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Chapter 0

Section 2: 謎の少女

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 ジオ・フレアバードは、安価な薬酒を飲みながら悪態をつく。

「一体何だったんだ? あの軍人崩れ共は……。あんな乱暴な連中ここらに居たか?」

 その言葉に酒場の主人は思わず吹き出していった。

「ははは……! ここらで一番の乱暴者なお前に言われたら説得力が違うな!!」
「う……」
「……さすが、問答無用でいきなり殴るだけのことはある! おかげでこっちは酒代がパアだ!」
「むむ……」

 酒場の主人の言葉にジオは苦しげな顔をして、ミィナは小さくため息を付いた。

「……おやじ。いくらだ?」
「ん?」
「アイツラの酒代……」

 そう言って懐に手をいれるジオに、一瞬あっけに取られた顔を向けた酒場の主人は、すぐに楽しげに笑っていった。

「いいよ……、お前が払う必要はない。お前のそういう、悪人になりきれない所が俺は大好きだぜ」
「む……」

 ジオは顔を赤くしながら頭をかいた。
 酒場の主人は、それからすぐに真面目な表情をすると、食器を洗いながら話し始める。

「実はな……、最近の話だが、ここいらの宙域で、地球軍崩れの海賊とヴェロニアの海賊団が海戦をしたって話なんだ」
「ヴェロニアって……、あの女海賊ヴェロニアの事か?! ここらは支配宙域じゃないだろ?!」
「そうだな……、だから地球軍崩れが隠れていられたわけだし」

 その主人の言葉にジオは言葉を失う。

【女海賊ヴェロニア】
 かつては違法なクローン奴隷の一人であったと噂される女海賊であり、その苛烈な暴力性が極めて有名な、ジオ星系を支配する五人の海賊首領の一人である。
 彼女は敵対者には絶滅を、味方には隷属を望むという、根っからの暴力的支配者であり、その支配宙域はその強権な支配体制に苦しんでいると言われている。
 特に彼女は他の四海賊との仲が極めて悪く、いつも諍いを起こしている孤高の海賊であり、彼女に直接まみえた人間は、その後彼女の奴隷として生きるか、殺されるかの選択肢を迫られるという話であった。

「アイツラ……よく生き残れたな」
「まあ……そこら辺は優秀な軍人だったってことなんだろうな」

 ジオは少し考えてから言う。

「しかし……だ、このクランはなにもないただの辺境だぞ? なんでそのヴェロニアがこんなところに?」
「むう……、そこはさっきの軍人どもに聞いた話、ヴェロニアは別に彼らを狙ってきたわけじゃないらしい」
「どういう事?」
「ああ、所属不明の”突撃艦”を追跡して来たヴェロニアの艦隊を、それと知らず縄張りへの侵攻とみなして攻撃し……、そして……ってことでな」
「突撃艦?」

【突撃艦】
 戦闘用航宙艦の艦種の一つであり、近接格闘戦(ドッグファイト)を得意とする中~小型の超高速航宙艦である。
 防御性能も極めて高く、その機動性とも合わさって、極めて沈みにくい強固な艦艇としても知られている。

「元地球軍の海賊を潰したのはそのついで……か。それで? その突撃艦は?」
「いや? そいつ等はソレがどうなったかは知らんそうだ」
「ふむ……」

 ジオはその主人の言葉に微妙な顔を浮かべる。それを見咎めた主人が言う。

「おい……ジオ。いくら所属不明だからって、どこにも所属していないとは限らんのだぞ?」
「は? おやじ……何を言って」

 ジオは口角をひくつかせながら答える。

「お前の考えてることは判るぞ! なんとかしてその突撃艦が自分のものにならないかと考えてるんだろ?」
「う……」
「まあ、宇宙に飛び出して、その果てを目指したいってお前の気持ちはわかるが。妙な話に足を突っ込むなよ? 何より相手は……」

 そう真剣な表情で話す主人に、笑いながら言葉を返した。

「わかってるって……、あのヴェロニアに喧嘩を売るような真似するかよ。命がいくつあっても足りんし」
「それに……、その突撃艦が本当に手に入るかもわかんないもんね。お兄ちゃん」

 ジオの言葉に、隣で静かに話を聞いていたミィナが答える。
 ジオは頷いてからため息を付いた。

「まあ……、そんなことでもない限り、俺等が宇宙に出るのは絶望的ではあるけど……な」

 ジオは、幼い頃に両親を亡くすその前から常に宇宙を目指していた。
 ジオという名は、このジオ星系を開拓した宇宙開拓者の祖である【ジオ・トールマン】からもらった名であり、その彼は人類圏で初めて移住可能な惑星に降り立った、始まりの人間としても有名であった。
 その名を受け継いだジオは、宇宙を目指すために自前の航宙艦を手にしようと、荒れて貧乏人ばかりの惑星クランにあってひたすら金を儲けてきた。

「惑星クランはいわばブラックホールだ……。一度底に落ちたものは空には飛び立てない」
「航宙艦は移住時に使っていた古いものばかり。造船所もないから新しいものはない。そして……、そんな古い型であっても貴重であり、そして金になるならばふっかけるのがこの惑星の住民の標準的な考え方……だよね」

 ジオとミィナは静かに呟く。主人は小さくため息を付いて言う。

「そんなにこの惑星から出たいのか?」
「俺は……この惑星が嫌いじゃない。そんなことで宇宙を目指してるんじゃない」
「……それは」
「俺は両親から”フレアバード”の姓を継いでいる。いつまでも”フライトレスバード”じゃいられないんだよ」

 ジオの言葉に小さく笑って主人は言った。

「鳥の本能か……、宇宙を舞う鳥はそれ故に宇宙を目指す。理屈じゃないんだな」
「ああ……」

 ジオの言葉に主人は笑ってそして……。

「俺も、お前のように若かったら、宇宙を目指してたかもしれん」
「おやじが?」
「ああ、俺も元は地球軍軍人だからな。故郷をもう一度見たいという気持ちもあった」

 ――でも……、

「今はここが俺の故郷だ……、だからもうかつては望まない。そして……」

 不意に主人が懐から一つの鍵を取り出す。それをジオに向かってほおった。

「それをもっていけ」
「? これは……」
「俺が昔使っていた小型航宙挺の起動鍵だ。一応、ワープとジャンプが両方使えるはずだ」
「!!」

 いきなりの主人の言葉にジオは絶句する。

「どちらにしろ、この惑星ではお前はいつまでも”飛べない鳥”のままだ。どんなに夢をもっていても、どうしようもないことはある」
「おやじ……」
「だから、せめてそいつで夢が叶えられるところまで飛ぶといい。そうすれば宇宙の果ても目指せるさ」

 ジオは一瞬考えた後、少し目頭に涙を滲ませて主人に頭を下げた。

「ありがとう。おやじ……」
「いいって……、少年少女の夢を守るのが年寄りの仕事だからな」

 そういう主人は笑って親指を立てたのである。


◇◆◇


 それからしばらく後、店を一旦閉めた主人は、ジオを連れて店の裏にある倉庫へと向かった。
 主人は倉庫の床扉を開けると、そこにかけてある階段を降りてゆく。そして……、

「おお!!」

 その下の光景を見てジオは驚きの声を上げる。
 その倉庫の地下にはかなり広い空洞が存在していて、そして、そこに全長40mはあるボート型の航宙挺が鎮座していたのである。

「俺の航宙挺は地球軍製で古い型だが、一応整備は続けてるんでなんとか動くはずだ」
「ほう……」
「あと……、航行計算等のためにエレメンタルを管理体にする必要があるが……、ミィナちゃんでも問題はないだろう」

 この時代、航宙艦はエレメンタルによる機能管理が基本となっている。
 この管理をする専属エレメンタルを【管理体】と呼び、どのクラスの航宙艦でも一隻につき一人の【管理体】がつくこととなる。
 なお、この【一隻につき一人】はエレメンタルの種族特性に起因する制限である。同一の体を無理に共有すると、エレメンタルは意識融合を引き起こして最悪死に至るのである。
 同じエレメンタルではない下級AIならそのようなことは起こらないため、大抵の【管理体】はそれら下級AIを操って航宙艦の管理を行うことになる。
 しかし、ある程度の艦艇になると、それでも操艦が追いつかず、それ故に補佐として「航法士」「砲術士」「機関士」「索敵士」「通信士」の五つの要員に頼る事となるのである。

「この航宙挺は最低要員1人、プラス管理体で操艦できるから、お前ら二人だけで十分扱えるぞ」
「おお!! これで俺も宇宙に!」

 嬉しそうに叫ぶジオを、妹のミィナは笑顔で見つめる。

「やったね! お兄ちゃん!!」
「おう!」

 手を取り合って喜ぶ二人を優しげな瞳で見つめる酒場の主人。しかし、その時……、

「ん?」

 不意に主人が不審な表情をする。床に真新しい血糊が落ちていたからである。

「何だ? これ……」

 ビュン!

 いきなりブラスターの射撃音が響く。その瞬間、酒場の主人が倒れた。

「?! おやじ?」

 いきなりの事態に、顔を青くして酒場の主人の元へと駆け寄るジオ。

「大丈夫か!!」
「ああ……、腕を撃ち抜かれた……が」

 その様子を心配そうに眺めていたミィナが、不意に何者かによって腕を掴まれる。

「あ!!」

 そしてその場に組み伏せられたミィナの頭に、冷たいものが押し当てられた。

「動か……ないで。撃ちたくない……から」
「?!」

 ミィナを組み伏せている何者かがそう言葉を発する。その手にはブラスターが握られていた。

「貴方は……、私と同じエレメンタル? でも頭を撃ち抜かれたら死ぬ……よね?」
「う……」

 あまりの事態に涙目で押し黙るミィナ。それをその何者かは静かに見つめた。

「お前!!」

 その事態にあってジオは怒りの表情でその何者かに向かって叫ぶ。

「何だ!! 何が目的で……」
「動かないでって……言ったよね?」
「く……」

 さすがのジオでも、妹の頭にブラスターの銃口が押し当てられている状態では、明確な打開策は思いつかない。
 心を落ち着かせながらジオは、次の言葉を口に出した。

「その格好……、宇宙服、それも管理体用の? お前……」

 その何者かとは一人の少女であった。
 その少女の顔は金髪碧眼で美しく整っているものの、現在は苦悩で曇り額には大粒の汗が浮かんでいる。その宇宙服は緊急の処置が施されており、腹部は何層にも重なる包帯でグルグルと巻かれていたが、それでも止めようのない血がじわりと染み出て、床に暗い染みを広げていた。
 彼女はその激しい痛みに顔を歪めつつも、ミイナの頭にその手のブラスターの銃口を当てて、ジオたちを睨みつけていたのである。

「お前……その怪我」
「黙って……」
「でも……治療しないと」

 ――と、不意にその少女は苦しげに膝をつく。その瞬間ミィナの拘束がほどけた。

「あ……」
「この……」

 ミィナは拘束から逃れた瞬間、その足を振り抜いてその少女の腹を蹴り上げた。

「おい!」

 さすがのジオもそれを見て顔をしかめるが……、まあいいか、と思い直してミィナの下へと走った。

「……」

 そこには気絶して動かない少女が横たわっていた。

「これ……どうする? お兄ちゃん」
「むう……、なんか危なそうなやつだが……」

 ジオは小さくため息を付くと、その少女の横に膝をついた。

「治療しよう……、一応、しっかり拘束したうえで……な」

 そういうジオの顔を見て、ミィナは小さく笑ったのである。


◇◆◇


「ヴェロニア様……、今のところ彼女の行方は完全にはわかっていないようで……」
「……お前は、そんなくだらんことを言うために来たのか?」
「……申し訳ありません」

 その時、惑星クランの上空――、その宙域に浮かぶ戦闘航宙艦【アガルタ】の艦橋にて、海賊首領ヴェロニアはイライラを募らせていた。
 目前に跪く男は、薄く目に涙をためながら、その身を振るわせつつ言葉を紡ぐ。

「……大丈夫でございます。彼女が潜伏している場所は大体見当がついていますので、そこに部隊を送り込んで……」
「無駄な問答は嫌いだ……、早くそのようにしろ」
「は……はい」

 男はそう言うとそそくさとその場を去ってゆく。それを見つめながらヴェロニアはつぶやいた。

「地表を焼き尽くせるなら簡単なんだが……。そうすると、あの娘が手に入らなくなる。なんともつまらん話だ……」

 ヴェロニアは顔を歪ませながら、目前のモニターに映る惑星クランを一瞥した。

「つまらん……、ほんとにつまらん惑星だな。しかし、ここがあの”レヴィア”が最後に選んだ場所……」

 遥か過去を想いながらヴェロニアは目を瞑る。その思考の奥には今もあの”この世で唯一愛する女”の顔が浮かぶ。

「ああ……、レヴィア。お前が残したもの……、それは全てアタシのものだ……。”あの船”も、そして、その鍵たる”滅びの龍”……も」

 ヴェロニアはその右手を虚空に広げながら呟く。

「……誰にも渡さぬ。アタシから奪おうとするならすべて殺し尽くす。レヴィア……、レヴィア・フレアバード……」

 その言葉は、誰も喋ることのない静かな艦橋に、静かに響いて……そして消えていったのである。
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