独立不羈の幻術士

ムルコラカ

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第二章

第三十四話 共同戦線

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「皆の者、まずは招集に応じてくれたことに対して礼を述べよう。良く集まってくれた。私は守護聖騎士団第三隊隊長、カーヴァーだ。今回の作戦において皆の指揮を任された。宜しく頼む」

 冒険者ギルド・グランドバーン支部の大講堂に集まった面々を前に、カーヴァー隊長は丁寧な挨拶を行った。

「いよいよですね……!」

 隣の席に座ったミレーネさんの緊迫した面持ちに、私はただ頷きを返す。

 腹拵えを終え、ギルドに戻った私達はそれから程なくこの大講堂に集まるよう指示を受けた。冒険者達は各パーティから代表二名とのことだったが、私達は形式上それぞれ二人組みのパーティとして登録されてあるから全員で移動することにした。勿論、ギルド専属の治癒騎士であるカティアさんも一緒に。

 さっきまで思い思いに喋って騒がしかった他の冒険者達も、カーヴァー隊長が登場すると一斉に静かになった。

 私達が集められたこの大講堂は、長机が何段にも分けて設置されており、後ろの方になるにつれて位置が高くなってくる。私達は一番後ろの席に着いたが、こうした構造のお陰で前に座る冒険者達に視界が遮られることなく壇上に登ったカーヴァー隊長の姿が良く見えた。

「それでは早速、状況の概要を説明する。こちらを見てくれ」

 カーヴァー隊長はそう言うと、配下に命じて壇の後ろに鎮座している巨大な長方形の木板に一枚の地図を貼り付けた。

「これはアヌルーンの西にあるダール丘陵地帯だ。諸君らの中にも、【依頼】や【任務】で行ったことのある者も居るだろう」

 簡素な説明をしたかと思うと、カーヴァー隊長は地図の上に赤い駒のようなものを次々に挿していった。

「この赤い駒が、此度発見された魔物達だ。今、此処に挿したのは僅かに五本だが、実際にはこの十倍以上の数が確認されている」

 大人しく聴いていた冒険者達が再びどよめいた。少なくとも、西だけで五十体以上もの魔物が発生しているというのだ。私も驚いて、思わず左右のミレーネさんやシェーナに話しかけようとした。

「静粛に! まずは我が説明を最後まで聴いてもらいたい!」

 浮ついた雰囲気は、カーヴァー隊長の厳正な声で立ちどころに収まった。守護聖騎士団の隊長格というだけあって、声や佇まいにはその場に居る者を圧する力がある。

「発見された魔物だが、当方で確認した限りでは第二種変異型――俗に言う魔素の影響で変異した動植物のことだ――で占められている。魔族の直接支配化にある第一種原生型の存在は、今のところ確認されていない」

 つまり、魔族は居ない? 心の中だけで唱えた質問に答えるようにカーヴァー隊長は続けた。

「このことから推察するに、ダール丘陵地帯に出現した魔物共の中に魔族は混じっていない。我々の任務は、この魔物共を全て討ち果たすことだ」

 冒険者達の間からまたざわめきが上がるが、先のカーヴァー隊長の制止が効いているお陰か今度は自発的にすぐ収まった。場に静寂が戻るのを待って、カーヴァー隊長は次の説明へと移る。

「此度の作戦には、我々守護聖騎士団第三隊と諸君ら冒険者達、それと国教会が選抜した魔術士の一団が加わる。皆で一致団結して、街に迫る脅威を排除するのだ。……此処までで何か質問はあるかね?」

 即座に席のあちこちから手が挙がった。私の両隣でも、シェーナとミレーネさんが真っ直ぐに挙手している。

「では君から聴こう」

 カーヴァー隊長は、講堂を一通り見渡してから無造作に手前の冒険者を指差した。

「魔物は四方あちこちから発見されたと聴いてるぜ。他の場所はどうすんだ?」

「無論、此処と同じように他の守護聖騎士団が主導する形でそれぞれ対処している。他所の戦いについては懸念する必要は無い」

 淀みなく答え、カーヴァー隊長は次々と質問者を指名していった。

「魔族は居ないって話だけど、もし居たらどうするの?」

「状況に応じて適切な判断を下す。諸君ら冒険者に全てを押し付けることは無いと約束しよう」

「西側で魔物が集まっているのはダール丘陵地帯だけか? 西のダンジョンに動きは?」

「無い。以前の事件以来、彼処には守護聖騎士を常駐させている。ダール丘陵地帯の報告を受けてから改めて連絡を取り合ったが、特に異常は見られなかった」

「この作戦、俺等は強制参加って話だけどよ、もちろん報酬は弾んでくれるんだろうな?」

「総主教聖下の名の下に、大義と信仰を重んじて参じてくれた諸君らを無下に扱うことは無い。主神ロノクスと我が名誉にかけて、必ずや国教会は諸君らの働きを認めて相応の対価を支払うだろう」

「魔術士を援軍に使うってマジか!? まかり間違って俺達がやられるなんてこたぁ無いよな!?」

「魔術士達には、全て専属の守護聖騎士が付いている。戦術に関しても彼らが指導し、事故が起きないよう万全に務める。また、万が一にも怪しい動きが見られたらその場で厳格な対応を取ることも許可してある。心配無用だ」

 小気味の良い質疑応答が続く。冒険者達からの質問に、カーヴァー隊長は全て明確な答えを返していった。

 そして彼の指がついにはシェーナを指し示す。

「騎士団、冒険者、魔術士の混成部隊を編成して出撃するとのことですが、具体的にどのような戦術を以って事に当たるのでしょうか?」

「良い質問だ、第二隊のシェーナ・クイ」

 我が意を得たりとばかりに口の端を僅かに吊り上げ、カーヴァー隊長はもう一度私達を見渡した。

「そろそろその話をしようと思っていた。では諸君! これより今回の作戦について説明する! 我が命に従い、くれぐれも功を焦ること無く各々務めてもらいたい!」

 講堂の空気が、より一層引き締まったのを肌で感じた。


◆◆◆


 幻義の月、二十一日、夕刻近く――。

 後から思い返してみれば、この日こそ運命の分岐点だった。

 それまでも、綻びはあちこちで目にしてきた。けれども、私の疑いを決定的にしたのは間違いなくこの時だ。

 私の運命、世界の運命。

 全てはこの、ダール丘陵の戦いが終わりの始まりとなったのだ。

「シッスル、大丈夫?」

 そわそわと手慰みに指を擦り合わせていると、見兼ねたシェーナがそう言って気遣ってくれた。

「うん、大丈夫。ちょっと緊張しているだけ」

 私は親友に心配をかけまいと微笑みかけるが、自分でも分かるくらいにぎこちない。

「私が付いてるわ、心配しないで。シッスルはただ、自分の役目だけに集中していれば良いのよ」

「分かってる。それより、そろそろ来るかな?」

「作戦が滞り無く進んでいれば、恐らくね。いつ合図が来ても良いよう、準備は怠らないで」

「いつでもいけるよ」

 私はもう一度、自分に割り当てられたこの場所を見渡した。此処はダール丘陵の中でも特に高台になっている丘の頂上だ。そこに、私とシェーナのようなローブ姿と白マントのバディが大勢集まっていた。

 ローブの人間達は、言うまでもなく私と同じ魔術士だ。それぞれに付けられた守護聖騎士と共に、息をこらして下の様子に気を配っている。

 丘の下では、鎧を装着した多数の守護聖騎士達が整然と隊伍を組んで構えており、身動きひとつせず自分達が動く時を静かに待っている。彼らが良く見える位置に、私達魔術士組は陣取っていた。

 眼下の守護聖騎士達は、私達が居る丘とは違う丘を真っ直ぐに見据えて防御の態勢を取っている。あの丘の向こうに、魔物達は集まっているらしい。

 そこへは今、ミレーネさんやモードさんが属する冒険者組が息を潜めながら静かに向かっている筈だ。

 戦闘が始まれば、此処に居る魔術士達が攻撃の要となる。

 カーヴァー隊長が示した作戦案はこうだ。まずは冒険者達を魔物達に気付かれないよう背後に回らせ、奇襲をかける。驚いて飛び出して来た魔物の群れを、真下に居る守護聖騎士達が待ち構えて迎撃する。

 魔物の足が止まったところに、私達魔術士組が丘の上から魔法を打ち込んで混乱の極みに叩き込み、最後は追い付いてきた冒険者組と前後から挟み撃ちにして殲滅する。

 上手く行けば、一気に敵を一網打尽に出来るだろう。

「ミレーネさんやモードさんは大丈夫かな……?」

「冒険者組の指揮は、カーヴァー隊長が直接執っておられるのよ。万が一にも仕損じることは無いわ」

 シェーナの言う通り、魔物達の裏へ回り込む役目を担った冒険者達を率いているのはカーヴァー隊長だ。

 様々なパーティが寄せ集まって形成されたかの別働隊は、その性格故にまとまりが無く、目的に沿った集団行動には不向きだと誰もが想到した。その烏合の衆をちゃんとした軍の一翼として機能させるには、この現場で最も立場のあるカーヴァー隊長が指揮官となって引っ張っていく以外に無かったのだ。

 だから眼下に見える守護聖騎士達の陣に、カーヴァー隊長は居ない。彼らの指揮は、第三隊の副隊長という人に委ねられている。

「カティアさんも、あの中に居るんだよね……?」

「待ち伏せする第三隊は、最も多くの負傷者が出ると想定される組よ。治癒騎士が属していないと大惨事になりかねないわ。カティアの腕の見せ所ね」

 此処から彼らの陣を見渡して見ても、カティアさんの姿は見つけられなかった。眼下の守護聖騎士達は全員鎧姿の上に兜を被っていて、顔が分からない。重厚な武装はこれから起こる激戦に備えたものであることは言うまでもなく、その真っ只中に身を置くカティアさんの身がどうしても心配になる。

「シッスル、人の心配ばかりして自分の務めを疎かにしないでね?」

「分かってるよシェーナ。もしこちらに流れてくる魔物が居ても、私が絶対に近付けさせないから」

「ふふ、その意気よ!」

 幻術、ないし光の魔法しか使えない私は、残念ながら眼下への援護射撃には参加しない。

 私の役目は、此処に目をつけて襲おうと近付いてくる魔物を防ぐことだ。それならば、私の力で十分にこなせる。

 私だけではなく、他にも数人の魔術士とそのお付きの守護聖騎士達が同様の役目を担っていた。それに何より、シェーナが隣に居てくれる。

 私ひとりで戦うのでは無い。その事実が、気負う心をゆっくりと融かしてくれる。

 辺りを見回してみると、他にも私達のところと同じようなやり取りがちらほら見られた。

 大規模任務に駆り出されて緊張の極みに居る魔術士達を、経験豊富な守護聖騎士達が宥めすかしたり励ましたりして元気付けている。

 考えてみれば、彼らも長く時間を共に過ごした相方同士であるのだ。絆が育まれ、強い結びつきを得ていても不思議じゃない。

 魔術士は魔界の申し子。魔素に犯され、魔力を得た、魔物と同質の存在。故に忌み嫌われるのも当然の話である――。そんな言説が無意味に思えるほど、此処に居る魔術士と守護聖騎士の間柄は良好に思えた。

 他の戦線でも、きっと此処と同じような光景が広がっている。

 そう思った時、ふと師匠はどうしただろうと私は思った。《幽幻の魔女》と呼ばれ、国教会から特権が認められている彼女も、今頃は何処かの戦線にこうして参加しているのだろうか?

「――! 来た、合図だ!!」

 その声に、私の想念はさっと引っ込んで全身に血が駆け巡った。
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