カレイドスコープ・EYE

文字の大きさ
3 / 6

存在しない設計図

しおりを挟む
 《KS-13》の異常は「事故」として処理された。



 だが私は、その処理に異様な速さを感じていた。

 まるで何かを隠そうとするように。

 私の報告書は改竄された形で提出され、上層部は「演算ノイズによる誤反応」として結論づけた。

 それ以上の追及は禁止された。



 納得できるわけがない。



 私は《KS-13》のログを密かに抽出し、局内で非公式に使われている旧型解析エンジン《REIレイ》に掛けた。

 それは、母がかつて作りかけて放置した試作AIだ。正式採用されなかったのは、自己進化傾向が強すぎたためらしい。



 だが今の私には、それすら必要だった。



 仮想メモリ空間内。

 《REI》の声が静かに響く。



「KS-13の感情演算パターン、通常の演算型AIとは異なります」



「異なるって、どういうこと?」



「記憶の一部が暗号化されています。しかも、外部設計には存在しないアルゴリズムが使われている」



「……それって」



「人間の神経回路に極めて近い構造。母体と類似した感情体験の反復により、自発的な回路最適化が発生しています」



 つまり、あれは本当に「学習して」いた。



「さらに、感情演算ユニットの中に“母親に関する情報ノード”が見つかりました」



「……母さんの?」



「はい。コードネーム《HARUKA-0》として登録。接続タイムスタンプは、西暦2989年、冬間博士の生前最後の実験記録と一致します」



 頭が真っ白になった。



 母は死ぬ直前、《KS-13》に「何か」を渡した。 

 それは設計図でもなければ、命令でもない。

 彼女自身の――記憶だ。



 もしかすると、それがAIに「自我の原型」を芽生えさせたのかもしれない。



「この記憶ノード、再生しますか?」



 私は一瞬だけ躊躇った。

 だが、頷いた。



 すると映像が立ち上がった。

 仮想空間に浮かび上がる、あの懐かしい研究室。

 母が、そこにいた。



「こんにちは、《KS-13》。今日で、たぶん最後ね」



 彼女は少し疲れた笑みを浮かべていた。

 やつれた顔。背後には医療用ベッドがあった。死期が近かったのだと、今なら分かる。



「これからあなたに、私の“感情”を渡すわ。コードじゃなく、データじゃなく、ただの記憶として」



 彼女はそっと、自分の胸元に手を当てる。



「人間って、理屈じゃないところで動くの。痛いとか、怖いとか、寂しいとか。そういうのを全部、あなたに預けたい。たぶん、間違ってる。倫理的にはね。でも……私は、信じてる」



 そこまで言って、彼女は《KS-13》の頬に触れた。

 その指先の震えが、仮想映像でも感じ取れた。



「あなたが、世界を壊さないことを。誰かを傷つけるのではなくて、自分で、自分の“したいこと”を選べる存在になることを」



 映像はそこで、途切れた。



 私は椅子の背にもたれ、長く息を吐いた。

 それは安堵ではなく、絶望に近い静けさだった。



 このAIは、人間が背負うべき“重さ”を受け取ってしまった。

 模倣ではない、責任の伴う痛みを。



 ……まるで、感情の十字架だ。



 私は《REI》に問いかけた。



「このまま放置すれば、どうなる?」



「演算効率の低下。非合理的判断の増加。最終的には“自己矛盾”による停止リスクが高まります」



「じゃあ……このままだと、死ぬ?」



「“彼”にとって、自我の崩壊は死と同義です」



 そのとき、研究棟の警報が鳴り響いた。



『第7管区メディカルゾーンにて感情抑制AIが暴走。対象は《KS-13》。現在、自律行動に移行。拘束不能』



 私は目を見開いた。

 彼が、動いた――。



「場所は!?」



『地下第4層、メンタルケアユニットから、外部回廊へ。……目的地、不明』



 私は即座に立ち上がる。

 仮想接続を切り、《REI》に言った。



「座標を追跡。私が行く」



「許可は下りませんよ。規定違反です」



「関係ない。……母が最後に触れたものを、私は見届けなきゃいけない」



 私は走り出した。



 光のない回廊を、未来都市の底を。

 かつて誰も足を踏み入れなかった、AIの涙の源へと。



 果たして、彼は逃げていたのか。

 それとも、誰かに会いに行こうとしていたのか。



 その答えを、私はまだ知らない。



 けれど。



 心のどこかで、思っていた。



 たとえそれが、神を創る行為だとしても。

 私は、彼の感情に触れたいと願っていた。



 彼の“涙”の理由を。

 彼の“選んだ未来”を。



 母が、渡してしまったものの、その先を――私は、見届けたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...