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第 二 章 変わり行く何か

第十話 誰かが欠けた飲み会

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2003年8月11日、月曜日
 今日もせっせとバイト。
 昼時は土日とか祭日関係なしに忙しい。
 その忙しい中、それを感じずに仕事を器用にこなす。
 手が空けば休むことをしないで他の客の対応をしていた。そして今、席が空いたので新しい客を向かえる為にフロントへと移動している。
「四名様でしたね、大変お待たせしました」
 普段使う事のない丁寧な言葉で待ち客を席へ案内していた。
「注文が決まりましたらそちらのベルでお呼びください」
 そう言い残してから一旦カウンターに戻り、人数分の冷水とおしぼりを持ってそちらに向かいそれをテーブルに丁寧に置く。
 今度は調理場へ向かい既に出来ている他の客の料理をトレイに乗せその客の元へそれを運んだ。
 客足が少なくなる4時頃までそんな事を繰り返す。
 自慢じゃないけど、今まで一度ミスやったことないんだぜ。
 忙しいと時間の流れも速い、いつの間にか休憩時間になっていた。
 休憩時間になったから休もうと思って奥に入ろうとしたけど、また新しい客が入ってくるのが分かった。だからそれの対応をしてからにしようと思ったんだ。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか・・・・・・・・・?」
「何間抜けずらしてる、早く俺の対応してくれないと次の客に悪いだろ?」
「オイ、貴斗お前の後ろに客はいないぞ、それに今は少し暇な時間だ。俺一人サボった所で何てこと無いさ」
「サボらず、蟻の如く働け」
「今から俺は休憩だ!」
 そんな会話をしながらコイツを席に案内し、メニューを渡す。
「メニューはいい、既に決めている日替わりCセットを頼む」
「分かった、それでいいんだな。俺も一緒にお前と食事するから逃げるなよ、貴斗!」
「俺は逃げも隠れもせん」
「ウソツケッ!」
 そう貴斗に言ってやるとカウンターの中に入りヤツと自分の料理を注文した。
 さっきヤツは〝俺は逃げも隠れもせん〟って言っていたんだけどよくももぁ、あんな事が平然と言えるものだ。
 なんでかっ、て?月に二、三度、アイツはここに足を運んでいるようだった。
 しかも俺に気付かれないようにだ。
 何でヤツがそうしているのか?多分、俺の事を気に掛けてくれているんだろうけど、それを俺に知られたくなかったんだろうな。でも、その内の一回くらいは、こんな風にまともに会ってヤツと話す事もあったんだ。
 そんな事を考えていると貴斗と俺の分の料理が出来たようだ。
 それをトレイに乗せヤツの所へと持って行った。
「へぃ、おまちぃ~~っ!」
「失格!」
「なにがだよ!」
「レストランとか喫茶店でそんな対応しないだろ」
「ばぁ~~~かぁ、テメェだからそう言ったんだ」
「だろうと思った」
「からかってたのかよ」
 そういって何も乗っていなかったトレイでヤツに面討ちをしてやった・・・、がしかし、難なく避けられてしまった。
「やるなぁおぬし」
「そんなの避けられないほど、俺はドン臭くないぜ」
 同じテーブルでかなり遅い昼食を食いながらコイツの近況と共通の趣味について話していた。
 最近、貴斗のヤツは車のチューンナップに熱を淹れているって教えてくれたんだ。そして、俺はコイツにバイクを購入して、それを乗りまわしている事を教えてやった。
 俺が藤宮の事を聞くと嬉しそうな表情で彼女の事を話してくれた。
〈何だかなぁ、始めてコイツと知り合った頃と比べるといい顔してる〉
「どうした、宏之?俺の顔になんかついてるのか?」
「お前の表情が柔らかくなったと思っただけだ」
「そうか?俺にはよく分からん」
「まっ、そうだろ、誰だって自分じゃわからねぇって事、結構多いし」
「そうかもな」
「ああ、そうだよ。ヤッパ、お前がそうなってきたのは藤宮さんのお陰か?」
「・・・うっ、うんなの知るか」
 コイツはスプーンを銜えたまま照れるようにソッポを向いてしまった。結構面白い顔をしやがる。
「ハハハハハッ」
「笑うな!」
「わりぃ、わりぃ。ところでよ、香澄の事だけど」
 香澄の事を口にした時、コイツの表情は一瞬翳り、そして、何だか嫌そうな顔になった。
「どうしたんだ、貴斗?」
「別に・・・・・・、」
 貴斗のその言葉と口調は正反対で穏やかじゃなかった。
「食べ終わった事だし、お前の仕事の邪魔したくない、帰る。一つだけ忠告して置く、大切な人の為にも無理して体を壊すな」
 貴斗はそれだけ言い残すとテーブルに必要以上の金を置き、俺に返す言葉の間を与え隙も見せずに立ち去っていってしまった。
〈貴斗、一体どうしたってんだ、俺なんか不味い事、言ったのか?〉
 その貴斗に対する俺の疑問も未解決のまま、慌ただしくなってきた仕事場に身を落とした。

2003年8月16日、土曜日
 今日は珍しく、昼時だと言うのにそれほど混んでいなかった。
 早い休憩を取り俺のダチである慎治と昼食を食いながら会話していた。
「慎治、大学、楽しいか?」
 社会人でもなく学生でもない中途半端な存在だった。だから違った環境のことを知りたいと思う時がよくあったんだ。だから機会があれば今の様に慎治にそれを聞いていた。
 貴斗にも大学について聞いてけど、相変わらず居眠り大王らしく学校の事よく分からないって言っていた。
「よくも、悪くも、楽しい場所だ」
 それから、慎治の学園ライフの話が始まる。
 結構楽しんでいるようだった。
 それと貴斗から聞いたのとは別のヤツと藤宮の関係を教えてもらった。それと俺や貴斗以外の親友が出来たらしい。しかも外国人。とても面白い奴だって慎治は言っていた。
 面白い奴なら俺もあってみたい。慎治と馬が合うってんだから相当の人柄なんだろうぜ。
「あぁ、上々だ、二人をからかうと案外、面白い事この上ないんだなこれが。それとな、最近、貴斗の表情が豊かになって来た」
「俺もそう思ってる」
 慎治も俺と同じ事を思っているみたいだった。だから俺もそう答えていた。
「何だ、ヤツとあっていたのか?」
「かなり少ないが、それでも月一でくらいは顔を合わしているぜ。貴斗から聞いてなかったのか?アイツがお前に言ってないって事は他言するって言う意味か?」
〈貴斗って結構隠し事が多いヤツなんだよな〉
「そうかもな」

*   *   *

 慎治と俺は貴斗と香澄の関係について話していた。
 今週の月曜日だってヤツは香澄の話題を聞くと急に機嫌をそこねちまったからな。
「お前も知ってるだろ、貴斗は記憶喪失であれだけど隼瀬の元幼馴染みだぜ。無意識のどっかで宏之、お前みたいなアホウに大事な幼馴染みが取られたんだ。お前に嫉妬してるんだよ、きっと」
「誰がアホウだよ・・・、貴斗、マダ記憶戻らないんだったな」
 貴斗のヤツがまだそんな状態だった事を口にするとどうしてか気分が沈んでしまった。
「そんな、顔スンなよ、別にお前が悪いわけじゃないだろ?それに、最近、俺はヤツの記憶戻らない方がいいって思ってんだ」
 慎治の奴は何の脈絡もなくそんな事を俺に聞かせてくれた。
「何でそう思うんだよ」
「教えられない」
「そっか、じゃぁ、きかねぇよ」
 貴斗もそうだけど慎治の奴だって随分と隠し事が多いような気がするのは俺の気のせいなんだろうか?
 そんな事を思いつつも俺は慎治に一つ、頼み事を口にする。
「俺は貴斗の近くに居ないからヤツを手助けできない。
だから、その分、慎治に任すからな、頼んだぜ、アイツの事!」
「オウよ、任せておけって、だからお前は何の心配もスンなよ、宏之!」
 慎治はきっぱりとそう答えてきてくれた。
 余計な事に首を突っ込んではいけないと言うのは昔から知っていたけど、永蔵のおっさんの事で身をもってそれを知った。
 だからそれ以上、慎治に貴斗の事を聞かない。
 俺は手の届かない所にいる貴斗を慎治に任せる事にしたんだ。
 慎治がそう言ってくれるから俺も簡単に安心できる。
 その後は香澄の話を少しだけして、飲み会をしようって慎治に約束した。

2003年8月26日、火曜日

 今日は香澄の誕生日だった。彼女をみんなで祝ってあげたかったから今日この日、みんなで飲み会を開こうって慎治に伝えていた。そして今、慎治が絶賛する飲み屋?楓?で俺、香澄、慎治、藤宮の四人で香澄の誕生日を始めようとしていた。
 ここにみんなが集まって最初に言葉を出したのは香澄の幼馴染みの藤宮だった。
「香澄、お誕生日おめでとうございます!」
「クククッ、隼瀬、また一つ歳くったな、おめでとう」
「香澄、誕生日おめでとう。これからもよろしく頼むぜ!」
「アハハハッ、みんなアリガトね」
 どうしてか彼女の表情に一瞬翳りが見えたけど直ぐに笑顔に戻り俺達にそう言ってかえしてきた。
 慎治がここに予約を入れていたので殆ど待たずにビールと日本酒それと料理が出てきた。
 みんなそれぞれのコップにビールを酌み交わし、慎治が仕切りの言葉を上げる。
「かんぱぁ~~~~いっ」
『ガチャ、カチャ、カチャァ~~~~ン』
 俺達のその音頭と共にグラスの打ち合う音がこだました。
 みんな酒と出される料理を摘みながら談笑する。・・・、しかし、何かが足りない気ようながする。
 それは俺の親友の藤原貴斗、アイツがここにいなかった。どうしてかは判らない。
 俺はもう一人足りない事を忘れている。それは凉崎春香、彼女の事だった。
「なぁ~~~にひろるきしへたるらしてんのぉ~~~」
(何、宏之、時化た面してんの?)
 香澄の奴もうよっているようだぜ。
 彼女が酒に弱いのは知っていた。そんな彼女を見た藤宮は苦笑している。
 彼女、結構お酒口にしている様だけど酔っている気配はまったくない。若しかして酒豪って奴か?香澄とは正反対だな。
「おぅ、どうした宏之?馬鹿面してっぞ、ワハハハッ」
 慎治の奴は酔っているのか酔っていないのか分からん。
 俺は出される料理と酒の分量を考えながらそれらを胃に流し込んでいた。
 慎治も香澄も、そして俺も結構飲んだせいかべろん、べろんっ、になっていた。だがしかし一人だけ違う、藤宮の奴ほんのりと顔を赤くしているがまだいけそうな感じだった。
 既に彼女、日本酒を一升開けているのにも関わらずだ・・・、少なからず彼女に戦慄を覚えちまった。
 おぼつかない手で、俺はまだ残っている料理を摘んでいた。
 香澄は俺の隣で可愛らしい寝息を立てながら眠っていた。
「ハ・カァ、ごめん、タ・ぼぉ~~のあほんだらぁ。スゥ~~~、スゥ~~~、・之・・・、だ・い・す・き」
 香澄の奴、寝言でなんか呟いているようだったけど一体なんていってたんだ?

*   *   *
 俺も程よい感じに酔いが回って眠くなってきた頃、ここには来ないと思っていた人物が現れた。
「おぉ、たかとぉ~~~じゃないかなんで今頃きたんだぁ~~~~ふみみやはんをなんとかひてくれぇ~~~~」
 慎治はかなり酔っているはずだが口調はそれなりにまともだった。
「らかとぉ、ふるなら、へんはくひろほ」
(貴斗、来るなら連絡しろよ!)
 俺の口調はまともじゃなかった。ちゃんとヤツに俺の意思は伝わっただろうか?
「バイトの帰りによっただけだ。それと詩織、飲みすぎだ」
 藤宮の様子を見たコイツはそう言いながら彼女を軽く小突いていた。
「たかぁとぉ、いたいよぉ~~~」
 彼女はコイツのその行動を非難するように可愛らしく涙を流しながら訴えていた。
「ZZZ~~~~~~~~」
 俺の恋人は貴斗の登場に気付きもしないで幸せそうな顔で眠っていた。
「宏之、隼瀬を抱えられるか?」
「あっ、ああ」
 貴斗の言葉にとりあえず返事を返してしまったが・・・、かなり無理だと思う。だがそんな俺を見ていたヤツは心の中で何かに溜息しているような感じで言葉をかけてくる。
「・・・、無理そうだな、俺が隼瀬を負ぶってやる、お前の家まで俺の車で送って行ってやる準備しろ。それと詩織、嫌じゃなかったら俺の家で待っていろ」
「はぁ~~~~いっ、おっ布団の準備をしてそのナカでぇ待ってまぁ~~~す」
「ハァ~~~、慎治、もし帰るのが辛かったら俺の家に泊まっていけ」
 そうか・・・、この飲み屋は貴斗の住むマンションの近くにあった。だからヤツはここを覗いてみたんだろう。
 貴斗に促されヤツの車に香澄と一緒に乗り込んだ。
 ヤツの運転する車の振動が心地よかったのかつい俺も眠っちまった。
 気がつけば次の朝をベッドの上で香澄と共に寝かされていた。
 体をそれから起こす。そして、リヴィングに移動するとテーブルに何かが置いてあるのに気付いたのでそれを取ってみた。
『宏之へ、一緒に飲めなくてすまん』
『隼瀬へ、昨日は祝いの言葉を言えなかった。誕生日おめでとう』
 俺はその手紙を読み、心の中で、素直に
〈・・・、貴斗のヤツ・・・、ありがとな〉と感謝していた。
 簡素の置手紙だったがそれを読んだら何だか嬉しくなってしまう自分がそこにいた。
〈香澄が起きたらこれ見せてやろう。きっと喜ぶ〉
 そんな事を思いながら、台所へコーヒーを淹れに向かっていった。
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