人質王女の恋

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 アスランは自分の誕生日なんかどうでもいい気分だった。
 周りでは準備を忙しくしているし、シャーロットなどはソフィーを連れて頻繁に訪ねてくる。やれ衣装の仮縫いだとか、招待客や演奏曲の相談だとか。
 心底どうでもいいことだ。
 別れた日から今に至っても、頭も心もミシェルでいっぱいだ。
 ミシェルの帰国を決定した。
 帰国の前に海を見せてあげてほしいとブロンソンに頼んだ。
 帰国する際に持たせる土産も通常予算に私費を足し、グルシスタにはないものを片っ端から積み込むよう指示した。絵画や装飾品、宝石もその中には入っている。
 ミシェルは必要なというかもしれないが、出来ることはすべてしたかった。
 他にミシェルにしてあげられることはないだろうか?
 所謂人質だっただけではなく、自分のせいでこの国に来たことがミシェルにとって良い思い出にはならないだろう。
 だからこそ、自分のこと以外はなんでもしてあげたい。
 これが最後だから。

「陛下。バルモア公爵夫人シャーロット様がお見えになりました」

 余所余所しく執務室のドアを開けたままで呼んだのはテイラーだった。
 あの日以来テイラーとの間にも距離が出来たままだ。
 アスランが許していないからだ。

 実を言えば許していない訳ではなかった。
 一国民、王の臣であれば、テイラーのように考えることも理解することが出来る。
 ミシェルの言っていたことと同じだ。
 国民の前に姿を晒さない、国民に愛されようとしない王妃になるかもしれないのなら簡単に賛成が出来るはずもない。
 ミシェルの事が素晴らしい女性だとわかっていても、隠れていてはそれが国民には伝わらないのだから。
 自分の浅慮をテイラーにやつ当たっているだけだ。
 自分の欲だけでミシェルを不幸にし、国民も悲しませるところだった。
 止まらない自己嫌悪の最中に面倒くさい相手をしなくてはならない倦怠感を隠すことなく立ち上がり、顔を見ずにテイラーの前を通り過ぎていく。

 応接室ではご機嫌なシャーロットの横に、最近ではいつも連れているソフィーが座って待っていた。
 アスランが姿を見せるとソフィーは立ち上がり膝を折って挨拶をした。

「シャーロット叔母上、レディソフィー、ごきげんよろしいようで」

 いつもならシャーロットの手の甲にキスをして挨拶するが、アスランはそのままソファーにドカリと座った。
 叔母に対する欠礼ではあるが、国王であるアスランの方が格上なので差し出した手が空振りになってムッとしたシャーロットだったが黙ってひっこめた。

「あなたはあまりごきげんではないようね、アスラン。明日は誕生日の舞踏会だというのに」
「祝ってもらうような年齢でもありませんしね。それで、本日はどのようなご用件で? わたしも暇ではありませんので手短にお願いします」

 アスランは機嫌の悪さを隠さなかった。
 心底面倒なのを態度で示しているのだ。
 それはもちろんシャーロットにも伝わっていたが、シャーロットはシャーロットで大事なお節介という仕事をしなくてはならないので甥の機嫌は完全に無視だ。

「明日の舞踏会ですけどね。あなた、パートナーなしなんて恰好がつかないでしょう? このソフィーが明日のパートナーになってくれるわ、エスコートして出席しなさい」

 心底面倒な上に、厄介なことまで言い出してきた。

「なぜ? そんなことをしては変な誤解されるかもしれませんよ。それではレディソフィーにもご迷惑になるでしょう」

 反論してみたがシャーロットがアスランとソフィーをくっつけようとしている魂胆は前々からわかっていたし、ソフィーも間違いなくその気なのもわかっている。
 わかっていて無駄な反論をとりあえずしてみただけだった。
 案の定ソフィーは嬉しそうに照れたフリで目を伏せて身体をくねらせた。

「陛下は本当にお優しいのですね。わたくしは誤解されるようなことがあってもひとつも困りませんわ」

 シャーロットの後ろ盾があるからと、隠す様子もなくグイグイくるな……。

「レディソフィー、この際言っておくがわたしはまだ結婚を考えていない。特定の恋人も必要ない。そして関係のない女性と誤解されることもいやなのだ」

 はっきり言ってやった方がソフィーの為でもある。王妃になろうなどと言う野望はさっさと諦めて、他の男の為に時間を使うべきだ。
 しかし。ここまではっきり言っても引き下がらないのがシャーロットである。

「なにを言っているのアスラン。あなたご自分の年齢をわかっているの? 結婚して世継ぎを設けることは務めでもあります。いつまでも独身でいるなんて許されませんよ。それにソフィーにも失礼だわ。彼女以上にあなたを理解しようとする女性はいませんよ。ミラー伯爵家はわたしの遠縁で血統も申し分ないのは知っているわね。明日はソフィーをパートナーとして舞踏会へ行きなさい」

 ソフィーの家のことはわかっている。シャーロットの夫バルモア公爵の弟の娘だ。
 もう完全にシャーロットの中ではアスランの妃はソフィーで決定している。それをアスランに強いている。

 イライラする。
 国王の立場なんかわかっている。結婚も世継ぎも務めのうちだなんて、痛いくらい承知の上だ。そうでなければミシェルを諦めたりするものか。
 国王でさえなければミシェルは自分を受け入れてくれたかもしれない。ミシェルに全てを捧げられたのに。
 それを全身で痛感している今、誰にも触られたくない。

 こんな押し付けに付き合ってなんかいられない。

「叔母上こんなことは……」

 耐えられず身を乗り出して声を荒げそうになったアスランだったが、思わぬ障害が横から入った。
 テイラーがアスランとシャーロットの座るソファーの前に片膝をついて入り込み、アスランの膝に手を置いた。

「陛下はご理解していらっしゃいますよ、シャーロット様。数多の殿方を虜にしてこられたシャーロット様なら男がどれほど単純な生き物かということをよくおわかりでしょう? 女性からではなく自分から口説きたいのが男という生き物でございます。一緒に行くよりも、ダンスにお誘いするところから始めたいのですよ。どうかソフィー様には、陛下が口説きたくなるような美しいお姿で明日はお越しくださいませ。それを楽しみに、陛下にはそろそろご公務にお戻りいただいてもよろしいでしょうか?」

 アスランを押さえながらシャーロットには宥めるように、ソフィーにはいたずらっぽく。テイラーは侍従の立場を超えて間に入った。

「テイラー。あなた……」

 シャーロットは言いながら持っていた扇子で口元を隠した。

「お仕事が溜まっておりますので、このままでは雑務が片付かずその美しいお姿を見損ねてしまうかもしれません」

 ウィンクまでして見せると、シャーロットはとうとう笑い出してしまった。

「どうやらわたしは甥可愛さに強引すぎたようね。言われてみればそうだわ。殿方は何時だってハンターでいたいものだものね」

 侍従が会話に割り込んでくるなど階級意識の塊である普段のシャーロットなら激怒ものなのだが、テイラーはいとも簡単にシャーロットを攻略してしまった。
 それはシャーロットがテイラーの上っ面の微笑みと心にもない世辞に騙されたのか。男という生き物を勘違いしているからなのか。
 ハンターでいたいなんて思ったこともないアスランだが、反論はしない。シャーロットとソフィーがあっさりと引き上げそうだからだ。

「ソフィー様ほど煌びやかな方でしたら、陛下も見つけやすいでしょう」
「まぁ。見つけてくださるとよろしいのですけど」

 ソフィーは控えめに返事をしたが、目の奥に炎が見えた。ハンターの炎だ。
 ハンターは獲物にはなれないというのがわかっていない。必ず誘わせてやるという意欲を燃え上がらせているのが隠しきれない女性を誘うものか。簡単すぎて興ざめだ。

「明日の御準備を済ませましたら、本日はお早目にお休みください。睡眠不足は美貌に影響致しますので」

 テイラーは口八丁でシャーロットとソフィーをとうとう椅子から立ち上がらせてしまった。

「アスラン、あなたの衣装はもうこちらに届けてありますからね」
「陛下に見つけていただけるよう、お待ちしておりますわ」

 テイラーの手腕に呆気に取られていたアスランだったが、なんとか立ち上がって二人を見送った。

 アスランとテイラーだけになると微妙な空気になる。
 アスランがキレるのを押さえ二人を追い出してくれたテイラーに礼を言おうと思うのだが、切り出し方を迷ってしまう。
 それを察知したテイラーはくるりとふりかえりアスランに向き合うと、シャーロットにしたのと同じようにウィンクをして見せた。

「王であっても、感謝する気持ちがおありなら伝えた方がよろしいかと思います」

 自分が王であっても、やっぱりテイラーは友だ。
 侍従としてだったらこんなことはしてはならない。友だから、してくれたのだ。

「助かった。本気で怒鳴りそうだった」
「ええ。そんな感じでした」
「止めてくれてありがとう」
「どういたしまして」

 気まずい期間があっても、一瞬で心を打ち解けられるのも友だからだ。

「それと。ミシェル、王女のことも。お前の言うことも、今は落ち着いて理解出来る。酷い態度を続けてすまなかった」

 アスランは蟠りが溶けて、ここ最近ではやっと心が落ち着いた気分になった。
 軽く頭も下げると、テイラーも頭を下げた。

「わたしこそ、口が過ぎました。間違ったことは言ってないと今でも思っていますが、陛下が傷ついているあの時であったら黙って一緒にやけ酒にでもお付き合いするべきでした」
「やけ酒なんかするか。酒なんかで、なんとかなるようなことなら……」
「お察しします」

 気が抜けてソファーに身体を投げ出すと、テイラーはシャーロット達のカップを黙って片付ける。
 アスランは黙ってそのテイラーの作る安心できる空気を受け取って、目を閉じた。
 すぐにミシェルの姿が浮かんでくるのはわかっていたが、その姿を浮かべ続けてもいたかった。

「王女を帰国させることにした」

 アスランがつぶやくように言う。
 テイラーはブロンソンに聞いて知っていた。

「よろしいことかと思いますよ」

 近くにいて逢えないよりいっそ離れてしまった方が楽になると、帰国を決めたのは賢明な判断だとテイラーも思っていた。

「明日の舞踏会で、ミシェルと踊りたかったな……」

 両親が他界した時でもこんな風に弱音を吐いたりしなかった。テイラーの初めて見るアスランだった。
 ミシェルが来られるよう初めてアスランから企画した仮面舞踏会だ。テイラーだってミシェルと踊る姿を見たかった。

 あの痣さえなければ。晒す勇気さえあれば。あの方ほどアスランに相応しい女性はいない。
 ソフィーでは比べものにもならない。
 ミシェルは王女という立場から培ってきた素養に加え、性格も穏やかで思い遣りに溢れ、平等で寛容だ。
 欲や野心で王妃になりたがるソフィーのような女性に国の母たる王妃になってほしくない。
 一人の男としてのアスランの幸せと。国王としての務め。
 友人として国の臣として、自分に出来ることが何かないのかとテイラーは考えていた。
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