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第三章
第四十九話 幽幻世界
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「夢、の……世界……!?」
私はまじまじと自分の手に視線を落とした。握ったり、開いたりしてみる。それから身体のあちこちを触り、全身の体温と感触を手の平と肌の両方から感じ取った。
間違いなく、自分は此処に在る。生きた人間として、シッスル・ハイフィールドという一個人として、ちゃんと存在しているじゃないか。
「あ、はは……! 何を言うのかと思ったら……」
総主教イリューゼさんが口走ったとんでもない発言を一笑に付してやろうと思ったのだが、口からは引きつった声しか出てこなかった。
嘘だって頭では分かっている筈なのに、何故か心臓が恐ろしいくらいに早鐘を打っている。
そんな私の切羽詰まった態度を見ても、総主教さんは淡々とした調子を崩さない。
「生きている実感がするのは当たり前だよ。簡単に夢だと分かったら、この世界が存在する意味が無い」
「どういう、ことですか?」
「“夢の世界”と表現したのは、実のところ話を分かりやすくするための方便さ。正確には少し違う」
イリューゼさんは、何処からともなく白い棒のような物を取り出すと、それを背後の黒い長板に押し当てて滑らせる。
すると、白い棒の動いた跡に同色の線が引かれていった。どうやらあれは炭の筆と似たような道具らしい。
「そうだな、文字に起こすとこんな感じだ」
黒い長板の左側に【現実世界】、右側に【この世界】という文字が白い線で書き加えられる。
次いでイリューゼさんは【現実世界】の下に丸と棒で作った人間の姿を描き、そこから矢印を伸ばして【この世界】の真下に置いた。
「【現実世界】で人が眠る時、意識は外に向かって開放されている。【この世界】は、そんな人々の眠りから生じる魂のエネルギーを招き寄せ、別の人間として新たな人生を与えているのさ」
「そんな馬鹿な……!? じゃあ私は、現実では眠っていて、今此処でこうしているこの私は、魂だけの存在だとでも言うんですか!?」
「いいや、違う。君がこちらの世界で得た肉体も、紛れもなく本物さ。少なくともオーロラの内側、このマゴリア教国ではね。睡眠を通じて訪れる異世界、誰もが現実での自分とは違う別の人生を歩める世界、それがこの――【幽幻世界】なんだよ」
「ゆうげん、せかい……!?」
あまりにも現実離れし過ぎた話に、頭が破裂しそうだった。私はガンガンと痛むこめかみを押さえ、どうにか絞り出すように言った。
「どうして、そんなものが……!?」
「人は皆、多かれ少なかれ違う世界に思いを馳せるものさ」
イリューゼさんは、何処か遠い眼差しで明後日の方を見ていた。
「毎日の生活、代わり映えのしない日々。それはとても平和で、安定した世界だ。特に、君達が現実で生きている国ではね。貧富の差こそあれど、大半の人々が明日の食事を心配しなくても良いような、恵まれた環境で生きている。生命の危険を身近に感じることも少なく、死物狂いで今日を乗り切ろうとする必要も殆ど無い。けどそれは、時にどうしようもなく退屈に感じることもあるんだ」
分かる気がする、かも知れない。夢の中で(イリューゼさんに言わせればこちらが現実とのことだが)“アザミ”と呼ばれていた私は、自分が今居る世界に何処となく倦んでいる様子だった。求める刺激が得られず、退屈な世界。だからこそ、小説の中に広がる世界に惹かれたのだろう。
俗に言うファンタジーもとい幻想文学なら、想像するしか無かった素晴らしい刺激の数々が、たくさん手に入ったから――。
「……え!?」
思わず我に返ってゾッとした。今、思い巡らせた“アザミ”の精神に、ありえないくらいの一体感を覚えてしまったからだ。まるで心がひとつに重なったかのような……否、元からひとつの存在だったかのような、奇妙な感覚が離れない。
「君ももう、自分で分かっているだろう? アザミは、君だ。君の名前であるシッスルとは、薊の花を指す。【高原薊】、それが君の本当の名前なのさ」
“シッスル・ハイフィールド”――“アザミ・タカハラ”。……高原、薊!
頭の中を電流のような衝撃が駆け巡った。様々な情報が一度に押し寄せてきて、脳がパンクしそうになる。
「う、ああ……っ!」
激しい頭痛に襲われ、頭を抱えて蹲る私に、イリューゼさんの容赦無い声が追い打ちをかけてくる。
「現実の君は、高原薊は、実生活より空想に心を傾けていた。しかしそれは、何も君だけに限った話じゃない。友達の詩絵菜だって、同様の希求は多少なりとも抱いていた。こちらの世界での彼女がシェーナだ。この世界の人間は、全て現実世界でも存在している」
全て……? ウィンガートさんも、ミレーネさんも、モードさんも、既に亡くなってしまったデイアンさんも?
……ああ、恐らくそうなのだろう。“アザミ”の記憶が怒涛のように流れ込んできている今の私には、イリューゼさんの言葉が真実だと最早認めるしかなかった。
「平和で厳しい現実を生きる多くの人間が、大なり小なりそこからかけ離れた世界を脳裏に思い描いて生きているんだ。自覚の有る無しに関わらずね。そして無意識化でこう思っている。……『今とは違う世界に行きたい。そこで、今度こそ自分の望んだ人生を送りたい』ってね。その無言の願望が集まって創られたのが、この【幽幻世界】、そしてマゴリア教国。夢を通じて第二の人生を始められる、閉ざされた楽園さ」
私は思い出していた。主神ロノクス、この国で崇められている唯一絶対の神が、どのような存在として語られているのかを。
「【限りの神】、【秘園の主】……!」
「そう、主神ロノクスがそう呼ばれている真の理由もそれだ。“お限り様”は、現実を逃れて別の人生を歩みたいと願う者達の為に、この世界をお創りになった。【魔族】は、その過程で生まれた副産物だ。彼らは本能的に世界の敵として目覚め、定期的に此処を滅ぼそうとしている。それを防ぐ為には、“お限り様”が世界を創造した時のやり方を真似る必要があるのさ」
「それには、幻術士が必要不可欠、ということですか?」
「その通りだ。段々話が呑み込めてきたみたいだね」
私にも、なんとなくだが絡繰りが見えてきた。
夢を通じて人の魂を呼び寄せる【幽幻世界】、幻術の産物であるオーロラ、特権を認められた《幽幻の魔女》。
「この世界を、幻術でもう一度再構成する」
私が出した答えに、イリューゼさんは初めて笑顔を浮かべた。
「お見事、正解だよ。ボク達はそれを、【究極幻術】と呼んでいる。《幽幻の魔女》とは、【テネブラエ】が発生した時にそれを成す存在だ。しかしサレナは、自分の代わりに君を寄越した」
「……師匠は、私を身代わりにしたんですか?」
「形の上では、そうなるね。けどサレナも、単に自分がやりたくないからという理由で君を推薦したわけじゃない筈だよ。彼女がそんな人じゃないことは、君の方が良く分かっているんじゃないか?」
そうだろうか? 私はこの世界でシッスルとして生まれ、以後はずっと師匠と一緒に生きてきた。魔女サレナ・バーンスピアのことなら、他の誰より知っている……と自負していたことも確かにある。
しかし師匠は、結局のところ自身の内面に私を踏み入らせなかった。愛弟子を見つめるあの慈しむような微笑みの裏に、どんな真情が隠されていたかなんて、とてもではないが推し量ることは出来ない。
「迷っているのかい? シッスル・ハイフィールド」
私が黙っていると、イリューゼさんは全てを見抜くような透き通った眼差しで言った。
「それならそれで、別に構わない。使命を引き受けたくないと思ったなら、このまま夢幻回廊を引き返したまえ。サレナはどうか知らないが、ボクはやりたくないと言う者に無理強いするつもりは無い。【究極幻術】を使うには、それ相応の代償が必要だ。二の足を踏むのも当然の話さ」
「代償……。それって……」
ここまで来たら、その答えも朧気ながら見えてくる。しかし私は、イリューゼさん自身の口から聴きたかった。
果たして、彼女は躊躇う素振りを見せずに答えを口にした。
「君の、この世界における存在そのものだよ」
突如、世界に光が迸った。イリューゼさんも、彼女の背後にあった黒板も、たくさんの椅子と机で満たされた学校の教室も、現実で見慣れた風景が光の奔流に包まれて見えなくなる。
「君が決めたまえ。どちらの世界における人生も、君のものだ。シッスル・ハイフィールド」
白光に染まった視界の奥で、イリューゼさんの最後の声がした。
身体が押し戻されるような感覚がして、気付けば私は元の夢幻回廊に立っていた。
「い、今のは……!? 一体、何が……!?」
シェーナ達、他の皆も揃っている。全員が狐につままれたように、困惑した顔で辺りを見回していた。
「皆も、幻覚を見ていたの?」
「シッスル、そう言うってことは、あなたもなのね? やはり、あれは幻覚……」
胸を手で押さえ、シェーナは額に汗を浮かべながら深呼吸を繰り返している。他の皆も同じようなものだ。
「不思議な光景だったわ……。私は何処か、知らない部屋に居て……。シッスルと二人で同じ服に身を包み、何やら楽しげに話していた。会話の中身は、聞き覚えのないようなことばかりなのに、何処か懐かしくて……。部屋も、大量の椅子と机が並べられたあの空間にも、見覚えなんて無い筈なのに、知っている場所のような気がした……」
「シェーナ……」
私は言葉に詰まった。イリューゼさんから教えられた真実が、いま一度重い事実となってのしかかってくる。
「どうやら、全員でそれぞれ違う幻覚を見せられていたようだね」
最初に落ち着きを取り戻したのは、やはりウィンガートさんだった。彼は姿勢を正し、夢幻回廊を一通り眺めると私に目を向けた。
「恐らくはこの廊下の防衛機構の一環だと思うけど、急に解除された理由が分からないね。シッスルくん、幻術士である君なら何か推測を立てられるんじゃないかい?」
「……いいえ、私にもさっぱりです」
思わず、咄嗟に嘘を吐いた。イリューゼさんとの邂逅を、彼女と交わした会話の内容を、皆にどう説明したら良いのかさっぱり考えがまとまらない。
ただひとつ、分かっていることがある。
「先に進みましょう。大鐘楼へ行き、総主教さんと会うんです」
自分でも不思議なくらい、それは断固とした言葉だった。
心を決めたとか決めないとか、そういうことでは無かった。その決断を下すには、まだ早すぎる。
イリューゼさんとの話は、まだ完全に終わったわけでは無いのだから。
私はまじまじと自分の手に視線を落とした。握ったり、開いたりしてみる。それから身体のあちこちを触り、全身の体温と感触を手の平と肌の両方から感じ取った。
間違いなく、自分は此処に在る。生きた人間として、シッスル・ハイフィールドという一個人として、ちゃんと存在しているじゃないか。
「あ、はは……! 何を言うのかと思ったら……」
総主教イリューゼさんが口走ったとんでもない発言を一笑に付してやろうと思ったのだが、口からは引きつった声しか出てこなかった。
嘘だって頭では分かっている筈なのに、何故か心臓が恐ろしいくらいに早鐘を打っている。
そんな私の切羽詰まった態度を見ても、総主教さんは淡々とした調子を崩さない。
「生きている実感がするのは当たり前だよ。簡単に夢だと分かったら、この世界が存在する意味が無い」
「どういう、ことですか?」
「“夢の世界”と表現したのは、実のところ話を分かりやすくするための方便さ。正確には少し違う」
イリューゼさんは、何処からともなく白い棒のような物を取り出すと、それを背後の黒い長板に押し当てて滑らせる。
すると、白い棒の動いた跡に同色の線が引かれていった。どうやらあれは炭の筆と似たような道具らしい。
「そうだな、文字に起こすとこんな感じだ」
黒い長板の左側に【現実世界】、右側に【この世界】という文字が白い線で書き加えられる。
次いでイリューゼさんは【現実世界】の下に丸と棒で作った人間の姿を描き、そこから矢印を伸ばして【この世界】の真下に置いた。
「【現実世界】で人が眠る時、意識は外に向かって開放されている。【この世界】は、そんな人々の眠りから生じる魂のエネルギーを招き寄せ、別の人間として新たな人生を与えているのさ」
「そんな馬鹿な……!? じゃあ私は、現実では眠っていて、今此処でこうしているこの私は、魂だけの存在だとでも言うんですか!?」
「いいや、違う。君がこちらの世界で得た肉体も、紛れもなく本物さ。少なくともオーロラの内側、このマゴリア教国ではね。睡眠を通じて訪れる異世界、誰もが現実での自分とは違う別の人生を歩める世界、それがこの――【幽幻世界】なんだよ」
「ゆうげん、せかい……!?」
あまりにも現実離れし過ぎた話に、頭が破裂しそうだった。私はガンガンと痛むこめかみを押さえ、どうにか絞り出すように言った。
「どうして、そんなものが……!?」
「人は皆、多かれ少なかれ違う世界に思いを馳せるものさ」
イリューゼさんは、何処か遠い眼差しで明後日の方を見ていた。
「毎日の生活、代わり映えのしない日々。それはとても平和で、安定した世界だ。特に、君達が現実で生きている国ではね。貧富の差こそあれど、大半の人々が明日の食事を心配しなくても良いような、恵まれた環境で生きている。生命の危険を身近に感じることも少なく、死物狂いで今日を乗り切ろうとする必要も殆ど無い。けどそれは、時にどうしようもなく退屈に感じることもあるんだ」
分かる気がする、かも知れない。夢の中で(イリューゼさんに言わせればこちらが現実とのことだが)“アザミ”と呼ばれていた私は、自分が今居る世界に何処となく倦んでいる様子だった。求める刺激が得られず、退屈な世界。だからこそ、小説の中に広がる世界に惹かれたのだろう。
俗に言うファンタジーもとい幻想文学なら、想像するしか無かった素晴らしい刺激の数々が、たくさん手に入ったから――。
「……え!?」
思わず我に返ってゾッとした。今、思い巡らせた“アザミ”の精神に、ありえないくらいの一体感を覚えてしまったからだ。まるで心がひとつに重なったかのような……否、元からひとつの存在だったかのような、奇妙な感覚が離れない。
「君ももう、自分で分かっているだろう? アザミは、君だ。君の名前であるシッスルとは、薊の花を指す。【高原薊】、それが君の本当の名前なのさ」
“シッスル・ハイフィールド”――“アザミ・タカハラ”。……高原、薊!
頭の中を電流のような衝撃が駆け巡った。様々な情報が一度に押し寄せてきて、脳がパンクしそうになる。
「う、ああ……っ!」
激しい頭痛に襲われ、頭を抱えて蹲る私に、イリューゼさんの容赦無い声が追い打ちをかけてくる。
「現実の君は、高原薊は、実生活より空想に心を傾けていた。しかしそれは、何も君だけに限った話じゃない。友達の詩絵菜だって、同様の希求は多少なりとも抱いていた。こちらの世界での彼女がシェーナだ。この世界の人間は、全て現実世界でも存在している」
全て……? ウィンガートさんも、ミレーネさんも、モードさんも、既に亡くなってしまったデイアンさんも?
……ああ、恐らくそうなのだろう。“アザミ”の記憶が怒涛のように流れ込んできている今の私には、イリューゼさんの言葉が真実だと最早認めるしかなかった。
「平和で厳しい現実を生きる多くの人間が、大なり小なりそこからかけ離れた世界を脳裏に思い描いて生きているんだ。自覚の有る無しに関わらずね。そして無意識化でこう思っている。……『今とは違う世界に行きたい。そこで、今度こそ自分の望んだ人生を送りたい』ってね。その無言の願望が集まって創られたのが、この【幽幻世界】、そしてマゴリア教国。夢を通じて第二の人生を始められる、閉ざされた楽園さ」
私は思い出していた。主神ロノクス、この国で崇められている唯一絶対の神が、どのような存在として語られているのかを。
「【限りの神】、【秘園の主】……!」
「そう、主神ロノクスがそう呼ばれている真の理由もそれだ。“お限り様”は、現実を逃れて別の人生を歩みたいと願う者達の為に、この世界をお創りになった。【魔族】は、その過程で生まれた副産物だ。彼らは本能的に世界の敵として目覚め、定期的に此処を滅ぼそうとしている。それを防ぐ為には、“お限り様”が世界を創造した時のやり方を真似る必要があるのさ」
「それには、幻術士が必要不可欠、ということですか?」
「その通りだ。段々話が呑み込めてきたみたいだね」
私にも、なんとなくだが絡繰りが見えてきた。
夢を通じて人の魂を呼び寄せる【幽幻世界】、幻術の産物であるオーロラ、特権を認められた《幽幻の魔女》。
「この世界を、幻術でもう一度再構成する」
私が出した答えに、イリューゼさんは初めて笑顔を浮かべた。
「お見事、正解だよ。ボク達はそれを、【究極幻術】と呼んでいる。《幽幻の魔女》とは、【テネブラエ】が発生した時にそれを成す存在だ。しかしサレナは、自分の代わりに君を寄越した」
「……師匠は、私を身代わりにしたんですか?」
「形の上では、そうなるね。けどサレナも、単に自分がやりたくないからという理由で君を推薦したわけじゃない筈だよ。彼女がそんな人じゃないことは、君の方が良く分かっているんじゃないか?」
そうだろうか? 私はこの世界でシッスルとして生まれ、以後はずっと師匠と一緒に生きてきた。魔女サレナ・バーンスピアのことなら、他の誰より知っている……と自負していたことも確かにある。
しかし師匠は、結局のところ自身の内面に私を踏み入らせなかった。愛弟子を見つめるあの慈しむような微笑みの裏に、どんな真情が隠されていたかなんて、とてもではないが推し量ることは出来ない。
「迷っているのかい? シッスル・ハイフィールド」
私が黙っていると、イリューゼさんは全てを見抜くような透き通った眼差しで言った。
「それならそれで、別に構わない。使命を引き受けたくないと思ったなら、このまま夢幻回廊を引き返したまえ。サレナはどうか知らないが、ボクはやりたくないと言う者に無理強いするつもりは無い。【究極幻術】を使うには、それ相応の代償が必要だ。二の足を踏むのも当然の話さ」
「代償……。それって……」
ここまで来たら、その答えも朧気ながら見えてくる。しかし私は、イリューゼさん自身の口から聴きたかった。
果たして、彼女は躊躇う素振りを見せずに答えを口にした。
「君の、この世界における存在そのものだよ」
突如、世界に光が迸った。イリューゼさんも、彼女の背後にあった黒板も、たくさんの椅子と机で満たされた学校の教室も、現実で見慣れた風景が光の奔流に包まれて見えなくなる。
「君が決めたまえ。どちらの世界における人生も、君のものだ。シッスル・ハイフィールド」
白光に染まった視界の奥で、イリューゼさんの最後の声がした。
身体が押し戻されるような感覚がして、気付けば私は元の夢幻回廊に立っていた。
「い、今のは……!? 一体、何が……!?」
シェーナ達、他の皆も揃っている。全員が狐につままれたように、困惑した顔で辺りを見回していた。
「皆も、幻覚を見ていたの?」
「シッスル、そう言うってことは、あなたもなのね? やはり、あれは幻覚……」
胸を手で押さえ、シェーナは額に汗を浮かべながら深呼吸を繰り返している。他の皆も同じようなものだ。
「不思議な光景だったわ……。私は何処か、知らない部屋に居て……。シッスルと二人で同じ服に身を包み、何やら楽しげに話していた。会話の中身は、聞き覚えのないようなことばかりなのに、何処か懐かしくて……。部屋も、大量の椅子と机が並べられたあの空間にも、見覚えなんて無い筈なのに、知っている場所のような気がした……」
「シェーナ……」
私は言葉に詰まった。イリューゼさんから教えられた真実が、いま一度重い事実となってのしかかってくる。
「どうやら、全員でそれぞれ違う幻覚を見せられていたようだね」
最初に落ち着きを取り戻したのは、やはりウィンガートさんだった。彼は姿勢を正し、夢幻回廊を一通り眺めると私に目を向けた。
「恐らくはこの廊下の防衛機構の一環だと思うけど、急に解除された理由が分からないね。シッスルくん、幻術士である君なら何か推測を立てられるんじゃないかい?」
「……いいえ、私にもさっぱりです」
思わず、咄嗟に嘘を吐いた。イリューゼさんとの邂逅を、彼女と交わした会話の内容を、皆にどう説明したら良いのかさっぱり考えがまとまらない。
ただひとつ、分かっていることがある。
「先に進みましょう。大鐘楼へ行き、総主教さんと会うんです」
自分でも不思議なくらい、それは断固とした言葉だった。
心を決めたとか決めないとか、そういうことでは無かった。その決断を下すには、まだ早すぎる。
イリューゼさんとの話は、まだ完全に終わったわけでは無いのだから。
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