独立不羈の幻術士

ムルコラカ

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第一章

第十五話 謎の光

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 僥倖にして生きていたミレーネさんを発見した私達は、そのまま彼女を保護してダンジョンを脱出しようと入り口へ向けてとんぼ返りしていた。

 まずは二層目の最初まで退き、先程通ったばかりの魔法陣を再び起動して一層目へと戻る。後はそのまま逆走していけば、ダンジョンの入退出に使う魔法陣まで辿り着ける。運が良ければ、本隊と合流して再突入してきたブロムさん達と出会えるかも知れない。

 既に踏破した道程だ。帰りを阻むものなどあろう筈も無く、私達は順調に帰路を進んでいた。

「帰ったらまず何をしたい、ミレーネ?」

「湯浴みをしたい。熱いお湯を頭から浴びて、身体の汚れを落としたいな」

「おいおい、そんなことをしたら傷に沁みるぞ」

「良いの! それだって生きている証なんだから! もう身体中が汗とか土とかでベタベタして気分最悪なの。このままじゃお嫁に行けなくなっちゃうよ」

「それは困るな。妹が行かず後家になったら、兄としても肩身が狭い」

「でしょー? だから兄さんは、つべこべ言わずにリーダーとしての義務を果たさないとダメなのです」

「義務と言うなら、まずは今回の一件の事後処理を済ませないといけないんだがな……」

「あはは、そうだよね……。その、ごめんね皆。私達が軽はずみに二層目に入っちゃったせいで、こんな騒動を起こしちゃって」

 ミレーネさんはバツが悪そうに、周りを囲む私達ひとりひとりに向かってデイアンさんの背中の上から頭を下げた。もう随分と気持ちに余裕が戻ってきたみたいだ。兄と軽妙なやり取りを交わす彼女の顔色は、あの土塁の部屋で倒れていた頃より格段に良くなっている。

「気にしなくて良い、ミレーネ殿。貴殿ら《鈴の矢》の行動がオーガの早期発見に繋がったのだ。確かに規定を超過したのは感心出来るものではないが、この度の結果はむしろ功績だと考えても良いと思うぞ」

 無事に目的を達して気を良くしているからか、シェーナは柔らかく笑ってミレーネさんの謝罪を流した。これまでの道中で彼らに対する理解が少し深まったからか、普段の冒険者嫌いも今は余所行きになっている。

「ううん、ダメだよ。それでも、今回の失敗は言い訳出来ない」

 意外なことに、ミレーネさんはきっぱりと首を横に振った。

「こんな危険な場所に、皆が来る羽目になった。私達がちゃんと一層目だけで引き返していれば、そもそもこんな手間も必要無かったんだし」

 思いつめたような表情で、ミレーネさんは絞り出すように言葉を続ける。

「私達のような冒険者が勝手に無茶して野垂れ死にするだけで済むなら、完全に自己責任で終わる話だよ。でも、実際はそうじゃない。逃げ遅れた私を助ける為に、騎士団の人達が動いたんだ。死ぬかも知れない、任務の為にさ」

「ミレーネさん……」

 横を歩く私は、ただじっとミレーネさんの横顔を見つめた。私より年上の18歳とは言え、まだ何処か幼さを残したあどけない美貌がキュッと窄められて苦悩の色を濃くしている。

「だから私達は、今度のことでちゃんと処分を受けないといけないの。自分の失敗で皆に迷惑を掛けた分は、償わなきゃ……」

「あらあら、それは殊勝なことね。安心しなさい。催促するまでもなく、あんた達のパーティ《鈴の矢》にはギルドを通して国教会から相応のお咎めがある筈だから」

「ちょっとカティアさん! またあなたは……!」

 ある意味、予想通り。ミレーネさん達に対して嫌味を言うカティアさんに、私は抗議しようとした。

「うるさい、あんたは黙ってなさいよ魔術士」

 まるっきり堪えた様子も無く、しっしっと虫でも払うかのように私の抗議を切り捨てると、カティアさんは少し表情を改めて続けた。

「喋る元気が湧いてきたみたいだから訊いとくけどね、このダンジョンに取り残されてから今までどうしていたのよ、あんた」

「さっきは“話は後にして”とか言ってたのに……」

 ぼそっと呟いたつもりだったが、しっかり聴こえたらしい。カティアさんは、ツッコミを入れた私を凄みのある目つきで睨んだ。

「魔術士、あんたは黙っててって言ってるの。“後”が今、この時になったってだけよ」

 おお、怖……。

「ん~、どう言ったら良いのか……」

 ミレーネさんは難しい顔になった。顎に人差し指を当てながら「そのことなんですけど……」と、これまでの記憶を掬い上げるように慎重な口ぶりで言う。

「私も、何がどうしてあそこに居たのか覚えてなくて……。オーガから逃げる途中、兄さんやモードと逸れて二層目を彷徨っていたのは朧気に分かるんですが、どうもその間の記憶が曖昧で……。具体的にどうやってあんな所まで辿り着いたのか、まるで覚えていないんです」

「記憶障害か? オーガに幻術でも見舞われたとか……?」

 シェーナの言葉にどきりとする。幻術と聴くと、反射的に自分のことを言われているような気になってしまう。

「オーガがそんな搦手を使うなんて聴いたことが無いわよ。連中、主に強靭な自分の四肢を活かした肉弾戦を好むって話じゃない」

 カティアさんの言葉に、デイアンさんも頷いた。

「僕達の前に出現したオーガも、まさにそんな感じでした。目にも留まらぬ速さで動いて、爪の一振りでモードの戦斧の刃をごっそり削ぎ落としたんです。あの時、怖気づいた僕達は無我夢中で逃げることを選びましたが、追いつかれなかったのが不思議でなりません」

「そんだけ動きに瞬発力があれば、背を向けて逃げたところで即座に追いつかれてなますにされるのが関の山だったでしょうね。けど、実際にあんた達はこうして生き残った」

 カティアさんは訝しげに目を細めて、デイアンさんとミレーネさんを見比べた。

「な~んか、このままだとスッキリしないのよね~。上手く噛み合わないというか、肝心な部分がぼかされてるっていうか。戯曲で例えるなら、演者の独白シーンに欠けがある状態って言ったところかしら」

「そう言われても……。私自身、こうやって生き残れたのが不思議なくらいですし……」

 戸惑うミレーネさんを、カティアさんは直視した。

「何だろうと構わないわ。覚えていることを洗いざらい言いなさい。壁から流れる風を感じたとか、不思議な光でも見た、とか」

 抜け道の存在があった可能性を考えているのだろうか? 周章狼狽しながら必死にオーガから逃げるミレーネさんが、自分でも気付かない内にそういった空間に逃げ込んで、二層目の最初の部屋に出現したんじゃないか? ……と、こういうことか。

「あっ、光と言えば……!」

 カティアさんの言葉に記憶を刺激されたのか、ミレーネさんがはっと顔を上げた。

「逃げている時に、ふと目の前に白い波打つような光の束が広がったような気がします!」

「えっ? 波打つ……?」

 脳内でその表現を映像化しようとして、私の頭はにわかに混乱した。波打つような白い光ってなんだ?

「それ、本当なの? 見間違いとかじゃなくて?」

「本当です! 今、だんだん思い出して来ました! 確かにあの時、そんな変な光が現れて私を包んだんです! そこで私は気を失って、次に気付いたらあの部屋に倒れてて、兄さん達が助けに来てくれて……!」

 次第に浮き彫りになってきた自分の記憶に、ミレーネさんは興奮しているようだ。

「不気味な光で、だけど何処かで見たような覚えがあって……! ええっと、あれはなんだったっけ……!?」

 取れそうで取れない奥歯に挟まった根菜の葉を悪戦苦闘しながら取り除こうとしているかのように、ミレーネさんはむず痒い表情で首をひねる。

 実のところ、私も似たようなもどかしさを感じていた。“波打つような光”。ケッタイな表現なのに、確かに何処かで見たような覚えがある。

「う~ん、う~~~ん……?」

 何処だ、何処でだったっけ……?

「なあ、それはまさか」

 シェーナが、ふと思い当たったように声を上げた。

「【オーロラ・ウォール】のような光――か?」

「あっ!?」

 瞬間、欠けていた破片がピタリと元の位置に収まったような感覚がした。

「ああ、そうです! オーロラです! 首都圏の周りをぐるっと囲む、あのとっても長~い光の壁と似たような光り方をしていたんです!」

 胸のつかえが取れたように、ミレーネさんが得心した顔で何度も頷く。

「そう言えば、僕達が最初にオーガと遭遇した時に見た光も、まさにオーロラのような印象を受けました……!」

「ああ、そう言えばそんなことを言っていたな」

 デイアンさん達が見た、【オーロラ・ウォール】を彷彿とさせる光。それが現れた時、一度目はオーガが出現して二度目にはミレーネさんがあの部屋に移動した……?

 これはどういうことなんだろう? 《鈴の矢》のパーティメンバー達が見たその光とは、一体何なのだろう?

「ちょっと待ちなさいよ! 何? あんた達、まさかダンジョンの中にオーロラが現れて、オーガを呼び込んだりミレーネを瞬間移動させたりしたって言いたいの?」

 カティアさんは、お話にならないと言いたげに鼻を鳴らした。

「荒唐無稽もいい加減にしなさい。オーロラはオーロラ。首都圏を覆い包む自然の天幕に過ぎないわ。こんなところで発生する訳がないし、仮に発生したとしても何か特別な現象を引き起こすようなものじゃない」

「それはそうだがカティア、デイアン殿とミレーネ殿は当事者だ。当事者が目にしたものは軽視するべきじゃない。それとも、二人が嘘をついていると思っているのか?」

 シェーナは慎重な意見を言うが、カティアさんの小馬鹿にしたような態度は改まらなかった。

「嘘つき呼ばわりしているつもりは無いわよ。けど、何かをオーロラに見間違えただけって可能性もあるじゃない。むしろそっちの方が整合性があるわ」

「何かとは何だ?」

「決まってるでしょ、魔灯石よ」

 カティアさんが得意気に胸をそらし、人差し指を立てる。

「ダンジョンの各部屋には魔灯石が設置されてある。そこから発せられる光がおかしな反射をして、オーロラみたいに歪んだ像を結んだのよ。デイアンとミレーネは、その光を見て錯覚したに違いないわ」

「そんな、あれは見間違いなんかじゃ……!」

「いやミレーネ殿、問題はそこではないだろう」
 
 抗議しかけたミレーネさんを、シェーナが横から制した。ミレーネさんが口をつぐむのを見たシェーナは、首を回してカティアさんを見る。

「カティア、仮にお前の言う通りだったとしても、実際に起きた現象にはどう説明をつけるのだ? 前触れのないオーガの出現も、ミレーネ殿の空白も、確かに起こっているんだぞ」

「大方、オーガが潜んでいることに気付かなかったとか、逃げるのに必死過ぎて途中の記憶を覚えていないだけとかじゃないの?」

 シェーナの指摘にも痛い顔を見せず、あっけらかんと言ってのけるカティアさんだけど、それはどうなんだろう。少し決め付けが過ぎるような気がする。

「いえ、僕達がオーガと出くわした部屋は、奥行きと横幅こそかなりのものでしたが、特に起伏のない平坦な部屋でした。何かが隠れられる隙間なんてありませんでしたし、魔灯石もしっかりありましたから暗闇に紛れることも出来なかった筈です」

「はいはい、もう分かったから。私は議論なんてするつもりは無いの。これ以上は団長相手にやりなさい」

 話はもう終わりとばかりに、カティアさんは両腕を上げて身体を旋回させる。更に言い募ろうとしたデイアンさんは、寸前で時間の無駄と悟ったのか喉から出しかけた言葉を飲み込み、視線を下に下げた。

「あなたが混ぜっ返すからややこしくなるのに……」

 私は今度こそ聴こえないよう、カティアさんから離れてその背中に小さくツッコミを入れるのだった。

 何となく白けた空気が広がりつつも、私達は何事もなくダンジョンの道を引き返してゆく。

 歩く内に先程の小議論の余熱も冷めてきて、一層目に戻ってから通算六つ目の部屋を通過する頃には張り詰めた空気もすっかり緩んでいた。

「あと五部屋で外です! もう残り半分ですよ!」

 私は浮かれた調子でデイアンさんとミレーネさんを励ます。出口が近づいたお陰で、二人の顔には更に元気が戻ってきていた。

 敵の排除は終わっている。オーガは未だ二層目の何処か。このまま無事に帰れる……と、そう思っていた。

 だが私は、そんな油断をしたことを、この直後に深く後悔する羽目になる。

「……止まれ、皆」

 不意に、シェーナが低い声で皆を制止した。
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