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第三章 燃える羅城門~友情~

第二十六話 晴明はかつての友を訪ね、博雅はいまわの際に娘を託す

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 ――晴明、なあ晴明――、なんでお前は……。

 安倍晴明はその夜――、かつては供にあったとある友人の言葉を思い出す。

 お前はどうして――、そうなんだ? ――結局お前は……。 

 その言葉の先は――、晴明にとって常に傷として残っている。
 晴明は常に他人の言葉を我関せずという様子で聞いている――が、

(――正直、あの言葉だけは……、彼に言われたことだけは――)

 ――お前は結局――、ヒトとは違うのだな……。

(いや――違うぞ……。私はヒトだ――、ヒトたらんとしている……)

 でも――、安倍晴明は思う。

(ああ――、わかっているとも……。私の心にはヒトが当たり前に持っている何かが足りない……)

 だからこそ――、自分は極力、ヒトの世界から離れるべきだと考え――、でもその情から離れることが出来ずにいる。
 中途半端――、なんて中途半端な……、かの賀茂光栄が私を嫌うのも当然の話。

(人以外の血を以て生まれ――、ヒトとしてヒトの中で成長し――、それでもヒトであることを友に否定されてしまった私……)

 私が人の中で生き――、ヒトの世を守ることにこだわるのも……、結局はヒトにあこがれる”ヒトデナシ”ゆえに――。

 ああ――かつての我が友――、源博雅みなもとのひろまさよ……、私は――。


◆◇◆


 その日、安倍晴明にとって最も悲しむべきことが起ころうとしていた。
 弟子である蘆屋道満は、この日、晴明の弟子となって初めて――、師匠がその目に涙を光らせるのを見た。
 昼間のうちに屋敷を出た晴明は、道満を伴ってとある屋敷へと向かう。その屋敷の主とは――、

「――晴明……」
「博雅――久しいな」
「――ああ、お前はもう来てくれないと思っていた」
「――」

 病にて床に臥せる源博雅を、寂しそうな目で見る安倍晴明。

「……私は――いつも思っていた」
「博雅……なにを」
「謝りたかった――、傷つける気など無かった」

 床の博雅はその目に涙をためる。それを首を横に振って見つめる晴明。

「――どこに、博雅が謝る事があるというのか」
「晴明――」
「何も私は――、お前に傷つけられてなど」

 それを聞いた博雅は小さく笑って言った。

「――ならば、なぜ会いに来てくれなくなった?」
「――」
「もう自分の心を偽る必要はない――、私にはわかっている……、いや、わかっていたはずであった」

 ――でも、あの時、博雅は何ともなしに呟いてしまったのだ。それで友情に傷がつくとは思いもせず。

「あれは――、私が勝手に――」
「いや――、私が悪いのだ……、あのような言葉を適当な心で発するべきではなかった」

 博雅は病によって急速に老いて――皴だらけとなった手を晴明の手に乗せる。

「ああ――お前はあんなに傷ついたのだな……、すまなかった」
「博雅――」

 安倍晴明――、常に達観し……その心を表に出さない者。――でも、その本心は決してヒトとかけ離れたものではなく……。

「お前は――、この愚かな私の死を悲しんでくれる――」
「お前は愚かではない」
「――ふふ、こうして最後に顔を見られたのは――、この世の幸福の極みだ……」

 そう言って笑う博雅の、弱々しい手をしっかり晴明は握る。

「晴明――、最後に――一つだけ頼みがある……」
「なんだ? 言ってみろ」
「あの娘を――、梨花をお前に託したい」
「梨花?」

 そういう博雅の言葉に疑問の表情を向ける晴明。それを見て博雅は――、その最後の言葉として晴明に一つの遺言を残した。

「私の養女――、梨花……、彼女の友情を――救ってやってくれ。我らのように……ならぬうちに――」

 ――こうして源博雅は、天元三年九月二十八日に薨去――、享年六十三歳であったという。

 一つの友情の物語はここで終わり――、そして、もう一つの友情の物語は始まる。
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