人質王女の恋

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 ヒューブレインからモローが戻った翌日、オーギュストは再び決断を迫られていた。
 同盟国であったコースリーから攻められ亡国の危機に、藁にも縋る思いで国交のなかったヒューブレインに援軍を求めた。
 ヒューブレインの助けがあればグルシスタは国を失わずに済む。
 しかしヒューブレイン側からすれば、グルシスタのような小国を助けても利はまったくない。
 しかもヒューブレインの若き王は世界最強とうたわれる軍事力をもって徹底した力での管理で東をまとめ上げ、無慈悲で冷徹、歯向かう者へは熾烈を極めた制裁をするような人物だと噂されている。
 これが好機とコースリーより先にグルシスタを制圧しようとする危険もある。
 しかし一方で。他国への援軍や代理戦争はあるが、自ら国土を奪うことはしていないという噂もある。
 それなら。後で大きな代償を払うことになる可能性はあるが国までは奪われないかもしれない。
 もう一刻の躊躇していられない状況で、賭けるしかなかった。
 しかしてヒューブレインは要請の翌日にはグルシスタの3倍の兵を援軍としてコースリー側の国境に届けてくれた。
 烈火ごとき速さであった。
 おかげで最小限の被害で危機は去った。
 更には国交を結び貿易を確約してくれただけでなく、グルシスタの現在の状況を聞くと食料・経済の支援まで申し出てくれた。
 すべてにおいて決断・行動が早い。
 これで早々に国民の暮らしが楽になることになる。
 王は胸が熱くなった。
 国交もなく、なんの利も生まない隣の小国のためにここまでしようとしてくれるとは。
 長い間なんと酷い誤解をしていたのだろうかと懺悔する思いだった。
 しかしながら、当然のこととして長きにわたり国交のなかった国をたった数日で完全に信じることが出来るはずはない。
 良心を持って助けるが、完全に信用し合いお互いの不安がなくなるまでは客人を預かりたいと。
 つまりは今まで対立国コースリーの同盟国であったグルシスタが裏切らないよう、人質を要求するということだ。

「ヒューブレインの助けで国は救われ、さらに支援していただけるのです。こちらがなんの犠牲も払わないのでは都合が良すぎます。来月には食料支援が開始されるという迅速な対応をしてくださるのです。王、ご決断ください」




 父王であるオーギュストにヒューブレインへ行ってほしいと言われたとき、ミシェルは感謝した。
 亡国の危機を助け、今後の支援まで約束してくれたヒューブレインの要求が人質ひとりだということ。
 そして、それに自分が行くことで国の役に立てること。

「どうぞすまないなんてことはおっしゃらないでください。国のために役に立てることはありがたく、幸せなことです」

 妹のアンヌは泣いて、変わりたいと訴えた。
 ミシェルはアンヌを抱きしめて背をさすった。
 アンヌはマスタング侯爵家の長男と婚約が決まっていて、人質となるならそれも壊れてしまう。
 そうでなくともミシェルは決してかわいいアンヌには行かせないだろう。
 母のカトリーヌも自分ではだめなのかとモローに詰め寄り、兄のアルベールも自分が変わると言い出したが、カトリーヌは王を支えながら国母としての役割もある。アルベールは父に万が一でもあれば次の王となるのだ。
 変わることなど出来るはずがない。
 ただそう言ってくれたことだけで嬉しかった。
 自分以外の誰かが国を離れることで傷つくことがないよう、侍女も連れず単身で行くことをやっとの説得で家族に納得させた。

 ヒューブレインに行くことが決まり、ミシェルは急いで支度をしていた。
 持って行くものは多くは要らない。
 フォーマル用にグルシスタ特産の上質なシルクを使ったアクアブルーのボールガウンドレスを一着。
 膨らんだ袖以外に何の飾りもなく、首までしっかり隠されているので露出もないものだったが、ドレスと同色の糸ですその部分に並べた小花の刺繍がしてありそれはミシェル自ら刺したものだ。
 他には外出用のグレーと黒のドレスが一着ずつ、部屋着のドレスもこげ茶と紺で一着ずつ。
 あとは手袋や下着やネグリジェ、マントなどの細かいもの。
 宝石はサファイアを黒のリボンに通しただけのものと、それと対になる小さなイヤリング。小さなダイヤを埋め込んだクロス型のブローチ。
 一国の王女の持ち物としてはかなり少なく粗末な支度であったが、見栄を張る必要などない。
 国の財政難のため王女たちは持っていた宝石を売ってしまっていたのだ。
 人質がどのような生活になるかはわからなかったし、もとより痣のせいで人前に出ずに過ごしてきたのだからヒューブレインでもそれが出来ればよかった。



 *****



 家族は手を取り身を寄せ合い、愛するミシェルを早朝の宮殿正門から見送った。
 ミシェルの顔はベールで隠されていたが、最後まで笑顔で家族と別れた。
 国境まではモローと馬車に乗りヒューブレインの話を聞きながら向かった。
 今までグルシスタが持っていたヒューブレインの印象とはまるで違う、冷徹でも残酷でもないということ。
 他にもヒューブレインでは街に何百件もの様々な店が並んでおり手に入らないものはないくらいだとか。ヒューブレイン宮殿の広さはグルシスタの城が十個入ってもまだ足りないほどだとか。

「迎えに来ているはずのブロンソン伯爵はヒューブレインの王の側近で、あまり表情を崩さないが頼りに出来るお方だ。何かあったら彼に相談しなさい」

 不安を出来る限り取り払おうと、モローはヒューブレインで知りえた情報をミシェルに伝えた。

「わかりました。どうか叔父様もあまり心配なさらないで」

 モローから透けて見える心痛をミシェルは明るい声を作って和ませようとした。

「話を聞いていたら楽しみなくらいです。ヒューブレインではグルシスタにないものを見て、出来ない経験も沢山して、帰ったらグルシスタの発展に役立てられるようにしたいわ」

 大好きな叔父を安心させたかったミシェルだったが、幼い頃から娘のようにかわいがってきた姪のことだ。モローには強がりとわかってしまっていた。





 約束の場所に到着するとヒューブレイン側ではブロンソンの他に中年の上品な夫人とその後ろにも女性が三人。さらにその後ろには三十人ほどの軍服の騎馬隊が整列していた。
 グルシスタの護衛は騎馬兵五人だったので、ざっと六倍だ。
 モロー公爵にエスコートされ馬車を降りるとブロンソンはミシェルの前で腰を折り王族に対する礼で挨拶をした。

「お待ちしておりましたミシェル王女殿下。お会いできて光栄に存じます。お迎えに上がりましたブロンソン伯爵と申します。こちらは妻のグレン、後ろは侍女たちでございます。登城までミシェル様のお世話をさせていただきます。そして近衛兵団第二騎馬隊のマークス隊長以下でございます」

 横に控えた妻のグレンと侍女たちがブロンソンの紹介で膝を折り、後ろに控える騎馬隊は馬の横で直立し隊長のマークスがミシェルに敬礼すると全員も彼に倣って敬礼をした。
 グルシスタでも軍の教育はきちんとされているつもりであったが、ヒューブレイン兵の礼は圧倒的だった。馬までも微動だにしない
 ヒューブレインの騎馬隊の一糸乱れるその美しい光景に、この国の軍事力が確かであることに納得させられた。
 到着までモローと話しをしながら緊張を解こうと努力したが、やはり目の前まで来ると努力は無駄であった。
 ベールに顔が隠れているせいで向こうからはミシェルの顔は見えないが、頬が固まり眉間の皺も伸ばせないでいた。
 扇子を握りしめ浅く呼吸を整え、緊張が伝わらないことを祈りながらブロンソンに挨拶を返す。

「出迎えありがとうございますブロンソン伯爵、伯爵夫人。それからマークス隊長と皆さんもありがとう。これからお世話になります」

 ここからはヒューブレイン。
 モロー公爵ともここでお別れだ。

「叔父様、どうかお元気で。家族をお守りくださいね」

 幼い頃からしていたようにモローの首に抱きつくと、同じ強い力で抱き返された。

「怖がることはないよ、ヒューブレインでは必ず良くしてもらえるよ。わたしがそう約束してあるから安心して行きなさい。離れていても皆、ミシェルを思っているよ」

 背中をさする暖かい手にゆるむ涙腺を心の中で叱りつけ、口元に笑みを作って見せた。

「行ってまいります」

 身体を無理やりブロンソンに向け、ミシェルは一歩を踏み出し振り向いてしまわないよう自分に言い聞かせながら馬車までエスコートを受けた。
 乗り込む馬車はさすがは裕福な超大国。
 ミシェルとモローが乗ってきた物より大きく枠は金に縁どられ細かな細工がしてあり、壁面には天上の天使が描かれ、内装のソファーはビロードでそのさわり心地から最上級なものだとすぐに分かった。
 クッションは弾力が良く、馬車の揺れも気にならないだろう。
 グルシスタではここまでのものは王の馬車だけだ。
 王女が使えるものではない。
 しかしヒューブレインでは人質の外国人王女にこんな馬車を差し向けられる。
 それでは王の馬車はどれほど豪奢なものなのだろうか?
 道すがらモローからヒューブレインの経済力の大きさや街や宮殿の話を聞いてはいたが、グルシスタしか知らないミシェルには簡単には想像出来ないものだった。
 しかし迎えの馬車一つでこの驚きだ。
 この先どれほどの驚きがあるのかと不安になるほどだった。

 一番豪華な馬車にミシェルとブロンソン夫妻が乗り、その他に侍女の乗るものと五台の小さい馬車が用意されていた。
 外から見ていると誰も乗っていないようだった。
 ミシェルの顔の向きの先に気が付いたブロンソンは感情のない表情と声で説明した。

「ミシェル様のお荷物用の馬車でございましたが、多めに用意しすぎました」

 あっさり言われたおかげで他意を感じることはなかった。

「はい。必要な物も大切な物も、自分の手で持てるくらいが丁度いいので」

 言葉通り、ミシェルの荷物はトランク二つと衣装箱二つだけだった。

「ちょうど、いいですか?」
「ええ」
「それは、どうちょうどいいのでしょうか?」

 相変わらず無表情ではあるが興味を持って聞き返してくるブロンソンに、ミシェルはミシェルの考える丁度いい説明を返した。

「欲は限りありません。欲することは止められません。それに支配されてしまうと、なにをどれほど持ったとしても満足することが出来ません。しかし、城一個分の荷物を持っていたとしても、本当に必要な物、大切な物はそれほどではないはずです。満足することを無くして満たされずに生きることを幸せとは思えません。本当に必要な物だけを持ち、大切にすることで満足が出来ればいつでも満ち足りているのですから、幸せでいられます。それが自分の手に持てるくらいの大きさであれば、どこへ行くにも必要な物、大切な物をすべて持って行けるということです。だから、持てるくらいの量が丁度いいと私は思っているのです」
「なるほど……」

 ミシェルの答えに短く返事をすると、ブロンソンは思案するように顎に手を当て黙ってしまった。
 隣に座るグレンは静かに微笑みながらミシェルの話に感心していた。
 ミシェルはブロンソンのその顎に当てた手が下りるのを待った。
 本当なら最初に説明しようと思っていた顔を隠しているベールのことを話したかったからだ。
 自分が王女という上の身分であっても、やはり人と対面しているのに顔を見せないのは失礼なことだ。
 しかし随分長い時間そのままなので、もしかしたら自分にそのつもりはなくともなにか失礼にあたることを言ってしまったのではないかと気になりだした。
 貧乏国の強がりに聞こえたのだろうか? 裕福な国への皮肉に取られてしまっていたらどうしよう……。
 ベールの中でミシェルは顔を青くしたが、やっと顎に当てた手を下したブロンソンは。

「とても良い考え方ですね」

 と、変わらぬ無表情で言い。「それから」と思い出したように付け加えた。

「お着けになっているベールのことですが、モロー公爵よりお話しは伺っておりますのでわたしにはお気遣いなさいませんように」

 不安になっていたところを急に褒められ。話そうと思っていたことを見透かされるように先回りで言われてしまった。
 ミシェルはベール中の青くなった顔を、赤く染めた。

「陛下にはまだお話ししておりませんので、謁見の際にはご説明ください」
「国王陛下にはいつお会いできますか?」
「到着当日はお疲れになりましょうから、翌日昼の謁見を予定しております」

 到着しても会えるまで数日はかかると思っていたので、予想外の早さにすでに緊張している身体をさらに硬くさせた。
 しかしブロンソンはそんなミシェルの緊張も読んでいたかのように。

「陛下はまだ若いですが公平でお優しい方です。緊張なさらずありのままのミシェル殿下でお会いください。このような形での滞在ですが、ミシェル殿下にはぜひ陛下の良き友人となっていただきたいです」

 そう言うと頭を下げた。

「お、恐れ多いことでございます。国王陛下とお友達など……」
「きっと良い影響を与え合える友人になれるでしょう」

 社交辞令なのか、なにか思惑があるのか。もしくは思いついたことをそのまま言っているのか。
 ミシェルにはブロンソンの話すことの意図がわからずただ戸惑うだけだった。
 国王陛下とお友達など、なれるはずがない。
 身分の格が違いすぎる上に、人質で来た他国の王女なのだから。




 ヒューブレインの首都はグルシスタとの国境から村を四つ挟んだところにあり、三日の旅をすることになる。
 馬車ではブロンソンが国の話をしたりミシェルに聞いたりしながら過ごし、途中の宿泊先ではグレンと侍女たちがミシェルの世話をきちんとしてくれた。
 しかし彼女たちの前でベールを外したくなかったミシェルは、ほとんどのことを自分でした。

「首都バスランでございます。もう暫く走れば、宮殿も見えるでしょう」

 外の風景がかわり石畳に建物が増えてきた。それに伴って馬車や行き交う人も増えていく。
 モローに聞いてはいたが、初めての街は話以上だった。
 密集していく建物、並んだ様々な店。
 行き交う女性は王女であるミシェルよりカラフルで華やかな姿をして、街に活気が満ち溢れている。

「なにかの催しがあって、人が出ているのですか? 日常ですか?」
「ええ。今日くらいは普通ですね。催事などがあれば人が溢れかえって、前に進むのにも亀より遅くなってしまいます」

 そんな光景はミシェルには想像もつかない。
 グルシスタではありえないことだからだ。
 祭りの時は賑わうが、たぶんブロンソンの言う賑わい程にはならない。

「ご覧ください。宮殿が見えてまいりました」

 夢中なって外を見ていたミシェルはブロンソンの指す方へ目を向ける。
 遠目でも大きく煌びやかな外観なのはわかったが、近づくにつれその大きさがミシェルを圧迫する。
 首を限界まで振っても塀の終わりが見えず、門は黄金で左右に二人ずつ立つ衛兵が小さな子供に見えてしまうほど高い。
 門が開くと緑のトピアリーに囲まれた砂利の広場がただただ広がり、門を入っても宮殿の入り口にはまだ遠い。
 ここで騎馬隊と別れ馬車は正面にある宮殿の前をまがりアーチ型の大理石の門を抜けて中庭に出ると、正面の広場よりなお広い。大きなテラスから大理石の階段で降りられるようになっており、花やトピアリーで飾られ、ガゼボや噴水・石像が点在しレンガで遊歩道が作られている。
 その外周がぐるりと馬車道になっており外側は林で囲まれている。
 その外周をゆっくり進むと林の中に入り木々が茂る小道へ進む。狭い小川に架かる橋を渡ると、緑の芝が整えられた先に石造りの二階建ての邸宅が姿を現した。
 宮殿の門を潜ってからここに着くまで、ミシェルは一声も発することが出来なかった。
 一度開いた口は閉じることも忘れ、広場・宮殿・中庭の贅をつくした景色に目を奪われ、もはや放心状態だった。
 馬車が止まり到着したことを告げるブロンソンの声にもすぐには返事が出来なかったほどだった。

「こちらはミシェル殿下が滞在に使っていただく緑の離宮になります。小さめですが林で隠れていますので、静かにゆっくりお過ごしになれます」

 馬車から降りるよう促され、長旅の身体を伸ばしてから動かす。
 屋敷の前には数人が整列しておりミシェルを出迎えた。

「この者たちが、本日から殿下のお世話を致します」

 ミシェルが目の前に立つと、ブロンソンが一人ひとり紹介した。
 執事のクロウ、侍女のルリーン、他に下僕とメイドが二人と料理人。

「少ない人数ですが、精一杯お世話させていただきます」

 厳格そうな老年の執事クロウが言うと皆が頭を下げた。

「よろしくお願いね」

 王女のお世話と考えたら少ないのかも知れないが、ミシェルには十分だった。
 今日からどれほどかの期間をここで過ごすことになるのだ。
 グレンと侍女たちにも礼を言い屋敷に入ると広いロビーがあり、その横にあるサロンは白に金とローズピンクで彩られた壁紙やカーテン、家具もかわいらしいデザインでそろえられていた。それらすべてが新品で、二十歳の王女のために考えられた内装だった。

「このインテリアはブロンソン伯爵が差配してくださったのですか?」
「グレンがやりました。お気に召しましたでしょうか?」
「とても気に入りました。伯爵夫人にお心遣い感謝します」

 これだけ見るとまるで歓迎されていると勘違いしてしまいそうだ。
 人質なのに。

「それではわたしはもう行かなくてはなりませんが、屋敷のことはクロウになんでもお言いつけください。長旅でおつかれでしょうからどうぞ今夜はゆっくりとお休みください。明日、謁見に合わせてお迎えにあがります。それから、ベールの件はクロウ以下皆に話してありますのでご説明は不要です」

 なにからなにまで、ブロンソンは一切ミシェルが煩わずに済むようにしてくれていた。

「ありがとう」

 ミシェルは感謝を伝え、クロウに外まで送るように言いった。
 緊張もしていたし街や宮殿のすばらしさに興奮もしてしまい正直かなり疲れていたので、今はとりあえずくつろぎたかった。
 ミシェルの吐いた一息にそれを察した侍女のルリーン。

「ミシェル殿下。まずはお部屋でゆっくりなさいませんか? お茶をご用意いたします」
「ありがとう。案内してもらえる?」
「はい。こちらでございます」

 ミシェルより幾らか年上に見える、濃いブルネットの髪と同色の瞳を持った活発な印象を持つルリーンの先導で玄関ロビーからふかふかの絨毯が敷かれた階段を上がり二階にある部屋に案内された。
 サロンと違い白に薄いグレーとローズピンクでかわいい中に落ち着いた雰囲気を持たせたコーディネートになっている私室も広く、続き部屋に寝室と、さらに続く部屋にはバスルームと衣裳部屋があった。
 衣裳部屋には下僕がすでにミシェルの荷を運び入れてあった。
 ミシェルがカウチに座り部屋を見渡している間にメイドが持ってきた茶をルリーンが受け取り入れてくれた。
 茶と一緒にサンドウィッチと焼き菓子も用意してあって、それを見てミシェルは自分が空腹だったことに気が付いた。

「お疲れでしょうから、まずは飲みなれていらっしゃるグルシスタ王国の茶葉でお入れしました。菓子もグルシスタで好まれているというもののレシピで作りました」

 これはありがたい気使いだ。

「わざわざ茶葉やレシピを取り寄せてくれたのね」
「クロウさんがブロンソン伯爵にお願いしておいてくださったのです」
「嬉しいわ」

 よく知る香りと味に、身体の力が抜ける。
 ドライチェリーとドライビーチの入ったバターたっぷりの焼き菓子はミシェルの好物だったので、出された分を平らげてしまった。
 お腹が満たされるとどっと疲れが押し寄せ、瞼が重くなる。
 それも察したルリーンは皿を片付けミシェルを向いた。

「どうぞ少し横になられてください。夕食の準備が整う頃にお声がけいたします」
「そうさせてもらうわ」
「わたしは衣裳部屋で荷解きをしておりますので、なにかありましたらお呼びください」

 荷解きと言っても衣装ケース二つなので指示も必要ないだろう。
 寝室に向かいルリーンも手伝ってドレスとコルセットを脱ぐと、そのままベッドに沈んでいった。
 ベッドに入るときミシェルはベールを取らなかった。
 ルリーンがベールに手をかけるのを止めて、そのまま横になった。
 ベールを取れば醜い痣がルリーンに見られてしまう。
 今はくたくたで、一刻も早く休みたかった。
 ベールの説明はクロウから聞いているだろうが、見ればきっと驚くだろうし恐怖するかもしれない。
 それを受け止める余裕が、今のミシェルにはなかった。

「今はこのままでいいわ」

 戸惑うルリーンに言うと、ベールを被ったまま背を向けて眠りについた。




 ルリーンはミシェルの言う事に簡単に引き下がり、茶器を持って一階に下りた。
 キッチンに洗い物を届け、クロウの執務室を覗く。

「ミシェル殿下のご様子は?」

 ルリーンに気づいたクロウは書き物から顔を上げた。

「お茶とお菓子をしっかり食べて、今はベッドでお休みになられています。相当お疲れのご様子でしたから緊張されていたのでしょうね。ぐったりって感じでしたもの」
「それはそうだろう。所謂『人質』で来られたのだからな」
「そうですね……」
「顔は、見えたか?」
「いえ。横になられるときお取りしようとしたら止められました。ベールを付けたままでお休みです」
「早く確認するように」
「わかっています。そのためにわたしが侍女に選ばれたのですから」
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