独立不羈の幻術士

ムルコラカ

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第三章

第五十三話 たかが夢、されど夢

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 ディク・ヒュム族、またの名をドワーフ。

 彼らはシェーナのようなリョス・ヒュム族と対になる、この街に住まうもうひとつの亜人種だ。

 現実世界における一般的なドワーフ像をほぼ踏襲しており、低い背丈にがっちりした体格、そして男女両方とも立派なヒゲを蓄えているという外見的特徴を持つ。

 無論、能力面についても同様だ。手先がとりわけ器用で、鍛造術を始めとする様々な手工業に精通した彼らは、【ドワーフ工房組合】という専用のグループを作ってアヌルーンの主要な産業面を支えていた。

 衛兵や冒険者、そして守護聖騎士団が用いる主な武器や防具も、当然ながら彼らの工房でその多くが製造されている。

 その彼らがこの大教会に呼ばれたということは、議事堂を守るあの物々しい装置もやはり彼らの手によるものということか。

「団長、ディク・ヒュム達が何故此処に?」

 そう尋ねるシェーナの顔には、苦いものがくっきりと浮かんでいた。これまた現実でのオーソドックスなイメージ通り、この【幽幻世界】でもエルフとドワーフの仲は悪い。

「〈拒魔蓋きょまがい〉の設置と点検をさせる為だ」

 ブロムさんは、台座に乗った巨大な箱のような装置を指さして説明を続けた。

「あれは国教会が極秘で工房に開発を要請していた秘密兵器でな、発動させると辺り一帯を聖なるシールドで覆うことが出来るのだ。我々が使う“魔断斗氣レジスト”を参考にしたものだが、効力と範囲は遥かに勝る。万が一魔族が侵攻してきても、これで撃退出来るという見込みだ」

「なるほど」

 シェーナは頷いたが、渋みを含んだような顔は変わらない。恐らく、理由が聴きたかったからじゃないからだろう。

 エルフ、いやリョス・ヒュム族としての生をこちらで送っているシェーナも、ドワーフ達を肌で嫌っているのだ。

「旦那! 概ね準備は完了しましたぜ!」

 〈拒魔蓋〉とやらを整備していたドワーフ技師のひとりが近付いて来て、ブロムさんにそう報告した。

「ご苦労、試しに動かしてみてはもらえぬか?」

「もちろんでさ。おおーい、お前ら! ちょっくらそいつを起動してみな!」

 彼の号令に他のドワーフ技師達が応え、箱の下方部に付いているレバーのようなものをガチャガチャと操作した。

 すると、たちまち〈拒魔蓋〉から天に向かって白いエネルギーの筋が立ち上り、上空で噴水のように放散して辺り一面に降り注ぐ。

 ほんの十数秒後には、私達は元より後方にそびえる議事堂もすっぽり覆う程の巨大なドームが形成された。

「見ての通り、動作は完璧でさ! 魔物だろうと魔族だろうと、一歩たりとて中には入れやせんぜ!」

 指示を出したドワーフ技師が得意気に胸を反らす。

「流石だ技師長、ドワーフ職人達の腕前にはいつも感心させられる」

「へへっ、なんのなんの。今回のアレについては、お預かりしたクリスタルの質が高かったお陰でもありやすからね。作り甲斐のあるもんを任されて、うちの奴らも張り切ってやしたぜ!」

「……“ドワーフ”と呼ばれても気にしないなんて、私には考えられん」

 シェーナが、二人には聴こえないように小さく毒づく。“エルフ”と呼ばれるのを嫌う彼女とは違い、彼らは自分達の呼称には頓着しないようだ。

 案外、この世界におけるこの二種族の対立は、こういう小さな違いから端を発しているのかも知れない。

「シェーナは、どうして私を連れてきたの?」

 ひとり苦虫を噛み潰したような顔でぶつぶつ言っている彼女に、私はそもそもの疑問をぶつけた。

 シェーナの眼差しがこちらを向く。情念の世界から抜け出した彼女は、神妙な表情でじっと私を見つめて言った。

「はっきり言葉にしないと、分からない?」

 試すような言葉だった。私の視線を真っ向から受け止める彼女の瞳は、冷たい意志の光を湛えて表面上の静けさを保っている。

 結局、先に視線を反らしたのは私の方だった。

「シェーナの言いたいことは、分かるよ。街に被害が出て、大勢の人々が犠牲になっている。冒険者、衛兵、民間人、騎士、聖職者……そんな区別も関係なく、人間も、リョス・ヒュムも、ディク・ヒュムも、全員が一丸になって【テネブラエ】に対抗しようとしている。誰も彼もが、懸命にこの危機を乗り越えて、生きようとあがいてる」

「ええ、その通りよ。それを見て、シッスルはどう感じた?」

 私はぐっと言葉に詰まった。その場しのぎの定型文など、シェーナは求めていない。彼女は、私の核心に迫ろうとしている。

「あなたと聖下との間でどのようなやり取りが交わされたのか、私は知らない」

 答えられずに黙っていると、痺れを切らしたようにシェーナが口を開いた。

「けど、今このアヌルーンを救えるのはあなただけなの。聖下は、あなたに選択権を委ねられたわ。あなたが拒否すれば、私達は滅ぶ」

 そんなことは無い。私がやらなければ、師匠であるサレナ・バーンスピアが【究極幻術】を行使するだけだ。どちらにせよ、【テネブラエ】がこの世界を覆うことは無い。

 ……そう心の中で反論してみても、それはどうしても言葉となって口から出てこなかった。

「シッスル。実を言うとね、どうしてあなたが急に覇気を失ったような状態になってしまったのか、私にも何となくだけど分かるような気がするわ」

「え……?」

 シェーナが意外なことを言う。彼女は一度視線を下に落としてから、改めて目を上げた。

「かつて聖リングマードは、己の生命と引き換えに魔族を地下に封じ込め、マゴリア教国の繁栄を絶対のものにした――。経典の、最も古い伝承のひとつにそう記されているの。この国に現れた最初の聖人は、男性とも女性とも分からない謎めいた人で、一部では実は魔術士だったんじゃないかとさえ噂されているくらい、実像が不明な人よ」

 シェーナの瞳が揺れている。声も少しだけ、掠れていた。

「この二日間、私も外の様子に目を塞いでずっと考え続けたの。そうしたら、嫌な仮説が頭から離れなくなった。シッスルじゃなくて、他の誰かがやれば良いとさえ思った。……ええ分かってる、当事者じゃない私がいくら願っても、詮無いことでしかないって。この世界の運命を握っているのはシッスル。全てを決断することが出来るのは、他の誰でもないあなただけなんだから」

「シェーナ……」

 シェーナも悟ったのだ。私に突き付けられた意地悪な二択に。その上で、やはり最後の決断は私自身の判断に委ねようとしている。

「私は、シッスルを喪うのは嫌。けど、あなたが袋小路に陥って、決断すら出来なくなってしまうのはもっと嫌」

 シェーナの瞳が揺れ、目尻に涙の粒が溜まる。

「だから、街の現状を知ってほしいと思ったの。このアヌルーンに住まう全ての人々が、すぐそこに迫る危機にどう立ち向かっているのかを、その目で見てほしかった。そして、たとえ強いられたものであっても、シッスルが背負っているものは、途轍もなく大きなものなんだって受け止めてほしい」

「……!」

 どすん、と。シェーナの言葉が私の肚の底に落ちる。彼女がぶつけてきた想いは重く、乾いた私の心にも響くほど強かった。

 シェーナは、私が【究極幻術】と引き換えに生命を落とすと気付いている。だが、そこまでだ。この世界が実は夢に過ぎず、死ねば現実に還るだけだというその先の真理にまでは到達していない。そんな彼女が言うことだから、的外れだと内心で切って捨てることも出来た。私の苦悩の原因とはかけ離れた訴えだ、と。

 けれども、どうしてもそんな気にはならない。これは夢だ、所詮ただの夢に過ぎないんだ――と胸の奥で繰り返しても、既にその響きは空虚なものになっていた。

 真実を知った私にとって、この世界は虚構だ。しかし、真実を知るまでは、この世界こそ私にとって掛け替えのない現実だった。

 そしてそれは、私や師匠、それに総主教であるイリューゼさんといったごく一部を除いて、このマゴリア教国で生きる全ての人々に共通する事実に他ならない。

 だからこそ、みんな必死に生きようとしている。【テネブラエ】という破滅の危機に心から恐怖し、それに打ち克とうとしている。

 私はそれを、見てみぬ振りが出来るだろうか? ひとり全てを悟った気になって、傍観者のような立ち位置でこの世界の運命を流し見することを望むのだろうか?

 ……いいや、違う。そんなことはしたくない。私だって、この世界の一員だ。

「シェーナ、私は……」

「シッスル……!」

 シェーナが震える手を伸ばしてくる。暗闇の中で灯りを掴もうともがくような頼りなさげなその手を、私はしっかりと握り――

 かけて、止まった。

 私も、シェーナも、マゴリア教国で生きた生命だ。お互いに今、確かに此処に存在する。

 そこまでは確かな実感として受け止められるのに、何かが……決定的な何かがひとつ、足りない。

「シッスル……?」

 光明を見つけたように安心しかけていた親友の顔が、再び不安に染まる。そんな表情を見ても、私は上手く言葉を紡げなかった。

 この世界を、もうひとつの現実として生きたこの世界を救いたい――。その想いは、確かに心の奥底から湧き上がって来たのに……!

 なんだ……? 一体この、喉の奥につっかえる小骨のようなもどかしさはなんなんだ?

「わ、私は……!」

 いつまでも黙り続けているのはまずいと思い、夢の親友に無理やりにでも何か言おうとした時だ。

「おい見ろよ! 空が……! 空が!」

 誰かが引きつった叫びを上げた。私もシェーナも、その言葉にハッとなって上空を見上げる。

「な、なによあれ!?」

 シェーナの声も驚愕で染まる。私も俄には信じられなかった。

 雲の少ない、晴れた空模様。

 そこに、巨大な亀裂が走っていた。
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