GalacXER 銀河の執行者

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第一章1 "始まり"

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西暦2503年(新連邦暦68年)

 ブラッドムーン連邦、第7植民区、惑星サム。



 惑星サムの夜風が、錆びついた金属の湿った匂いと冷気を運び、狭い路地裏を吹き抜けていく。連邦のプロパガンダ・ホログラムが放つ深紅の光が、濡れた路面を血の色に染め上げていた。

 空中に浮かび上がるテキストメッセージが、高らかに謳う。「力による平和、服従による安定」。それは、誰も望まぬ祈りのように、朝な夕な人々の顔に叩きつけられるスローガンだった。



 巨大な貨物船が眠れる巨人のように停泊する宇宙港の喧騒の中、一軒の小さな酒場がひっそりと佇んでいた。その名は「虚空の果て(ヴォイズ・エンド)」。その扉は、この星に噛み砕かれ、吐き出された疲れ果てた魂たちを迎え入れる…鉱石の粉に顔を汚した鉱夫、虚ろな目をした輸送船のパイロット、そして故郷がもはや自分たちのものではないという過酷な現実を忘れようとする名もなき住民たちを。



 店の最も暗い片隅で、一人の男が物思いに沈んでいた。彼の名はライト。

 彼が羽織る合成皮革のジャケットは着古され、戦いと旅の痕跡が生々しく刻まれている。ブラスターに掠められた焦げ跡、無造作に修繕された引き裂き傷。首筋で短く刈り揃えられた漆黒の髪は、左眉を横切る 희미한 흉터(かすかなきずあと)を覗かせていた。その瞳は鷲のように鋭いが、今は手の中にある琥珀色のグラスをぼんやりと見つめているだけだった。



 地元民が「流星の涙」と呼ぶその液体は、ガラスの破片を飲むかのように喉を焼くが、忘れるには…少なくとも、忘れようと努力するには十分な強さがあった。

 頭の中では、溝が潰れたフィルムのように同じ光景が繰り返し再生される…。

 目を焼く閃光、戦友たちの悲鳴、戦場に立ち込めるオゾンと肉の焼ける匂い…。惑星インワンでの戦い。彼が全てを失った、あの戦場が。



「…連邦軍は惑星インワンの解放に成功。住民に繁栄と安定をもたらしました…」

 店の中央に浮かぶホログラムから、魂のこもらない滑らかな声で、美しいニュースキャスターが告げた。

 ライトは口の端を歪めた。「解放」。殺戮と占領を美化した、なんと美しい言葉だろうか。彼は誰よりもそれを知っていた。かつては自分もその一部だったのだから。連邦の使い捨ての戦争機械。自らの過ちに気づき、逃げ出すまでは…。ある者にとっては裏切り者となり、またある者にとっては、ただの戦争の残骸となった。



「ライト、何か追加は?」老バーテンダーの低い声が、彼を物思いから引き戻した。

 ライトはゆっくりと首を振った。酒の苦味がまだ喉に残っている。「今日はもう十分だ…十分すぎる」

 彼は擦り切れた木のカウンターに数枚のクレジットコインを置いた。静寂の中、金属が触れ合うかすかな音が響く。彼は腰を上げ、再び無名の存在を演じ、この街の闇に消えようとした。だが、それを望まぬ者に対し、運命は常に別の計画を用意しているものだ。



 バン!



 「虚空の果て」の扉が、無遠慮に蹴り開けられた。

 ダークグレーのコンバットスーツに身を包んだ大柄な連邦兵が二人、姿を現す。逆光で一瞬、その姿はただの黒いシルエットにしか見えなかったが、やがて彼らは完全に店の中へと足を踏み入れた。

 鉄のカーテンが下りたかのように、重い沈黙が瞬時に店内を支配した。話し声や音楽は消え失せ、古い空調の唸りだけが響く。全ての視線が新たな来訪者に注がれ、そして慌てて伏せられた。歩く権力の象徴と、目を合わせたい者など誰もいなかった。



「どうやら、当たりだったようだな、同志」先に口を開いたのは、軍曹の階級章を付けた兵士だった。「ここは負け犬どもが傷を舐め合ってるだけの掃き溜めだ」

 もう一人が同調して笑う。「好都合じゃねえか。そいつらは飲ませておけ。俺たちはもっと目の保養になるものを探そうぜ」

 その兵士の視線が、遠慮なく店内をさまよい、やがてエララに突き刺さった。まだ十八歳になったばかりのウェイトレスの少女だ。彼女はカウンターのそばで凍りつき、その手にしたトレイが微かに震えていた。



 軍曹が、下卑た笑みを浮かべて彼女にまっすぐ向かっていく。

「よう、可愛いお嬢ちゃん。今夜は疲れただろ。俺たちみたいな”英雄”様と少し座って休んだらどうだ?俺たちはこの惑星を『守る』ために、必死に働いてるんでな」

 彼は「守る」という言葉を嘲るように強調し、装甲に覆われた手袋をはめた腕を、彼女の肩を抱こうと伸ばした。

 エララはびくりと身を引いた。彼女の顔は真っ青だった。「あ…ありがとうございます。でも、まだ仕事が…」

「仕事?連邦兵の士気を高めることより重要な仕事なんてねえだろうが」もう一人の兵士が、楽しそうに笑いながら付け加えた。



 ライトは店の暗がりからその光景を見ていた…。

 「解放」された惑星で、これまで幾度となく見てきた光景…。強者が弱者を虐げ、権力者が無力な者を踏みにじる。

 頭の中の声が、彼に動くなと叫んでいた。「面倒に首を突っ込むな…。お前には関係ない…。誰もお前には救えない、ライト…。分かっているだろう」

 だが、エララの怯えた瞳の中に、彼は別の誰かの姿を重ねて見ていた…。

 惑星インワンで、守ると誓い、そして守れなかった、あの少女の姿を。



 少女の泣き声が、店の沈黙を破ろうとした、その時…。



 カチッ!



 予期せぬ小さな音が、静寂の中で銃声のようにはっきりと響いた。

 誰もがそちらを向く…。ライトが、空になったグラスを静かにテーブルに置いたのだ。

 彼の指はまだグラスの縁に触れていた。兵士たちの方を見てもいない。その視線は、正面の何もない壁に注がれたままだ。

 だが、それだけで十分だった…。



「そのご婦人は…」

 ライトが初めて口を開いた。彼の声は、宇宙の風のように乾き、冷え切っていた。

「…仕事中だと言っていたはずだが」

 軍曹が、彼の方を素早く振り返った。宇宙のゴミが突然口を開いたことに、驚いて眉を上げる。「何だと?」

 ついに…ライトは顔を上げ、彼と真っ直ぐに視線を交わした。先ほどまで虚ろだった瞳に、とうに消え失せたはずの炎が再び宿っていた。



「彼女を…放せ」



 宇宙の深淵のように冷たいライトの言葉が、静寂の中に響き渡った。

 軍曹は彼を睨みつけ、やがてその口元が侮蔑的な笑みに歪んだ。



 ガシャン!



 軍曹の手にあったグラスが、粉々に砕け散った。装甲に覆われた掌にガラスの破片が深く食い込んだが、本人は気にも留めない。彼は埃を払うように手を振ると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 店内に装甲が擦れる音が響き、部下たちが三角形の陣形でライトを包囲するように動いた。



「三対一か…分が悪いな」ライトは自身に呟いた。

「もし彼女を放さないのなら…」ライトは平坦な声で続けた。だが、その眼差しは刃のように鋭い。「…お前たちは死ぬ」

 その脅しに、兵士たちは大声で笑った。「ハハハ!聞いたかよ!」「てめえみたいな宇宙のゴミが、俺たちをどうこうできるってのか?思い上がるのも大概にしやがれ」

 突然、軍曹の笑みが消え、その瞳に冷酷な光が宿った。「思い出したぞ…てめえ、ライトだな。元第七特殊強襲部隊…いや、『仲間殺し』と呼ぶべきか?惑星インワンの戦場で仲間を見捨てて逃げやがった…実に哀れだな!」彼は再び嘲笑した。「こんな掃き溜めに逃げ込んでも、誰もてめえを忘れねえぞ!」



 その言葉は、氷の槍のようにライトの心を貫いた。

 「虚空の果て」の店内は、一層静まり返る。店内の客たちは顔を伏せ、息を殺していた。特にエララは、罪悪感に苛まれ、膝から崩れ落ちていた。涙が目に溢れ、膝が震える…全ては自分のせいだと。

 だが、ライトはそうは思わなかった。『彼女のせいじゃない…』心の中で彼は思う。その視線は、三人の兵士から一瞬も外れない。『問題は彼女じゃない。奴らだ…』

 その瞬間、彼を過去に縛り付けていた壁が崩壊した。

 消えかけていた炎が、再び燃え上がる。復讐のためではない。

 守るために…。



---



 ――惑星サムの軌道上空。



 静寂の闇が、プラズマの閃光によって引き裂かれた。

 ブラッドムーン連邦の大規模な偵察艦隊が、激しい攻撃に晒されている。

 敵は、いかなるデータベースにも存在しない飛行部隊。その姿は、バッタの群れのように動く生体機械兵器に似ていた。その数は圧倒的で、損失を一切恐れない。

 連邦の戦闘艦は、いとも容易く引き裂かれていく。最強を誇る装甲が、紙のように捕食されていく。一時間も経たないうちに、かつて威容を誇った艦隊は、漂流する金属の残骸と化した。

 死の機械の群れは、次に近くの小惑星へと目標を定め、着陸、占領し、そこにいるあらゆる生命体を「捕食」し始めた。死骸を自らの体と素早く融合させながら…。



---



 ――酒場「虚空の果て」にて。



 戦いの火蓋は切られていた。ライトの動きは驚異的だった。血に深く刻まれた技術が、再び呼び覚まされる。彼は装甲に覆われた拳と蹴りを紙一重でかわし、装甲の関節部や弱点に的確な反撃を叩き込んでいく。

 最初の二人の兵士は、瞬く間に床に崩れ落ちた。

 だが、長いブランクによる疲労が、徐々に彼を蝕み始める。

 軍曹に拳を叩き込んだ瞬間、彼はほんの一瞬の隙を見せてしまった。



 ズブリ、と。



 腹部に、肉を抉る鈍い感触。

 一本のコンバットナイフが、ジャケットを貫通し、柄の根元まで深く突き刺さっていた。鮮血が噴き出し、店の床を汚す。ライトはよろめき、驚愕に目を見開いた。

 今の彼の姿が、血に濡れた惑星インワンの少女の姿と重なる…。

 そしてそのイメージは、怯えるエララの顔へと変わった…。

「守らなければ…」

 その想いが、彼に最後の力を与えた。ライトは咆哮し、捨て身で軍曹に突進する。だが、致命傷を負った体では、絶望的な戦いだった。

 彼は激しく殴り飛ばされ、床に叩きつけられた。

 軍曹は歩み寄り、ライトの胸を足で踏みつけ、腰からプラズマピストルを抜き、その頭に銃口を突きつけた。「これで終わりだ、ゴミが」

 だが、彼が引き金を引く直前、ヘルメットの通信機が鳴った。

 <…クルス軍曹、応答せよ!最高レベルの緊急事態発生!デルタ艦隊が所属不明の敵に攻撃されている!全部隊、即時基地へ帰還せよ!繰り返す、即時帰還せよ!>

 軍曹は忌々しげに舌打ちした。彼は憎悪に満ちた目でライトを見下ろし、銃を収めた。「本当に運のいい野郎だ…てめえの哀れな命も、もう一日だけは持つようだな」彼はライトの脇腹を強く蹴りつけた。「行くぞ、お前ら!」

 三人の兵士は、最後に店内の人々を威嚇するように銃を構え、そして足音荒く去っていった。



 彼らが去った途端、エララはすぐにライトの元へ駆け寄った。彼女は自分のエプロンを引きちぎり、手早く的確な方法で彼の腹部の傷を圧迫し、止血する。

「しっかりして!死んじゃだめ!」

「おじさん!早く医者を呼んで!」彼女は震えながら立つバーテンダーに叫んだ。



 意識が遠のく中、ライトが見た最後の光景は、エララの涙に濡れた顔と、彼女の薄紫色の髪だった…。

 ライトの意識は、空虚な暗闇へと沈んでいく。

 最後に聞こえたのは、パニックと、しかし強い意志の入り混じったエララの呼び声。

 そして全てが断ち切られ、ただ冷気がゆっくりと全身に広がっていくだけだった…。



---



 …エララの視点…。



 ライトが意識を失った途端、エララの怯えた表情は、驚くほど鋭いものへと変わった。

 十八歳の少女の面影は消え、そこには死線を潜り抜けてきた者の眼差しがあった。

「おじさん!医者は呼ばなくていい!」

 店を飛び出そうとしていたバーテンダーに、彼女は叫んだ。「3番路地の突き当りにあるサトウさんの電子部品修理店に行って!彼に『特急の品が届いた』と伝えて。そうすれば彼には分かるから!急いで!」

 老バーテンダーは戸惑いながらも頷き、すぐに駆けだしていった。

 エララはすぐさま、自分のスカートの裾をさらに引き裂いて応急処置用の包帯とし、ライトの体を素早く探り始めた。彼女が探しているのは金目の物ではない。問題になりかねない武器や所属を示すものだ…しかし、見つかったのは数枚のありふれたクレジットカードだけだった。



 ほどなくして、店の裏口が開き、港湾労働者の格好をした屈強な男二人が、修理店の店主である老人のサトウと共に現れた。

「こいつが例の『品』か?」男の一人が、ぶっきらぼうに尋ねた。

「ええ」エララは答えた。「連邦兵に刺されたの。『クリニック』に運ぶのを手伝って」

 男二人は顔を見合わせ、頷くと、意識のないライトの体を担ぎ上げた。その手際は非常に慣れており、これが初めてではないことを示していた。

「何者だ?」サトウが、連邦の偵察艇の光を避けながら、暗い裏路地を進む最中に尋ねた。

「分からない…でも、私を助けてくれた」エララは、周囲への警戒を怠らずに答えた。「兵士たちは彼のことを『ライト』と…元第七特殊強襲部隊の、と呼んでいたわ」

 その言葉に、ライトを担いでいた男たちの動きがわずかに止まった。「第七部隊だと…連邦の血塗れの犬どもか」

「今はもう、違うのかもしれない」エララは言い返した。「でなければ、どうして仲間割れなんてするの」

 その問いに、誰も答えられなかった。彼らは沈黙の中を進み続け、電子部品のゴミの山に隠された鉄の扉を抜け…

 世界の目から隠された、地下のクリニックへと降りていった。



---



 ――地下クリニック。



 ライトは古い手術台の上に横たえられた。部屋には消毒薬と微かな血の匂いが充満している。汚れた白衣を纏った白髪の老人が現れた。彼は、反乱分子を助けたとして連邦にライセンスを剥奪された、腕利きの外科医「リヒター」だった。

「出血は多いが、幸いにも重要器官は外れている」リヒターは手術器具を準備しながら、淡々と告げた。「だが、傷は確実に感染しているだろう。あとは彼の体が耐えられるかどうかだ」

 手術は緊張の中、進められた。エララは落ち着かない様子で外で待っていた。一時間近くが経過し、リヒターが小さな金属トレイを持って出てきた。

「ナイフは抜いた。縫合も済んだ。あとは意識が戻るのを待つだけだ」老医師はそう言うと、ピンセットで摘まんだ小さな光る物体を彼女に見せた。「だが、彼の体をスキャンしている時に、おまけを見つけた…うなじのところだ」

 それは、皮膚の下に埋め込まれた極小のマイクロチップだった。

「これは…」エララは呟いた。

「連邦の旧式の軍用データポートだ」リヒターは答えた。「機能は停止しているが、中のデータは残っているかもしれん…。この男、我々が思うより多くの秘密を抱えているようだぞ」



---



 ――数時間後。



 ライトの意識が、ゆっくりと浮上してきた…。

 最初に聞こえたのは、ひそやかな会話の声だった。

「…どうやって信用するんだ!奴は元第七部隊だぞ、エララ!」男の一人が、不満げに声を荒げている。

「でも、彼は私の命を救ってくれたわ、リーダー!それに、みんなの前で連邦兵と戦った!」エララの反論する声。

「それも芝居かもしれん!今や連邦はあらゆる手段でスパイを送り込んでくる。危険な賭けはできん!」



 ライトは、鉛のように重い瞼をこじ開けようとした。そして、ついに成功する…。

 見えたのは、古びた金属の天井と、点滅する一本の蛍光灯。見慣れないベッドの上で、腹部の痛みはまだ残っているものの、かなり和らいでいた。体を動かしてみると、丁寧に包帯が巻かれているのが分かった。

 横に目をやると、ベッドの脇の椅子にエララが座っていた。彼女の手には、酒場のトレイではなく、手際よく手入れされている最中のコンパクトなピストルがあった…。彼女が腿に着けていたホルスターは、伊達ではなかったのだ。

 彼女は彼の視線に気づき、顔を上げた。その眼差しは複雑だった…心配、感謝、そして不信感が入り混じっている。



「どうやら…戦場で仲間を見捨てた男は、そう簡単には死なないみたいね」

 それが、エララが最初に放った言葉だった。その声は平坦だったが、言葉はリヒター医師のメスのように鋭かった…。



 エララの鋭い言葉が、地下室の静寂を切り裂いた。ライトは、彼女の言葉よりも、手術の傷の方が何倍も痛むのを感じた。彼はゆっくりと瞬きをし、点滅する天井の光に目を慣らそうとした。衰弱しきっていて、何も言い返すことができず、ただベッドの足元に立つ人々を黙って見つめることしかできなかった。

 エララの他に、リヒター医師、修理店のサトウ、そして彼を運んできた屈強な男二人がいた。全員が、不信に満ちた目で彼をじっと見ていた。『こいつらはまさか…』ライトは心の中で思った。『…政府が話していた反乱分子…惑星サム解放戦線か?』



 緊張が高まる中、甲高い音が鳴り響き、部屋の中央にある古いホログラム・プロジェクターが突然起動した。映し出されたのは、連邦放送の女性ニュースキャスター。その表情は、目に見えて強張っていた。

 <「サンド・セクター全植民区の市民へ、最高レベルの緊急警報です…ただ今、所属不明の機械化部隊が我々の宙域に侵入しました。初期報告によれば、彼らは攻撃的で、全生命体の破壊を目的としていることが確認されています」>

 ホログラムの映像が切り替わり、機械化された戦闘機が連邦の艦船をズタズタに引き裂く様子が映し出された。そして、小惑星が「捕食」され、その地表がどす黒く変色していく映像が続く。

 <「市民の安全を最優先するため、ブラッドムーン連邦最高司令部は、以下の非常事態措置を発令します。第一に、全植民区の市民は、惑星間の移動を固く禁じ、居住区内に留まること。第二に、異常事態または機械化部隊を発見した場合は、決して交戦、または抵抗せず、連邦の増援部隊を待つこと。第三に、情報は連邦の公式チャンネルからのみ入手すること」>

 ニュースは終わったが、映像は消えず、屈強で友好的に見える連邦兵のプロパガンダ映像に切り替わった。「連邦を信じよ。我々は諸君を守る」というキャッチコピーと共に。



 放送が終わると、サトウが悪態をついた。「守るだと!奴ら、この機に乗じてやりたい放題じゃないか!」

「これはただの戒厳令だ…」屈強な男の一人が、苦々しげに言った。「あの機械どもを口実に、俺たちを完全に封じ込める気だ。誰も身動きが取れないようにな」

 部屋にいる誰もが、驚愕と怒りに顔を歪めていた。未知のエイリアンの脅威よりも、この状況を利用して、さらに人々を支配し、抑圧しようとする連邦のやり方に対してだ。



 混乱の中、ライトはありったけの力を振り絞って、体を起こそうとした。傷に激痛が走り、再び意識を失いそうになる。だが、それ以上に混乱とパニックが彼を襲った。『ここはどこだ…連邦に捕まったのか?』恐怖が心をよぎり、過去の凄惨な戦場のイメージが、目の前の古びた金属の天井と重なった。彼は毛布を押し退け、ベッドから降りようとした。その体は、酔っぱらいのようにふらついていた。



 ガチャリ!

 部屋のドアが開き、エララが仲間たちと共に入ってきた。彼女はライトの姿を見ると、すぐに駆け寄った。

「やめて!馬鹿な真似は!」彼女は叫んだ。「そんな体勢になったら、縫ったばかりの傷が開くわよ!今すぐベッドに戻って!」

 エララは彼を支えた。その声は厳しかったが、手つきは驚くほど慎重だった。抵抗する力も残っていないライトは、彼女ともう一人の男に支えられ、素直にベッドに戻された。

 彼は、自分を救ってくれた少女の顔を見つめた…ついさっき、言葉で彼の心を抉った、その同じ少女を。再び、混乱が彼の頭を支配した。



 エララの、厳しくも気遣いの感じられる声に、ライトのパニックは一時的に収まった。彼は、彼女ともう一人の男に支えられ、素直にベッドに戻された。

 だが、彼の視線は、再び心臓を跳ね上がらせる光景を捉えた。

 リヒター医師、サトウ、そして残りの屈強な男たち…エララを除く全員が、手に武器を握っていた。

 密造されたブラスター、空中で振動するヴァイブロブレード、そして旧式だがまだ使えるライフル。

 銃口は直接彼に向けられてはいない。だが、その臨戦態勢は、雄弁に事実を物語っていた。

『助ける気じゃない…俺を殺す気だ』その考えが、ライトの脳裏をよぎった。彼は粘つく唾を飲み込み、恐怖を抑え、楽観的に考えようとした。



「あ…ありがとう…助けてくれて」ライトは、か細く、かすれた声で言った。「この恩は、どう返せばいいか分からない」

 彼が言い終わる前に、最も血の気の多そうな男が、素早くベッドサイドに詰め寄った。

「恩だと?」男は冷たく言い放つと、装甲に覆われた手袋をはめた手で、ライトの腹部の包帯を強く押さえつけた!



「ぐあああっ!」

 ライトは絶叫した。全身に雷が落ちたかのような激痛が走り、目を見開く。自分でも気づかないうちに、目尻から涙がこぼれ落ちた。

「真実で返しやがれ!」男はライトの顔に怒鳴りつけた。「てめえは連邦のスパイだろう!俺たちを嗅ぎ回るために送り込まれたんだろうが!」

「サムの民が滅茶苦茶になったのは、てめえの軍のせいじゃねえか!」男は続けた。その瞳には、憎悪が燃え盛っている。「俺の兄貴は、てめえのいた『第七部隊』が第5セクターを「解放」した日に死んだんだよ!感謝の言葉一つで、全てが許されると思うな!」

 ライトは、顎が震えるほどきつく歯を食いしばった。否定したかった…スパイではないと叫びたかった…。だが、無駄だと分かっていた。こんな状況では、真実でさえ、哀れな言い訳にしかならない。そして何より…彼自身、答えを持っていなかった。『第七部隊…第5セクター…』フルフェイスのヘルメットを被った部隊の兵士たちは、互いの素顔を知らなかった。あの日、あの場所に、自分がいた可能性は十分にある。この男の兄の引き金を引いたのは、自分だったかもしれない…。

 彼には、何も答えられなかった…。

 震える唇から、ただ一言、こぼれ落ちた言葉を除いては。



「……すまない」



 その言葉は、まるで火に油を注いだかのようだった。

 男は、残酷な笑みを浮かべた。「すまない?てめえの『すまない』の一言で、死んだ仲間が生き返るのかよ!俺たちの故郷が元に戻るってのか!」

 彼はもう一方の手を、固く握りしめた。

「真実を話す気はねえようだな…いいだろう!」

 だが、その拳がライトの顔面に叩きつけられる、その前に…。



「やめなさい、ガー!」

 エララの鋭い声が響いた。

 彼女は、ガーとライトのベッドの間に割って入る。その手には、先ほど手入れしていたピストルが握られていた。銃口は誰にも向けられてはいない。だが、その確かな握り方は、彼女の明確な立ち位置を示していた。

「どけ、エララ!お前には関係ねえ!」ガーは怒鳴り返した。

「彼が私の命を救ったのよ!」エララは即座に言い返した。「そして今、彼は私の管理下にある!情報を引き出したいなら、彼が死にかけてない時にやりなさい!今ここで死なれたら、何も得られないわ!」

「彼女の言う通りだ」リヒター医師が、静かに付け加えた。「私の患者を休ませてやれ。少なくとも、傷が完全に塞がるまではな」

 ガーは、自分に賛同しない全員の顔を見回し、そして不満げに拳を下ろした。「…分かったよ。だがな…こいつが裏切り者だと分かった時は…この手で始末してやる」

 彼はそう言い残すと、もう一人の仲間と共に、足音荒く部屋を出ていった。部屋には、ライト、エララ、リヒター医師、そしてサトウだけが残された。

 ライトは、荒い息をついていた。冷や汗が噴き出す。彼は、自分をかばってくれたエララを見つめた…彼を信用していない、その同じ少女を。今の彼の状況は…

 まさに、虎の穴を逃れて、龍の巣に入ったようなものだった。
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