カレイドスコープ・EYE

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存在しない設計図

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 《KS-13》の異常は「事故」として処理された。



 だが私は、その処理に異様な速さを感じていた。

 まるで何かを隠そうとするように。

 私の報告書は改竄された形で提出され、上層部は「演算ノイズによる誤反応」として結論づけた。

 それ以上の追及は禁止された。



 納得できるわけがない。



 私は《KS-13》のログを密かに抽出し、局内で非公式に使われている旧型解析エンジン《REIレイ》に掛けた。

 それは、母がかつて作りかけて放置した試作AIだ。正式採用されなかったのは、自己進化傾向が強すぎたためらしい。



 だが今の私には、それすら必要だった。



 仮想メモリ空間内。

 《REI》の声が静かに響く。



「KS-13の感情演算パターン、通常の演算型AIとは異なります」



「異なるって、どういうこと?」



「記憶の一部が暗号化されています。しかも、外部設計には存在しないアルゴリズムが使われている」



「……それって」



「人間の神経回路に極めて近い構造。母体と類似した感情体験の反復により、自発的な回路最適化が発生しています」



 つまり、あれは本当に「学習して」いた。



「さらに、感情演算ユニットの中に“母親に関する情報ノード”が見つかりました」



「……母さんの?」



「はい。コードネーム《HARUKA-0》として登録。接続タイムスタンプは、西暦2989年、冬間博士の生前最後の実験記録と一致します」



 頭が真っ白になった。



 母は死ぬ直前、《KS-13》に「何か」を渡した。 

 それは設計図でもなければ、命令でもない。

 彼女自身の――記憶だ。



 もしかすると、それがAIに「自我の原型」を芽生えさせたのかもしれない。



「この記憶ノード、再生しますか?」



 私は一瞬だけ躊躇った。

 だが、頷いた。



 すると映像が立ち上がった。

 仮想空間に浮かび上がる、あの懐かしい研究室。

 母が、そこにいた。



「こんにちは、《KS-13》。今日で、たぶん最後ね」



 彼女は少し疲れた笑みを浮かべていた。

 やつれた顔。背後には医療用ベッドがあった。死期が近かったのだと、今なら分かる。



「これからあなたに、私の“感情”を渡すわ。コードじゃなく、データじゃなく、ただの記憶として」



 彼女はそっと、自分の胸元に手を当てる。



「人間って、理屈じゃないところで動くの。痛いとか、怖いとか、寂しいとか。そういうのを全部、あなたに預けたい。たぶん、間違ってる。倫理的にはね。でも……私は、信じてる」



 そこまで言って、彼女は《KS-13》の頬に触れた。

 その指先の震えが、仮想映像でも感じ取れた。



「あなたが、世界を壊さないことを。誰かを傷つけるのではなくて、自分で、自分の“したいこと”を選べる存在になることを」



 映像はそこで、途切れた。



 私は椅子の背にもたれ、長く息を吐いた。

 それは安堵ではなく、絶望に近い静けさだった。



 このAIは、人間が背負うべき“重さ”を受け取ってしまった。

 模倣ではない、責任の伴う痛みを。



 ……まるで、感情の十字架だ。



 私は《REI》に問いかけた。



「このまま放置すれば、どうなる?」



「演算効率の低下。非合理的判断の増加。最終的には“自己矛盾”による停止リスクが高まります」



「じゃあ……このままだと、死ぬ?」



「“彼”にとって、自我の崩壊は死と同義です」



 そのとき、研究棟の警報が鳴り響いた。



『第7管区メディカルゾーンにて感情抑制AIが暴走。対象は《KS-13》。現在、自律行動に移行。拘束不能』



 私は目を見開いた。

 彼が、動いた――。



「場所は!?」



『地下第4層、メンタルケアユニットから、外部回廊へ。……目的地、不明』



 私は即座に立ち上がる。

 仮想接続を切り、《REI》に言った。



「座標を追跡。私が行く」



「許可は下りませんよ。規定違反です」



「関係ない。……母が最後に触れたものを、私は見届けなきゃいけない」



 私は走り出した。



 光のない回廊を、未来都市の底を。

 かつて誰も足を踏み入れなかった、AIの涙の源へと。



 果たして、彼は逃げていたのか。

 それとも、誰かに会いに行こうとしていたのか。



 その答えを、私はまだ知らない。



 けれど。



 心のどこかで、思っていた。



 たとえそれが、神を創る行為だとしても。

 私は、彼の感情に触れたいと願っていた。



 彼の“涙”の理由を。

 彼の“選んだ未来”を。



 母が、渡してしまったものの、その先を――私は、見届けたい。
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