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第二章
第三十二話 旧知との再会
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一夜明け、シェーナの容態はすっかり元通りに回復した。
「どうも、お世話になりました。今回の件につきましては、また改めて謝罪に伺います。お騒がせして本当に申し訳ありませんでした」
ギルド側に謝意を申し入れ、私とシェーナはグランドバーン支部を後にした。
眼鏡の受付嬢は私達が無事であったことを純粋に喜んでくれたものの、ギルド長を始め大体の職員は微妙な感情を交えたぎこちない表情を浮かべていた。ギルド内で冒険者同士が諍いを起こし、守護聖騎士まで介入する形になったのだ、それも当然だろう。
今朝になってもまだ騒動は尾を引いているのか、出ていく時に見たギルド内の様子はざわついていた。今後しばらくはこの支部で仕事を受けるのは難しいかも知れない。いや、むしろ自分から率先して謹慎すべきだろうか。
「そうね、私も団長か総長から何らかの処分が下る可能性があるし、追って沙汰が下るまで自主的に謹慎しておくのが一番無難かも知れないわね」
シェーナに相談すると、彼女も頷いた。
「処分って、どんな?」
「そう厳しいものじゃないわよ、精々譴責の上で自宅待機命令ってところかしら。要は正式な謹慎処分ね。暴力的な解決に走ったのは確かだけど、明らかに非はあの腐った冒険者共にあるんだし、情状酌量してもらえる望みは薄くないわ。報告に行ったカティアだって、その辺りのことは口添えしてくれると思うし」
「カティアさん、私達より先に騎士団の本部に出発してたもんね」
「つくづく頭が下がるわ。カティアの前じゃ言えないけど」
「あはは、カティアさんにもまた改めてお礼しないと、だね」
今後のことに関して現実的な見通しをシェーナと立てていると、昨夜の夢のしこりが次第に解けてゆくのを感じる。やはり、あれはただの夢だ。特に意味のない妄想だ。だって私は此処に居て、シェーナも此処に居る。あんな夢の風景なんて知らない。
夢だったんだ――。そう安心すると同時に、どうしてこんなにも気になっていたんだろうと不思議な気持ちが湧いてくる。そりゃ、妙に現実感があったことは確かだけど……。
「それでシッスル、これからどうするの?」
「えっ?」
少し上の空になっていたのか、シェーナの言葉を聴き逃していたらしい。ポカンとする私に、シェーナは少し苦笑いを浮かべて言った。
「だから、このまま家に戻って閉じこもるのか、それともサレナさんのところへ行くか、よ」
「あ、ああ、そのことね」
「昨夜良く眠れなかったの? 疲れているならもう直帰する?」
「ううん、師匠のところへ行こう。ゴタゴタしててそれどころじゃなかったけど、やっぱりオーロラであったことは師匠と共有しておきたいから」
こちらを労るように顔を覗き込んでくるシェーナに対し、私はきっぱりと告げた。
「分かったわ、それじゃあ急ぎましょう。私も、あの件についてサレナさんの見解を伺いたいもの」
シェーナも考えることは同じだ。私達はお互いに頷き合い、揃って師匠の家へ足先を向けた。
グランドバーン地区から北の郊外にある師匠の家に向かうには、アヌルーンの西門から外に出て街道をぐるっと北に回った方が早い。今から迎えば昼過ぎには到着出来るだろう。
まずは西門に通じる大通りに出て、そこから西門を潜り、以前スリを見つけたフォグバーン通りを抜けて街道に出なければ。アヌルーンの街はいつも賑やかだ。何処の道でも多くの人が行き交っている。大通りとなれば尚更だろう。
ところが、しばらく歩き続けて私はふと違和感を覚えた。
「ねえシェーナ、何だか今日はやたらと街の空気がピリピリしてると思わない?」
「シッスルもそう感じたのね。私の方から言おうかと考えてたところよ」
シェーナは眉根を寄せて通りの様子を窺う。彼女も気付いていたのだ。
街の住人達はあちこちで数人固まって、何やら深刻そうな顔を突き合わせている。行き交う人々の表情にも、何処か緊迫した気配が漂っていた。
「何かあったのかな?」
「守護聖騎士としては気になるわね。誰か適当な人を掴まえて事情を……あら?」
何かに気付いたシェーナが眉を上げた。彼女の視線を追って、私も驚きの声を上げる。
「ミレーネさん!? モードさん!?」
私の声が届いたのか、急ぎ足で向こうからやって来ていた二人がこっちに視線を向けた。
「シッスルさんにシェーナさん! 丁度良いところに!」
ミレーネさんは息を弾ませながらこちらへと近付いてくる。遅れて後ろを付いてくるモードさんは仏頂面だったが、特にミレーネさんを引き留めようとはしなかった。
「お久しぶりです! 元気にしていましたか?」
「見ての通りだ、ミレーネ殿。そちらもお変わり無いようで何より」
「……どうも」
妙に嬉しそうな彼女の様子に気圧され、私は言葉少なに挨拶を返す。彼女達と会うのは、例のオーガ事件以来だ。
「風の噂で聴きましたよ! お二人も冒険者になられたんですよね? 私、それを聴いて嬉しくって、ずっと会いたいなって思っていたんです!」
「正確には、冒険者として登録しているのはシッスルだけだがな。私は専属の守護聖騎士として、常に行動を共にしているだけだ」
シェーナはそこで少し言葉を溜め、ミレーネさんとモードさんを見比べてから再び口を開いた。
「貴殿らは、近頃どうされていたのだ? 聴いた話だと、《鈴の矢》は活動を休止しているそうだが……」
「あ、そのことなんですけどね」
ミレーネさんの笑顔が少しだけ寂しそうなものになる。彼女は何処か遠い目をした後、傍らのモードさんを振り返ってからぽつぽつと話し始めた。
「兄の葬儀を終えた後、しばらくは実家に帰って教会のお仕事を手伝っていたんです。皮肉な話ですけど、あの時にお父さん達と再会したことで不思議と家族だったっていう感覚が戻ってきちゃって。お父さんもお母さんも、喧嘩別れしたことを泣きながら謝ってくれて、また昔のように一緒に暮らしてくれって。それで、私もそうしたいなって思ったんです」
――気恥ずかしさも結構あったんですけどね、とミレーネさんは自慢のブロンドヘアーを指でいじりつつ、はにかんだ。
「そうだったのか。それは良いことをしたと思うぞ、ミレーネ殿。どれだけ離れようとも、家族は家族だ。デイアン殿の魂も、きっと安心して主の身許に旅立ったことだろう」
「えへへ、ありがとうございますシェーナさん。実は、モードも同じことを言ってくれたんですよ」
「お、おいミレーネ……!」
つんぼのようにムスッと黙っていたモードさんが、そこで俄に慌てた。
「俺のことはどうでも良いだろ!?」
「良くないよ、大切なことだもん」
「なっ……!?」
モードさんの顔がみるみる真っ赤になる。
「ほほう」
シェーナの眼差しが、生暖かく見守るようなそれに変わった。
「な、なんだよエ……リョス・ヒュムの守護聖騎士!?」
「いや、二人は随分仲が良いんだなと思ってな。時にモード殿、貴殿の方は此処数ヶ月何をやっていたのだ? ミレーネ殿が実家に帰っていたように、貴殿も何処か心落ち着けるところで休暇を取っていたか?」
「い、いや、俺は……!」
モゴモゴとモードさんは言い淀む。すると、悪戯っぽい笑みを浮かべたミレーネさんが横から割って入った。
「モードも私に付いてきてくれたんですよ。父の計らいで、先日まで教会の下男代わりとして働いてくれていました」
「ミ、ミレーネっ……!」
モードさんの声が裏返った。
「私のことが心配だからって、これまでずっと一緒にやってきた仲間だから力になりたいって言ってくれて……。ふふっ、すっごく嬉しかったなぁ」
何処となく甘えた声を出しながら、ミレーネさんがモードさんに身体を寄せる。モードさんは恥ずかしさのあまりミレーネさんを見られないようで、顔を必死に手で隠してそっぽを向いていた。
……ああ、なるほど。これは、つまりそういうことなんだ。私もそこでようやく察し、身構えていた気持ちが解れるのを感じた。
「良かったです。お二人共、あれからすっかりお元気になられたみたいで。なんだか私、安心しました」
「ありがとうございます、シッスルさん。兄も、きっと主の秘園から今の私達を見て、安心してくれていると思います」
ミレーネさんは、澄んだ目を遠くの空に向けて優しく微笑んだ。私も、彼女に倣って空を見上げる。主神ロノクスの秘園は、果てしない天空の先にあると言われていた。
「私が、今もこうやって生きていられるのはシッスルさん達のお陰です。その御恩に報いる為にも、モードと一緒に精一杯やっていこうと思っています」
「心から祝福します、ミレーネさん。モードさんとあなたに、これからも幸多からんことを」
私は信心深い方ではない。それでもこの時は、真剣に神に対して二人の幸せを願った。
それが、主の身許に送られたデイアンさんの冥福にも繋がると信じて。
「ところでお二人にちと尋ねたいのだが」
と、そこでシェーナが言葉を改めて言った。
「今日の街の様子だが、どうも穏やかじゃないと思ってな。何か事情を知らないか?」
ミレーネさんもモードさんも、そこでハッとした表情になった。
「お二人はご存知無かったんですね。何でも昨夜から未明にかけて、郊外の各所で多数の魔物らしき影が目撃されたらしいんです」
「なに……!?」
それまでの和やかな空気が一変した。シェーナの表情が引き締まるのを見て、ミレーネさんが更に続ける。
「牧師である父のところに、今朝早くから多数の市民が押しかけてきたんです。魔物を目撃して、酷く怯えているようでした。父が彼らを落ち着かせて詳しく話を聴いたところ、居たのは一匹や二匹じゃないと。私とモードは、それを聴いて久しぶりにギルドに顔を出してみようと話し合ったんです。それから父の許可を貰って、こうしてグランドバーン支部に向かっていたところなんですが……」
「そしたら親父さんとこの教区以外にも騒ぎが起こっていたんでな。どうも話が伝わるのが早すぎると思ってそこらの連中捕まえて訊いてみたらよ、これが全く他の場所でも魔物が出たっつーんだよ。しかも同じ話がぽんぽんと、別のやつから次々出てきてよ。ただ事じゃねーぜ、これは」
モードさんも、強面な顔を一層険しくしながら言った。
私とシェーナは思わず顔を見合わせて、
「今朝、ギルドがやけにバタバタしてたのはこれが理由なんだね」
「この様子では、昨日の騒動が表沙汰になってるなんてことも無さそうね。それどころじゃないもの」
と、二人には聴こえないよう小声で交わした。
「どうでしょう、此処でお会いしたのも主のお導きかと思います。これから私達と一緒にギルドへ行き、【依頼】か【任務】が出ていないか確かめませんか?」
「ミレーネさん、まさか冒険者に復帰するつもりですか?」
私は驚いてミレーネさんの顔をまじまじと見た。彼女もモードさんも、ごく普通の恰好をしている。戦いに赴く冒険者の装いではない。
しかしミレーネさんは、決意の籠もった眼差しで私を見つめ返す。
「はい。魔物が大量発生しているなら、ひとりでも多くの冒険者が必要な筈。それに私の予感ですが、これは何か大きな出来事の前触れだと思うんです。以前私達が見たダンジョンの怪異とも、無関係だと思えなくて。だったら、黙って見過ごすことなんて出来ません」
「ギルドで状況を確認したらよ、すぐに取って返して戦う支度を始めるつもりだぜ、俺達は」
「でも、ミレーネさんのご両親はそれを望まないんじゃ……?」
「正直、シッスルさんの言う通りだと思います。だけど諦めません。反対されても説得するつもりです」
ミレーネさんの瞳に宿る決意の色は揺らがなかった。
「兄の敵討ちをしようと逸っているのではあるまいな?」
シェーナの釘を差すような物言いにも、彼女は動じなかった。
「違います。これは、冒険者として生きると決めた私の初心に従ったからです。両親の元で過ごしたのは、先程シェーナさんが言われたように一時的な休暇みたいなもの。私の志は変わっていません。今こそ、《鈴の矢》が活動を再開する時なんです!」
「右に同じ。俺とミレーネは、それからデイアンも一心同体だ。先に逝っちまったアイツの意志を尊重する意味でも、ここらで復帰といきてえんだよ」
決然とした二人の言葉に、私もシェーナもそれ以上何も言うことが出来ない。
「シッスルさん、シェーナさん、改めてお願いします。どうか、私達と一緒に戦って下さい。この街を守る為に、何が起こっているのか私達の目で見定めましょう!」
強い眼差しで私達に呼びかけるミレーネさんに対し、私とシェーナは再度顔を見合わせた。
彼女達に同行すれば、それだけ師匠のところへ向かう予定が遠回しになる。それに、昨日の騒動を反省して自主謹慎しようかと話し合ったばかりだ。それでも、街の周囲に多数の魔物が出現したというこの一大事を見過ごして良いものだろうか?
悩んだ末に、私達が出した結論は――。
「どうも、お世話になりました。今回の件につきましては、また改めて謝罪に伺います。お騒がせして本当に申し訳ありませんでした」
ギルド側に謝意を申し入れ、私とシェーナはグランドバーン支部を後にした。
眼鏡の受付嬢は私達が無事であったことを純粋に喜んでくれたものの、ギルド長を始め大体の職員は微妙な感情を交えたぎこちない表情を浮かべていた。ギルド内で冒険者同士が諍いを起こし、守護聖騎士まで介入する形になったのだ、それも当然だろう。
今朝になってもまだ騒動は尾を引いているのか、出ていく時に見たギルド内の様子はざわついていた。今後しばらくはこの支部で仕事を受けるのは難しいかも知れない。いや、むしろ自分から率先して謹慎すべきだろうか。
「そうね、私も団長か総長から何らかの処分が下る可能性があるし、追って沙汰が下るまで自主的に謹慎しておくのが一番無難かも知れないわね」
シェーナに相談すると、彼女も頷いた。
「処分って、どんな?」
「そう厳しいものじゃないわよ、精々譴責の上で自宅待機命令ってところかしら。要は正式な謹慎処分ね。暴力的な解決に走ったのは確かだけど、明らかに非はあの腐った冒険者共にあるんだし、情状酌量してもらえる望みは薄くないわ。報告に行ったカティアだって、その辺りのことは口添えしてくれると思うし」
「カティアさん、私達より先に騎士団の本部に出発してたもんね」
「つくづく頭が下がるわ。カティアの前じゃ言えないけど」
「あはは、カティアさんにもまた改めてお礼しないと、だね」
今後のことに関して現実的な見通しをシェーナと立てていると、昨夜の夢のしこりが次第に解けてゆくのを感じる。やはり、あれはただの夢だ。特に意味のない妄想だ。だって私は此処に居て、シェーナも此処に居る。あんな夢の風景なんて知らない。
夢だったんだ――。そう安心すると同時に、どうしてこんなにも気になっていたんだろうと不思議な気持ちが湧いてくる。そりゃ、妙に現実感があったことは確かだけど……。
「それでシッスル、これからどうするの?」
「えっ?」
少し上の空になっていたのか、シェーナの言葉を聴き逃していたらしい。ポカンとする私に、シェーナは少し苦笑いを浮かべて言った。
「だから、このまま家に戻って閉じこもるのか、それともサレナさんのところへ行くか、よ」
「あ、ああ、そのことね」
「昨夜良く眠れなかったの? 疲れているならもう直帰する?」
「ううん、師匠のところへ行こう。ゴタゴタしててそれどころじゃなかったけど、やっぱりオーロラであったことは師匠と共有しておきたいから」
こちらを労るように顔を覗き込んでくるシェーナに対し、私はきっぱりと告げた。
「分かったわ、それじゃあ急ぎましょう。私も、あの件についてサレナさんの見解を伺いたいもの」
シェーナも考えることは同じだ。私達はお互いに頷き合い、揃って師匠の家へ足先を向けた。
グランドバーン地区から北の郊外にある師匠の家に向かうには、アヌルーンの西門から外に出て街道をぐるっと北に回った方が早い。今から迎えば昼過ぎには到着出来るだろう。
まずは西門に通じる大通りに出て、そこから西門を潜り、以前スリを見つけたフォグバーン通りを抜けて街道に出なければ。アヌルーンの街はいつも賑やかだ。何処の道でも多くの人が行き交っている。大通りとなれば尚更だろう。
ところが、しばらく歩き続けて私はふと違和感を覚えた。
「ねえシェーナ、何だか今日はやたらと街の空気がピリピリしてると思わない?」
「シッスルもそう感じたのね。私の方から言おうかと考えてたところよ」
シェーナは眉根を寄せて通りの様子を窺う。彼女も気付いていたのだ。
街の住人達はあちこちで数人固まって、何やら深刻そうな顔を突き合わせている。行き交う人々の表情にも、何処か緊迫した気配が漂っていた。
「何かあったのかな?」
「守護聖騎士としては気になるわね。誰か適当な人を掴まえて事情を……あら?」
何かに気付いたシェーナが眉を上げた。彼女の視線を追って、私も驚きの声を上げる。
「ミレーネさん!? モードさん!?」
私の声が届いたのか、急ぎ足で向こうからやって来ていた二人がこっちに視線を向けた。
「シッスルさんにシェーナさん! 丁度良いところに!」
ミレーネさんは息を弾ませながらこちらへと近付いてくる。遅れて後ろを付いてくるモードさんは仏頂面だったが、特にミレーネさんを引き留めようとはしなかった。
「お久しぶりです! 元気にしていましたか?」
「見ての通りだ、ミレーネ殿。そちらもお変わり無いようで何より」
「……どうも」
妙に嬉しそうな彼女の様子に気圧され、私は言葉少なに挨拶を返す。彼女達と会うのは、例のオーガ事件以来だ。
「風の噂で聴きましたよ! お二人も冒険者になられたんですよね? 私、それを聴いて嬉しくって、ずっと会いたいなって思っていたんです!」
「正確には、冒険者として登録しているのはシッスルだけだがな。私は専属の守護聖騎士として、常に行動を共にしているだけだ」
シェーナはそこで少し言葉を溜め、ミレーネさんとモードさんを見比べてから再び口を開いた。
「貴殿らは、近頃どうされていたのだ? 聴いた話だと、《鈴の矢》は活動を休止しているそうだが……」
「あ、そのことなんですけどね」
ミレーネさんの笑顔が少しだけ寂しそうなものになる。彼女は何処か遠い目をした後、傍らのモードさんを振り返ってからぽつぽつと話し始めた。
「兄の葬儀を終えた後、しばらくは実家に帰って教会のお仕事を手伝っていたんです。皮肉な話ですけど、あの時にお父さん達と再会したことで不思議と家族だったっていう感覚が戻ってきちゃって。お父さんもお母さんも、喧嘩別れしたことを泣きながら謝ってくれて、また昔のように一緒に暮らしてくれって。それで、私もそうしたいなって思ったんです」
――気恥ずかしさも結構あったんですけどね、とミレーネさんは自慢のブロンドヘアーを指でいじりつつ、はにかんだ。
「そうだったのか。それは良いことをしたと思うぞ、ミレーネ殿。どれだけ離れようとも、家族は家族だ。デイアン殿の魂も、きっと安心して主の身許に旅立ったことだろう」
「えへへ、ありがとうございますシェーナさん。実は、モードも同じことを言ってくれたんですよ」
「お、おいミレーネ……!」
つんぼのようにムスッと黙っていたモードさんが、そこで俄に慌てた。
「俺のことはどうでも良いだろ!?」
「良くないよ、大切なことだもん」
「なっ……!?」
モードさんの顔がみるみる真っ赤になる。
「ほほう」
シェーナの眼差しが、生暖かく見守るようなそれに変わった。
「な、なんだよエ……リョス・ヒュムの守護聖騎士!?」
「いや、二人は随分仲が良いんだなと思ってな。時にモード殿、貴殿の方は此処数ヶ月何をやっていたのだ? ミレーネ殿が実家に帰っていたように、貴殿も何処か心落ち着けるところで休暇を取っていたか?」
「い、いや、俺は……!」
モゴモゴとモードさんは言い淀む。すると、悪戯っぽい笑みを浮かべたミレーネさんが横から割って入った。
「モードも私に付いてきてくれたんですよ。父の計らいで、先日まで教会の下男代わりとして働いてくれていました」
「ミ、ミレーネっ……!」
モードさんの声が裏返った。
「私のことが心配だからって、これまでずっと一緒にやってきた仲間だから力になりたいって言ってくれて……。ふふっ、すっごく嬉しかったなぁ」
何処となく甘えた声を出しながら、ミレーネさんがモードさんに身体を寄せる。モードさんは恥ずかしさのあまりミレーネさんを見られないようで、顔を必死に手で隠してそっぽを向いていた。
……ああ、なるほど。これは、つまりそういうことなんだ。私もそこでようやく察し、身構えていた気持ちが解れるのを感じた。
「良かったです。お二人共、あれからすっかりお元気になられたみたいで。なんだか私、安心しました」
「ありがとうございます、シッスルさん。兄も、きっと主の秘園から今の私達を見て、安心してくれていると思います」
ミレーネさんは、澄んだ目を遠くの空に向けて優しく微笑んだ。私も、彼女に倣って空を見上げる。主神ロノクスの秘園は、果てしない天空の先にあると言われていた。
「私が、今もこうやって生きていられるのはシッスルさん達のお陰です。その御恩に報いる為にも、モードと一緒に精一杯やっていこうと思っています」
「心から祝福します、ミレーネさん。モードさんとあなたに、これからも幸多からんことを」
私は信心深い方ではない。それでもこの時は、真剣に神に対して二人の幸せを願った。
それが、主の身許に送られたデイアンさんの冥福にも繋がると信じて。
「ところでお二人にちと尋ねたいのだが」
と、そこでシェーナが言葉を改めて言った。
「今日の街の様子だが、どうも穏やかじゃないと思ってな。何か事情を知らないか?」
ミレーネさんもモードさんも、そこでハッとした表情になった。
「お二人はご存知無かったんですね。何でも昨夜から未明にかけて、郊外の各所で多数の魔物らしき影が目撃されたらしいんです」
「なに……!?」
それまでの和やかな空気が一変した。シェーナの表情が引き締まるのを見て、ミレーネさんが更に続ける。
「牧師である父のところに、今朝早くから多数の市民が押しかけてきたんです。魔物を目撃して、酷く怯えているようでした。父が彼らを落ち着かせて詳しく話を聴いたところ、居たのは一匹や二匹じゃないと。私とモードは、それを聴いて久しぶりにギルドに顔を出してみようと話し合ったんです。それから父の許可を貰って、こうしてグランドバーン支部に向かっていたところなんですが……」
「そしたら親父さんとこの教区以外にも騒ぎが起こっていたんでな。どうも話が伝わるのが早すぎると思ってそこらの連中捕まえて訊いてみたらよ、これが全く他の場所でも魔物が出たっつーんだよ。しかも同じ話がぽんぽんと、別のやつから次々出てきてよ。ただ事じゃねーぜ、これは」
モードさんも、強面な顔を一層険しくしながら言った。
私とシェーナは思わず顔を見合わせて、
「今朝、ギルドがやけにバタバタしてたのはこれが理由なんだね」
「この様子では、昨日の騒動が表沙汰になってるなんてことも無さそうね。それどころじゃないもの」
と、二人には聴こえないよう小声で交わした。
「どうでしょう、此処でお会いしたのも主のお導きかと思います。これから私達と一緒にギルドへ行き、【依頼】か【任務】が出ていないか確かめませんか?」
「ミレーネさん、まさか冒険者に復帰するつもりですか?」
私は驚いてミレーネさんの顔をまじまじと見た。彼女もモードさんも、ごく普通の恰好をしている。戦いに赴く冒険者の装いではない。
しかしミレーネさんは、決意の籠もった眼差しで私を見つめ返す。
「はい。魔物が大量発生しているなら、ひとりでも多くの冒険者が必要な筈。それに私の予感ですが、これは何か大きな出来事の前触れだと思うんです。以前私達が見たダンジョンの怪異とも、無関係だと思えなくて。だったら、黙って見過ごすことなんて出来ません」
「ギルドで状況を確認したらよ、すぐに取って返して戦う支度を始めるつもりだぜ、俺達は」
「でも、ミレーネさんのご両親はそれを望まないんじゃ……?」
「正直、シッスルさんの言う通りだと思います。だけど諦めません。反対されても説得するつもりです」
ミレーネさんの瞳に宿る決意の色は揺らがなかった。
「兄の敵討ちをしようと逸っているのではあるまいな?」
シェーナの釘を差すような物言いにも、彼女は動じなかった。
「違います。これは、冒険者として生きると決めた私の初心に従ったからです。両親の元で過ごしたのは、先程シェーナさんが言われたように一時的な休暇みたいなもの。私の志は変わっていません。今こそ、《鈴の矢》が活動を再開する時なんです!」
「右に同じ。俺とミレーネは、それからデイアンも一心同体だ。先に逝っちまったアイツの意志を尊重する意味でも、ここらで復帰といきてえんだよ」
決然とした二人の言葉に、私もシェーナもそれ以上何も言うことが出来ない。
「シッスルさん、シェーナさん、改めてお願いします。どうか、私達と一緒に戦って下さい。この街を守る為に、何が起こっているのか私達の目で見定めましょう!」
強い眼差しで私達に呼びかけるミレーネさんに対し、私とシェーナは再度顔を見合わせた。
彼女達に同行すれば、それだけ師匠のところへ向かう予定が遠回しになる。それに、昨日の騒動を反省して自主謹慎しようかと話し合ったばかりだ。それでも、街の周囲に多数の魔物が出現したというこの一大事を見過ごして良いものだろうか?
悩んだ末に、私達が出した結論は――。
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けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
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