ゲーマー少女、異世界に立つ。

波智

文字の大きさ
2 / 3

2.異世界

しおりを挟む
「ぐあっ!寝ちゃってた!!」
 
 
有結は伏せていた頭を勢いよく上げた。まだ寝足りないはずの瞼が、焦燥感に襲われて無理やり開かれる。と同時に、視界全体に緑色が映りこんできた。
...しかし、寝起きの脳というのは本当に鈍い。
(何これ、画面バグった?)
寝起きの脳は、PCの画面がバグって緑色になったものと判断したようだ。有結は咄嗟にマウスに手をかけようとする。がしかし、そこにマウスはない。
 
 マウスを探す動作とともに、徐々に脳が目を覚ます。

 
「な、なん、こ、ここどこ?!」
 
 
緑色の正体は、無限に広がった草原。
見渡す限り何も無く、まさしく"無限"と言うのが相応しかった。そしてそこに1人、ぽつんと座っているのが星乃有結である。
 言いたいことが沢山あるのか、独り言ですら言葉が詰っている。
(え、本当にどこ...?なんで?会社は?)

 周りに何も見当たらず、何も分からないという恐怖が襲ってくる。草原という見慣れないものが尚更、彼女を追い詰めていた。まだ、知らないマンションの一室の方が冷静だったかもしれない。
 
 見える範囲全てを見尽くし、もっと辺りを確認したい本能で、不安で震える足を支えながら立ち上がる。同時に、ある影が視界に映りこんだ。
 
「...?!ヒッ、?!」
 
 
咄嗟に、見てしまったものと逆の方向に後ずさる。
狼のような見た目だが、彼女が知っている狼より2回りほど大きく、牙が顎くらいまで伸びている獣と目が合ってしまったためだ。
 
"この世のものでは無い。"
 
すぐにそう悟った。
しかしあの狼を目にした以上、それは"そんなこと"に過ぎず、生存本能の方が優先される。
(殺される...っ。)
 
 脚だけでなく全身が震えだし、呼吸が荒くなっているのにも気づかないほど、気が動転する。
(立て!立たないと死ぬ!!
でもどうすれば?!走っても追いつかれるだけ!
むしろ、走った方が追われるかもしれない!
でもここにただっているなんてこと…!)
 
頭の中で自問自答を繰り返すが、答えを見つけることはできない。それもそのはずだ。一般人であれば、命を狙われたことなんてないし、ましてや獣に対処する方法なんて知るはずもない。
 
...どうしようもない。
 
 
獄炎プリズンフレイム
 
 
異質な言葉のすぐ後に、アオーンという狼らしい声が背後から聞こえる。
(倒された...?!)
そう即断するに見合う鳴き声だった。一気に体の力抜け、ヘナヘナとその場に倒れ込む。助かった、その一心だった。
異質な言葉のことなど、後回しになるほどに。
 
 
「あのー、大丈夫?」
 
「はひっ、大丈夫です!!」
 
 
有結は、背後から聞こえる声に咄嗟に立ち上がった。
人がいることなど分かっていたはずなのに、死という恐怖から解放された喜びで一瞬にして忘れ去っていたのだ。そして、ロボットのようにギギギと後ろを振り返る。まだ狼を見た恐怖が筋肉を硬くしている。
(うわ、イケメン...。)
 
 日本人を見慣れた有結には刺激が強かった。
太陽の光を浴びて輝く、結ってある長い白髪に、コバルトブルーの大きな瞳。...にボロボロの服。
(...ん??)
もう1度顔と服装と確認する。イケメン。ボロボロ。イケメン。ボロボロ。イケメン...
美しい顔立ちとボロボロの服のあまりの差に脳が追いつかない。
 
 
「お前今失礼なこと考えてるだろ。」
 
「はっ、ソンナコトハ!」
 
 
考えています。と言わんばかりの棒読みが炸裂する。綺麗な瞳でジロリと疑われ、照れと罪悪感で複雑な気持ちに襲われる。
 
 
「まーいいや。じゃ、俺はこれで。」
 
「はい!本当にありがとうございました!」
 
 
社会人として感謝の気持ちを伝えるのは常識だ。しかも命の恩人である。心からの笑顔を見せられた。
 
 死からも逃れたし、家に帰ってゆっくりしようと、男が歩き出した反対の方向に一歩踏み出す。
 
つもりだった。
 
 
「あ"ー!!!!」
 
「ぉわっ?!なんだよ!!」
 
 
男の方を勢いよく振り返り、しゃがみ、両膝をつき、両手をつき、頭をつける。
 
 
「助けてください!!!」
 
 
完璧な土下座である。

帰りたいなんてセキスイハ○スのCMみたいなお気楽な気持ちでいられた自分を心底尊敬する。たぶん自分は根っからの馬鹿なんだと、有結は泣きたい気持ちに襲われる。ここには帰る家などないのだから。

 10秒ほど頭を下げた後、何も言われなかったため、恐る恐る頭を上げる。
(...あれ?)
だがそこには、誰の姿もなく、もう少し頭を上げると、さっきの男がコソコソ歩いていくのが目に入った。
 
 
「え、ちょっと!待ってください!」
 
「ゲッ、面倒くさそうだから逃げたのに!!」
 
 
有結が立ち上がったのをみると、男はスピードを上げて走り出した。咄嗟に有結も走り出す。だがそれは、助けてほしいと言うより、面倒くさそうと言われたのが少しムカついたからだ。
(逃がさん...っ!)
 
 
 無限の草原は本当に無限で、いくら走っても終わりはないように思えた。しかも、男が思っていたよりだいぶ遅い。
(というか、なんか、止まってない?)
 
 
「ギブ!ギブギブ!これ以上走れねーよ!!」
 
 
男は両膝に手を置き、まるで何十キロも走ったかのような様子で息を整えている。まだ20秒も走っていないはずなのだが。
有結は命の恩人であろうと、その隙を見逃さなかった。
 
 
「フッフ、捕まえましたよ。」
 
「あーもーなんの用だよ!金ならないぞ!1文無し!ほーれ!」
 
 
追いついた優越感に浸っていると、ボロボロのズボンのポケットを裏返し、何も入っておりませんアピールをされる。
(なんかいちいちムカつくなぁ...。)
 
 
「いや、お金はいらないんですけど...。ちょっと教えてほしくて。」
 
「んぁ?金じゃないならいいぞ。俺はこれでも、知識はある方だと思っている!!」
 
 
フフンという擬音語が似合うドヤ顔をされる。お金がないのを棚に上げているのがみっともない。
 
 しかし助かるのも事実だ。何より有結は、自分のこと以外何もわからない状態だ。地名だけでも十分助かるのだ。
 
 
「あの、ここ、どこなんでしょう?いつの間にかここに座っていて...。帰り方も分からなくて。」
 
 
...有結は心では分かっていた。帰ることなんてできないことを。異質な言葉といい、狼といい、彼女の知っている世界ではない。だがそれは、すぐに認められるほど軽いものではない。有り得ない...そう思っていたものだからだ。

だからこそ、他人から言ってほしかった。確信を持ちたかった。続く言葉に少し不安はあるが、有結には期待の方が大きかった。
 
 
「はぁ?ここはアーベル王国の北にある草原だよ。知らねーでこんなとこ来たのか?」
 
 
呆れて口をへの字にする男を目の端に置いき、アーベル王国というまたもや異質な言葉が有結の脳は興奮していた。
点が線で繋がったように、密かに期待していた事実が足から全身を震わせる。さっきとは違うドキドキが、喉元から出たがっている。
 
 
「お、おい大丈夫かよ。鼻息荒いぞ。」
 
「やっ...」
 
「え?」
 
「やった…っっ!!!これ!夢じゃないよね!異世界なんだ…!!」
 
 
男に同意を求め、輝く目を向ける。大声が出ると思っていたが、本当に嬉しい時って言葉を飲み込むものなのだと知った。
有結の言動に口をぽっかり開けた男に。しかしそれは一瞬で、喜ぶ有結に対し、男は鋭い目つきになった。
 
 
「お前もしかして...転生者か?」
 
「...!やっぱり!そういうのあるんだ…!そうだと思います!」
 
「...すまん。ちょっと眠っとけ。」
 
「え?」
 
 
有結の視界が突き出された手の平で埋まる。理由を考える間もなく、有結は膝から崩れ落ちた。
 
 
「あーぁ、こりゃ面倒なことに巻き込まれたわ。」
 
 
そう呟いた男は有結をひょいと担ぎ、また草原を歩き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。 【あらすじ】   異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。  それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。  家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。  十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。   だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。  最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。  この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。  そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。  そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。  旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。 ☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。 ☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

古代文明の最強王、5000年後に転生すると魔法が弱体化しすぎていたのでもう一度最強になります。~底辺貴族からの成り上がり~

しNぱ
ファンタジー
5000年前、魔法文明マギア魔導王国を築き、 魔法体系そのものを創造した王アーケ・マギアス・マギアは、 さらなる魔法の発展を求め、自らの魂を未来へ送る転生魔法を発動した。成熟した古代魔法を超える研究が進んだ世界を見たいという純粋な探求心から、5000年後の世界へと意識を沈めた。 目覚めた先は、スケルド男爵家三男レイフとしての赤子の身体だった。産まれた瞬間から記憶を持つ彼は、質素な家と薄い魔力の流れを前に、未来の魔法研究が古代よりも大きく退化していることに気づく。最底辺と呼ばれる家に生まれながらも、家族は温かく、彼の異常な魔力量を希望として受け入れた。 幼少期から魔力操作を自然に行い、三歳で石を浮かせ、五歳で光魔法を自在に扱うなど、古代王としての力を隠しながら成長する。外では古代魔法を使わず、転生者であることを悟られないよう慎重に振る舞いながら、未来の魔法体系を観察し続けた。 十歳になると身体強化などの古代魔法を最低限だけ使い、父との剣術訓練でも圧倒的な動きを見せるが、本来の力は隠したまま過ごす。そして十六歳、高等魔導学園に入学したレイフは、初日の実技試験で無詠唱魔法や術式無効化を用いて試験官を圧倒し、最底辺男爵家ながらA級判定を受ける。 その姿を見たストラング公爵家の令嬢エリナは、彼に強い興味を抱く。5000年後の世界は古代より魔法が退化していたが、だからこそ発展の余地がある。レイフは古代王としての知識をもとに、もう一度魔法の未来を切り開くことを決意する。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福無双。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

処理中です...