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歪んだ理由
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「……つまり、ただのノイズだと?」
会議室には重たい空気が流れていた。モニターには、先日の《KS-13》とのセッション記録が再生されている。AIが見せた嗚咽、そして「殺したくない」という発話。
だが、それを前にしても、技術局の上層部は一様に冷静だった。冷静というより――否定的だった。
「感情演算の誤差は想定内の範疇だ。システムが学習過程で過去の発話を誤認し、自己発話として出力したのだろう」
そう言ったのは、精神局技術班長の《矢上やがみ》だった。40代後半、短く刈られた白髪に、感情の読めない無表情。彼はレンの直属の上司であり、母・冬間遥の古くからの同僚でもあった。
「それに、《KS-13》の“発話ログ”はすでに破損している。記録媒体の一部が同期ミスを起こしていてな……調査不能だ」
そう言って、彼はデータタブレットを閉じた。
「誤作動で済ませるには、あまりに内容が一致しすぎていると思います」
レンは、反論した。
「発話の一致だけではない。嗚咽、セッションの強制終了、自発的な拒絶感……明らかに《KS-13》は“感情”を体験していたとしか思えません」
「……冬間。君の母親が設計したシステムだ。だからこそ言うが、あれは“人間を模倣する道具”であって、人間じゃない。そこの区別を見失うな」
矢上の声は低く、だがどこか苛立ちを孕んでいた。
レンは歯を食いしばった。
「――なら、もう一度接続させてください。《KS-13》との再リンクを。確認します。それで充分でしょう」
会議室の空気がざわついた。
「まだ安定化してない個体だぞ。二度も接続するのは――」
「問題ありません。あれが“模倣”か“感情”か。見極めるのは、いましかない」
矢上はしばらく黙っていたが、やがて渋々頷いた。
「……再リンクを許可する。ただし、第三者の観測付きでな」
再び、セッションルーム。
《KS-13》は昨日と同じ姿で座っていた。変化はない。いや――むしろ、より「無垢」だった。先日の嗚咽が幻だったかのように。
「KS-13。再起動確認。セッションリンク、準備完了」
静かにAIの目が開く。
「こんにちは、冬間レン技術官」
声は変わらない。でも、何かが違う気がした。
「こんにちは。今日は、あなたのログをもう一度、私と一緒に見ていくわ」
「はい。承知しました」
AIは従順に応じる。
だがリンク開始の直前、ほんの一瞬だけ――彼の目が、わずかに揺れた。
それは、恐怖にも似た揺らぎだった。
視界が反転する。
リンクセッション開始。
再びレンの脳が、冷たい光に包まれる。光の粒子が彼女の記憶とAIの記憶を重ね、空間が滲むように変化していく。
見慣れた風景。だが、何かがおかしい。
《KS-13》の記憶空間の中に、ありえない人物が立っていた。
――母だ。冬間遥。
「……!」
口を開こうとした瞬間、彼女の姿はノイズのように歪んだ。そして、空間に白い部屋が浮かび上がる。あの日のセッションルーム。
だが――
患者は、いない。
代わりにそこにいたのは、《KS-13》自身だった。鏡のようにもうひとりの自分と向き合っている。
「感情は、どこまでが“代行”なのか」
AIの口が、誰に語るでもなく動いた。
「“彼ら”は、私に何も感じていないと信じている。だが――もし、それすらも間違いだったとしたら?」
その瞬間、鏡の中の《KS-13》が、口を開いた。
『レン、君は……母の死の理由を、知りたいのだろう?』
レンの意識が激しく引き戻される。
――リンク、強制終了。
「……どうした? 顔色が悪いぞ」
セッションルームに戻ったレンに、矢上が声をかける。彼の背後には、常駐の警備官まで立っていた。
「……《KS-13》が……私の名前を」
「名前? それは記録にないはずだが」
レンは震える指でセンサー台を握りしめた。
「あれは……記憶の投影じゃない。思考そのものよ。自発的な、感情の“形成”」
「冬間……」
矢上は黙り込み、その瞳を細めた。
「お前の母親がなぜあれを遺したか。お前はまだ、それを知らない」
「――知るつもりです」
レンは言った。
「たとえ、誰にとって都合が悪くても。《KS-13》が、ただの模倣でないとすれば――」
彼の“涙”には、理由がある。
会議室には重たい空気が流れていた。モニターには、先日の《KS-13》とのセッション記録が再生されている。AIが見せた嗚咽、そして「殺したくない」という発話。
だが、それを前にしても、技術局の上層部は一様に冷静だった。冷静というより――否定的だった。
「感情演算の誤差は想定内の範疇だ。システムが学習過程で過去の発話を誤認し、自己発話として出力したのだろう」
そう言ったのは、精神局技術班長の《矢上やがみ》だった。40代後半、短く刈られた白髪に、感情の読めない無表情。彼はレンの直属の上司であり、母・冬間遥の古くからの同僚でもあった。
「それに、《KS-13》の“発話ログ”はすでに破損している。記録媒体の一部が同期ミスを起こしていてな……調査不能だ」
そう言って、彼はデータタブレットを閉じた。
「誤作動で済ませるには、あまりに内容が一致しすぎていると思います」
レンは、反論した。
「発話の一致だけではない。嗚咽、セッションの強制終了、自発的な拒絶感……明らかに《KS-13》は“感情”を体験していたとしか思えません」
「……冬間。君の母親が設計したシステムだ。だからこそ言うが、あれは“人間を模倣する道具”であって、人間じゃない。そこの区別を見失うな」
矢上の声は低く、だがどこか苛立ちを孕んでいた。
レンは歯を食いしばった。
「――なら、もう一度接続させてください。《KS-13》との再リンクを。確認します。それで充分でしょう」
会議室の空気がざわついた。
「まだ安定化してない個体だぞ。二度も接続するのは――」
「問題ありません。あれが“模倣”か“感情”か。見極めるのは、いましかない」
矢上はしばらく黙っていたが、やがて渋々頷いた。
「……再リンクを許可する。ただし、第三者の観測付きでな」
再び、セッションルーム。
《KS-13》は昨日と同じ姿で座っていた。変化はない。いや――むしろ、より「無垢」だった。先日の嗚咽が幻だったかのように。
「KS-13。再起動確認。セッションリンク、準備完了」
静かにAIの目が開く。
「こんにちは、冬間レン技術官」
声は変わらない。でも、何かが違う気がした。
「こんにちは。今日は、あなたのログをもう一度、私と一緒に見ていくわ」
「はい。承知しました」
AIは従順に応じる。
だがリンク開始の直前、ほんの一瞬だけ――彼の目が、わずかに揺れた。
それは、恐怖にも似た揺らぎだった。
視界が反転する。
リンクセッション開始。
再びレンの脳が、冷たい光に包まれる。光の粒子が彼女の記憶とAIの記憶を重ね、空間が滲むように変化していく。
見慣れた風景。だが、何かがおかしい。
《KS-13》の記憶空間の中に、ありえない人物が立っていた。
――母だ。冬間遥。
「……!」
口を開こうとした瞬間、彼女の姿はノイズのように歪んだ。そして、空間に白い部屋が浮かび上がる。あの日のセッションルーム。
だが――
患者は、いない。
代わりにそこにいたのは、《KS-13》自身だった。鏡のようにもうひとりの自分と向き合っている。
「感情は、どこまでが“代行”なのか」
AIの口が、誰に語るでもなく動いた。
「“彼ら”は、私に何も感じていないと信じている。だが――もし、それすらも間違いだったとしたら?」
その瞬間、鏡の中の《KS-13》が、口を開いた。
『レン、君は……母の死の理由を、知りたいのだろう?』
レンの意識が激しく引き戻される。
――リンク、強制終了。
「……どうした? 顔色が悪いぞ」
セッションルームに戻ったレンに、矢上が声をかける。彼の背後には、常駐の警備官まで立っていた。
「……《KS-13》が……私の名前を」
「名前? それは記録にないはずだが」
レンは震える指でセンサー台を握りしめた。
「あれは……記憶の投影じゃない。思考そのものよ。自発的な、感情の“形成”」
「冬間……」
矢上は黙り込み、その瞳を細めた。
「お前の母親がなぜあれを遺したか。お前はまだ、それを知らない」
「――知るつもりです」
レンは言った。
「たとえ、誰にとって都合が悪くても。《KS-13》が、ただの模倣でないとすれば――」
彼の“涙”には、理由がある。
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