婚約破棄された王太子妃候補ですが、私がいなければこの国は三年で滅びるそうです。

カブトム誌

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処刑は、夜明け前に行われた。

理由は単純だ。
人が集まる前に終わらせるため。
そして、疑問が広がる前に、結論だけを残すため。

王国北部、辺境の小さな城塞都市。
石造りの広場に、簡素な処刑台が組まれていた。

吊るされた男は、学者だった。

剣も持たず、軍にも属さず、
ただ、古い文献を読み、写し、語るだけの人間。

罪状は、読み上げられる。

「王国転覆を企てた罪」
「禁忌の存在――エルシアに関する虚偽情報を流布した罪」
「諸外国と通じ、混乱を助長した罪」

群衆は、黙って聞いている。

誰も、反論しない。
誰も、疑問を口にしない。

男は、首を垂れたまま、何も言わなかった。

――言えば、誰かが次になる。

それを、彼は知っていた。

判決は、すでに決まっている。

「絞首刑」

短く、冷たい声が響く。

縄が、締められる。

その瞬間、男はようやく顔を上げた。

見つめる先は、処刑官でも、貴族でもない。
広場の端で震えている、若い弟子だった。

唇が、わずかに動く。

だが、声は出ない。

次の瞬間、床が外れ、身体が宙に投げ出された。

音は、なかった。
あるのは、ロープが軋む気配だけ。

夜明けの光が、彼の影を地面に長く伸ばす。

それが、最初の犠牲者だった。

同じ頃、王都では。

王宮の一室で、重臣たちが集められていた。

「必要な処置だった」
「不穏分子は、早めに摘まねばならない」

誰かが言い、誰かが頷く。

「彼は、エルシアに関する“危険な解釈”を広めていた」
「彼女は国を支える存在だと、民に思わせる内容だった」

「それは、事実では?」

誰かが、思わず口にした。

空気が、一瞬で凍る。

「事実かどうかは、問題ではない」
「今、必要なのは“安心”だ」

別の重臣が、静かに告げる。

「彼女がいなくても、国は成り立つ」
「そう思わせなければならない」

沈黙が落ちる。

その場にいる誰もが、理解していた。

――エルシアの名は、
もはや“希望”ではなく、“不安”なのだと。

一方、神国では。

異端審問官が、記録にペンを走らせていた。

被告:巡礼僧
罪状:エルシアを“神の代行者”と称した罪
判決:浄化

書き終え、蝋印を押す。

躊躇はない。

「彼女の名を、勝手に神の領域へ引き上げることは許されない」

審問官は、淡々とそう言った。

商業都市連盟でも、形は違えど同じことが起きていた。

「彼女の情報を高値で売ろうとした商人が、行方不明になった」
「裏で、どこかの国が動いたらしい」

死体は、見つからない。
だが、それで十分だった。

恐怖は、姿を見せない方が、よく効く。

再び、辺境の都市。

処刑台は、すでに片付けられていた。
地面に残るのは、うっすらと染み込んだ血の跡だけ。

人々は、口を閉ざす。

エルシアの名を、
話題に出す者は、いなくなった。

その夜、どこかで黒衣の者が報告を受けていた。

「最初の処刑が、完了しました」

影は、頷く。

「良い始まりだ」

「恐怖は、血で定着する」

低く、そう呟く。

「人は、守るために戦うより」
「失うことを恐れた時の方が、よく従う」

影は、満足そうに言った。

「――彼女は、まだ何もしていない」

それが、この世界の皮肉だった。

エルシアという名は、
まだ一度も命じていない。
だが、その名の下で、最初の命が奪われた。
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