婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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 翌朝。

 私は、辺境防衛騎士団の本部に案内されていた。

 石造りの実用本位な建物。
 王城のような装飾はないが、壁や床に刻まれた無数の補修痕が、この場所が“生きた最前線”であることを物語っている。

「こちらです」

 カイルに導かれ、地下へと降りていく。

 階段を下りた瞬間、私は思わず足を止めた。

「……ひどい」

 思わず漏れた声に、周囲の騎士たちが振り返る。

「そんなに、まずいですか?」

 魔術師らしき青年が不安げに尋ねてきた。

「まずい、というより……」
 私は、壁一面に広がる魔法陣を見渡す。

「これは、“限界を誤魔化して動かしている”状態です」

 空気が、張り詰めた。

「結界の核は三重構造。でも根本がズレている」
「このままだと、魔力を注げば注ぐほど、崩壊が早まる」

「な……」

 青年魔術師の顔が青ざめる。

「それは……ギルドの長が設計したものです」
「最善だと……」

 私は、ゆっくりと首を振った。

「設計は、正しいです」
「ただし、“支える前提”が欠けている」

 私は床に膝をつき、結界の中心に手を置いた。

 ――馴染む。

 王城の地下と、同じ感覚。
 世界の歪みが、指先から伝わってくる。

「本来、この結界には“調整者”が常駐しているはずです」
「日々、微細なズレを修正し続ける存在が」

 カイルの視線が、鋭くなる。

「……それが、あなたの役目だった」

「ええ」

 私は、淡々と答えた。

 ざわり、と騎士たちが息を呑む。

「王都では、私がそれをしていました」
「だから、表向きの数値は、いつも“問題なし”だった」

 ――王都は、数字しか見ていなかった。

 私は、静かに息を吸う。

「直します」

「今から、ですか?」

「はい」
「放置すると、今夜中に魔獣が群れで来ますから」

 誰かが、喉を鳴らした。

 私は指先で、魔法陣に新しい線を描く。
 複雑な詠唱は不要。

 必要なのは、力ではなく――理解。

 空気が、静かに震えた。

 結界の光が、一瞬だけ強まり、次第に安定していく。

「……魔力消費が、下がっている?」
「出力はそのままなのに……」

 魔術師たちが、信じられないという顔で数値を確認する。

 私は、立ち上がった。

「これで、当分は持ちます」
「ただし――」

 全員を見る。

「この結界は、“私がいなくなったら”また崩れます」
「恒久的に守るなら、調整者が必要です」

 沈黙。

 そして、カイルが一歩前に出た。

「……頼みます」

 彼は、騎士団長としてではなく、一人の人間として、頭を下げた。

「辺境を、守ってほしい」
「いや――ここで、生きてほしい」

 私は、驚いたように彼を見た。

 王都では、誰も頭を下げなかった。
 私の仕事を、“仕事”として扱った者はいなかった。

「……考えると言いましたよ?」

 そう言うと、カイルは苦笑した。

「ええ」
「ですが、もう答えは出ているように見えます」

 私は、結界の安定した光を見つめた。

 ここでは、私の存在が“歪み”ではない。
 必要とされ、意味を持つ。

「分かりました」

 私は、静かに頷いた。

「しばらく、ここにいます」
「この結界が、本当に“自立する”まで」

 騎士たちの表情が、一斉に明るくなる。

「ありがとうございます、エリシア様!」

 ――様。

 その呼び方に、少しだけ、胸が温かくなった。

 その頃、王都では。

 誰も知らないまま、第二結界が、完全に機能を停止しようとしていた。

 失われた者の価値に、気づくには――
 まだ、少し時間がかかりそうだった。
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