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第三章
第五十七話 大主教の矜持
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ユリウス大主教。魔術士を憎み、常に目を光らせ切歯扼腕していた人。私や師匠を罵倒し、捕らえて裁きの場に立たせようとした慈悲なき聖職者。
正直、二度と会いたくないと思っていたし、名前を聴くだけで胸の内に苦いものが湧き上がって来る相手だった。
麾下の粛正隊が夢幻回廊を守っていたことから、彼もこの場に居るんだろうなと身構えていたが、実際に再会してみるとすぐにそんな感情は吹き飛んだ。
こんなに憔悴し、傷付き弱った姿で現れるなんて、考えもしなかったから。
「猊下、お怪我を!?」
シェーナが驚いて前に出ようとすると、周りの粛正隊の騎士達が手を伸ばして拒絶の仕草をする。シェーナもすぐに我に返り、踏み出した足を引っ込めて直立の姿勢を取った。
「見れば、分かろう……。ゴホッ、ゴホッ……!」
大主教が億劫そうに返事をするが、たった一言話すだけで激しく咳き込んでしまう。彼の口から、咳と一緒にどす黒い血が吐き出されて法衣の上に降りかかる。
大主教の身分を示す豪奢で美しい造りの法衣は、あちこちが裂かれたり破られたりしている上に、各所の内側から広がる赤黒いシミによって見るも無惨な有様に成り果てていた。
見かねた粛正隊のひとりが、大主教に代わって答えてくれる。
「夢幻回廊の守りを固めるよう我らにお命じになられ、ご自身も同行して先導されたのですが、途中で魔族らとの軍勢と遭遇し、交戦している内に……」
巻き添えを喰らってしまったということか。語尾を濁し、俯いた粛正隊の騎士を見て大体は察した。
「ふん、巻き添えだと思っておろう……!? わしを、舐めるな……っ! 美衣美膳に溺れる……老人ではない……! 剣を……っ! ぐっ、ぐはっ……!」
忌々しげにこちらを睨みながら、ユリウス大主教は左右の手を振り払おうとする。しかし、重傷を負った身体ではそれも叶わず、再び咳き込んでガクンと膝を折った。
左右で彼を支える騎士達はもとより、粛正隊の全員が心配の色を一層濃くして身を乗り出す。
「猊下、どうかご無理をなさらず……!」
「うる、さい、わい……! どうせ、もう長くはない……!」
苦痛に顔を歪ませながらも大主教は部下達の嘆願を退け、再び憎々しげな目を私に向けてくる。
「貴様、何を見ておる……!」
「別に、同情するつもりはありません」
自分でも気付かない内に憐れみの視線を送っていたのだろう。私は努めて冷えた声で彼の矛先をはねのけようとする。
「そうでは、ない……! 何を、こんなところでノコノコ油を売っているのか、と……言っておるのじゃ……!」
「え……?」
どうやら、思っていた意味ではなかったらしい。
ユリウス大主教の眼差しは相変わらず敵意に満ちているが、よく見返してみると、その中に僅かながら縋るような希望の色が見え隠れしているような気がした。
「見よ……! 貴様のために、夢幻回廊は確保したぞ……! 早く、大鐘楼へ……! 聖下の身許へ、行かんか……!」
その言葉に、一同驚きの表情に変わる。私も同じ気持ちだった。
今のは本当に、あのユリウス大主教が放った言葉なのか?
「わしは、魔術士は嫌いじゃ……! 貴様らは、この国にこびりついた穢れ……! ダール丘陵で起きたように……今もあやつらは、この【闇】に呼応して……グフッ!」
息も絶え絶えになりながらも、ユリウス大主教は喋るのをやめようとしない。彼の意志を感じ取ったのか、誰もが固唾をのんで彼の様子を窺っている。
「しかし……しかしじゃ。貴様は、聖下が必要とお認めになられた存在……。その、ご叡旨に……わしが異を唱える余地は、無い……! わしは、大主教として……あの御方を支える者として……職分を、全うするのみじゃ……!」
私は、このユリウス大主教という人物を少し見損なっていたのかも知れない。魔術士に対する偏見と、行き過ぎた排斥思考は確かにある。しかし同時に、大主教という重責を背負い、その役目に殉じる覚悟と矜持も間違いなく持ち合わせている。
私の中で、彼に対する不安と警戒感が急速に萎んでゆく。私は彼の忌々しげな眼差しを真っ直ぐ見返して、心からの言葉を返した。
「ありがとうございます、大主教さん。あなたの、いえ、あなた方の献身は決して無駄にしません」
「ふん……! 生意気な小娘よ……! 口ばかりでなく、行動で示さんか……! 早く、行け……! 我らの、護り石も……やがて、この【闇】に打ち負ける……! その、前に……!」
私は頷き、シェーナを見た。彼女も、ユリウス大主教の覚悟に打たれたようにより一層表情を引き締めている。
「猊下の御厚志に必ず報いてごらんにいれます」
私達は大主教と、周りで様子を見守る粛正隊の人達に深く一礼すると、後ろ髪を引かれる思いでその場から離れる。
「……魔術士の小娘よ、貴様が本当に、聖下の御眼鏡に叶う人物だとするなら……。この危機を、貴様こそがどうにか出来るというなら……」
背後から大主教の声が追いかけてくる。
「私は……貴様の為すことの成就を、祈ろう……!」
この時の、大主教は果たしてどんな表情をしていただろうか?
「――新たな敵影接近! 総員、陣形を整えよ!」
大主教の最後の贈り物を掻き消すように、慌ただしく人が動き始める。
私もシェーナも、取って返したい気持ちを抑えて、振り返らず夢幻回廊を走り続けた。
◆◆◆
大鐘楼の門扉に到達するまで、然程の時間は掛からなかった。
私とシェーナは一心不乱に無人の夢幻回廊をひた走り、一度も妨害されることなくその果てに辿り着く。
既に、あの巨大な扉は開け放たれていた。シェーナが“美しい伽藍”と評した巨大な礼拝堂、その奥に鎮座する巨大な聖なる護り石、そしてその前で額を突き合わせて話し合っている二人の男性が見える。
「ウィンガートさん! ギシュールさん!」
私の呼びかけに、二人が驚いた顔で振り返る。
「シッスルくん! それにシェーナ! 君達も無事だったか!」
「ウィンガートさん達こそ良くご無事で!」
互いに駆け寄り、握手を交わして再会を喜び合う。私の後ろから、シェーナが遠慮がちに声を掛けた。
「閣下、何故彼が此処に……?」
困惑と警戒の視線を向けられたギシュールさんは、以前会った時と変わらない飄々とした様子で肩をすくめた。
「彼の研究について、進捗状況を訊こうと【エクスペリメンツ】に立ち寄ったんだ。そうしたらとんでもない話が聴けた。彼の話を、聖下や君達とも共有しておかねばと思い二人で此処へ来たんだが、その矢先に空が闇で覆われてね。どうしたものかと善後策を図っていたところなんだ」
「まさか、世界を囲っていた仮初の殻がここまで一気に剥がれるなんて、流石にあっしとしても想定外でしたよ。外の【闇】が表出するにしても、もっとこう徐々に侵食してくると予想してやしたからね」
私はギシュールさんを見た。
「どこまで、ご存知ですか?」
「以前シッスルさんにも話した通り、マゴリア教国は他の何処とも繋がらない、いわばあの【闇】の中に浮かぶ孤島のようなもので、国教会のお偉いさん方がこれまで必死にその事実を隠してきた、ってことがまずひとつ」
「他には?」
ギシュールさんは一旦言葉を溜め、じっと私と目を合わせた。その瞳は濁りのない鏡のようで、澄んだ光を湛えている。
「……この世界は、実は現実じゃない。集団で見ている夢のようなもので、生も死も本当は存在しないんだ――と」
私も、そしてシェーナも驚きで目を見開いた。
この世界がオーロラ・ウォールによって閉ざされているという仮説は、彼がかねてから提唱していたものだ。そこから更に発想を飛躍させて、これが夢であるという真実にも自力で到達したというのだろうか。
イリューゼさんが彼に秘密を明かしたとは思えない以上、やはりそう考えるしかない。
「さて、あっしからも質問ですが、そのような訊き方をするってこたぁシッスルさん、やっぱりあんたもとっくに知ってたんですね。もしかしなくても、数日前に総主教サマとお会いした時ですかい?」
「……はい。そしてシェーナにも、此処にくる途中で秘密を打ち明けました」
「それなら話が早い。改めて前提を共有する手間が省けるってもんです」
ウィンガートさんにも、ギシュールさんから情報が渡っている。この男の賢明さに、私は内心感謝した。
「ギシュールさんは、どうやって真実に気付いたんですか?」
「決め手はあれでしたよ、あんた達と一緒にオーロラを調査した時に回収した、ガーゴイルの破片。オーロラと【闇】の間に挟まっていたからか、あれには色々と付着してましてね。長年の疑問の答えがようやく手に入ったと確信したんですわ。あの【闇】を構成する成分は、魔物を斃した際に出てくる【魔痕】とぴったり一致しやす。それさえハッキリすれば、後はもう答え合わせみたいなもんだと思っていたんでさ。少なくとも、ここが閉ざされた世界だという証明にはなった」
「でも、そこからどうしてこの世界が夢だと?」
「そう考えると全ての辻褄が合うんでさ。生産率が低い筈なのに、決して飢えない国民達。世界の外側に満ちた【闇】。国教会が真実をひた隠しにする理由。特に食料の問題は、日々の生活に関わることだけに決して無視出来やせん。【闇】で囲まれ、孤立している上に自給すら満足に行われなかった筈なのに、何故か国民は食に不自由していない。このある種の都合良さは、この世界が“そういうもの”だという前提に立つことでクリア出来ます。そして、その前提を成り立たせてくれるのが、世界そのものが夢である、という結論でありやした」
なんという大胆な飛躍だろうか。アバウトと言えばアバウトにも程があるだろうが、それでも彼が導き出した結論はしっかり的を射ていた。ギシュールさんの頭の回転の速さに、私は感服するしかない。
「……なんということだ。シッスルくんとシェーナなら否定してくれると期待した自分が、ひどく滑稽に思えてきたよ」
ウィンガートさんが額に手を当て、立ち眩みしたかのように身体を揺らした。
ギシュールさんを以前から支援してきた彼だが、さすがに世界そのものが夢の産物であるとは想像も及ばなかったのだろう。
「衝撃の事実過ぎて、とても今すぐ全部を受け止めきれる自信は無いが、この際それは置いておこう。ここが夢であれ現実であれ、【天光の輪】で仕切られていた筈の【闇】はすぐそこまで迫っていて、着実に世界を呑み込もうとしているのだから」
打ちのめされた精神を気力で持ち直して、ウィンガートさんは私達を見渡した。
「聖下の申された日限までまだ一日の猶予があるが、事は一刻を争う。今はとにかく、聖下のお姿を捜して御側に侍るべきだろう」
それについては、一同異論は無い。しかし、肝心のイリューゼさんの姿が見えない。この礼拝堂に居ないなら、奥の居住区に引っ込んでいるということだろうが……。
そう考えた時、不意に大きな振動が起こって礼拝堂を震わせた。
正直、二度と会いたくないと思っていたし、名前を聴くだけで胸の内に苦いものが湧き上がって来る相手だった。
麾下の粛正隊が夢幻回廊を守っていたことから、彼もこの場に居るんだろうなと身構えていたが、実際に再会してみるとすぐにそんな感情は吹き飛んだ。
こんなに憔悴し、傷付き弱った姿で現れるなんて、考えもしなかったから。
「猊下、お怪我を!?」
シェーナが驚いて前に出ようとすると、周りの粛正隊の騎士達が手を伸ばして拒絶の仕草をする。シェーナもすぐに我に返り、踏み出した足を引っ込めて直立の姿勢を取った。
「見れば、分かろう……。ゴホッ、ゴホッ……!」
大主教が億劫そうに返事をするが、たった一言話すだけで激しく咳き込んでしまう。彼の口から、咳と一緒にどす黒い血が吐き出されて法衣の上に降りかかる。
大主教の身分を示す豪奢で美しい造りの法衣は、あちこちが裂かれたり破られたりしている上に、各所の内側から広がる赤黒いシミによって見るも無惨な有様に成り果てていた。
見かねた粛正隊のひとりが、大主教に代わって答えてくれる。
「夢幻回廊の守りを固めるよう我らにお命じになられ、ご自身も同行して先導されたのですが、途中で魔族らとの軍勢と遭遇し、交戦している内に……」
巻き添えを喰らってしまったということか。語尾を濁し、俯いた粛正隊の騎士を見て大体は察した。
「ふん、巻き添えだと思っておろう……!? わしを、舐めるな……っ! 美衣美膳に溺れる……老人ではない……! 剣を……っ! ぐっ、ぐはっ……!」
忌々しげにこちらを睨みながら、ユリウス大主教は左右の手を振り払おうとする。しかし、重傷を負った身体ではそれも叶わず、再び咳き込んでガクンと膝を折った。
左右で彼を支える騎士達はもとより、粛正隊の全員が心配の色を一層濃くして身を乗り出す。
「猊下、どうかご無理をなさらず……!」
「うる、さい、わい……! どうせ、もう長くはない……!」
苦痛に顔を歪ませながらも大主教は部下達の嘆願を退け、再び憎々しげな目を私に向けてくる。
「貴様、何を見ておる……!」
「別に、同情するつもりはありません」
自分でも気付かない内に憐れみの視線を送っていたのだろう。私は努めて冷えた声で彼の矛先をはねのけようとする。
「そうでは、ない……! 何を、こんなところでノコノコ油を売っているのか、と……言っておるのじゃ……!」
「え……?」
どうやら、思っていた意味ではなかったらしい。
ユリウス大主教の眼差しは相変わらず敵意に満ちているが、よく見返してみると、その中に僅かながら縋るような希望の色が見え隠れしているような気がした。
「見よ……! 貴様のために、夢幻回廊は確保したぞ……! 早く、大鐘楼へ……! 聖下の身許へ、行かんか……!」
その言葉に、一同驚きの表情に変わる。私も同じ気持ちだった。
今のは本当に、あのユリウス大主教が放った言葉なのか?
「わしは、魔術士は嫌いじゃ……! 貴様らは、この国にこびりついた穢れ……! ダール丘陵で起きたように……今もあやつらは、この【闇】に呼応して……グフッ!」
息も絶え絶えになりながらも、ユリウス大主教は喋るのをやめようとしない。彼の意志を感じ取ったのか、誰もが固唾をのんで彼の様子を窺っている。
「しかし……しかしじゃ。貴様は、聖下が必要とお認めになられた存在……。その、ご叡旨に……わしが異を唱える余地は、無い……! わしは、大主教として……あの御方を支える者として……職分を、全うするのみじゃ……!」
私は、このユリウス大主教という人物を少し見損なっていたのかも知れない。魔術士に対する偏見と、行き過ぎた排斥思考は確かにある。しかし同時に、大主教という重責を背負い、その役目に殉じる覚悟と矜持も間違いなく持ち合わせている。
私の中で、彼に対する不安と警戒感が急速に萎んでゆく。私は彼の忌々しげな眼差しを真っ直ぐ見返して、心からの言葉を返した。
「ありがとうございます、大主教さん。あなたの、いえ、あなた方の献身は決して無駄にしません」
「ふん……! 生意気な小娘よ……! 口ばかりでなく、行動で示さんか……! 早く、行け……! 我らの、護り石も……やがて、この【闇】に打ち負ける……! その、前に……!」
私は頷き、シェーナを見た。彼女も、ユリウス大主教の覚悟に打たれたようにより一層表情を引き締めている。
「猊下の御厚志に必ず報いてごらんにいれます」
私達は大主教と、周りで様子を見守る粛正隊の人達に深く一礼すると、後ろ髪を引かれる思いでその場から離れる。
「……魔術士の小娘よ、貴様が本当に、聖下の御眼鏡に叶う人物だとするなら……。この危機を、貴様こそがどうにか出来るというなら……」
背後から大主教の声が追いかけてくる。
「私は……貴様の為すことの成就を、祈ろう……!」
この時の、大主教は果たしてどんな表情をしていただろうか?
「――新たな敵影接近! 総員、陣形を整えよ!」
大主教の最後の贈り物を掻き消すように、慌ただしく人が動き始める。
私もシェーナも、取って返したい気持ちを抑えて、振り返らず夢幻回廊を走り続けた。
◆◆◆
大鐘楼の門扉に到達するまで、然程の時間は掛からなかった。
私とシェーナは一心不乱に無人の夢幻回廊をひた走り、一度も妨害されることなくその果てに辿り着く。
既に、あの巨大な扉は開け放たれていた。シェーナが“美しい伽藍”と評した巨大な礼拝堂、その奥に鎮座する巨大な聖なる護り石、そしてその前で額を突き合わせて話し合っている二人の男性が見える。
「ウィンガートさん! ギシュールさん!」
私の呼びかけに、二人が驚いた顔で振り返る。
「シッスルくん! それにシェーナ! 君達も無事だったか!」
「ウィンガートさん達こそ良くご無事で!」
互いに駆け寄り、握手を交わして再会を喜び合う。私の後ろから、シェーナが遠慮がちに声を掛けた。
「閣下、何故彼が此処に……?」
困惑と警戒の視線を向けられたギシュールさんは、以前会った時と変わらない飄々とした様子で肩をすくめた。
「彼の研究について、進捗状況を訊こうと【エクスペリメンツ】に立ち寄ったんだ。そうしたらとんでもない話が聴けた。彼の話を、聖下や君達とも共有しておかねばと思い二人で此処へ来たんだが、その矢先に空が闇で覆われてね。どうしたものかと善後策を図っていたところなんだ」
「まさか、世界を囲っていた仮初の殻がここまで一気に剥がれるなんて、流石にあっしとしても想定外でしたよ。外の【闇】が表出するにしても、もっとこう徐々に侵食してくると予想してやしたからね」
私はギシュールさんを見た。
「どこまで、ご存知ですか?」
「以前シッスルさんにも話した通り、マゴリア教国は他の何処とも繋がらない、いわばあの【闇】の中に浮かぶ孤島のようなもので、国教会のお偉いさん方がこれまで必死にその事実を隠してきた、ってことがまずひとつ」
「他には?」
ギシュールさんは一旦言葉を溜め、じっと私と目を合わせた。その瞳は濁りのない鏡のようで、澄んだ光を湛えている。
「……この世界は、実は現実じゃない。集団で見ている夢のようなもので、生も死も本当は存在しないんだ――と」
私も、そしてシェーナも驚きで目を見開いた。
この世界がオーロラ・ウォールによって閉ざされているという仮説は、彼がかねてから提唱していたものだ。そこから更に発想を飛躍させて、これが夢であるという真実にも自力で到達したというのだろうか。
イリューゼさんが彼に秘密を明かしたとは思えない以上、やはりそう考えるしかない。
「さて、あっしからも質問ですが、そのような訊き方をするってこたぁシッスルさん、やっぱりあんたもとっくに知ってたんですね。もしかしなくても、数日前に総主教サマとお会いした時ですかい?」
「……はい。そしてシェーナにも、此処にくる途中で秘密を打ち明けました」
「それなら話が早い。改めて前提を共有する手間が省けるってもんです」
ウィンガートさんにも、ギシュールさんから情報が渡っている。この男の賢明さに、私は内心感謝した。
「ギシュールさんは、どうやって真実に気付いたんですか?」
「決め手はあれでしたよ、あんた達と一緒にオーロラを調査した時に回収した、ガーゴイルの破片。オーロラと【闇】の間に挟まっていたからか、あれには色々と付着してましてね。長年の疑問の答えがようやく手に入ったと確信したんですわ。あの【闇】を構成する成分は、魔物を斃した際に出てくる【魔痕】とぴったり一致しやす。それさえハッキリすれば、後はもう答え合わせみたいなもんだと思っていたんでさ。少なくとも、ここが閉ざされた世界だという証明にはなった」
「でも、そこからどうしてこの世界が夢だと?」
「そう考えると全ての辻褄が合うんでさ。生産率が低い筈なのに、決して飢えない国民達。世界の外側に満ちた【闇】。国教会が真実をひた隠しにする理由。特に食料の問題は、日々の生活に関わることだけに決して無視出来やせん。【闇】で囲まれ、孤立している上に自給すら満足に行われなかった筈なのに、何故か国民は食に不自由していない。このある種の都合良さは、この世界が“そういうもの”だという前提に立つことでクリア出来ます。そして、その前提を成り立たせてくれるのが、世界そのものが夢である、という結論でありやした」
なんという大胆な飛躍だろうか。アバウトと言えばアバウトにも程があるだろうが、それでも彼が導き出した結論はしっかり的を射ていた。ギシュールさんの頭の回転の速さに、私は感服するしかない。
「……なんということだ。シッスルくんとシェーナなら否定してくれると期待した自分が、ひどく滑稽に思えてきたよ」
ウィンガートさんが額に手を当て、立ち眩みしたかのように身体を揺らした。
ギシュールさんを以前から支援してきた彼だが、さすがに世界そのものが夢の産物であるとは想像も及ばなかったのだろう。
「衝撃の事実過ぎて、とても今すぐ全部を受け止めきれる自信は無いが、この際それは置いておこう。ここが夢であれ現実であれ、【天光の輪】で仕切られていた筈の【闇】はすぐそこまで迫っていて、着実に世界を呑み込もうとしているのだから」
打ちのめされた精神を気力で持ち直して、ウィンガートさんは私達を見渡した。
「聖下の申された日限までまだ一日の猶予があるが、事は一刻を争う。今はとにかく、聖下のお姿を捜して御側に侍るべきだろう」
それについては、一同異論は無い。しかし、肝心のイリューゼさんの姿が見えない。この礼拝堂に居ないなら、奥の居住区に引っ込んでいるということだろうが……。
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