CRoSs☤MiND ~ The fragment of ADAM Project truth ~ 第 四 部 八神家編

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第 四 章 過 去 究 明

第十話 あらゆる事 実

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~ 2011年8月26日、金曜日 ~

 夏真っ盛り、営業で外を回っている連中には非常に厳しい季節の真っ只中。
 俺は涼しい空調の効いた店内で夏の暑さに負け逃げ込んできた客の接待をしていた。
 元上司の剱崎に再三、SICXに戻ってくるように請われ、翔子さんからも絶対にFHTDに来るべきだと言われ、挙句の果てには翔子さん派の姉貴はFHTD入社するよう強要する。
 未だに、どうするか決断できないで、ずるずると喫茶店トマトで働き続けているから、夏美店長は俺がここの正社員になるのだと思い込んでいる。だが、それだけは無い。
 あくまでも、飲食店の店員である事は一時凌ぎにしか過ぎない事。
 しかしながら、夏美店長が俺に望んでいる事は接客店員ではなく、経営陣側に加わる事なんだけどな。
 業務中はやるべき作業に集中して余計な事を考えないで、全身を動かしていた。
 どんな職種に就いていても、一生懸命やっている時の時間の流れは早く感じられた。
 就業時間が後、三十分くらいで迫ろうとしていた時に倉庫の整理を始めていた。
 物品確認と足りない物の発注一覧表の作成。
 俺にとっては簡単すぎる片手間な仕事だった。
 俺が来る前から、この倉庫はちゃんと整理されていたが、物の出し入れや分類、その管理にやや合理性が欠けていた。
 自慢に聞えるけど、俺がそれに出来る限り手を加え、相当のもの覚えが悪い店員以外なら、新人でも二、三週間もすれば、倉庫番も朝飯前に行えるほど仕立て上げた。そして、今、俺は倉庫の流行り物の在庫をざっと確認していた所だ。
 俺の背より高い所の物品を見るために移動式の梯子を滑らせ、その位置に固定する。
 POSの端末を弄りながら、段を上がり、記録をしていく。
 品物の鮮度を保つために、空調が効率よく循環するように設計された倉庫だけあって、中は涼しかった・・・、食べ物にとっては。
 人間である俺には肌寒く、倉庫に入る時には長袖を着ていたんだけど、鼻の辺りがむずむずし始め、くしゃみをしてしまった。
 余りにも大きなそれをしちまったために、体がふらつき、支えられなくなって床に落ちてしまったよ。しかも、着地が上手く出来なかったから、足首を捻ってしまった。
 捻挫をしてしまったようだ。
 捻挫は馬鹿に出来る怪我じゃない事をスポーツ好きなら誰でも知っている。
 因みに俺も知っている。
 下手な治療は命取り、だから、シップだけして、直ぐに愁先生に見てもらうように仕事の帰り際、済世会病院へよる事に決定だな。
 怪我をしたのが、左足でよかったよ。
 更に車はATだ。
 左足を使う事はない。
 痛みを感じるが、その所為で運転に集中できない事もない。
 Engineを始動させると、俺のダブルエックスは静かに、軽やかに走りは出した。
 病院までの道のりに信号機が何台も立っている。
 その信号で何度か足止めを食っている間、ここ、数ヶ月の事を考えていた。
 俺の記憶の復活とほぼ同時期に涼崎翠ちゃん、結城弥生ちゃんの覚醒。
 おれ自身の心の変化、翔子さんの事故遭遇、姉貴の殺人未遂?まだある、どうしてなのか俺の大事で可愛い妹の右京も、誘拐されそうになったんだな。
 翔子さんに関しても、佐京姉貴に関しても右京の事も、唯一回きりだけじゃなかった。
 誰かに狙われているんじゃないかと思えるほどに不慮の事が多発していた。
 三人とも恨みを買うような性格じゃないんで、誰かが復讐する様なことは考えにくかった・・・、うぅ~~~ん、姉貴なら敵を作りそうだから、無くも無さそうなんだけど、それでも、やっぱりありえないと思う。
 病院前の三叉路で信号待ちをしていたそれが青に変わった。
 色が変化してから、反応が遅れて直ぐには車を走らせることが出来なかったし、足の痛みが大分強くなってきた。
 後続車は煽っている訳じゃなかったけど、加速度を上げ、済世会病院の駐車場を目指した。
 ダブルエックスをなるべくエンタランスの近くにと停車させ、車から身を乗り出した。
 地面に足をつけたときに、痛みが酷くて、顔を一瞬歪めてしまうが、直ぐに顔を上げて、建物の方へ向けていた。
 向けたのは良いんだけどな、その時俺の眉間の皺が軽く寄っていた。
 理由は病院入り口の庇の一角を担う柱の所に、皇女母さんと、愁先生が居て、立ち話をしている様だった。
 遠くからではっきりと判らないんだが、愁先生の表情が厳しくなっているように俺の目には写っていた。でも、その顔は別に母さんを咎めている様な雰囲気じゃない。
 皇女母さんの方は、どうかというと、頭が俺の方を向いていて、表情なんかわかったもんじゃない。だけど、どうせ、飄々として顔で、愁先生の話を聞き流しているんじゃないかと、勘ぐっちまうよ。
 愁先生の造っている顔を見て、どうしても、その会話の内容を知りたいと思っちまった。だから、気付かれないように近づき、盗み聞きしてやろうと、そちらに向かう。
 痛みが酷くなってきて、拙い歩き方で、入り口へと向かった。
 これじゃ、気付かれない様にするなんて無理だと思いつつも、それでも最大限の努力はした。
 二人は声を落として、会話を交えているのだと思ったけど、それ程でもなかった。
 二人の会話が徐々に聞える範囲に俺の体は移動していた。
 結局俺の努力は無駄で動きが結構目立つのに二人とも、話に集中しているのか俺の存在を気付いていないみたいだ。
 もう十分聞き取れる距離にきたから、それ以上、歩かないで耳を立てる。
「皇女大先輩っ!どうして、貴女はそのような落ち着いた風に振舞えるのですか?佐京が異常な確率で、事故や、事件に巻き込まれそうになっていると言うのに、右京ちゃんもですよっ!それでも、貴女は、何も知らぬ、存ぜぬ、を貫くと言うのですか?慎治君のあの事故でしたって、記憶喪失の事も、故意なのですよ。私は、確信しています、藤原貴斗君も、涼崎春香君も、翠君、弥生君でしたってそうだし、もしかすると彼や彼女達だって」
 身振りをしながら、何かを母さんに訴える愁先生、しかし、家の母さんはそんな愁先生の唇に人差し指を押し付け、黙りなさいと言う風な態度をとっていた。そして、それは驚く、理由は・・・、
「シンちゃん、盗み聞きはお行儀が良くありませんよ」
 そう言い俺の方へ穏やかな笑みで振り返ってくれていた。
 糸目になっていた母さんの目が開き、俺の足元を見ていた。
「あら、足をくじいてしまったのね。早く診ませんと大事になりますわ。しゅぅ~~君。シンちゃんに肩を貸してあげてくださらないかしら」
「大先輩、話をそらさないでくださいと言いたい所ですが、たしかにこちらの方が先ですね」
「賢明な判断ね、それでは後は宜しくお願いしますよ、しゅぅ~~~くん」
 母さんはそういって・・・、逃げた。
 俺も先生も同時に呆気に取られ、そして、同じ様に呆れた表情をお互いに見せていた。
 診察室へ通されると、そこで、先生は俺の脚を見てくれていた。
 捻挫じゃないかもしれないと言う事で、レントゲンも撮られた。
 先生は現像された白黒の画像を眺めていた。
「骨折とまで酷くありませんが、少しばかり、欠けてしまっているようですね。掛けてしまった物をそのまま、中に残して置く訳には行きませんので摘出手術です。一、二時間は覚悟してください」
 先生は俺に向かってそう言い、看護師に手術の手続きと、準備をする様に命令していた。
 さっきの会話の事を聞きたかったのに、その余裕も与えてくれず、俺は手術着を纏わされ、急患用手術室へ通されると、そこの寝台に寝かされ、部分麻酔をさせられる。
「先生、あの」
「手術中です、我慢して、黙っていてください」
 真剣な表情で俺の治療をしてくれていた。だから、今は我慢して待つしかないと思った。
 俺は自分の体を裂かれる様子をまじまじと見る度胸なんかとても無かった。だから、視線を適当に移しながら、手術が終わってくれるのを待つ。
 一時間十二分、それが所要時間だった。
「暫くは歩かせる訳には行きませんので、入院・・・、と言いたい所ですが、自宅静養の方が慎治君にはいいでしょう」
「家に居ても、入院しても、退屈なのは変わらないっすよ」
「まあ、そうでしょうけど・・・、あと一時間で私も、佐京も上がりですので、一緒に帰りましょう。今、君に車を運転させるわけには行きませんからね。ああ、君、後はこの患者さんの事を宜しく頼みましたよ」
 愁先生はそういって、手術に立ち会っていた一人にそんな事を言うと、足早に去っていった。・・・、くそぉ、聞きたい事があったのに逃げられた。
 それから、車椅子で、正面玄関へ入ると直ぐに広がるロビーへと運ばれ、そこの長椅子に座らされる。
 看護士は俺に一礼してから、車椅子ごと、行ってしまった。
 松葉杖はないし、車椅子は持っていかれちまったし、ここでおとなしく待っていろ、ってことですか?
 近くに売店があるから、雑誌でもかって暇を潰そうと思っても出来やしない、移動する手段が無いからな。
 ワンセグつきの携帯を取り出し、番組でも見ようとも思ったけど、読みかけの小説があったんだな、確か。
 そう思って携帯用電子書をジャケットから取り出し、電源を入れると、紙面の小説と同じ色の画面になり、データとして、保存されている小説の題名が五十音で並び、選択状態になっていた。
 その中から、『転神』と言う名の題名の神話系奇譚の小説を選び、その続きを読み始めた。
 集中して読み始め、一時間が軽く過ぎる、そして、その小説もいよいよ、佳境を迎えようとした頃に、愁先生と、佐京の姉貴が同時に声を掛けてくれた。
 俺は小説の頁をめくるボタンに力を入れるのをやめて、二人の方を向いた。
「慎治君、待たせてしまいましたね。帰りましょう」
「怪我の方は、大丈夫なのか、シンよ」
「愁先生が見てくれたんだから、大丈夫なのは当たり前だろう。何を言ってんだか、愁先生の腕を信じろって」
「私は、そういう意味で聞いたのではないぞ、シン」
「判ってるって、大丈夫。俺が仕事中、くしゃみして梯子から落ちただけだから、不慮の事故ってやつだ」
 姉貴にそう答えてやると、小さな溜息をついて、それ以上の言及してくる事は無かった。 それから、姉貴が持ってきた車椅子に座らされ、それで愁先生の空雅まで移動する。
 その車に乗り込み、先生が運転し始めた頃、俺はさっきの事を尋ねようか、どうか、迷った。
 姉貴は愁先生と皇女母さんが話していたことの経緯を知っているのだろうか?
 いや、多分知っているだろうな、母さんと姉貴の間に隠し事は無いはずだから・・・。
 この場で、聞いても無駄なような気がしたし、母さんに問い質していたのは先生の方だ。
 疑問の解決を望んでいるのは愁先生の方。だから、その全てを知っていそうな母さんに尋ねた方が、物事全体を理解する上では妥当なのかもしれない。
 帰ったら、真っ先に聞き出してやる。どんな手段を講じてもな。
 愁先生は俺の家の駐車場に空雅を移動させる。
 車の停車後、誰よりも早く、姉貴の佐京が、愁先生に一言『先に行く』と告げ、家の中へと行ってしまった。でもまあ、丁度良いや、先生と二人になった事だし、
「家に寄っていかないんすか?」
「今日は遠慮しておきますよ」
「なにを言ってるんですか?姉貴との結婚式は四ヶ月もないって言うのに、その後はここへ移ってくるんでしょう?なら、家の環境に慣れてくださいよ・・・、・・・、・・・。なあ、先生。夕方、病院前でうちの母さんと何を聞き出そうとしていたのか知らないけどさ。その答え、知りたくないっすか?」
「それが今の君が私を招き入れたい本音ですね?慎治君、余計な事には首を突っ込まない方が身のためですよ」
「ああ、そんな事は重々承知の助っすよ。でも、なんか知らないけど、どうしても、それを知っておかなくちゃいけないような気がして・・・」
「皇女大先輩は凄く、表情は常に穏やかなのですが、強情な所がありましてね。多分、私が知りたいことを大先輩はお話になってくれないでしょう」
「なんだよ、愁先生。もうすぐ、内の家族になるんだろう?母さんも、母さん、て呼んで欲しいって言うだからさ、そうしたらどうかと思うな」
「そういう、慎治君こそ、その様に思うなら、私の事は先生じゃなくて、それ以外で呼んでいただきたいですね・・・。しかし、慎治君、どの様にして、口を割らせるおつもりですか?」
「我に策、ああ見えて、母さんは俺に甘いんだよ。そこをつけば如何にでもなるさ」
 俺はそういって、愁先生を説得して、家に上がるように仕組んでいた。
 姉貴が先に戻ったのは俺を乗せるための車椅子を持ってくるためだった。
 大丈夫な振りをすると、強かに頬を引っ張られ、強制的に座らせられた。
 佐京姉貴に車椅子を押されながら、家の玄関へと移動していた。
 愁先生は姉貴の隣に立ち、時世の話題について討議していた。
 俺も着いていけない話じゃないので、適度に会話に混じっていた。
 愁先生が、玄関の引き戸を開けると、中から、良い匂いがしてきた。
 母さんが夕食の準備をしているのがわかる。
 最近、右京もその真似事見たいのをしていて、いまは見習いだが、十年、二十年先には上二人と変わらないくらい上手になるか、投げ出してしまうのかその成長が楽しみな所だ。
「愁、母様が、お前の分も用意しているそうだ。無論、みなと一緒に夕食を共にしていくのであろう」
「折角用意していただいているのに、それを断るのは無粋ですから、ぜひ、ご一緒させていただきますよ」
 久々に父親、泰聖以外の男が、家の夕食に加わる。
 これで、父さんが戻ってきたのなら、もっと賑やかになるだろうな。
 家の母さんは客人が来たからと言って料理を普段よりも豪勢にすると言う見栄の張った人じゃないから、家では定番で受けの良い物を出していた。しかし、それでも愁先生の事を気にかけているようで、先生の好みの物も出ているようだった。
 家族が一緒に食事を取る機会が少なくなって、親子の会話もまともに交えない今日において、家の所は珍しいのかもしれない。
 話の流れで、天然ボケの対応に困る愁先生。
 仕事中の母さんの伝説になってしまっているほど凄い所ばかりを多く知っている先生にとって家にいる母さんを見て同一人物だと思えないと感じてしまうのは無理ないだろう。
 俺にぼそりと、「別人格なのでは」とささやく始末。
 それに俺は「そのうちなれるさ」って半分投げ遣りに答えていた。
 食事も終わり、後片付け担当になっている俺は椅子から立ち上がり、その準備をし様としたが、
「後は私と、右京でやる。怪我人は大人しくしていろ。余り無理な事をして、私たちに、心労をかけさせるな、シン」
 颯爽と立ち上がり、腕組みをして、威圧するようにそんな事を言葉にする姉貴を見て、
「それでは私が代わりにやりましょう」
「愁、良い心がけだ。ここの家族の一員になるなら、それも当然なのだがな」
 何か、道理を弁えていない様な事を家の姉貴が愁先生に言ってやがりますよ。
 それを聞いて、本当に家の姉君は愁先生にべた惚れで、愁先生も、先生でこんな姉貴を溺愛しているだって?
 本当かよ、とマジで勘繰っちまうよな、この状況を見ちゃ。
「ふフフ、それも、そうですね、佐京」と穏やかな笑みで、何の嫌悪もせずに返しやがりましたとさ。
 皇女母さんと二人になると、先に声をかけて来たのは母さんの方だった。
「シンちゃん、足の具合の程は?」
「怪我としては大したことじゃなかったんだけど、欠けた骨が関節の間に挟まっちまったから、その切開した所が、所だから、傷が塞がるまでは歩くなって言われたよ、愁先生に」
「シンちゃん、貴方もその言い方止めなさい。しゅぅ~~~くんはこれから内の家族になるのですから、お兄さんとか呼んであげた方が普通でしょう?」
「へい、へい、そのうち慣れますよ、そのうち。それよりも、母さん。今日、病院で愁先生となにを問答していたわけ?」
「シンちゃんには関係あることではありません。知る必要の無い事ですもの」
「ふぅ~~~ん、そういうことをいうのかよ。そうですか、そうですか、俺には関係ないことですか」
 拒否される事は想定内だったから、驚きもしないし、そこで食って掛かるように口も挟まなかった。
 さて、どうするかなとそんな素振りをしてみせると丁度、愁先生、その他二人が戻ってきた。
 ここで、愁先生を呼んだ効果が発揮されよう・・・・・・。
「皇女母さんは、いつもそうやって、俺にだけ、隠し事をしようって肚なんだな?佐京姉貴だってそうだよ。そんなに俺に知られたくないなら、俺なんか居なくてもいいってことだよな?そんな風に考えてもいいだよな、母さん?あの時の事を教えてくれないなら、俺、愁先生と母さん達の知らない世界のどこかに行こうって約束したんだ。愁先生は医者として腕を震える場所なら、何も日本にいなくてもいいって言ってくれたし。八神なんて名前もう、捨てて、調川って名乗ろうかなぁ~~~」
 俺の嘘っぱちな演技に最初に反応したのは姉貴だった。
「シュウッ、貴様っ、それはまことの事なのか?その様な事・・・、その様な事を吾が許すと思うてかっ、シュウッ!!」
 突然、怒り出した姉貴に振られた言葉に僅かに身じろぎする愁先生。
 俺が目で合図を送ると、状況を察してくれたようで。話を合わせてくれる様に、
「ええ、貴女方の態度を見ていますと、慎治君が余りにも不憫に映ってしまって、それに少々、私も、佐京、貴女に失望しましたし、このまま、慎治君への接し方が変わらない様でありましたら、私がここへ来る事も辛く思います。ですから、婚約を解消しようかと思っていましてね。それに前々から、慎治君のような弟がいたら、いいなと思っていましたから、この際、二人で・・・」
 愁先生、演技の割にはかなり思わせぶりの風貌を表現していた。
 それを聞いた姉貴の怒っていた表情が反転し、悲壮になっていた。
「しゅっ、愁。わっ、私を捨てるというのか、その様なのはあんまりだ」
「うわぁぁあああ、だめ、だめぇ、シンおにいちゃんを連れて行っちゃ駄目です、しゅぅ~~~お兄様ぁ~、絶対駄目ですよぉ」
 末っ子の右京は泣き顔になる始末だ。さてと、
「俺らがばらばらになるか、この家にちゃんと納まるか、それは母さんの態度次第だな。泰聖父さんも俺が居なくなったとしたら、どうなるでしょうねぇ?」
「わたしとて、その様な事を本気で望んでいるわけでは在りません。ですが、慎治君の事を第一に考えてしまったら仕方が無い事なのです。皇女お義母様、どの様なご決断をなさるお積りですか」
 余り見たことの無い愁先生が腕を前組にして、人を見下すような姿勢。
 それを見て愁先生、結構楽しんでいるなと思ってしまうのは間違いじゃないだろう。
 母さんは双眸を閉じ、悩ましげな表情で皺の寄った眉間に指を添えて、溜息を吐いていた。
「判りました。判りましたわ、皇女の負けで御座います。で、シンちゃん、一体、皇女に何を聞きたいというのです?」
「話してくれる気になったんだな、母さん。聞きたいことはさっきも言っただろう、愁先生と何を話していたのか、会話に藤宮、貴斗や宏之の名前出てきたし、涼崎春香だって。それに随分前、家と藤宮家はどうとか」
 俺がそういうと、何から、どの様な順番で話すべきか、母さんは悩んだ末、
「むかぁ~~~し、昔の事です」
「おい、おい、俺は昔話をききたいんじゃねぇ~~~つぅの」
「お前が聞きたいといったのだ。口を挟まず、黙って聞いていろ」
 多分、俺の算段に落ちた事に気がついて姉貴は不満そうにそういったんだろう。
 今更、姉貴が俺の口車に乗せられていると、母さんに伝えた所で、間に合わない。
 何故なら、母さんの性格上の問題で、一度でも負けを認めると、掌を返した如く、あっさりと隠し事を暴露してくれる。まあ、それも母さん自身の策略あっての事なんだろうけど。って、な訳で、なにやら昔話みたいな事を語り始めたけど、一体何に関係しているのやら・・・。
「シンちゃん、今度お話しを途中で折りましたら、もう話してあげませんからね」
「へいへい、そうですか。なら、俺は家出息子になりますよ」
「ぶぅ、しんちゃんのお馬鹿さん・・・・・・、・・・、・・・。ふぅ、では気を取り直して・・・。今と違いまして、まだ、神社と呼ばれる場所が指折りで数えられてしまうくらいしか、無かった頃、伊勢の国にありました。神ノ宮、その社の大宮司に荒木田と神から姓を賜りし家系が在りました。ここで言います、神とは天皇様の事ですよ。シンちゃん」
「判ってるから、余計な説明を入れないで続けろよ」
 俺の言いに詰まらなそうに不満げな表情を浮かべる母親に呆れた溜息を見せてやった。
「その頃の神職には祭儀を執り行う以外にも多くの役目を神から使わされていました。その内に天皇の病気や怪我を見ます天医と呼ばれる物がありました。荒木田家は天より齎された祇によって、その事に当たったそうです。シンちゃんも歴史が好きでしょうから、一度は聞いたこと、見たこともあるかもしれませんが初代から数代に亘っての天皇様の寿命は今の常識で考えますと、不可思議なほどにご長命だったのです。現在の二倍も三倍も」
「それは今から一千年以上も前にその様な技術があったのかと、疑ってしまうような秘儀によるものらしいです。今で言う、クローンに近い医療技術。それがどの様な技術なのか、これだけはシンちゃんには教えられませんが、許してくださいね。」
「換魂という秘儀と、霊似体、この二つを持って、老いた体から、新しく人為的に産み出した若い頃の体に移す事で死という行為から逃れたと我が家には口伝されています。ただし、私も換魂と呼ばれました秘術があったのだという事を信じられませんでしたわ・・・。で、その様な神秘の技が荒木田家には代々、生まれた子の長男、長女だけに伝わっていたのです。最上という代から数えて一、二、三」
 指折りで天上のほうを見ながら何かを数える、母さんは、

「えぇ~~~と、うぅんと、十一、十二・・・、十一だったかしら」
「いいえ、皇女お義母様、貴女の十二代目です」
「そうそう、よく知っていますわね、しゅぅ~~~くん」
 何故、そこで愁先生が的確に、しかもはっきりと答えられたのかは、疑問に思えるが、今は全体を知らなくちゃ駄目だと思って、何も聞かなかった。
「そう、十二代目、石敷の子に双子が生まれました。名を佐禰麿と田長。お互いが、自分が長男だと主張し合い、一子相伝の権利は自分のものだと言い出したのです。これにより、荒木田家は二分し、争いが始まってしまいました。神官であるのに御前でその醜い争いに辟易した女官が門外不出のはずで隠されていた書物とそれを扱う事を神から認められたという証の印璽を持って、伊勢の国から遠くはなれた北の地へと消えてしまったのでした」
「その様な大事なものが持ち逃げされたと神に知られては一大事だと、佐禰麿と田長の二人が気付いた時にはもう手遅れで、増えすぎた親族を東西南北に飛ばし、その探索に当たらせたのです。その時代より、天皇様の寿命が短くなった事は言うまでもありません・・・。その地方へ飛ばされた中に矢乃という苗字を持ちます家系が東の国坂東へと飛ばされたのでした」
「矢乃家は神職を降ろされ、持ち出された知識の奪還だけのために野に下されたのです。それは必死に探したそうですが、一代で見つかることも無く、三代目が探す事を諦めてしまって坂東のある社でそのまま、そこの官職として、身をおいてしまいました。そして、このまま矢乃を名乗り続ければ、いい事は無いだろうと、考えた三代目は改名を思いついたのです」
「最初の頃は矢ノ上と名乗っていたらしいのですが、それが矢神になり、江戸時代の頃には八神になったそうです。それが私どもの家系です。ですが、この話で重要なのは家の家系の事でないことはシンちゃんもわかるでしょう?そう、貴重な書物、医書を持ち出した者は熊野参道の一つで和歌山田辺にある滝尻王子の管理を任されていた女官、藤乃。その女性は奥州へと向かったそうでした」
「藤原秀郷という人物が、その地を平定するよりも早く、彼女はその地に移り、数名の共と一緒に地域に根付き、社を立てそこの神主になったのでした。その社は藤乃宮、トウノグウ、フジノグウ、フジノミヤ・・・、藤乃宮は後から、入ってきた藤原秀郷に取り入り、暫くの安寧を過したのです」
「それから、時が随分たち、藤乃宮家と藤原家が非常に親密な関係になって頃、約1200年頃に奥州の藤原家で内乱が起きまして、その頃の藤乃宮家の主は、藤原忠衡の願いにより、その嫡子を連れて、奥州から南へとくだり、常陸国、結城付近へと移ってきたのです。これを運命というのでしょうね。そのころ矢神を名乗っていましたご先祖様と、藤乃宮の主は結城の群で出逢う事になりました」
「最初の頃はお互いが、同郷だとは知らず、ただ、神官同士ということでお付き合いをしていたのですが、次第に過去の共通点が見え始めたのです。矢神家は考えました。もう何代も亘って、見つからずじまいの事をいまさら持ち出しても、意味は無いだろうと結論付け伊勢には戻らない事を決意したのでした」
「藤乃宮家へ移ってきたこの土地での安息を約束する代わりに医書に書かれている半分を貰う事を約束させたのですが、藤乃宮家にとってその書物は既に無用の物となっていましたようで、そのまま我が矢神家へ渡してくれたのです。承久の乱で多くの犠牲者が出た頃より、心を痛めた我が家系はその医書を学び、神医官の道へと歩みだしたのです」
「それから、どの様な訳でしょうか、八神家は女性しか生まれなくなってしまったそうですよ、シンちゃん、不思議ですねぇ?それと、もう、ご察ししているのでしょうけど、藤乃宮とは藤宮家、しおんちゃん・・・、藤宮詩音ちゃん、とそのご息女、詩織ちゃんの家系の事ですよ。更に、藤原家はもちろん、藤原貴斗ちゃんの家系の事です」
「藤原家と、八神家の直接の関係は在りませんでしたが、藤宮家と我が家は大よそ八百年のお付き合いですね。途中、何度か、お互いに音信不通になった時代もありましたが」
「付け加えるなら、八神家が坂東にたどり着いた頃にその世話をしたというのが神官でもあり、天皇直属の退魔師の草剪家。私の、父方の家です」
「かあさまっ!愁がその様な出だとは聞いてないぞ私は」
「ええ、私も、今知ったところです」
 姉貴の驚きようと逆に、母さんはいつもと変わらない暢気な表情で答えていた。
 更に、愁先生は自分の家の事を口にした時、物凄く、忌々しそうに言葉にしていた。
 まるで、自分の家柄が大嫌いだといわんばかりにな。しかし、母さんの態度が、愁先生の家柄の事を知っているのではと俺に思わせた。
「どうして、母様はその様な平気な顔をしていられるのですか?幕末の頃に、我が先祖と、草剪家にどのような惨事があったのか私に教えてくれたでしょうに・・・」
「では、聞きますよ、さっちゃん。しゅぅ~~くんが草剪家所縁の方だからと、いますぐにでもお嫌いになりまして、今まで築き上げてきたもの全部をぽいしちゃうのですか」
「そっ、それは・・・。ない。わっ、私は愁の事が・・・、愁の事をあっ、愛しておりますから・・・」
「なら、いいではないですか、さっちゃん。しゅぅ~~~くんも、家が八神家だとしって、何かの目的のために近づいてきたのではないのでしょう?」
「当たり前です。当然です。高校生の頃、皇女お義母様、私の命を救われ、その頃、佐京とであった頃より・・・、・・・、・・・、その一目ぼれです。草剪家など私にとって、何の縁も無い所です。母親、調川の姓を名乗るのもそれが理由です」
「なあ、先生、先生には珍しく、熱の篭った良いだけどさ、なんで、そこまで言う訳?」
「草剪家が滅んでくれたら、それも話しましょう」
 愁先生の目には何故か怨恨の炎の様な物が灯って見ていたのは気のせいじゃないだろう。
 これ以上、それについては触れないことにしよう、今は。
「ああ、それで、家と藤宮の所の関係はわかったけど、愁先生と話していた事とまったく関係ないじゃねぇか」
「シンちゃんが、詩音ちゃんの家と家の関係を知りたいといったから教えてあげましたのにそんな言い方、皇女かなしぃ~~~」
 嘘泣き姿を精神年齢不詳の母さんを見て、また呆れる俺だった。だが、まだ、俺は本当の真実を知らない。家と藤宮家の黒い部分を。
 今時分の人間がけして手を出してはいけない領域、禁忌を。
 それが愁先生の知りたがっている事だと今はまだ知らない。
「あら、いけません。もうこんな時間ですね。うぅ~ちゃん、もうお休みの時間です。貴女はお部屋へお戻りなさい。さっちゃん、うぅ~ちゃんを連れて行ってちょうだい」
 佐京姉貴に連れられてゆく右京。
 妹は部屋から身を出す頃に、俺達の方へ、不服な表情を見せてくれる。
 姉の佐京はそんな妹の頭をなでると、背中を押して、部屋の外へと移動させる。
「あのさ、母さん、話の続きを聞かせてくれよ」
「さっちゃんが、戻ってきましたらね。それではそれまで皇女は飲み物の用意をしてきますね」
 そう言って、大客間から、出て行く母さんだった。
今、俺と愁先生だけ。
 さっき、先生が熱の篭った事を口にしてから、どことなく表情が暗い。
「なあ、先生。どうして、さっきあんなことを言ったんです?それに母さんから何を聞きだそうとしてるんすか?」
「ふぅ・・・、まだ、草剪という所の職業が退魔師。その言葉なら、まだ胡乱だど、言われて片付けられましょう。しかし・・・、要人暗殺。それが本業なら、誇れる物ではありませんよ。人の命を奪う職業、今の私とは正反対です。プロジェクト・・・、アダム」
 愁先生は重々しく、その事を語ると、膝の上に乗せた腕の手を組んで、下を向いてしまった。その姿を見て、もう、何も聞けなくなってしまった。
 それから程のなくして、皇女母さんと、佐京姉貴が飲み物を盆に載せ戻ってきた。
 飲み物の入った器を、それぞれの場所に置いた姉貴は、盆を胸の前に抱いたままソファーに座り、何かを考え始めるように瞳を閉じる。
 そんな佐京姉貴をちらりと、横目で皇女母さんは覗いてから、
「それじゃ、今度は貴斗君と宏之君・・・、それと雪菜ちゃんといいます、宏之君の妹の話をするわね、これはシンちゃん、貴方にとっても大事な話・・・。と、その前に、藤宮家は家と同じくらい、変わった血の受け継ぎ方をしています。男の子であれ、女の子であれ、双子で生まれるといいます・・・」
「はぁ?藤宮詩織が、双子?弟に響きってのがいるのは知っているけど、彼奴に同じ顔の姉妹がいたって言うのか?まっ、まさか・・・」
「いいえ、違いますよ。シンちゃんの知るところの、ゲオルグ君の所のシフォニーちゃんは藤宮家とは血のつながりはありません。詩織ちゃんには双子の姉がいまして、お名前を彩織ちゃんといいました・・・。いまから、二十一年前・・・、シンちゃんが小学一年生になった年の暮れ・・・。シンちゃん、済世会病院以外に、似た様な場所へ出入りしたことを覚えています?」
 俺は母さんのその問いに頭を縦に振ることは出来なかった。
 まじで、記憶にないぞ、そんなの。
「そう・・・。今からお話しする中に出てきます方々の簡単な自己紹介をしておきましょう。皇女、私が済世会病院の外科医をしていました。そしてシンちゃん、八神慎治。藤宮彩織ちゃんと母親の詩音ちゃん。藤原貴斗君の両親、新動力工学博士の龍貴ちゃんと遺伝子応用工学の美鈴ちゃん。柏木宏之君と雪菜ちゃんの両親、生命反応工学博士の司ちゃんと遺伝子治療工学の美奈ちゃん。皇女以外の皆は三戸市にありました産業技術研究所、三戸市施設に勤務していました」
 え?これってもしかして、大きな事故で貴斗が宏之の妹の雪菜ちゃんから心臓移植を受け、宏之の野郎が火に関係するトラウマを植えられたってあの話か?なら、知っているから、聞くこともないぞ。
「しんちゃん、今、貴方がどうお思いになっているのか皇女には手に取るようにわかちゃっていますよ。ですが、それは正しくもあり、正しくもない事ですので、ちゃんと聞いてください。シンちゃんは、貴ちゃんや、宏ちゃんと高校で初めてであったとお思いでしょうけど、初めてその二人と顔を合わせましたのは小学校へ上がる前でした」
 俺はそれを聞いて、耳を疑い、顔をしかめてしまった。記憶にないって、本当にその事実。それが表情を戻してから、皇女母さんはにこやかな顔から、冷静な顔になり、二十一年前の施設爆破炎上の回想を語り始めた。

~ 1990年、7月22日、日曜日 ~
 八神慎治は母親、皇女に連れられて、親友、美奈の研究の様子と、自分に手を貸せるような事がないのかと、産技研の三戸支部へ訪れていた。
 時を同じくして、美奈から遺伝子治療を受けている詩音の娘、彩織が母親と一緒に診療にも来ていたのだ。
 宏之と雪菜、二人が幼稚園や小学校に登校していない、休みの日は出来るだけ、そばにおきたいと思っている司と、美奈。
 その日は日曜日だったために二人の子供も施設に来て、真夏の太陽が照りつける暑さの中、汗をいっぱい掻く事も気にしないで元気に外で遊んでいた。
 たまに親に無断で施設に侵入してくる貴斗と一緒に。
「ねえ、美奈。彩織の具合はどうなのです?」
「判断が難しいわ。詩乃さんおかげで、いろいろ多くの成果がでていますけど、まだ、染色体末端の機能、テロメアがどの様に生命の寿命をつかさどり、どの様にしたらそれを延ばせるのか、短いことにより身体の成長にどのような影響を及ぼすのか、それに関してはわからない事だらけです。でも、今の所、何かに感染しやすいとか、身体機能が著しく、低下するようなことはなさそうですよ」
「そう・・・、詩織は普通なのに、なぜ、彩織だけ・・・。ごめんなさい、詰まらない事を零してしまいましたわね。それではまた、一月後に来ますわね」
 詩音は美奈に会釈をすると椅子から立ち上がり、廊下に待たせているはずの彩織の所へと歩き出した。しかし、そこには娘はいなく、廊下の左右を見回しても、彼女の姿は見えなかった。ちょうどそこへ、八神親子が向かってきたのだ。
「詩音ちゃん、どうしたのですか?そのようなお困りした顔しをしました?」
「皇女、来る途中、家の彩織を見ませんでした?」
「いいえ、皇女達は見ておりませんよ」
「まったく、おしとやかじゃないんですから、彩織も、詩織もっ!」
「シンちゃん、さおちゃん・・、彩織ちゃんのこと知っておりますわよね?皇女はしばらく、お友達と難しいお話をしなければならないので、彩織ちゃんを探してきてあげなさい。見つけたら、ここへ戻ってくるのよ」
「ういうぃ~~~、っす」
 慎治はそう言うと、来た方向へ引き返していった。
「ありがとうございますね、慎治君。それじゃ、私は・・・」
 彼の走ってゆく背中に感謝の言葉を述べる、詩音は反対側の廊下を歩き始めた。
 彩織は施設の中をある程度しっていた。
 彼女は芝生の広がる中庭へと足を運ぶと、
「あっ、ひろ君と、たか君、やっぱりここにいたんだねぇ」
 彼女はそういって二人の所へ走り出し、その勢いのまま、貴斗へ抱きついた。
「げっ、なんで、こんな所に詩織がいるんだ」
「彩織はしおりンじゃないも。彩織はしおりンとちがって、たか君がだれと仲良くしてもしっとり、しないもんねぇ」
「なに訳のわかんねぇこといってんだよ、詩織はっ!ヒロと遊んでんだから、じゃますんなよっ!それに僕にべたべたくつくんじゃねぇ。汗臭くなっちまうぞ」
「いいじゃなぁ~~~い、彩織も混ぜてよぉっ」
「ままごとなら、ユキとやれよ。俺とタカは真剣勝負中だ」
 当時、双子と言うのを知らなかった貴斗にとって詩織も彩織も同一人物だと思っていたし、彼本人、彩織と詩織二人が一緒に居る所を目にした事がなかった。だから、詩織しか知らない彼にとって彩織は詩織でしかなかった。
『ふじみやさおりさま、ふじみやしおんさまが玄関でお待ちです。大至急・・・』
 宏之と貴斗に遊んでもらいたい風にじゃれている彩織に館内放送が届いていた。
「はやく、いかないと詩音おばさん、こわいぜ」
「ふぅ~~~んだっ、タカくんのばかっ!」
 貴斗の言いに少し怒った表情をみせた彩織は、その表情のまま、呼ばれた方角へ走り出した。
 長い空中廊下を渡っていると反対側に慎治がいた。
「あっ、彩織ちゃん見っけ、おぉ~~~~いっ」
「あっ、しんちゃん?聞いてよぉ」
 知っている顔を見つけると、その方へ走りながら、言葉を続ける彩織。しかし、その時、事故は起きた。
 施設で使用する、液体ヘリウム。
 その貯蔵庫の制御系が突然停止して、液化していたその常温気体の温度が急激に上昇し、体積膨張、爆発を起こしたのだ。
 その時、運ある者は生き残り、そうでない者は、一生を不意にする傷を負うか、あの世へと旅立った。そして、慎治は?
 今、存命しているという事は、その時点では生き残った。では何故?
 爆発の余波が届く、一瞬前に
「シンちゃん、あのねぇっ!・・・、もぉ、だらしないんだからっ」とそれが彩織の最後の言葉だった。
 彼女の動作癖、誰かに飛びつこうとするその仕草が、慎治を救い、彼女が命を失う結果となった。
 彩織より背の低かった慎治、彼女の勢いを抱きとめられなかった彼は突き飛ばされる感じで、後方へと転んでいた。
 微笑んだまま『だらしないんだから』と言った彩織の姿が、慎治の前から、空中廊下と一緒に消えていた。
 建物と建物の間を繋ぐその廊下、今、それは足場のない見えない道だけが対岸の建物とを結んでいた。
 爆風で階段の近くまで吹き飛ばされた慎治、体に走る激痛で顔を歪めながらも立ち上がり、土煙の舞う前方を眺めていた。
「あははあは、えぇ?あはあはは、なにがおこったんだ?」
 周りの悲鳴や雑音を耳にし、視界に入る様々な情報で状況を把握できなく混乱している慎治はそうとだけしかいえなかった。ただ、呆然と事態の収拾に励む、研究員たちの右往左往を眺めているだけだった。
「しんちゃんっ!貴方、無事だったのね?」
 自分の息子の生存を知った皇女は直ぐに慎治の所へ駆け走り、そこまでくると屈み泣きながら、彼を抱きしめていた。
 皇女が走ってきた方角。その場所から、詩音がゆっくりと歩み寄り、彼の前へ静かに腰を落とす。
「慎治君、うちの彩織はみつかりませんでしたのね?」
「さおり?だれそれ、それにおばさん、だれ?」
 その時の慎治の表情は空笑いしながら、涙を流しながら、乾いた感情の失せた声で詩音に答えていた。
 詩音はそれで慎治の見せる態度で、娘がもうどこにも居ないという事を悟ってしまった。
 下唇を強くかみ締め、もの悲しげな雰囲気を漂わせた。しかし、けして泣いて居ない。
 未だ、携帯電話なんか普及していなかった時代に世に席巻していた通信機といえば、ポケットベル。
 非番だった皇女が持っていたそれに病院から呼び出しの連絡が入っていた。
 今の惨事で運ばれてくる急患の対応要請だろう。
 彼女はそっと、詩音の肩に手を添え、行く事を告げた。
 当時、発育のよくなかった慎治は一年生で一列に並ぶとき、最前列だった。
 そんな小柄な息子を当時の女性としては背の高いほうだった皇女は抱き上げ、外へ駆け出した。
 建物入り口に何台もならぶ、消防署管轄の救急車と人、人、人。
 その中に、知人の姿を見た皇女。そして、その表情を見て何があったのかを理解し、駆け寄っていた。
「宏ちゃんと、雪ちゃんが、それと貴斗ちゃんも・・・」
 涙でぐしゃぐしゃになっている美奈を皇女は宥め、宏之が運ばれようとしていた緊急車両にのりこむと、医者であることを告げ、怪我の度合いを見て雪菜も同じ、それに乗せると、美奈に自分の息子を預けると直ぐに済世会へ直行させた。
 救急車の中には簡易的な手術を行える道具がそろっていたが、宏之、雪菜をすんなりと治療出来るほど軽傷ではなかった。
 皇女は消防医療班、救急救命士達の手を借りて最善を尽くした。
 目的の病院へ車両が到着すると、そこには緊急手術班が待機していて、皇女の同僚であり、現在外科長だった志波隆が待っていた。
「はっ、二人同時オペだ?八神、冗談きついぜ」
「皇女と志波ちゃんになら出来ます。やらなくちゃだめなんです」
「また、そうやって、お前はいつもむちゃばっかりいいやがって・・・、ああ、やりますとも、やってやりますとも・・・、うっす、お前ら気合を入れろよ」
 手術室玄関前で、執刀医となった志波はその場に居る全員に告げ、中で助かるのを待っている患者の下へと歩みだした。
 当時、緊急手術室の大きくなかった済世会病院その中に十二人もの人員が宏之と雪菜の命を救うべく神経を尖らせ、手術に望んでいた。
 それらの人物が患者と共に死と戦う事、概ね六時間半。
取り敢えずの治療の成功を見た。
 事が終わり、医療室の頭に掲げられている『手術中』の照明は降り、観音扉が開く。
 そこで待っていたのは柏木と藤原の夫妻だった。そして、顔の擦り傷と右肩を骨折し、その治療を終えた貴斗。
「皇女さん、ひろちゃんと、ゆきちゃんはっ!」
「家の子供たちの容態は?」
「美奈ちゃん・・・、司ちゃん。手術は成功したの・・・、でも・・・、でも、今はまだ、峠が見えなくて。それに・・・、・・・、二人とも・・・に重度の損傷。子供の体力では・・・」
 皇女は胸の辺りに手を添えて、心臓や肺の状態がよくない事を示していた。
 意味を理解していない貴斗以外、大人四人は愕然としていた。
 宏之が心臓、雪菜が肺。しかし、妹の方は頭部、脳にも損害があり、峠をこして、目を覚ましたとしても、普通の人として生活できる状態まで復帰できるかは怪しいものだった。
 怪我をしてしまった貴斗、空手、剣道、柔道の稽古に出られなくなり、毎日、宏之と雪菜の所へ足を運んでいた。
 ICUに入っているために両親以外の面会は断られており、彼はその入り口の前で、扉を眺めることしかできなかった。
 いつも両手にその兄妹の好きな物を持って見舞いに来る彼。
 唯、立ってその場にいることしかできない貴斗をその場から立ち退かせる役目は皇女。
「なあ、先生。二人は、二人はどうなっちまうんだ?いつ元気になるんだ?僕には何もできないのか?」
「貴斗ちゃん、二人が心配なのね。でも、大丈夫。貴斗ちゃんが二人の元気になると強く願えば、宏之ちゃんも雪菜ちゃんも助かりますわ」
 しかし、その皇女の気休めの言葉を貴斗は信じていない。なぜなら、貴斗は聞いてしまった。
 肉体が大丈夫でも、心臓が持ちそうにないと言うのを皇女とほかの医師が会話しているのを聞いてしまったために。
 心臓移植をするにも、法律に縛られて日本ではできないことを知っていた。
 適合するドナーも直ぐに見つからないことも。
 人工心臓の技術はそれなりにあったが、その物を用意するには時間が掛りすぎた。
 それをドイツのビオトロニック社から宏之にあう大きさの物を取り寄せるには時間がない。
 心臓は無事だった雪菜のそれを転用するには兄妹という血の繋がりがあっても、それは無理だった。
 妹のそれは兄へ移し変える適正が悪かったからだ。そして、更に知ってしまった貴斗自身が宏之のドナーとして、適合できる事を。
 1990年7月28日、土曜日の夕暮れ、事態の進行は酷く、宏之の方の心臓に限界が訪れた。
 藤原龍貴とその妻美鈴、その子等の龍一、翔子、貴斗。
 美鈴の妹の柏木美奈と旦那であり、龍貴の親友の一人司。
 その七人が、済世会病院に訪れていた。
 ICU室の前で柏木夫婦を待つ、藤原一家。
 時間が重く流れる中、年上の兄妹、二人が席をはずした時、司と美奈、一緒に入っていた皇女が出てきた。
 三人の表情は重苦しかった。
 貴斗ですら、事態が収束してしまった事を理解してしまう程。
「先生っ!僕の、僕の心臓を宏之に上げるから、宏之をすくってよっ!」
 誰もが、貴斗の叫んだ言葉に驚かずに入られなかった、皇女以外は。
そして、彼女は冷静にその子供を諭す。
「貴斗ちゃん、お気持ちはうれしいのですけど、それは出来ないのよ。理解してくださいね」
「そんなもの、判るものかっ!いしゃはっ・・・、医者は病人やけが人を元気にさせるのが仕事なんだろうっ!だったら、ヒロを、宏之をすくってくれよ。助けてクレよ」
「医者は神様じゃないのよ、だから、出来ないこともあるの、わかってください」`
「嘘だっ、僕、聞いたんだ。僕の心臓を上げればヒロは助かるってっ。なら、何で助けてくれないんだよ」
「誰かを、犠牲にして、誰かを救うのは医者の役目じゃないの。だから無理なのよ、こればかりは・・・」
「そんな理屈、僕にはわからない。でも、でも、ヒロも、ユキも二人とも・・・、二人ともいなくなっちゃったら、僕いやだよ。司おじさんだって、なみおばさんだって、二人が一緒にいなくなっちゃったら絶対悲しい気持ちになるよっ!そんなの僕は嫌だ。いやだよ」
 貴斗の言葉に美奈が司の中に顔を埋め泣き出してしまった。
「馬鹿なことを言うものではありませんよ、貴斗。無理なものは、無理なのです。子供だからといって何を言っても許される、そのような事はありません。この国では貴斗の年齢では出来ないこと、宏之君の年齢では受けられないことがあるのです。理解しなさい」
「そんなもの理解できない。母さんにも、父さんにも、僕だけが無事で、龍一兄さんや、翔子姉さんがいるから、そんなこと言えるんだっ!おじさんたちの気持ちを何で考えないんだよっ!」
「子供のいう言葉ではないな、貴斗。それ程、宏之君を助けたいのか?」
「あなたっ、何をお考えなのです」
「当たり前だっ、本気じゃなかったら、馬鹿な僕が、こんなことを言うかよっ!僕が心臓をヒロに上げちゃったら僕は死んじゃうことぐらい理解しているよ。でも、僕はヒロと一緒に、みんなと一緒に生きるんだ」
「判った。お前の気持ちを汲もう・・・。皇女さん、法律その他の事後処理は私のほうで、どうにかする、藤原の名に恥じぬ様にな。貴女には迷惑が掛るかも知れぬが、司の息子を救ってくれ。ただ、貴女は医者の本文を全うしてくれればいい」
 憤りを感じた皇女は左人差し指の背を噛みながら、不承不承に受け入れた。
 既に命の境界線を越えてしまった宏之に対して、卓越した彼女の技能が移植手術の成功を収め、無事、峠を乗り越えたのだった。
 少しも拒絶反応を見せないくらい、貴斗の心臓は宏之に適応していた。だが、その時、手術が終わるのと同時に、雪菜が脳機能停止で幼い内にその生命を絶たれてしまったのだ。そして、司は考える。龍貴と二人だけになる。
「龍貴、雪菜はもう、どうやっても助からない。なら、娘の心臓を貴斗君に。お前の息子ははまだ人工心肺で辛うじて命を留めている。人工心を待よりも、その方がいいだろう?」
「それは、司、お前だけの意思であろう?美奈の意見を聞かずして、行うのは公平ではない。付け加えるなら私の息子との適正だとて分からぬだろうに」
「なに言ってんだよ、龍貴、貴様だって、美鈴さんの意見を無視して、貴斗君とだけで決めやがったくせに、矛盾しているってわかっているのか?」
「ふん、無論な・・・、よいのか、司それで」
「自分で言い出したことを簡単に曲げない男だって知っているだろう?」
「済まないな・・・」
「馬鹿いえ、お前にそんな風に言われたら、俺こそ、お前んところの貴斗君にどれだけ感謝しなくちゃならんのか・・・、彼の歳であんな事をほざける奴を見す見す死なせる訳にはいかないと思うだけだ・・・。それに将来、貴様に似るか、美鈴ッチに似るか楽しみだからな」
 そのあと二人は、宏之の手術で体力の消耗している皇女に土下座までして、頼み込み、彼女は頭を抱えるような決断を、直ぐまた迫られたのである。
 いつも笑顔を絶やさない彼女にとって今日ほど、それとは程遠い表情を何度見せなくてはならなかった。
 それで結局、皇女が出した答えは、法律に縛られるよりも、人の命を救う医者としての本分を全うする事を選んだのだ。それから、また四時間、不眠不休の連続手術。
 心身ともに憔悴しきりながらも、如何にか移植には成功した。
 それが終わるころに、疲れ果てた皇女はその場で眠りに落ちていった。
 疲れているはずなのに満足げな表情で横になる彼女。
 事前の調べはなかった。しかし、施術前の簡易的な確認では雪菜が貴斗へ心臓を提供した場合、適合は九割を超えていた十に届くくらいまでの適正があった。だから、無事に、貴斗は目を覚ますと、皇女は確信していた。
~ 1990年7月23日、月曜日 ~
 明けがまたで行っていた手術。
 その眠りに落ちた皇女は日中を過ぎた頃に仮眠室で目覚めた、同僚の志波に起こされて。
 志波は彼女に言う。
 成功したはずの貴斗の移植。しかし、彼は拒絶反応を示していると告げられたのだ。
 彼も、宏之、貴斗の移植には立ち会っていた。だから、手術に手違いがないことを重々承知だった。
 それでも、受け入れた物を拒むかのように苦しんでいるという。
 それを耳にして、また頭を抱え、悩みだす。どうして、拒絶反応がでたのか、何が原因なのか?
 彼女は外科の名医であるが、精神科の名医にもなりつつあった。
 その時に彼女が思いついた理由。
 それは貴斗本人が、雪菜という人物の心臓を受け入れる事を拒んでいるのでは、もしくは彼女の心臓が貴斗の中に入る事を望んでいないのかと・・・。しかし、皇女は頭を横に振り、そんな現実にはありえないと否定するような仕草をしていた。
「八神、どうすんのさ?このままじゃ、あの子、今日一日も持たないぞ。人工心肺に戻しても持ちそうにないぜ」
「皇女・・・、お困りのようですね?」
 彼女を呼ぶ、一人の女性。医者とはまったく接点のない部外者が、皇女の所へ訪れ、そう言葉を投げていた。
「わたくしの、体、細胞の一部を使うといいわ。確かに、わたくし、
詩音はあの計画の完全な適合者になれなかったのですけど・・・、それでも最終選考までは残れたのですもの、使えないはずがありません。詩織のためにも、貴斗君をこのまま、向こう岸へは逝かせたくないのよ。だから、お願い皇女・・・」
「詩音ちゃん・・・、でも・・・」
「大丈夫よ、皇女。龍貴と美鈴にお願いされたことだから。龍貴だって、なにだ、それだと、言いますが、貴斗君を失いたくないのです。それに、無償で私はあれを提供するわけではないわ。ちゃんと龍貴に私の望む条件を約束させましたから・・・、さあ、時間がないのでしょう」
「まじで、あれをするのか?藤宮君」
「ええ、志波さんも、皇女も、あの計画に携わっていて、一度はそれを実行したのですもの、出来ないはずないでしょう?」
「ふぅ、もう、あれからは逃れられないのね、皇女たちは・・・。わかりました。志波ちゃん、準備をしましょう。それと、峰野主任にも手を貸していただかなくては・・・」
 彼女達は、何か秘密めいた算段を確認すると、貴斗の再手術を開始した。
 多核形成活性デオキシリボ核酸、Activated DNA Meta-forming、略してADAM、アダムと言う、それはいったい何なのか。
 現代の治療が困難とされている病の一つ、後天性免疫不全症候群、AIDS(Acquired Immune Deficiency Syndrome)。
 治療が難しい理由。それはAIDSを引き起こす原因の人免疫不全ウィルス、HIV(Human Immunodeficiency Virus)が、そのウィルスを捕縛するために形成された抗体Vaccineに識別されないように、自分自身を作り変えてしまうために投与された抗体が役に立たなくなってしまう。
 簡単に言うと、HIVの形が四角だとして、それを捉える抗体の形が凹。
 二つが、ぴったりと組み合えば、HIVは消滅するとする。しかし、初め四角だったHIVは抗体凹が現れた瞬間○に形を変え、型に嵌らないように変身してしまうし、しかも増殖までする。
 独自に変身できない凹抗体は、目標を失い、そのまま対外へと排出されてしまう。
 有名なテトリスというGameを知っている者なら、的確な形にBlockを組めば、消える事を知っているし、うまく出来ない場合はドンドンつみあがり、Game overとなるのはご存知だろう。
 上から落ちてくるのは抗体とHIVの両方で、上手く組み合わされば、HIVは消滅し、出来ない場合は積みあがり、生命を蝕む。
 アダムはそのHIVの特性から閃き、それを活かして研究されたウィルスではなく塩基配列DNAだった。
 医療で移植というものは様々な制約がある。
 その内、最も重要なのはDonor、提供者とAcceptorの適正。
 これが合わないと、どんなに健康な臓器を提供されても、拒絶反応を起こし使い物にならなかった。その仲介となるものがアダムだ。
 アダムは外部から得た情報により自ら多数のまったく異なる塩基配列を自律形成でき、共存できる。
 乙という、提供者のDNAにもなり、甲という享受者のDNAにもなる。
 その間をアダムが繋げば一方向から見た場合、自身となり、拒否、拒絶は起きない。
 それがアダムと言う特殊なDNAの誕生の切っ掛けだった。だが、アダムの本当の目的はもっと別な所にある。
 その目的を知る皇女は語り続ける中で一切、触れてはいなかった。
 詩音の提供した細胞、それを雪菜の心臓と貴斗の血管の間に挟み、繋げ、縫合して行く。
 麻酔を効かせていても苦しみに顔を歪めっ放しだった彼の表情が次第に落ち着きを取り戻していった。
 手術に立ち会っていた詩音は安らかになってゆく彼の表情を見て、嬉しそうに微笑んでいた。
 彼女が貴斗の両親、龍貴と美鈴に付けた条件、それは一人になってしまった娘の幸せを願うことだった。しきたりを何百年と守ってきたそれを崩す願い。
 それは藤宮家と藤原家が婚姻の関係を持ってはならないと言う事。無論、それは隼瀬家にも云える事だった。
 詩音の娘、詩織が貴斗の事を異性として好きなのを知っていた。
 娘がこれからも、彼を好きでい続け、大人になっても、その思いが変わらないのなら契りを交わす事を許してほしいと。
 勿論、彼の意思を無視してまでという事ではなく、相思相愛という条件はあるが。それでも、詩音は二人が相思相愛になることをほぼ確信しているかのようにその条件を龍貴達に飲ませていた。だが、龍貴は仕来りを重んじる男だった故にそれを平気で裏切るような事をするとは幼馴染で何十年と付き合っていたはずの詩音も思わなかっただろう。

*   *    *

「シンちゃん、これが貴方の知らない、本当の貴斗ちゃんと宏之君の真実よ。そして、貴方を助けて亡くなってしまわれた、詩音ちゃんの娘、彩織ちゃん」
「嘘だ・・・。そんな記憶ねぇよ・・・、そんな記憶・・・」
 俺は頭を抱え、目を閉じて、記憶をたどる・・・。だが、思い出すことが出来ない。
 藤宮彩織って子の顔を・・・。
「子供のころの記憶という物はですね、シンちゃん、精神防衛上簡単に摩り替えちゃうものなのです・・・。ですから、シンちゃんが思い出すことが出来ないのは無理ありません。それでも人が一度脳に植え付けました記憶は消す事は出来ませんのよ。ですが、後退催眠法を用いれば、呼び出すことは簡単ですけど」
 皇女母さんのそれを聞いて、催眠で呼び起こして貰おうか考えてしまった。でも、もう、十年、二十年も前のことを思い出したとして、何の意味があろうか?
 そう思ったら、後退催眠をしてもらう事はやめた。
 はあぁ、しかし、母さんの話を聞いているときは驚きの連続だった。
 あの宏之が貴斗から心臓移植を先に受けていたとは、貴斗のヤロウはガキの頃から、自己犠牲な事を平気で言っていたとは恐れ入る・・・、しかし・・・、だが、以前貴斗も、宏之も俺にさっきまで聞いていた研究所の事故を話で聞いていた。
 しかしながら、内容が違う。雪菜って言う宏之の妹を包むように助けたのは貴斗。
 見ているだけだったのは宏之。
 母さんの話では雪菜を包み込んでいたのは宏之で、貴斗は更に、その二人を庇い覆うような状況だったらしい。そこで、考える。心臓は第二の脳とよく言われている。
 貴斗の心臓は宏之へ、雪菜の心臓が貴斗へと移され、その心臓が情景を記憶していたとして、脳に刻まれていた記憶とごっちゃになって、宏之達が話していた状況に記憶・・・、・・・、・・・、・・・。なっ、訳がないよな、馬鹿らしい。
 ふぅ、藤宮詩織か・・・。大学の頃の彼女は本当に可愛くて、それでいて綺麗だった。
 その双子の姉だといわれた藤宮彩織。
 いま、生きていたならどんな女の子になっていたんだろうか?
 双子は好き嫌いが似るらしいから、ヤツも彼女等も生きていたのなら貴斗のヤロウメ、両手に華か、このヤロウ・・・。
 貴斗、宏之・・・、みんな。
 ずっと馬鹿をやりながら、一緒に楽しく生きていけると思ったのによ・・・、糞ったれ・・・。
 俺が色々と、母さんの話を整理していると、愁先生も、顎に、左手を添えながら、何かを考えているような態度を表していた。俺が下に垂らしていた、顔を上げた時に、先生は語り始める。先生が皇女母さんに聞きだしたかったアダムについて。
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