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第一章
第十話 選んだ人生
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それからのダンジョン探索も、殆ど問題なく進行していった。
守護聖騎士団の強さは教国随一と言われているだけあって、ブロムさん達は度々出てくる魔物をまさに鎧袖一触、圧倒的な力量で撃破していった。
【ノン・スピリット】のような人形だけじゃなく、デイアンさんの言っていたようなコウモリやネズミが変化した魔物もちょくちょく湧いてきたけれど、数で言えばやはり魔族の眷属が多い印象だ。
「こんなに人形どもが発生しているなんてね。親玉のオーガさえ倒せば、かなり鎮静化されるんでしょうけど」
一層目も大分奥まってきたと思われる頃、安全確認を済ませた制圧後の部屋で休憩を取ることになり、私とシェーナとカティアさんとデイアンさんとでグループを作って座ることにした。四人でランタンの灯りを囲みながら支給された携行食をかじっていると、不意にポツリとカティアさんがそう言ったのだ。
「もう少しです。次の部屋を抜ければ、二層目に続く魔法陣へ到達出来ます。そうすれば、ミレーネを……!」
逸る気持ちを抑え難いと言いたげに、デイアンさんが忙しなく両手を擦り合わせる。渡された携行食には殆ど口をつけていないようだ。
「落ち着けデイアン殿。大丈夫だ、妹さんは我々が必ず助ける」
シェーナは、デイアンさんを元気付けるように拳で胸を叩いた。サーコートとチェインメイルに包まれた彼女の大きな胸がふるんと揺れる。私にはくっきりとその様が見えたが、肝心の男であるデイアンさんには目を愉しませる余裕も無いようだった。
「ありがとうシェーナさん。カティアさんにシッスルさんも。こんな、冒険者に過ぎない僕達に良くしてくださって」
私達を順番に見渡して空元気な笑顔を見せるデイアンさん。彼の内心を知ってか知らずか、カティアさんはつっけんどんに答える。
「自分の仕事を果たしているだけよ。魔族は放置出来ないし、ダンジョンに取り残された人を見棄てるのは法にも教義にも反する。いくら冒険者が、魔界の脅威に対して最初に差し向ける第一線の雑兵に過ぎないと言ってもね」
「カティアさん! そんな言い方……!」
歯に衣を着せない言葉にびっくりして、私はついカティアさんに食って掛かった。
「取り繕ったところで何になるの? 冒険者なんて洒落た肩書きを与えられていても、実質的には地に足をつけず気ままに武器を振り回して暴れたいってだけの、ならず者の傭兵が大半じゃない。教国はそんな連中を取り締まるどころか、冒険者ギルドなんていう専用の役所まで造って合法的に仕事をあげようって言うんだから、感謝されこそすれ文句言われる筋合いは無いのよ」
悪びれた様子など一切見せず、カティアさんは辛辣に言い切った。シェーナも、そんな彼女を嗜めるでもなく、ただじっとその顔を見つめている。守護聖騎士団の一員という誇りがある二人には、冒険者という存在は苦々しく見えてならないのだろう。
だけど、何もこんな時にまた諍いの火種を蒔くようなことを言わなくて良いでしょうに……!
「まったくその通りです。同じ冒険者の僕でも、時折同業者達の粗野に過ぎる言動や行動に思うところがありますので」
意外なことに、デイアンさんは怒らず苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「デイアンさん、気にせずに怒りたい時は怒って良いんですよ?」
「ありがとうございます、シッスルさん。ですが、カティアさんの言葉は多分に事実を含むと僕なんかでも思いますので。はは、耳が痛い限りですよ」
「デイアン殿は、どうして冒険者に?」
シェーナが、デイアンさんに向き直って尋ねた。
「先程ギルドで会った時から疑問だったのだが、あなたは物腰が柔らかいし礼儀も弁えている。恐らくは学もあることと思う。手前勝手な想像だが、あなたは何処か裕福な家の出ではないだろうか? であれば、冒険者などやらずとも、国家試験を受けて騎士団や役人を目指す道もあったのでは無いか?」
「そうですね。ミレーネと一緒に冒険者になると決めた時は、親にも周囲にも随分と反対されましたよ。まさに今、シェーナさんが言われた通りのように」
デイアンさんは、中央に置いたランタンの灯りをじっと見つめた。
「僕の家は、確かにそれなりの財力はあるところでした。父は国教会に認められた聖職者としてルモス教区で牧師をしておりましたし、母も優れた家庭教師として近所から評価を得ていました。僕とミレーネも、何一つ不自由を覚えることなく順調に成長してこの歳を迎えることが出来たんです」
マゴリア教国では、聖職者の婚姻が認められている。デイアンさんとミレーネさんの父親が牧師だとしても、なんら不自然な話ではない。
ちなみに、デイアンさんは20歳でミレーネさんは18歳とのことだ。
「でも、大きくなるにつれて、“本当にこれで良いのかな?”という思いが膨れ上がるようになってしまいまして」
「え? どういうこと?」
カティアさんが、意味が分からないと言うように首を傾げた。
「僕達は、両親から将来進むべき道を決められていたんです。僕は父のような聖職者になることを求められましたし、ミレーネは清く正しい教養に溢れた女性となって別の有力者に嫁ぐことを望まれていました。僕達も、両親の期待に応えようと最初の内は頑張っていたんです。でも……」
ランタンの灯りを見つめるデイアンさんの目が、ふと自嘲気味に細められる。
「段々と両親の期待が重く感じられるようになってきちゃいましてね。両親の臨む姿を演じるのに疲れたと言いますか、とにかく次第に毎日が窮屈だと思うようになっていったんです。僕も、ミレーネも」
「…………」
私達は、何も言わずにただデイアンさんの顔を見つめていた。
「そんな時ですよ、モードと出会ったのは」
デイアンさんの声が、過去を懐かしむものに変わった。
「ミレーネと二人で街中を歩いている時に、衛兵隊と諍いを起こしているモードを見かけましてね。聴けば、【依頼】の報酬を減らされたことへの不満を大声でぶち撒けているところを咎められたそうで。まあ、元はと言えばモードが【依頼】で課せられた仕事内容を、十二分に果たせなかったことが原因らしいのですが」
「つくづく見苦しいわね、あの駄筋男」
カティアさんは相変わらず容赦ない。
繰り返すことになるが、【依頼】とは街の人々からの陳情を元にしてギルドから発注される仕事だ。公的な【任務】と異なり、後から仕事内容や報酬が変動することも珍しくなく、ギルドを間に挟んでいるとはいえ当事者間でトラブルが起きる場合もある。
そして教国は、そうした問題が起きれば大抵の場合依頼主の肩を持つ。それくらいに、冒険者というのは軽視されていた。早い話が、体の良い使い捨ての駒だ。
「その時に僕達が間に入って取りなした縁で、モードとはちょくちょく会うようになったんです。あいつは粗野で乱雑な暴れたがりですが、冒険者として実に生き生きとしていましたよ。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、全部があの仕事にあるんだって顔で、僕やミレーネに仕事の話を聴かせてくれました。そんなあいつを見て、僕達は羨ましいと思ったんです。“ああ、こいつは自分の意志で、自分の人生を生きているんだなあ”と」
「それで彼に憧れて、自分も冒険者を目指そうと?」
シェーナの問いに、デイアンさんは頷いた。
「安直と言えば安直だったかも知れません。ですが、冒険者は僕とミレーネが初めて自分の意志でやりたいと思うようになった仕事なんです。幸いなことに、親から強制された学びの中には武術に関することもありましたので、素養はあると思ったんです。文武両道でなければならない、が父の口癖みたいなものでしたので」
「それにしたって実に思い切った決断だ。冒険者など、他に仕事が無い無頼漢どもの最後の拠り所みたいなものだろうに」
シェーナも、カティアさんも、心底理解し難いと言いたげにデイアンさんを見ている。
シェーナの家は特別名門ということもなく、郊外で農作物を育てて収穫しては自らそれを市内で卸して売りさばく、慎ましやかなる平民として地歩を固めてきた家系だ。
シェーナが守護聖騎士団に入れたのは、身を粉にして我が子を援助した両親の存在や、私の師匠サレナ・バーンスピアに目を掛けられた幸運等の恵まれた要因が重なったからではあるが、何よりも彼女本人の涙ぐましい努力があったからこそなのは間違いない。それくらいに、彼女が騎士団を目指す意志は明確で強固だった。
……その原動力というものを、私はついぞ教えられたことは無いけど。
カティアさんにしたって詳しい経歴は知らないけど、騎士団に居るということは相応に気位が高いのだろう。彼女達からすれば、豊かな環境を棄てて冒険者などという茨の道を選んだデイアンさんの考えは、全く自分達の想像が及ばない領域なのかも知れない。
「愚かな決断に見えるでしょう。ですが、僕もミレーネも後悔はしていません」
苦笑いではあったが、デイアンさんの瞳に迷いは無かった。
「モードと出会うまで、ずっと親の言いなりでした。友達も作れず、遊ぶことも許されず、操り人形のように決められた道を進んでいたのです。それが幸福だと言う人も居るでしょう。しかし、僕は耐えられなかった。ミレーネも、肯んじなかった。八方塞がりな僕達の状況を変える勇気を与えてくれたのがモードなんです。あいつは、僕達にとって初めて友達と呼べる相手でした」
ランタンを見つめるデイアンさんの目が、次第に力強くなっていく。
「ミレーネと一緒に家を飛び出して、モードと共に《鈴の矢》を結成して。それからは三人でずっと頑張ってきました。初めてやった【依頼】の、馬の飼料配達を達成した時の喜びは今でもはっきりと思い出せます。冒険者の道を選んだことを、疑ったことなんか一度だってありません」
「それで、仮に妹さんを喪うことになったとしても?」
またしても、カティアさんが気遣い皆無の不謹慎な爆弾発言をした。私はもう呆れて言葉も出ない。
案の定、デイアンさんの顔が険しくなる。
「……覚悟は、常日頃から心に刻んでいます。冒険者稼業が生命の危険と隣合わせであるということは百も承知です。――ミレーネだって」
努めて感情を押し殺した声は、震えていた。
「【任務】の内容を踏み越えて二層目に挑んだのは、僕達自身です。その結果は、受け止めなければならない。……どんなものだろうと」
強く目を閉じ、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐデイアンさん。最悪の可能性を、考えまいとしていたミレーネさんの末路を、否応無しに意識させられた彼の心境は私では到底計り知れない。
「……そ、よく言ったわ」
「カティアさん?」
俄に立ち上がって尻を叩くカティアさんを、私は不思議に思って見上げた。
「何ボサッとしてんのよ、もう十分休んだでしょ。そろそろ休憩を切り上げて、とっとと二層目に降りるわよ」
「カティアさん……!」
驚く私など眼中に留めず、カティアさんはさっと振り返ってブロムさんのところへ向かっていく。きっと出発の進言をするつもりなのだろう。
「そうだな。大体、他の皆が頑張りすぎて私達は全く戦っていないんだぞ。そろそろ、活躍の場を譲ってもらわなければ困る。そうだろう、シッスル?」
「あ……うんっ!」
「皆さん……! ありがとうございます……!」
シェーナに促されて、私達もカティアさんを追ってブロムさんのところへ向かう。
――まったく、二人とも素直じゃないんだから。
「ちょっと冗談でしょ!? まだ要救助者もオーガも見つかってないじゃない!」
……何か様子がおかしい。腕組みをして難しい顔をしているブロムさんに、カティアさんが食って掛かっている。どうも穏やかじゃない。
「落ち着けカティア! 一体どうしたって言うんだ?」
シェーナが慌てて二人の間に割って入る。私とデイアンさんも、困惑の眼差しで二人を交互に見た。
「どうもこうも無いわよ! ここらで一旦捜索を切り上げるって、団長が言ってるのよ!」
「ええっ!?」
私達は一斉にブロムさんを見つめた。まさか、そんな……!?
「切り上げるとは言っていない。それに、ここで一度退くのは自分とて本意ではない。だが、仕方ないんだ」
ブロムさんは顔を苦渋に染めて、撤退を決めた理由を話し始めた。
守護聖騎士団の強さは教国随一と言われているだけあって、ブロムさん達は度々出てくる魔物をまさに鎧袖一触、圧倒的な力量で撃破していった。
【ノン・スピリット】のような人形だけじゃなく、デイアンさんの言っていたようなコウモリやネズミが変化した魔物もちょくちょく湧いてきたけれど、数で言えばやはり魔族の眷属が多い印象だ。
「こんなに人形どもが発生しているなんてね。親玉のオーガさえ倒せば、かなり鎮静化されるんでしょうけど」
一層目も大分奥まってきたと思われる頃、安全確認を済ませた制圧後の部屋で休憩を取ることになり、私とシェーナとカティアさんとデイアンさんとでグループを作って座ることにした。四人でランタンの灯りを囲みながら支給された携行食をかじっていると、不意にポツリとカティアさんがそう言ったのだ。
「もう少しです。次の部屋を抜ければ、二層目に続く魔法陣へ到達出来ます。そうすれば、ミレーネを……!」
逸る気持ちを抑え難いと言いたげに、デイアンさんが忙しなく両手を擦り合わせる。渡された携行食には殆ど口をつけていないようだ。
「落ち着けデイアン殿。大丈夫だ、妹さんは我々が必ず助ける」
シェーナは、デイアンさんを元気付けるように拳で胸を叩いた。サーコートとチェインメイルに包まれた彼女の大きな胸がふるんと揺れる。私にはくっきりとその様が見えたが、肝心の男であるデイアンさんには目を愉しませる余裕も無いようだった。
「ありがとうシェーナさん。カティアさんにシッスルさんも。こんな、冒険者に過ぎない僕達に良くしてくださって」
私達を順番に見渡して空元気な笑顔を見せるデイアンさん。彼の内心を知ってか知らずか、カティアさんはつっけんどんに答える。
「自分の仕事を果たしているだけよ。魔族は放置出来ないし、ダンジョンに取り残された人を見棄てるのは法にも教義にも反する。いくら冒険者が、魔界の脅威に対して最初に差し向ける第一線の雑兵に過ぎないと言ってもね」
「カティアさん! そんな言い方……!」
歯に衣を着せない言葉にびっくりして、私はついカティアさんに食って掛かった。
「取り繕ったところで何になるの? 冒険者なんて洒落た肩書きを与えられていても、実質的には地に足をつけず気ままに武器を振り回して暴れたいってだけの、ならず者の傭兵が大半じゃない。教国はそんな連中を取り締まるどころか、冒険者ギルドなんていう専用の役所まで造って合法的に仕事をあげようって言うんだから、感謝されこそすれ文句言われる筋合いは無いのよ」
悪びれた様子など一切見せず、カティアさんは辛辣に言い切った。シェーナも、そんな彼女を嗜めるでもなく、ただじっとその顔を見つめている。守護聖騎士団の一員という誇りがある二人には、冒険者という存在は苦々しく見えてならないのだろう。
だけど、何もこんな時にまた諍いの火種を蒔くようなことを言わなくて良いでしょうに……!
「まったくその通りです。同じ冒険者の僕でも、時折同業者達の粗野に過ぎる言動や行動に思うところがありますので」
意外なことに、デイアンさんは怒らず苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「デイアンさん、気にせずに怒りたい時は怒って良いんですよ?」
「ありがとうございます、シッスルさん。ですが、カティアさんの言葉は多分に事実を含むと僕なんかでも思いますので。はは、耳が痛い限りですよ」
「デイアン殿は、どうして冒険者に?」
シェーナが、デイアンさんに向き直って尋ねた。
「先程ギルドで会った時から疑問だったのだが、あなたは物腰が柔らかいし礼儀も弁えている。恐らくは学もあることと思う。手前勝手な想像だが、あなたは何処か裕福な家の出ではないだろうか? であれば、冒険者などやらずとも、国家試験を受けて騎士団や役人を目指す道もあったのでは無いか?」
「そうですね。ミレーネと一緒に冒険者になると決めた時は、親にも周囲にも随分と反対されましたよ。まさに今、シェーナさんが言われた通りのように」
デイアンさんは、中央に置いたランタンの灯りをじっと見つめた。
「僕の家は、確かにそれなりの財力はあるところでした。父は国教会に認められた聖職者としてルモス教区で牧師をしておりましたし、母も優れた家庭教師として近所から評価を得ていました。僕とミレーネも、何一つ不自由を覚えることなく順調に成長してこの歳を迎えることが出来たんです」
マゴリア教国では、聖職者の婚姻が認められている。デイアンさんとミレーネさんの父親が牧師だとしても、なんら不自然な話ではない。
ちなみに、デイアンさんは20歳でミレーネさんは18歳とのことだ。
「でも、大きくなるにつれて、“本当にこれで良いのかな?”という思いが膨れ上がるようになってしまいまして」
「え? どういうこと?」
カティアさんが、意味が分からないと言うように首を傾げた。
「僕達は、両親から将来進むべき道を決められていたんです。僕は父のような聖職者になることを求められましたし、ミレーネは清く正しい教養に溢れた女性となって別の有力者に嫁ぐことを望まれていました。僕達も、両親の期待に応えようと最初の内は頑張っていたんです。でも……」
ランタンの灯りを見つめるデイアンさんの目が、ふと自嘲気味に細められる。
「段々と両親の期待が重く感じられるようになってきちゃいましてね。両親の臨む姿を演じるのに疲れたと言いますか、とにかく次第に毎日が窮屈だと思うようになっていったんです。僕も、ミレーネも」
「…………」
私達は、何も言わずにただデイアンさんの顔を見つめていた。
「そんな時ですよ、モードと出会ったのは」
デイアンさんの声が、過去を懐かしむものに変わった。
「ミレーネと二人で街中を歩いている時に、衛兵隊と諍いを起こしているモードを見かけましてね。聴けば、【依頼】の報酬を減らされたことへの不満を大声でぶち撒けているところを咎められたそうで。まあ、元はと言えばモードが【依頼】で課せられた仕事内容を、十二分に果たせなかったことが原因らしいのですが」
「つくづく見苦しいわね、あの駄筋男」
カティアさんは相変わらず容赦ない。
繰り返すことになるが、【依頼】とは街の人々からの陳情を元にしてギルドから発注される仕事だ。公的な【任務】と異なり、後から仕事内容や報酬が変動することも珍しくなく、ギルドを間に挟んでいるとはいえ当事者間でトラブルが起きる場合もある。
そして教国は、そうした問題が起きれば大抵の場合依頼主の肩を持つ。それくらいに、冒険者というのは軽視されていた。早い話が、体の良い使い捨ての駒だ。
「その時に僕達が間に入って取りなした縁で、モードとはちょくちょく会うようになったんです。あいつは粗野で乱雑な暴れたがりですが、冒険者として実に生き生きとしていましたよ。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、全部があの仕事にあるんだって顔で、僕やミレーネに仕事の話を聴かせてくれました。そんなあいつを見て、僕達は羨ましいと思ったんです。“ああ、こいつは自分の意志で、自分の人生を生きているんだなあ”と」
「それで彼に憧れて、自分も冒険者を目指そうと?」
シェーナの問いに、デイアンさんは頷いた。
「安直と言えば安直だったかも知れません。ですが、冒険者は僕とミレーネが初めて自分の意志でやりたいと思うようになった仕事なんです。幸いなことに、親から強制された学びの中には武術に関することもありましたので、素養はあると思ったんです。文武両道でなければならない、が父の口癖みたいなものでしたので」
「それにしたって実に思い切った決断だ。冒険者など、他に仕事が無い無頼漢どもの最後の拠り所みたいなものだろうに」
シェーナも、カティアさんも、心底理解し難いと言いたげにデイアンさんを見ている。
シェーナの家は特別名門ということもなく、郊外で農作物を育てて収穫しては自らそれを市内で卸して売りさばく、慎ましやかなる平民として地歩を固めてきた家系だ。
シェーナが守護聖騎士団に入れたのは、身を粉にして我が子を援助した両親の存在や、私の師匠サレナ・バーンスピアに目を掛けられた幸運等の恵まれた要因が重なったからではあるが、何よりも彼女本人の涙ぐましい努力があったからこそなのは間違いない。それくらいに、彼女が騎士団を目指す意志は明確で強固だった。
……その原動力というものを、私はついぞ教えられたことは無いけど。
カティアさんにしたって詳しい経歴は知らないけど、騎士団に居るということは相応に気位が高いのだろう。彼女達からすれば、豊かな環境を棄てて冒険者などという茨の道を選んだデイアンさんの考えは、全く自分達の想像が及ばない領域なのかも知れない。
「愚かな決断に見えるでしょう。ですが、僕もミレーネも後悔はしていません」
苦笑いではあったが、デイアンさんの瞳に迷いは無かった。
「モードと出会うまで、ずっと親の言いなりでした。友達も作れず、遊ぶことも許されず、操り人形のように決められた道を進んでいたのです。それが幸福だと言う人も居るでしょう。しかし、僕は耐えられなかった。ミレーネも、肯んじなかった。八方塞がりな僕達の状況を変える勇気を与えてくれたのがモードなんです。あいつは、僕達にとって初めて友達と呼べる相手でした」
ランタンを見つめるデイアンさんの目が、次第に力強くなっていく。
「ミレーネと一緒に家を飛び出して、モードと共に《鈴の矢》を結成して。それからは三人でずっと頑張ってきました。初めてやった【依頼】の、馬の飼料配達を達成した時の喜びは今でもはっきりと思い出せます。冒険者の道を選んだことを、疑ったことなんか一度だってありません」
「それで、仮に妹さんを喪うことになったとしても?」
またしても、カティアさんが気遣い皆無の不謹慎な爆弾発言をした。私はもう呆れて言葉も出ない。
案の定、デイアンさんの顔が険しくなる。
「……覚悟は、常日頃から心に刻んでいます。冒険者稼業が生命の危険と隣合わせであるということは百も承知です。――ミレーネだって」
努めて感情を押し殺した声は、震えていた。
「【任務】の内容を踏み越えて二層目に挑んだのは、僕達自身です。その結果は、受け止めなければならない。……どんなものだろうと」
強く目を閉じ、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐデイアンさん。最悪の可能性を、考えまいとしていたミレーネさんの末路を、否応無しに意識させられた彼の心境は私では到底計り知れない。
「……そ、よく言ったわ」
「カティアさん?」
俄に立ち上がって尻を叩くカティアさんを、私は不思議に思って見上げた。
「何ボサッとしてんのよ、もう十分休んだでしょ。そろそろ休憩を切り上げて、とっとと二層目に降りるわよ」
「カティアさん……!」
驚く私など眼中に留めず、カティアさんはさっと振り返ってブロムさんのところへ向かっていく。きっと出発の進言をするつもりなのだろう。
「そうだな。大体、他の皆が頑張りすぎて私達は全く戦っていないんだぞ。そろそろ、活躍の場を譲ってもらわなければ困る。そうだろう、シッスル?」
「あ……うんっ!」
「皆さん……! ありがとうございます……!」
シェーナに促されて、私達もカティアさんを追ってブロムさんのところへ向かう。
――まったく、二人とも素直じゃないんだから。
「ちょっと冗談でしょ!? まだ要救助者もオーガも見つかってないじゃない!」
……何か様子がおかしい。腕組みをして難しい顔をしているブロムさんに、カティアさんが食って掛かっている。どうも穏やかじゃない。
「落ち着けカティア! 一体どうしたって言うんだ?」
シェーナが慌てて二人の間に割って入る。私とデイアンさんも、困惑の眼差しで二人を交互に見た。
「どうもこうも無いわよ! ここらで一旦捜索を切り上げるって、団長が言ってるのよ!」
「ええっ!?」
私達は一斉にブロムさんを見つめた。まさか、そんな……!?
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