼女より少し年上らしい女が立ちはだかっているからだ。おそらく、先輩であろう。
 
「お前、少し顔がいいからって。いつも定時に帰ってんじゃねーよ。今日も定時で帰るつもりか?」

そう言って有結を2人が睨みつける。それに対して有結は、呆れた顔で流す。
(うわぁ...なんて返したら正解なんだろう...。
しかも、顔がいいってさりげなく褒めてくれてる...?)
そんなことまで考えていた。それに、定時で帰ることはなんの罪でもない。勝利の女神は、完全に有結サイド。負けるはずがないと確信していた。
 しかし、全ての人間が論理的に行動するわけもなく...。
 
「そうだ!どうせ昼休みぼっちでしょ?一緒に食べようよ。」
 
先程話した方ではない女だ。その言葉の意味を表すように、もう1人の女の口角が上がる。the悪人顔。いい予感はしない。

もう一度言うが、星乃有結にはコミュニケーション能力が欠けている。
しかし、察知能力には自信があった。
 
「ほ、ほんと?ありがとう...!」
 
(これは喜んどかないと、殺されるやつだ...!)
彼女の思いとは裏腹に、有結の全力の笑顔が女達をさらに不快にさせる。
(...あるぇ~?!嬉しそうな表情練習したのに!)

 コミュニケーション能力に伴い、彼女にはもう1つ、表情をつくる能力が欠けていた。5歳の時、親友が引っ越してからなかなか友人ができず…ここから先は言うまでもない。
ニタリという言葉が似合う、薄気味悪い表情が、彼女がいう"笑顔"だったのだ。
 
 そこからの話は早い。
話の通り女二人と食堂に行き、有結はカレーを1つ注文した。がしかし、払ったのは3人分だ。カレーを受け取った時には既に女達は2人用の席に座っており、有結は結局1人で食べた。その後トイレに行かないかと誘われ、断れずにトイレに行っている間に、有結のデスクは知らない書類で山積みになっていたのだ。

(そこまでして定時に帰らせたくないか...。)
書類が1万円札だったら一生遊んで暮らせそうな量だ。今日くらいは残業してやろう、と女二人に勝手に恩を着せた。
 
 
 
午前2時。
有結の愛想のない顔に、さらに不穏なオーラがプラスされていた。誰も見ない方がいいだろう。
「ゲームが...ゲームがしたいぃぃ...。」
オフィスに1人なのをいいことに、思いっきり腹から不満を述べる。
 言い忘れていたが、彼女はゲーマーだ。毎日定時に帰っているのも、もちろんゲームをするという理由があった。決してなんとなく定時に帰っていたわけではない。
 
 誰もが1度は憧れるファンタジーな異世界生活を、彼女もまた、憧れていた。ネットの世界ではぼっちでもなかった。現実リアルより充実した生活を送っていたのだ。毎日ネッ友とするレベル上げ、ダンジョン攻略、それ以上に楽しいものなど、この世にはなかった。
 
「あー...現実リアルがここまでクソだったとは...。毎日の娯楽があったから私は生きていけてたんだな。
よし。もう絶対残業しない。」
その言葉には、"誰に何されようとも"が含まれていた。彼女の決意はかたかった。
 
 
「ファンタジーな異世界生活に転生したい!
 
あわよくば最強!!
 
俺TUEEEEしたい!!!」
 
 
そしたら全部解決なのに!と叫ぶと同時に、彼女は何時間も眺めた書類の上に顔を伏せた。脳を休ませる作業...寝落ちである。
 
 
 
 
先輩女二人にお礼を言うべきなのであろうか。
 
積もりに積もった星乃有結の強い思いは、
 
天に届く。
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