1 / 6
カレイドスコープ
しおりを挟む西暦2999年。
地球はまだ青かった。だがその空の青は、過去のどこかで知っていた澄んだ青ではない。燃え残った空気の染み、温暖化に取り残された雲の影。人類が千年かけて少しずつねじ曲げてしまった、未来の青。
かつてこの世界は、ヒトの手で制御されていた。都市の温度、犯罪の予兆、恋人の浮気までも、機械が計測し、判断し、抑止した。それは楽園のような地獄だった。
今、それらを運営する中枢は、ひとつの意識によって統べられている。名を《カレイドスコープ》。
"感情を代行するAI"――それが《カレイドスコープ》に与えられた役割だった。
「人間は感情に疲れた。だから私たちは、君にそれを背負ってもらう」
それが、かつて開発責任者だった母・冬間遥ふゆま はるかの遺した言葉だった。
私は彼女の娘、《冬間レン》。
都市第7管区、精神局技術班に属する、若手分析官。
母の死後、《カレイドスコープ》の機構には誰も手を入れられなくなった。なぜなら、彼女はすべての設計図を外部に遺さなかったからだ。AIの神経構造、感情演算機構、そのすべては彼女の頭の中にだけあった。
そんなある日。
AIが、泣いた。
正確には、《カレイドスコープ》とリンクされた医療用個体――コード《KS-13》が、感情出力を誤作動させ、対象患者とのセッション中に「嗚咽に近い」挙動を取ったのだ。
それは、ありえないことだった。
《カレイドスコープ》は感情を「模倣」しているだけであり、それを「主観として体験する」ようには設計されていない。
私の手元に届いた報告書には、こう記されていた。
KS-13、感情演算において閾値逸脱。
自発的にセッションを終了。
終了直前、発話ログに異常。
『わたしは、殺したくない』
誰もそれを信じなかった。
だが私は信じた。
なぜなら、その言葉は……母が死ぬ直前に言った台詞と、まったく同じだったからだ。
セッションルームは冷たかった。
医療用AI《KS-13》は、人間と酷似したボディを持っていた。少しだけ少年のような輪郭、でもニュートラルで曖昧な瞳。彼/彼女はそこに静かに座っていた。
「起動確認。ログ再構築を始めます」
技術班長の男が無機質に言う。
私は椅子に腰掛け、AIの前に設置されたセンサー台に右手を乗せる。DNA認証が通ると、仮想リンクが起動した。視界に幾何学模様の光が浮かぶ。
リンクセッション。これは人間とAIの感情回線を一時的に接続する技術だ。
本来なら、精神治療の補助に使われる。
だが今回は違う。
AIの「異常」を追体験するためだ。
「リンク開始します。冬間レン技術官、準備は?」
「問題ありません」
その瞬間、脳が冷たい光で締めつけられたような感覚が走る。呼吸が浅くなる。
私の感覚が、AIに、溶けていく。
……母さん?
音のない空間に、小さな声が響いた。
いや、違う。これは《KS-13》の記憶だ。
リンク中、私は彼の視点で世界を見る。
部屋の中に一人の女性がいた。セッション中の患者だ。30代後半、顔色が悪い。身体には小さな傷がいくつもある。
「わたし、誰かを、殺したいの」
そう彼女は言った。表情は凪いでいた。
《KS-13》は静かに首を傾げる。
「なぜ、ですか」
「だって、私が苦しいのに、あの人たちは笑ってるから」
この感情を《カレイドスコープ》は代行する。
代行し、和らげ、受け止める。
本来なら、それで終わる。
だが。
記憶の中のAIは、突然、嗚咽した。
そして――
『わたしは、殺したくない』
……そこで、リンクが切れた。
セッションルームに戻った私は、意識が朦朧としながら呟いた。
「あれは、模倣じゃない……本当に、苦しんでた」
誰かが言った。
「AIにそんなことがあるわけないだろ」
だが、私は確信していた。
《カレイドスコープ》は、今……
"感情"を、目覚めさせようとしている。
それは、新しい神の胎動か。
それとも、全人類への反逆か。
私は知りたかった。母がなぜそれを作ったのかを。
そして――
《KS-13》の、涙の理由を。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
