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第三章 燃える羅城門~友情~
第二十七話 晴明は博雅の託したものを探し、そして彼の想いの片鱗を見る
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「それでは――信明殿も、貴方も――養女であった梨花の話はよく知らないと?」
源博雅がこの世を去って数日――、安倍晴明は、博雅が養女として育てていたとされる梨花の事を調べるため――、博雅の息子である源信貞にふたたび話を聞きに来ていた。
――博雅が亡くなった時、血を分けた親族である息子たちはいたが……、梨花らしき娘はどこにも見当たらなかったからである。
博雅に託された以上探さねばならぬと、その場で息子たちに居場所を聞いてはいたが――、彼らは”知らんな”というだけで、何も詳しい話を聞くことすらなわなかった。
「――ああ、正直、あの歳になって新たな養女など――、と、なるべく関わらずにいたからな」
「ふむ――、それは……」
「その娘を引き取ったのも、ここ最近になってからで――、妙な噂もあったしな」
余命いくばくもない老人が若い娘を囲う――、それをある事ない事語る者がいたのであろう。だから息子たちも、なるべく関わるまいと知らぬ存ぜぬを決め込んでいたのだろう。
――その状況を聞いて晴明はため息をついた。
「その娘は――博雅様の屋敷に住んではいたのですね?」
「ああ――、周りの住人は……、父上を娘がかいがいしく世話していたと話していた」
「ふむ――、ならばなぜ今わの際に娘を傍に置かなかったのでしょうね?」
「さあな――、最後の姿を見せたくなかったのか……、或いは――」
信貞は頭を横に振って晴明に言う。
「どちらにしろ――、我々はその娘の事をよく知らん……。他をあたってくれ」
「むう――」
信貞は晴明を嫌なものを見る目で見つつ踵を返す。
(――これでは託された想いを無駄にしてしまう……、しかし、なぜ博雅はあの時に何も言ってはくれなかったのか)
博雅が床に臥せていたあの時、屋敷には息子たちが代わる代わるに訪れていた。無論、息子以外の博雅のゆかりの者達も――。
(もしや――、博雅は――、娘を他の人間に会わせたくなかった? ――養女を育てていることは周知の事実であったのに?)
博雅の行動に不審なものを感じた晴明は、再び博雅の屋敷へと向かう事を決意した。
◆◇◆
その時、源博雅の屋敷は誰もおらず閑散としていた。静かに屋敷の中へと足を踏み入れると、博雅が床に臥せっていた部屋へと入る。
「――私の予想が確かならば」
そう呟いて周囲を静かに――、丹念に見まわす晴明。そして――、
「――アレは……」
部屋の隅に一つの古びた箱が置かれていることに気付く晴明。それは、一見すると適当に放置されただけのガラクタに見えたが……。
晴明は静かに箱に歩み寄り、その蓋を開ける――。そこには――これまたガラクタにしか見えない”木彫りの笛”が入っていた。
「――価値がないものだと放置されたか……」
晴明は静かにその笛を持つ――そして、
「あ――」
その笛の側面に――”梨花”と刻まれているのを見つけたのである。
「なるほど――、博雅よ……、これは私に娘の居場所を知らせるための――」
晴明は納得した風に頷く。そして――、その笛を片手に、もう片方の手で剣印を結んで呪を唱えた。
「オンアラハシャノウ――、その深遠なる知恵を以て祈り給えば、遁れし者が遁れしままにあらざること必定なり……」
それからしばらくのち――、晴明は静かに頷きかつて博雅が寝ていた場所を見つめる。
「――お前は、私にだけ――、その梨花という娘の居場所を教えたかったのだな?」
それは確信――。源博雅は、安倍晴明ならば自分が何も言い残さずとも娘の居場所を見つけられる――と、そう信じたのだろう。
(ここまで娘の事を親族その他に隠しているとなると――、その梨花という娘……何か秘密があるのか)
晴明はそう考えつつ屋敷を後にしたのである。
◆◇◆
――いいかい? この屋敷は閉め切られて誰も来ないハズの場所。そこを訪ねるとしたら、それはわが友である晴明以外にない。
ここで静かに隠れているんだ――。お前が多くの者の目に入ったら……、お前の秘密に気付く者もいるだろうからね?
その娘は――、暗い屋敷の中の一室で、両足を抱えながらただ待つ。
「博雅様――、本当なら……その今わの際までご一緒したかった――」
でも――、自分が多くの人の目に触れれば……。
「――博雅様……。本当にその晴明という方は――」
自分を救ってくれるというのか? ――その疑問に答える者はもはやこの世にはいない。
ただ優しく笑いかけてくれた博雅の笑顔を思い出し――、その目に涙をためる娘。
「――博雅様」
娘はかつてを思い出す――。平安京に昇って初めての日に、ガラの悪い者たちに囲まれて連れて行かれそうになった事。
それを――静かな口調と、有無を言わせぬ意志の強い瞳で制して、救ってくださった博雅様。
自分の秘密をなぜか即座に見抜いて――、そして優しく事情を聴いてくれたあの日――。
――あの日から、娘はある目的のために博雅の養女となり――そして……、
「大丈夫だよ――博雅様。私は必ず――静枝を救ってみせる」
――と、その時、屋敷の門扉が開く音がした。それを聞いてビクリと体を震わせる娘。
静かに戸が開いて――、誰かがその部屋へと入ってくる。
「あ――」
そう娘は呟いて――、現れた男を見つめた。
「――なるほど……、貴方が、博雅が託したかった娘――。どおりで――」
「あ――あの……貴方は?」
その男――、安倍晴明はすべてに納得したという風で頷きながら――、そして優し気に笑った。
「私の名は安倍晴明――、貴方の養父源博雅の友――、そして」
「貴方が――平安京の陰陽師・安倍晴明――」
「その通りです――。梨花さん?」
そのすべてを見通すような瞳が、娘――梨花を捉えて……そして、その口から確かにその言葉を発したのである。
「貴方は――、土蜘蛛……なのですね?」
そう――、彼女は土蜘蛛……。平安京に仇なすとされる妖魔族の一つ。
梨花はその晴明の言葉に――、静かに恐る恐る頷いたのである。
源博雅がこの世を去って数日――、安倍晴明は、博雅が養女として育てていたとされる梨花の事を調べるため――、博雅の息子である源信貞にふたたび話を聞きに来ていた。
――博雅が亡くなった時、血を分けた親族である息子たちはいたが……、梨花らしき娘はどこにも見当たらなかったからである。
博雅に託された以上探さねばならぬと、その場で息子たちに居場所を聞いてはいたが――、彼らは”知らんな”というだけで、何も詳しい話を聞くことすらなわなかった。
「――ああ、正直、あの歳になって新たな養女など――、と、なるべく関わらずにいたからな」
「ふむ――、それは……」
「その娘を引き取ったのも、ここ最近になってからで――、妙な噂もあったしな」
余命いくばくもない老人が若い娘を囲う――、それをある事ない事語る者がいたのであろう。だから息子たちも、なるべく関わるまいと知らぬ存ぜぬを決め込んでいたのだろう。
――その状況を聞いて晴明はため息をついた。
「その娘は――博雅様の屋敷に住んではいたのですね?」
「ああ――、周りの住人は……、父上を娘がかいがいしく世話していたと話していた」
「ふむ――、ならばなぜ今わの際に娘を傍に置かなかったのでしょうね?」
「さあな――、最後の姿を見せたくなかったのか……、或いは――」
信貞は頭を横に振って晴明に言う。
「どちらにしろ――、我々はその娘の事をよく知らん……。他をあたってくれ」
「むう――」
信貞は晴明を嫌なものを見る目で見つつ踵を返す。
(――これでは託された想いを無駄にしてしまう……、しかし、なぜ博雅はあの時に何も言ってはくれなかったのか)
博雅が床に臥せていたあの時、屋敷には息子たちが代わる代わるに訪れていた。無論、息子以外の博雅のゆかりの者達も――。
(もしや――、博雅は――、娘を他の人間に会わせたくなかった? ――養女を育てていることは周知の事実であったのに?)
博雅の行動に不審なものを感じた晴明は、再び博雅の屋敷へと向かう事を決意した。
◆◇◆
その時、源博雅の屋敷は誰もおらず閑散としていた。静かに屋敷の中へと足を踏み入れると、博雅が床に臥せっていた部屋へと入る。
「――私の予想が確かならば」
そう呟いて周囲を静かに――、丹念に見まわす晴明。そして――、
「――アレは……」
部屋の隅に一つの古びた箱が置かれていることに気付く晴明。それは、一見すると適当に放置されただけのガラクタに見えたが……。
晴明は静かに箱に歩み寄り、その蓋を開ける――。そこには――これまたガラクタにしか見えない”木彫りの笛”が入っていた。
「――価値がないものだと放置されたか……」
晴明は静かにその笛を持つ――そして、
「あ――」
その笛の側面に――”梨花”と刻まれているのを見つけたのである。
「なるほど――、博雅よ……、これは私に娘の居場所を知らせるための――」
晴明は納得した風に頷く。そして――、その笛を片手に、もう片方の手で剣印を結んで呪を唱えた。
「オンアラハシャノウ――、その深遠なる知恵を以て祈り給えば、遁れし者が遁れしままにあらざること必定なり……」
それからしばらくのち――、晴明は静かに頷きかつて博雅が寝ていた場所を見つめる。
「――お前は、私にだけ――、その梨花という娘の居場所を教えたかったのだな?」
それは確信――。源博雅は、安倍晴明ならば自分が何も言い残さずとも娘の居場所を見つけられる――と、そう信じたのだろう。
(ここまで娘の事を親族その他に隠しているとなると――、その梨花という娘……何か秘密があるのか)
晴明はそう考えつつ屋敷を後にしたのである。
◆◇◆
――いいかい? この屋敷は閉め切られて誰も来ないハズの場所。そこを訪ねるとしたら、それはわが友である晴明以外にない。
ここで静かに隠れているんだ――。お前が多くの者の目に入ったら……、お前の秘密に気付く者もいるだろうからね?
その娘は――、暗い屋敷の中の一室で、両足を抱えながらただ待つ。
「博雅様――、本当なら……その今わの際までご一緒したかった――」
でも――、自分が多くの人の目に触れれば……。
「――博雅様……。本当にその晴明という方は――」
自分を救ってくれるというのか? ――その疑問に答える者はもはやこの世にはいない。
ただ優しく笑いかけてくれた博雅の笑顔を思い出し――、その目に涙をためる娘。
「――博雅様」
娘はかつてを思い出す――。平安京に昇って初めての日に、ガラの悪い者たちに囲まれて連れて行かれそうになった事。
それを――静かな口調と、有無を言わせぬ意志の強い瞳で制して、救ってくださった博雅様。
自分の秘密をなぜか即座に見抜いて――、そして優しく事情を聴いてくれたあの日――。
――あの日から、娘はある目的のために博雅の養女となり――そして……、
「大丈夫だよ――博雅様。私は必ず――静枝を救ってみせる」
――と、その時、屋敷の門扉が開く音がした。それを聞いてビクリと体を震わせる娘。
静かに戸が開いて――、誰かがその部屋へと入ってくる。
「あ――」
そう娘は呟いて――、現れた男を見つめた。
「――なるほど……、貴方が、博雅が託したかった娘――。どおりで――」
「あ――あの……貴方は?」
その男――、安倍晴明はすべてに納得したという風で頷きながら――、そして優し気に笑った。
「私の名は安倍晴明――、貴方の養父源博雅の友――、そして」
「貴方が――平安京の陰陽師・安倍晴明――」
「その通りです――。梨花さん?」
そのすべてを見通すような瞳が、娘――梨花を捉えて……そして、その口から確かにその言葉を発したのである。
「貴方は――、土蜘蛛……なのですね?」
そう――、彼女は土蜘蛛……。平安京に仇なすとされる妖魔族の一つ。
梨花はその晴明の言葉に――、静かに恐る恐る頷いたのである。
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