5 / 24
雨音と珈琲と君の忘れ物
しおりを挟む
雨が窓を叩く音で目を覚ました。時計を見ると午後三時。昨夜遅くまで原稿を書いていたせいで、すっかり寝過ごしてしまった。
カーテンを開けると、外は灰色の雲に覆われている。こんな日は珈琲でも飲みながら、ゆっくり過ごすのが一番だ。キッチンへ向かい、いつものようにコーヒーメーカーをセットする。
ポタポタと落ちる雫の音を聞きながら、ふと本棚に目をやった。そこには、先月引っ越していった恋人が置いていった文庫本が一冊、背表紙を見せて立っている。『月と六ペンス』。彼女の好きな本だった。
「これ、面白いから読んでみて」
そう言って、彼女は本をテーブルに置いた。でも結局、僕は一度も開かなかった。彼女が去ってから初めて、その本を手に取る。ページをめくると、栞が挟まっていた。青い紐のついた、古びた革の栞。裏を見ると、小さな文字が書かれている。
『雨の日に、また会えますように』
心臓が跳ねた。これは僕が初めて彼女にあげたプレゼントだった。大学の古本市で見つけた、アンティークの栞。雨の日に出会った彼女に、傘を差し出したことがきっかけで付き合い始めたから、この言葉を選んだのだ。
コーヒーの香りが部屋に広がる。マグカップに注ぎ、窓際の椅子に座った。雨音は相変わらず、規則正しいリズムを刻んでいる。
携帯を見ると、メッセージが一件。差出人は、彼女だった。
『今日、東京は雨ですね。そちらはどうですか?』
僕は窓の外を見つめた。確かに雨は降っている。でも、これは偶然なのか、それとも——。
返信を打とうとして、やめた。代わりに本を開き、最初のページから読み始める。栞は、そっと元の場所に戻した。
数時間後、本を読み終えた僕は、ようやくメッセージを返した。
『こちらも雨です。月と六ペンス、今読み終わりました』
すぐに返事が来た。
『じゃあ、感想を聞きに行ってもいい?』
僕は立ち上がり、部屋を見回した。散らかった原稿用紙、飲みかけのコーヒー、そして雨に濡れた窓。何も変わっていないようで、でも何かが違って見える。
『珈琲、入れて待ってます』
送信ボタンを押すと、雨音が少しだけ優しく聞こえた。玄関のチャイムが鳴るまで、あと三十分。彼女の好きなチーズケーキを冷蔵庫から出し、テーブルに並べる。
忘れ物は、時に素敵な再会の理由になる。わざと置いていったのか、本当に忘れたのか。そんなことは、もうどうでもよかった。
雨は、まだ降り続いている。
カーテンを開けると、外は灰色の雲に覆われている。こんな日は珈琲でも飲みながら、ゆっくり過ごすのが一番だ。キッチンへ向かい、いつものようにコーヒーメーカーをセットする。
ポタポタと落ちる雫の音を聞きながら、ふと本棚に目をやった。そこには、先月引っ越していった恋人が置いていった文庫本が一冊、背表紙を見せて立っている。『月と六ペンス』。彼女の好きな本だった。
「これ、面白いから読んでみて」
そう言って、彼女は本をテーブルに置いた。でも結局、僕は一度も開かなかった。彼女が去ってから初めて、その本を手に取る。ページをめくると、栞が挟まっていた。青い紐のついた、古びた革の栞。裏を見ると、小さな文字が書かれている。
『雨の日に、また会えますように』
心臓が跳ねた。これは僕が初めて彼女にあげたプレゼントだった。大学の古本市で見つけた、アンティークの栞。雨の日に出会った彼女に、傘を差し出したことがきっかけで付き合い始めたから、この言葉を選んだのだ。
コーヒーの香りが部屋に広がる。マグカップに注ぎ、窓際の椅子に座った。雨音は相変わらず、規則正しいリズムを刻んでいる。
携帯を見ると、メッセージが一件。差出人は、彼女だった。
『今日、東京は雨ですね。そちらはどうですか?』
僕は窓の外を見つめた。確かに雨は降っている。でも、これは偶然なのか、それとも——。
返信を打とうとして、やめた。代わりに本を開き、最初のページから読み始める。栞は、そっと元の場所に戻した。
数時間後、本を読み終えた僕は、ようやくメッセージを返した。
『こちらも雨です。月と六ペンス、今読み終わりました』
すぐに返事が来た。
『じゃあ、感想を聞きに行ってもいい?』
僕は立ち上がり、部屋を見回した。散らかった原稿用紙、飲みかけのコーヒー、そして雨に濡れた窓。何も変わっていないようで、でも何かが違って見える。
『珈琲、入れて待ってます』
送信ボタンを押すと、雨音が少しだけ優しく聞こえた。玄関のチャイムが鳴るまで、あと三十分。彼女の好きなチーズケーキを冷蔵庫から出し、テーブルに並べる。
忘れ物は、時に素敵な再会の理由になる。わざと置いていったのか、本当に忘れたのか。そんなことは、もうどうでもよかった。
雨は、まだ降り続いている。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる