語れや勿怪

片里 狛

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【5】銀の女と廃墟の泥-1

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 タイラさん暇でしょちょっと付き合ってほしいんだけどー、なんて、コンビニかスーパーにでも誘うみたいな気軽さで言われて酸欠でぼけーっとしていた俺はうっかりノータイムで頷いてしまった、のが敗因だった。
 いやつーかまず酸欠ってのがおかしいだろ。なんで自宅で酸欠状態になんだよ。いやナガルが朝っぱらから元気にディープキスしかけてきやがるからだけどさ……。
 嫌なら抵抗しろ、ってのは、ナガルに関しては正直無意味だ。
 勿部ナガルは基本的に他人の話なんか聞いちゃいない。タイラさんだいすきーと笑う顔のまま、俺の罵倒をひょいひょい聞き流していく。こいつのだいすきはそのまま、ただそのままの意味しかない。そう、『勿部ナガルは鎌屋平良が大好きである』というそれだけの意味しかないわけだ。
 好きな人を尊重しようとか、嫌われないようにしようとか一切思っていない。全く、微塵も思っていない。ていうかナガルの『だいすき』はイコール『嫌われたい』というわけのわからん等式になってるからもう俺も深く考えることをやめた。
 職業柄、というか、育った環境のせいか元の性格なのかわからんけど、俺は他人の言動に敏感だ。
 なるべく嫌われたくないし、好かれたいとは言わないが距離を取られたくない。誰かに遠回しに、またはストレートに嫌悪をぶつけられるのは嫌だ、こわい、避けたい。だから人の感情を考える。言葉の裏を考える。書いている登場人物の言動も、一貫性を持たせるためにわりとしっかり頭を捻る。
 けど、ナガルの言動と感情は一切理解不能だ。
 わからんもんは、考えても仕方ない。心配しても仕方ない。
 天気予報で予想できる範囲なら予防できても、明日起こるかもしれない大地震なんて常に心配しているわけにもいかないだろう。そんなかんじだ。どうにもならないことに、あーだこーだと策を講じても仕方ないので、結局俺はナガルに関しては『もうどうにでもなれ知らん』というスタンスを取ることを選んだわけだ。
 自暴自棄と言ってもいい。
 まあでも、こいつが転がりこんでから一週間、ママはめっきり姿を現さなくなったし、家の中のヤバい霊障もすっかりなりを潜めた。
 目につくやつは片っ端からナガルが除霊してくれたし、新しく寄らないようにと毎日塩を盛ってくれている。朝になるとどろどろに溶けてるし、ナガルすげー嫌そうに『くっそつよーいきらーい』とか言ってるけど。でもまあ、今のところ格闘してくれているし、若干ナガルが勝ってるっぽい。
 快適。そう、これが快適っていう感覚なんだ、と久方ぶりに感動した。
 一人暮らししていたときも、一応霊障とは無縁の生活だったけど。
 でもあんときは、『本当にこれでいいのか』とか『俺だけ逃げても母さんどうすんだ』とか、そういう不安も付きまとっていた。
 きちんと対処したうえで、目に見えて霊障を抑えられている。その事実は、俺の心労を相当軽減したらしい。
 このところ寝つきもいいし、目覚めもいい。いや寝るときはナガルを布団の中にいれない攻防戦で必ず力尽きるから、気絶みたいなもんかもしれんけど、いやそれが理由だとしても爽快な目覚めだからもうどうでもいい。うん。
 さっぱりした朝を迎えると前夜の決死の貞操死守攻防も『むしろいい運動では?』くらいに思える。
 二日に一回は戦いに負けて若干エロいことされて寝落ちて朝から絶望するけど。まあ、いいわ。いまんとこ、ケツの純潔は守っているし、ちょっと手で抜かれるくらいだし、と自分を慰めることにしている。
 死の恐怖に比べたら、なんかもう全部些細なことだ。
 メシちゃんと食ってるからかもしれないし、酒あんま飲んでないからかもしれないけど。
 自称料理上手の男は、腹が立つことにマジでメシがうまかった。
 いや、マジでなんでアイツ、人格以外は完璧なんだろう……。歴代同居人であんまり文句あるような奴はいなかったけど、その中でもダントツ家事レベルが高い。
 一人だとやんないよーと言いながら、こまめに掃除洗濯料理をこなしていく。嫁かよ、と思ってしまったがどんな反応されても嫌だから言わなかった。
 ちょっと、気を抜いていたんだ。自覚はある。
 人間ってやつは現金なもので、過去の記憶は段々と薄れてしまう。あんなに毎日きつかったのに、最近はユーレイってどんな見た目だったっけ? くらいに思っていた。あとナガルの性格と職業完全に忘れていた。
 こいつは見た目と家事スキルは完璧だけど人格と性格が意味不明すぎる方向にクソな、ユーチューバー兼除霊師だった。
 根が真面目な俺は、付き合うってどこだよホームセンターか? 足りない家具でも買うの? 電気ケトルほしいっつってたけどそれ?
 なんてぽやぽや考えながら適当な服に着替えて(ベルトも忘れなかった)、適当に髪の毛括って、適当にスニーカー履いて玄関出た瞬間家の前に止まっていたすげーアヤシイ青いスポーツカーに問答無用で押し込まれた。
 後部座席せっま!
 いや俺百七十七あんだけど! ナガル程じゃないけどそこそこ足長いんすけど!
 なんて抗議は勿論口からは出て行かない。
 俺はなんつーか……大体一人で生きて来たし引きこもりだし外とか出ないし他人と会うときは大概家ん中だから一対一だし、要するに外の世界と知らん人間と意味わからん状況にすげー弱い。
 一瞬でパニックになって『なんで? なに? ていうか運転席の銀髪のおねーさん誰?』って疑問がやっと途切れ途切れの言葉になったのは、いつのまにか高速道路に乗ってからだった。
 ええ……待ってマジでどこに行くのこの車。絶対ホームセンターじゃないことだけはなんとなくわかるけど。
「アハ、タイラさん相変わらずアクシデントに激ヨワだよねぇ。おれ以外の人間に拉致られたらだめだよー?」
 助手席でしっかりシートベルトをしたナガルが軽く振り返って笑う。こいつは相変わらずいつもどおりのぶっこわれた笑顔だ。
「いやおまえ以外に拉致られる予定も可能性もねーよ……同居人拉致んな、シャレになんねーからおまえ」
「ふふふふほんとだー笑えない冗談っぽーい。ま、うちの親父は拉致っていうかまず仲良くなってから自発的についてきてもらうみたいなアレだったけどねーたぶん」
 そうなのかそれも初耳だからやめてほしい情報だ。ていうか煙草咥えながらギュンギュン車飛ばしてる彼女は、その辺の話を知っている人なのか。
 銀髪、咥え煙草、暗い色のネイル、ぴったりとした洋服、やせ型で背は高い。バックミラーに映る顔は、サングラスのせいでよくわからないが、愛想のいい人間には見えなかった。俺に言われたかねーだろうが。この車内でにこにこ笑っているのは、たぶんナガルだけだ。
「えーとなんだっけ? どこ行くかってきいた? おれの仕事、ちょっとタイラさんに手伝ってもらいたいから拉致っただけ。場所はえーと……どこだっけ藍ちゃん?」
「群馬。あんた自分の仕事の情報くらい覚えなよ」
「えー面倒くさい。おれあんま記憶力とか自信ないし、いちいち依頼の情報確認すんのも面倒くさいもん。場所は大体藍ちゃんが把握してっからいいでしょ」
「よくないっつの。てかモノル、後ろのせんせーになんも説明してないの……」
「ん? せんせー? あ、タイラさんのこと? あ、小説家だから? いいね、せんせーって響き。なんかちょっとえろい。タイラさんせんせーって感じ微塵もしないけどね?」
 うるせー悪かったなどうみてもクソニートで。と反論する前に、煙草の煙をすうっと吸い込んだ銀髪女子(つっても俺と同世代くらいだ)が、ふーっとナガルに煙を吐きかけた。
「うわっ、ちょ、ごほ……っ、わ……藍ちゃん、ひっど!」
「他人と同居するってーから、ちょっとは人間になったのかと思ったら相手に全依存してんじゃねーっての」
 ……まっとうだ。
 まっとうすぎてなんか変な声が出そうになった。まさか、ナガルの知り合いでまっとうな人間が出てくるとは思っていなかった節がある。つか、知り合いとかいたんだ……ということにまず驚いている自分がいる。
 まっとうすぎる銀髪女子は、サングラスをちょこっとずらしてバックミラー越しに視線を寄越した。
「すいません、話は通ってるもんだと思ってました。ちょっと過信しすぎた。あー……えっと、わたしは藍川ってもんです。故あってっていうか縁が切れなくてモノルのアシみたいなコトしてます。こいつ車ないんで」
 藍でいいですよ、とぶっきらぼうに呟く彼女に対し、俺も一応自己紹介をする。自己紹介っつっても『一週間前に押しかけられて同居している小説家です』以外に、言うことがない。
 仕方なくそのまま告げると、お察ししますと同情された。
 藍さん、非常にまっとうな人だ。なんでこんなまっとうな大人がナガルのアシなんかやってるのか、あまりにも不思議でならない。
 とんでもねー速度で走る車は、いつのまにか高速を降りて、いつの間にか山道に差し掛かっていた。
 群馬って言ってた? 言ったよな?
 正直修学旅行以外で遠出したことない俺にとって、群馬県でさえ未開の土地だ。つか群馬ってこんな一瞬でつくのか? そういうもんなのか? 思いのほか近いのか、藍さんが飛ばしすぎてたのかどっちだろう。
 ガンガン山道に踏み込むスポーツカーは、時折道を譲り合いながら進む。そのうちに対向車なんか一切来ないような道になり、ついに車は砂利道手前で止まった。
 こっからは歩きだから、と言われて車から放り出される。
 どうも藍さんは本当にナガルを運ぶだけで、仕事には同行しないらしい。
 叫べばまあ聞こえるだろうからいざとなったら叫べ、と言われ、恐る恐る確認したスマホの電波は圏外だった。
 久しぶりに見たな……圏外表示……いや俺、家からまじで出ないからさ……。
 よく考えてみたら俺は財布すら持っていない。スマホひとつ(尚現在圏外)でこんなところで放りだされたら、それこそガチで死んでしまうだろう。
 夏ならワンチャン自力で下山できるかもしれないが、生憎と現在真冬だ。家んなかでもこたつとストーブ必須な季節だ。
 太平洋側とはいえ、標高の高い山奥はシンプルに寒いし、適当にひっかけてきた防寒具だと若干きつい。いや、だって、いきなり山んなかに来るとは思わないじゃん……?
「じゃ、いこっかー。えーとこっちかなぁ?」
 手にした紙をぐるぐる回しながら首を傾げるナガルが不安で仕方がない。
 こいつ、家事は完璧なのにまさか方向音痴じゃないだろうな? 自慢じゃないが俺は地図読めねーぞ。ほんと自慢じゃないが。……おまえなんか有益な特技あんの? って言われたらなんも言えない気がして辛くなってきた。
 俺の不安をよそに、森の奥へ続いていたのは一本道だ。
 とりあえず迷う要素はない。最悪この道を引き返せば、藍さんの車にたどり着けるはずだ。
 いざとなったら走る準備だけはしておく。俺の微々たる体力でどこまで走れるかわからんけど。ナガルは知らん、勝手に逃げんだろ。そう思ったのに、決意空しく俺の左手はナガルの右手にがっつり捕まってしまった。
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