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深夜二時のコンビニ
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深夜二時。
国道沿いのコンビニに、一台の車が停まった。
運転席から降りてきたのは、三十代後半の男性。スーツは皺だらけで、ネクタイは緩んでいる。営業マンの田中耕介だ。
自動ドアが開くと、蛍光灯の明るさが目に痛い。
「いらっしゃいませ」
レジにいたのは、二十歳くらいの女性店員だった。名札には「佐々木」とある。
耕介は缶コーヒーを手に取り、レジに向かった。
「温めますか」
「いや、冷たいままで」
会計を済ませ、イートインスペースに座る。深夜のコンビニには、耕介の他に客はいない。
缶コーヒーを開けた瞬間、携帯が鳴った。
妻からだ。
耕介は電話に出なかった。今、話す気力がない。
「お客様」
佐々木が声をかけてきた。
「はい?」
「こちら、お忘れ物です」
レジのカウンターに、耕介の財布が置かれていた。
「ああ、すみません」
耕介は立ち上がって財布を取りに行った。
「疲れてるんですね」
佐々木が言った。
「まあ、ちょっと」
「よかったら、話聞きますよ。深夜は暇なんで」
耕介は一瞬戸惑ったが、なぜか話し始めた。
「実は、今日付けで会社をクビになったんです」
「そうなんですか」
「業績不振で。まあ、仕方ないんですけどね」
佐々木は相槌を打ちながら聞いていた。
「妻に、まだ言えてないんです。子供も二人いて、住宅ローンもあって」
耕介は頭を抱えた。
「どうしたらいいのか、分からなくて」
「不安ですよね」
「はい。でも、一番怖いのは、妻に失望されることかもしれない」
佐々木は少し考えてから言った。
「私の父も、昔リストラされたんです」
「そうなんですか」
「私が中学生の時。父は毎日暗い顔で、家にいるのが辛そうでした」
「お父さん、その後は」
「半年後、小さな会社に再就職しました。給料は前の半分だったそうです」
耕介は黙って聞いた。
「でも、父は変わったんです。前より明るくなって、家族との時間を大切にするようになって」
「それは、良かったですね」
「父が言ってました。『人生で大切なものが、やっと分かった』って」
佐々木は笑顔で続けた。
「失うことは怖いです。でも、失って初めて見えるものもある。父は、そう教えてくれました」
耕介は何も言えなかった。
自動ドアが開いた。
高校生くらいの男の子が入ってきた。制服を着ている。
「いらっしゃいませ」
佐々木が声をかける。男の子はおにぎりとお茶を買って、イートインスペースの反対側に座った。
耕介は缶コーヒーを飲みながら、その男の子を見た。眠そうな目をしている。
「すみません」
男の子が佐々木に声をかけた。
「はい?」
「ここで、朝までいてもいいですか」
「大丈夫ですよ。でも、家に帰らなくていいんですか」
「家、出てきちゃって」
男の子は俯いた。
「親と喧嘩したんです。進路のことで」
佐々木は優しく言った。
「そうですか。まあ、ゆっくりしていってください」
男の子は小さく頷いた。
耕介は立ち上がって、男の子の近くに座った。
「なあ、君」
「はい」
「親と喧嘩したって言ってたけど、何があったの」
男の子は少し警戒しながら答えた。
「親は大学に行けって言うんですけど、俺、料理人になりたくて」
「料理人、いいじゃないか」
「でも、親は反対で。『安定した仕事に就け』って」
耕介は笑った。
「安定か。そんなもの、ないかもしれないぞ」
「え?」
「俺、今日会社クビになったんだ。十五年勤めた会社を」
男の子は目を丸くした。
「でも、今、分かった気がする。大切なのは、安定じゃない。自分が何をしたいか、だ」
耕介は自分に言い聞かせるように続けた。
「君の親は、君のことが心配なんだよ。でも、君の人生は君のものだ」
「でも」
「一度、ちゃんと話してみろよ。なぜ料理人になりたいのか。どんな夢があるのか」
男の子は考え込んだ。
「想いは、伝えなきゃ届かない。俺も、今から家に帰って、妻に全部話すつもりだ」
耕介は立ち上がった。
「佐々木さん、ありがとう。おかげで、少し前向きになれた」
「いえいえ。また来てくださいね」
耕介はレジに向かい、男の子に声をかけた。
「君も、頑張れよ」
「はい」
店を出ると、夜空に星が輝いていた。
耕介は車に乗り込み、エンジンをかけた。
家に帰ろう。
妻に、全部話そう。
不安も、弱さも、全部。
それが、新しい始まりになるかもしれない。
車は国道を走り出した。
コンビニの明かりが、バックミラーの中で小さくなっていく。
深夜二時のコンビニには、まだ男の子と佐々木が残っていた。
「ねえ、佐々木さん」
男の子が言った。
「はい?」
「俺も、帰ります。親と、ちゃんと話してみます」
「そうですか。良かった」
男の子は店を出て、自転車に乗った。
佐々木は窓越しに、その後ろ姿を見送った。
深夜のコンビニは、誰かの人生の転換点。
ここで出会った人たちは、また明日へと歩き出していく。
佐々木は店内の棚を整理しながら、小さく呟いた。
「お父さん、私も頑張ってるよ」
蛍光灯の明かりが、静かに夜を照らしていた。
深夜二時のコンビニは、今日も誰かを待っている。
明日への一歩を踏み出す、その瞬間を。
国道沿いのコンビニに、一台の車が停まった。
運転席から降りてきたのは、三十代後半の男性。スーツは皺だらけで、ネクタイは緩んでいる。営業マンの田中耕介だ。
自動ドアが開くと、蛍光灯の明るさが目に痛い。
「いらっしゃいませ」
レジにいたのは、二十歳くらいの女性店員だった。名札には「佐々木」とある。
耕介は缶コーヒーを手に取り、レジに向かった。
「温めますか」
「いや、冷たいままで」
会計を済ませ、イートインスペースに座る。深夜のコンビニには、耕介の他に客はいない。
缶コーヒーを開けた瞬間、携帯が鳴った。
妻からだ。
耕介は電話に出なかった。今、話す気力がない。
「お客様」
佐々木が声をかけてきた。
「はい?」
「こちら、お忘れ物です」
レジのカウンターに、耕介の財布が置かれていた。
「ああ、すみません」
耕介は立ち上がって財布を取りに行った。
「疲れてるんですね」
佐々木が言った。
「まあ、ちょっと」
「よかったら、話聞きますよ。深夜は暇なんで」
耕介は一瞬戸惑ったが、なぜか話し始めた。
「実は、今日付けで会社をクビになったんです」
「そうなんですか」
「業績不振で。まあ、仕方ないんですけどね」
佐々木は相槌を打ちながら聞いていた。
「妻に、まだ言えてないんです。子供も二人いて、住宅ローンもあって」
耕介は頭を抱えた。
「どうしたらいいのか、分からなくて」
「不安ですよね」
「はい。でも、一番怖いのは、妻に失望されることかもしれない」
佐々木は少し考えてから言った。
「私の父も、昔リストラされたんです」
「そうなんですか」
「私が中学生の時。父は毎日暗い顔で、家にいるのが辛そうでした」
「お父さん、その後は」
「半年後、小さな会社に再就職しました。給料は前の半分だったそうです」
耕介は黙って聞いた。
「でも、父は変わったんです。前より明るくなって、家族との時間を大切にするようになって」
「それは、良かったですね」
「父が言ってました。『人生で大切なものが、やっと分かった』って」
佐々木は笑顔で続けた。
「失うことは怖いです。でも、失って初めて見えるものもある。父は、そう教えてくれました」
耕介は何も言えなかった。
自動ドアが開いた。
高校生くらいの男の子が入ってきた。制服を着ている。
「いらっしゃいませ」
佐々木が声をかける。男の子はおにぎりとお茶を買って、イートインスペースの反対側に座った。
耕介は缶コーヒーを飲みながら、その男の子を見た。眠そうな目をしている。
「すみません」
男の子が佐々木に声をかけた。
「はい?」
「ここで、朝までいてもいいですか」
「大丈夫ですよ。でも、家に帰らなくていいんですか」
「家、出てきちゃって」
男の子は俯いた。
「親と喧嘩したんです。進路のことで」
佐々木は優しく言った。
「そうですか。まあ、ゆっくりしていってください」
男の子は小さく頷いた。
耕介は立ち上がって、男の子の近くに座った。
「なあ、君」
「はい」
「親と喧嘩したって言ってたけど、何があったの」
男の子は少し警戒しながら答えた。
「親は大学に行けって言うんですけど、俺、料理人になりたくて」
「料理人、いいじゃないか」
「でも、親は反対で。『安定した仕事に就け』って」
耕介は笑った。
「安定か。そんなもの、ないかもしれないぞ」
「え?」
「俺、今日会社クビになったんだ。十五年勤めた会社を」
男の子は目を丸くした。
「でも、今、分かった気がする。大切なのは、安定じゃない。自分が何をしたいか、だ」
耕介は自分に言い聞かせるように続けた。
「君の親は、君のことが心配なんだよ。でも、君の人生は君のものだ」
「でも」
「一度、ちゃんと話してみろよ。なぜ料理人になりたいのか。どんな夢があるのか」
男の子は考え込んだ。
「想いは、伝えなきゃ届かない。俺も、今から家に帰って、妻に全部話すつもりだ」
耕介は立ち上がった。
「佐々木さん、ありがとう。おかげで、少し前向きになれた」
「いえいえ。また来てくださいね」
耕介はレジに向かい、男の子に声をかけた。
「君も、頑張れよ」
「はい」
店を出ると、夜空に星が輝いていた。
耕介は車に乗り込み、エンジンをかけた。
家に帰ろう。
妻に、全部話そう。
不安も、弱さも、全部。
それが、新しい始まりになるかもしれない。
車は国道を走り出した。
コンビニの明かりが、バックミラーの中で小さくなっていく。
深夜二時のコンビニには、まだ男の子と佐々木が残っていた。
「ねえ、佐々木さん」
男の子が言った。
「はい?」
「俺も、帰ります。親と、ちゃんと話してみます」
「そうですか。良かった」
男の子は店を出て、自転車に乗った。
佐々木は窓越しに、その後ろ姿を見送った。
深夜のコンビニは、誰かの人生の転換点。
ここで出会った人たちは、また明日へと歩き出していく。
佐々木は店内の棚を整理しながら、小さく呟いた。
「お父さん、私も頑張ってるよ」
蛍光灯の明かりが、静かに夜を照らしていた。
深夜二時のコンビニは、今日も誰かを待っている。
明日への一歩を踏み出す、その瞬間を。
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