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case1 ウツミ・ルイ
雨と涙と金糸雀④
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ぼくはあらゆる記憶を蘇らせようと、ストーブのおかげで乾き切ったお気に入りのスニーカーで、客のいない店内を自由に歩き回った。生憎の雨のせいでレシェルメイダ以外に商品を買っていった客はいなかった。
天才が素晴らしい画期的なアイデアを思いつくのは、机にじっと座っている時や寂しいキャッシュドロアを眺めている時ではなく、散歩をしていたり、シャワーを浴びたりして脳がリラックスしている時だというのが定説だった。
ぼく自身のことを天才だと思ったことは一度もないが、同じ人間なのだから共通の手法が通じると思いたかった。
レシェルメイダの残していったオリエンタルな匂い分子は、どんよりとした店内の湿った空気へ、まるでガムシロップがコーヒーに溶けるかようにじんわりと、そして不可逆的に広まっていた。
レシェルメイダが何者だったのか、ぼくは考えずにいられなかった。ミヅハ国の地方都市に不意に現れた、金髪のレイピアのような少女は、強烈なインパクトを残して、たった15分で雑貨屋の一番高価な品を買っていった。母親の知り合いで、おそらく自分よりも母のことを知っている。
「ニュースだったのかなあ」
プライマリースクールへ登校する前に、半覚醒状態で視界に入れたテレビ画面の向こうで聞こえてきた単語だったのかもしれない。最近は隣の港町『キョウコ』において幻子生命体が現れた痕跡を発見したという話題で持ちきりだったため、それ以外のニュースの内容がかき消されやすく、相対的に定着し辛かった。大型の水性生物を模していて、柔らかい皮膚に覆われているらしい。西域同盟軍が対応しているが、討伐には至っていない。そんな沈んだ気持ちになるようなことばかり耳にしていた。
ぼくは無意識下の記憶を掬いとるために、腕を組んでいつまでも店内を歩き続けることにした。
日もほとんど落ちて、差し込むわずかな太陽光と電球の明かりが、ぼくの横顔を照らした。
「何を考えているんだ?」
姿を消していたメリアがひょっこりと現れた。いくら想像従者とはいえ、心まで読まれないのは幸いだ。またひとつ、彼が独立した存在であることが証明された。
「別に」
博識なメリアに尋ねたら一発でぼくが求めている答えにたどり着くだろう。しかし、それではあまりにも面白くない。
「まあ、ルイが気にしていることはなんとなくわかる」
「ふーん」
ぼくはつんとした態度で顔をそらした。
すると、メリアは僕の肩を胸ヒレで突く。
「うるさい、なんだよ」
集中力を切らそうって魂胆だろうか。
「邪魔するつもりはない」
そう言いながら、メリアはぼくを突き続ける。
「んー、もう! やめろって」
海岸で打ち消しあう波のようにぼくが眉をひそめながら振り向くと、メリアは尋ねる。
「……ルイ、キョウコはここから南西の方角だったな?」
メリアの表情はわかりにくい。しかし、そう言った彼はひどく深刻な顔をしている。
「そうだよ。メリアの方が詳しいじゃないか」
「いや、確認したかったんだ」
「……まさか」
メリアと会話をしながら、ちょうど店の入口まで移動したその時だった。鼓膜を突き破るようなサイレン音が町中に鳴り響いた。何度聞いても慣れることのない、胸の奥がざわつくような耳障りな音だった。人間の逃走本能を突き動かすように、ひりひりと身体を痺れさせる。
続いて、機械音の紛れたひび割れた女性の声で警報が流れる。
『キョウコ浜近辺で幻子生命体が出現しました。独立型に属し、竜巻を発生させる模様。範囲レベルはBランク。メジウ地区住民も突発的な災害にご注意し、キョウコ地区への移動を控えください。繰り返します。キョウコ浜近辺で……』
ルイは耳を塞いでも聞こえてくる警告に、目を細めながらメリアに聞いた。
「君が気にしていたのは、このこと?」
メリアはヒレを小刻みに動かしている。
「強大な力を持つみたいだね。まあ、警報の通りなら支配能力が暴走しているわけではなさそうだ。ランクBの幻子生命体では理不尽な災害は起こせない。せいぜい街ひとつ消し去るくらいだ。キョウコが消えるのは歴史的損失かもしれないが、この世界では珍しいことではない」
「人間からすると、それって大災害だよ。しかし、メリアのセンサってこんなに敏感だったっけ?」
このシーラカンス、警報が流れる以前に幻子生命体の出現を察知していた。いくら空想従者でも、事象が起こる前から遠く離れた街の様子を感じ取ることはできない。
「いや、今までにないな。奇妙な感覚だ。まるで仲間を呼んでいるみたいだ。あるいは……」
「あるいは?」
「悲鳴かな」
天才が素晴らしい画期的なアイデアを思いつくのは、机にじっと座っている時や寂しいキャッシュドロアを眺めている時ではなく、散歩をしていたり、シャワーを浴びたりして脳がリラックスしている時だというのが定説だった。
ぼく自身のことを天才だと思ったことは一度もないが、同じ人間なのだから共通の手法が通じると思いたかった。
レシェルメイダの残していったオリエンタルな匂い分子は、どんよりとした店内の湿った空気へ、まるでガムシロップがコーヒーに溶けるかようにじんわりと、そして不可逆的に広まっていた。
レシェルメイダが何者だったのか、ぼくは考えずにいられなかった。ミヅハ国の地方都市に不意に現れた、金髪のレイピアのような少女は、強烈なインパクトを残して、たった15分で雑貨屋の一番高価な品を買っていった。母親の知り合いで、おそらく自分よりも母のことを知っている。
「ニュースだったのかなあ」
プライマリースクールへ登校する前に、半覚醒状態で視界に入れたテレビ画面の向こうで聞こえてきた単語だったのかもしれない。最近は隣の港町『キョウコ』において幻子生命体が現れた痕跡を発見したという話題で持ちきりだったため、それ以外のニュースの内容がかき消されやすく、相対的に定着し辛かった。大型の水性生物を模していて、柔らかい皮膚に覆われているらしい。西域同盟軍が対応しているが、討伐には至っていない。そんな沈んだ気持ちになるようなことばかり耳にしていた。
ぼくは無意識下の記憶を掬いとるために、腕を組んでいつまでも店内を歩き続けることにした。
日もほとんど落ちて、差し込むわずかな太陽光と電球の明かりが、ぼくの横顔を照らした。
「何を考えているんだ?」
姿を消していたメリアがひょっこりと現れた。いくら想像従者とはいえ、心まで読まれないのは幸いだ。またひとつ、彼が独立した存在であることが証明された。
「別に」
博識なメリアに尋ねたら一発でぼくが求めている答えにたどり着くだろう。しかし、それではあまりにも面白くない。
「まあ、ルイが気にしていることはなんとなくわかる」
「ふーん」
ぼくはつんとした態度で顔をそらした。
すると、メリアは僕の肩を胸ヒレで突く。
「うるさい、なんだよ」
集中力を切らそうって魂胆だろうか。
「邪魔するつもりはない」
そう言いながら、メリアはぼくを突き続ける。
「んー、もう! やめろって」
海岸で打ち消しあう波のようにぼくが眉をひそめながら振り向くと、メリアは尋ねる。
「……ルイ、キョウコはここから南西の方角だったな?」
メリアの表情はわかりにくい。しかし、そう言った彼はひどく深刻な顔をしている。
「そうだよ。メリアの方が詳しいじゃないか」
「いや、確認したかったんだ」
「……まさか」
メリアと会話をしながら、ちょうど店の入口まで移動したその時だった。鼓膜を突き破るようなサイレン音が町中に鳴り響いた。何度聞いても慣れることのない、胸の奥がざわつくような耳障りな音だった。人間の逃走本能を突き動かすように、ひりひりと身体を痺れさせる。
続いて、機械音の紛れたひび割れた女性の声で警報が流れる。
『キョウコ浜近辺で幻子生命体が出現しました。独立型に属し、竜巻を発生させる模様。範囲レベルはBランク。メジウ地区住民も突発的な災害にご注意し、キョウコ地区への移動を控えください。繰り返します。キョウコ浜近辺で……』
ルイは耳を塞いでも聞こえてくる警告に、目を細めながらメリアに聞いた。
「君が気にしていたのは、このこと?」
メリアはヒレを小刻みに動かしている。
「強大な力を持つみたいだね。まあ、警報の通りなら支配能力が暴走しているわけではなさそうだ。ランクBの幻子生命体では理不尽な災害は起こせない。せいぜい街ひとつ消し去るくらいだ。キョウコが消えるのは歴史的損失かもしれないが、この世界では珍しいことではない」
「人間からすると、それって大災害だよ。しかし、メリアのセンサってこんなに敏感だったっけ?」
このシーラカンス、警報が流れる以前に幻子生命体の出現を察知していた。いくら空想従者でも、事象が起こる前から遠く離れた街の様子を感じ取ることはできない。
「いや、今までにないな。奇妙な感覚だ。まるで仲間を呼んでいるみたいだ。あるいは……」
「あるいは?」
「悲鳴かな」
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