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恐怖は、常に制御できるものではない。
それを最初に悟ったのは、設計者自身だった。
王都から少し離れた、地下の会合室。
黒衣の者たちが集まる中、報告役の声がわずかに揺れていた。
「……各地で、想定外の事態が発生しています」
影は、黙って続きを促す。
「沈黙が、破られ始めました」
一瞬、空気が張り詰める。
「どういう意味だ」
「民が、勝手に意味づけを始めています」
「名前を口にしない代わりに、別の形で“彼女”を語り始めたのです」
机の上に、報告書が並べられる。
北部農村:
『名を呼ばずに祈れば、作物が守られる』
商業都市:
『彼女は奪う者ではなく、奪われる存在だ』
国境地帯:
『彼女がいなくなってから、戦争が始まった』
影の指が、止まる。
「……信仰か?」
「はい」
「恐怖が、形を変えています」
沈黙が落ちる。
恐怖は、従わせるためのものだ。
だが、行き場を失った恐怖は、意味を求める。
意味は、やがて物語になる。
「処刑の効果は?」
「逆です」
「犠牲者が“証拠”として扱われ始めています」
別の黒衣が、低く言う。
「『あの学者は、真実に近づいたから殺された』」
「そう囁く者が、出ています」
影は、初めて眉をひそめた。
「愚かだ」
「しかし、自然です」
「恐怖だけでは、人は長く沈黙しません」
「恐怖は、やがて理由を求める」
「理由が見つからなければ――」
「希望に変わる、か」
影が、静かに言った。
その言葉は、この場に似つかわしくなかった。
「制御を、強める」
「二人目の犠牲を――」
「待ってください」
報告役が、遮る。
「すでに、各国で独自判断が始まっています」
「帝国では、“彼女を否定した貴族”が民衆に襲われました」
「神国では?」
「異端審問官が、逆に告発されています」
「“神の意志を歪めた”と」
影は、ゆっくりと椅子にもたれた。
恐怖は、武器だ。
だが、武器は持ち手を選ばない。
「……世界が、彼女を中心に回り始めているな」
その頃、別の場所。
帝国の地方都市で、小さな暴動が起きていた。
「嘘つきめ!」
「彼女がいなくなってから、何もかもおかしい!」
兵士たちは、群衆を押さえつけようとする。
だが、叫びは止まらない。
「名前を言えとは言わない!」
「でも、分かっているだろう!」
誰も名前を口にしない。
それでも、全員が同じ存在を思い浮かべている。
恐怖が、共通認識に変わった瞬間だった。
夜。
辺境の村で、火が灯る。
祈りでも、反乱でもない。
ただ、集まるための火。
老人が、静かに言う。
「昔、この国には“支え”があった」
誰も、否定しない。
「それを失った」
「だから、今がある」
言葉は、簡潔だ。
だが、それで十分だった。
翌日。
各国の情報網が、同じ結論に辿り着く。
恐怖は、もう統治の道具ではない。
“彼女”は、象徴になりつつある。
黒衣の影は、独りで呟く。
「……これは、想定外だ」
恐怖は、人を縛る。
だが、縛りすぎれば、
人はそれを断ち切る理由を探し始める。
「彼女が、何もしていないのが問題か」
影は、初めて“彼女”を評価する。
「存在するだけで、世界を動かす」
「……厄介だ」
外では、風が強くなっていた。
沈黙の世界に、
確かに亀裂が入った。
恐怖は、武器であると同時に、導火線でもある。
そして今、その火は、誰の手にも収まらなくなり始めていた。
それを最初に悟ったのは、設計者自身だった。
王都から少し離れた、地下の会合室。
黒衣の者たちが集まる中、報告役の声がわずかに揺れていた。
「……各地で、想定外の事態が発生しています」
影は、黙って続きを促す。
「沈黙が、破られ始めました」
一瞬、空気が張り詰める。
「どういう意味だ」
「民が、勝手に意味づけを始めています」
「名前を口にしない代わりに、別の形で“彼女”を語り始めたのです」
机の上に、報告書が並べられる。
北部農村:
『名を呼ばずに祈れば、作物が守られる』
商業都市:
『彼女は奪う者ではなく、奪われる存在だ』
国境地帯:
『彼女がいなくなってから、戦争が始まった』
影の指が、止まる。
「……信仰か?」
「はい」
「恐怖が、形を変えています」
沈黙が落ちる。
恐怖は、従わせるためのものだ。
だが、行き場を失った恐怖は、意味を求める。
意味は、やがて物語になる。
「処刑の効果は?」
「逆です」
「犠牲者が“証拠”として扱われ始めています」
別の黒衣が、低く言う。
「『あの学者は、真実に近づいたから殺された』」
「そう囁く者が、出ています」
影は、初めて眉をひそめた。
「愚かだ」
「しかし、自然です」
「恐怖だけでは、人は長く沈黙しません」
「恐怖は、やがて理由を求める」
「理由が見つからなければ――」
「希望に変わる、か」
影が、静かに言った。
その言葉は、この場に似つかわしくなかった。
「制御を、強める」
「二人目の犠牲を――」
「待ってください」
報告役が、遮る。
「すでに、各国で独自判断が始まっています」
「帝国では、“彼女を否定した貴族”が民衆に襲われました」
「神国では?」
「異端審問官が、逆に告発されています」
「“神の意志を歪めた”と」
影は、ゆっくりと椅子にもたれた。
恐怖は、武器だ。
だが、武器は持ち手を選ばない。
「……世界が、彼女を中心に回り始めているな」
その頃、別の場所。
帝国の地方都市で、小さな暴動が起きていた。
「嘘つきめ!」
「彼女がいなくなってから、何もかもおかしい!」
兵士たちは、群衆を押さえつけようとする。
だが、叫びは止まらない。
「名前を言えとは言わない!」
「でも、分かっているだろう!」
誰も名前を口にしない。
それでも、全員が同じ存在を思い浮かべている。
恐怖が、共通認識に変わった瞬間だった。
夜。
辺境の村で、火が灯る。
祈りでも、反乱でもない。
ただ、集まるための火。
老人が、静かに言う。
「昔、この国には“支え”があった」
誰も、否定しない。
「それを失った」
「だから、今がある」
言葉は、簡潔だ。
だが、それで十分だった。
翌日。
各国の情報網が、同じ結論に辿り着く。
恐怖は、もう統治の道具ではない。
“彼女”は、象徴になりつつある。
黒衣の影は、独りで呟く。
「……これは、想定外だ」
恐怖は、人を縛る。
だが、縛りすぎれば、
人はそれを断ち切る理由を探し始める。
「彼女が、何もしていないのが問題か」
影は、初めて“彼女”を評価する。
「存在するだけで、世界を動かす」
「……厄介だ」
外では、風が強くなっていた。
沈黙の世界に、
確かに亀裂が入った。
恐怖は、武器であると同時に、導火線でもある。
そして今、その火は、誰の手にも収まらなくなり始めていた。
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