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第三章
第五十九話 大鐘楼防衛戦
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巨大なクリスタル――聖なる護り石の原石から放たれる光の波に包まれて、視界がたちまち白一色に染まる。
身体と意識が何処かに引っ張られるような感覚がしたのは、ほんの一瞬だった。
気付けば、目の前に遥か見上げるほどに大きな鐘が吊り下げられている。一瞬だけキョトンとした後、私は我に返ってその鐘をまじまじを見つめた。
「これが、【福音の鐘】……!」
とにかく、その巨大さにまず圧倒された。遠目では何度も見たが、近くで見るとその規格外の大きさが分かる。
先程のクリスタルなど目じゃないくらいのスケールを誇る、大きな大きな真鍮の鐘。上下左右を頑丈な枠組みで囲み、上にはアーチ状に曲がった極太な金属の梁が架けられている。
“鐘楼”と聴くと大抵イメージするであろう、ベル・コート式の建築構造になっているようだ。梁の真下に吊り下げられた鐘はこれひとつだけであり、他の鐘は見当たらない。
「この鐘ひとつで、本当にこの世界を存続させてきたんだね……」
感慨深い。【福音の鐘】を前にして、私はまず何よりも神々しさを覚えた。
「どうやって鳴らすんだろう、これ?」
仏教のお寺にある梵鐘みたいに、杵で突いて鳴らしていたりして――と、つい変な想像が働く。
「シッスル、あそこにサレナさんが!」
鐘に目を奪われていると、シェーナが袖を引っ張って私の意識を引き戻す。緊迫した空気が一気にのしかかってきて、私は瞬時に頭を切り替えた。
「師匠!」
黒いドレスに黒いとんがり帽子という魔女の装いに身を包んだ師匠が、空から飛来するあの黒い鳥型の魔物と戦っていた。
「加勢しましょう!」
シェーナの言葉に頷き、私達は急いで彼女の元へ駆け寄る。
どうやらこの鐘楼は、【福音の鐘】を吊るすベル・コートを広い足場で囲む構造となっているようだ。下に造られた礼拝堂に比べると遥かに狭い間取りだが、それでも縦横に掛けられる広さはある。
四面に壁は無く、代わりに落下を防ぐ姫墻があり上空は開けていた。
吹きさらしになった背景にはたくさんのオーロラが映り、そこから次々と魔物が湧き出ている。
魔物達は渦を描くように上空を旋回し、四方八方からいつでも襲い掛かれる態勢を整えていた。
さすがにこれを師匠ひとりで捌き切るのは無理だ。上ってきて正解だった。
「あら、あなた達!」
私とシェーナに気付いた師匠が、驚きで目を丸くする。
「師匠、助けに来ました!」
「バーンスピア様、我々も援護します!」
私とシェーナを見つめる師匠の眼差しが柔らかくなった。
「ふふっ、“お限り様”も粋な計らいをしてくれるわね。ここ一番って時に、戦いの場で師弟を再会させてくれるなんて」
「私も、もう会えないかもと思っていました。〈究極幻術〉の前に、師匠ともう一度会えて嬉しいです」
「素直ね、さすが私の可愛いシッスル。あなたとはゆっくり話したいところだけど、まずは此処を片付けなきゃね」
「はい! 絶対に【福音の鐘】を守りましょう!」
「良く言ったわ。シッスル、あなたとシェーナは反対側に行きなさい。やることは、分かっているわね?」
私は迷うことなく頷いた。
「向こうのオーロラは任せて下さい! 師匠はこちらをお願いします!」
「シッスルは必ず守ります! バーンスピア様、ご武運を!」
「あなた達なら大丈夫。こっちは気にせず、思い切りやりなさい」
そうして、私達は二手に分かれた。
ベル・コートの内部に入り込もうと高度を落としていた黒い鳥型の魔物が数体、早速こちらを捕捉して急降下してくる。それにつられて、雲霞のように渦を巻いていた他の魔物達もこちらに狙いを定めたようだ。
黒い雪崩が、私達を押し流さんと殺到してくる。
「任せて、シッスル!」
言うやいなや、シェーナはクリスタルをかざして聖術を起動させる。
「魔断斗氣!」
もうすっかりお馴染みになった、守護のオーラだ。
しかしシェーナが展開したのは私達の頭上から約90度に渡る半円形のオーラで、腰から下には力が届いていない。出力を絞っているのだ。そのお陰で、オーラを展開しつつ走り続けることが可能となる。
シェーナが傘のようにかざした守護のオーラに阻まれ、黒い鳥型の魔物は私達に近づくことが出来ない。
大量の魔物によって形作られた黒い雪崩は、シェーナの聖術に弾き返されて再び八方へと散らばった。
上からの空襲を防いだ私達は、そのまま最初のオーロラに向かって直進する。
「うん、此処からなら狙える! シェーナ、しばらくそのままでお願い!」
「分かったわ! シッスル、敵は気にせずしっかりやりなさい!」
シェーナの激励を受けて、私は射程内に捉えたオーロラに向かって呪文を唱えた。
「幻よ、我が命に従い霧散せよ! ――“破幻”!」
呪文と同時に、幻を打ち破る魔法の光が放たれる。狙いと寸分違わず、それはオーロラのど真ん中を貫いた。
「やった!」
着弾地点から解けるように消えてゆくオーロラを目視して、私は歓喜の声を上げた。
「その調子! 次に行くわよ!」
「うん! 引き続き、ガードよろしくねシェーナ!」
敵の侵攻拠点のひとつを潰した私達は、すぐさま次のオーロラを目指して移動する。
二つ目のそれは、最初のひとつからあまり離れていない。私とシェーナは難なく狙撃地点までたどり着き、さっきと同じように“破幻”の光で二つ目のオーロラも消滅させた。
三つ目も同様だった。オーロラが次々と閉じられたことで、魔物の動きが目に見えて鈍り始める。自分達の出入り口を塞がれたことで、向こうにも動揺が走っているのかも知れない。
「あとひとつ!」
それで、此方側から見えるオーロラは全てだ。最後のオーロラを閉じれば、師匠の応援に回れる。
だがさすがに、このまま全て順調というわけにはいかなかったようだ。
「シッスル、新手よ!」
例によって、気付いたのはシェーナが早かった。
最後のオーロラから、黒い大きな塊が飛び出してきてこちらへ落下してくる。明らかに、今まであしらっていた鳥型の魔物とは異なるシルエットだ。
放物線を描きながら、“それ”が私達の正面に落ちる。衝撃で石の足場が砕け、姫墻が一部崩れた。
舞い上がる瓦礫と塵芥の中から現れたのは――
「貴様は……!」
赤黒い体皮、筋骨隆々の四肢、人間を遥かに凌ぐ巨体、剣のように研ぎ澄まされた爪牙、赤く光る眼。
西のダンジョンで遭遇した因縁の相手、デイアンさんを殺した魔族の悪鬼、オーガだった。
――グアァッ!
私達を視界に捉えたオーガが、獣のような雄叫びを上げてその鋭利な爪を突き付ける。まるで向こうも、ずっとこちらを捜していたような雰囲気を放っていた。
「ここで貴様と再び見えるのも、運命というのかもな。デイアン殿の無念が、宿敵を誘ってくれたのだろう」
シェーナは声を落とし、刀を抜き放った。私も彼女の脇を固めるように、短刀を手に執って構える。
目の前に立ち塞がる相手が、本当にあの時のオーガと同じ個体かどうかは分からない。しかしどっちだろうと、私達をすんなりとは通してくれないだろう。
ならば、戦うしかないのだ。
「シッスル、あいつの相手は私がやる」
しかし、どうあいつを突破しようかと頭を捻っていると、シェーナが思いがけないことを言ってきた。
「あなたは隙を見て、オーロラを塞いで。今一番優先すべきは、それよ」
「で、でもシェーナ……!」
オーガの強さは嫌と言うほど知っている。いくら聖術が魔物や魔族に有効だからとはいっても、シェーナひとりで討ち果たせる相手じゃない。それは彼女も分かっている。
その上でこんなことを言い出したのだ。私の理性も、彼女の言う通りにすべきだと訴えている。
それでも、口からは渋る言葉が出てきた。強敵を前に、親友を囮にすることに対する忌避感はどうしても拭えない。
「私なら大丈夫。以前の戦いで、あいつの動きは見た。今なら負ける気がしないわ。最低でも、あいつをシッスルに近付けさせないよう引き付けておくことは出来る」
オーガを見据える親友の横顔に、気負いは無い。シェーナは、本当にひとりでオーガを相手に出来る自信があるのだ。彼女の身体は、既に青色のオーラをまとい始めている。いつでも《スキル》を使える構えだ。
それを理解した時、私も静かに肚をくくる。一度大きく深呼吸して、肺の空気を入れ替えた。
「……分かった、シェーナ。すぐに済ませるから、それまでお願い」
シェーナは何も言わずただ微笑み、静かに頷いた。
隣で親友の息遣いを耳元にまとわせながら、私は駆け出すタイミングを計った。
オーガは、まだ動いていない。悪鬼の眼差しは私ではなく、明らかにシェーナの方を捉えていた。
彼女から立ち上る気迫を感じ取っているのか、向こうも迂闊には動けないでいるようだ。
両者の間に満ちる闘気は静かに、しかし確実に高まって空気を張り詰めさせる。はち切れんばかりに膨れ上がるお互いの戦意。僅かな刺激で、その潮は解き放たれるだろう。
そしてついに、その刺激が訪れる。
反対側、師匠の居る方向から強い衝撃音が轟き、私達とオーガの間に大きめの瓦礫が降ってくる。
「今よ、シッスル!」
親友の指示が飛ぶと同時に、私は石畳を蹴っていた。
――グルォ!
オーガが私の動きに反応し、僅かに姿勢を変える。
「させない!」
腰を浮かそうとしたところへ、シェーナが斬り込んだ。《スキル》の勢いを乗せた神速の一太刀。後の先を取る彼女の攻撃は、オーガが見せた微かな隙を見逃さなかった。
――ガゥッ!
繰り出された切っ先は、しかし刹那の差でオーガの肉体には届かず、かろうじて振り上げた爪がシェーナの斬撃を受け止める。
しかし、彼我の気迫には開きがあった。
「うおおおッ!!」
シェーナが気合いと共に刀を押し込むと、オーガは支えきれずに一歩身を引く。圧倒的な体格差がある相手を、胆力でシェーナが上回った。
そのまま彼女は二の太刀、三の太刀を振るい、全力の攻勢を仕掛ける。
最初の勢いで負けていたオーガは、どうしても踏みとどまれず守勢に徹するしかない。
そんな両者の攻防を尻目に、私は最後のオーロラ目掛けて疾駆する。
「シェーナ、頑張って……!」
親友の無事と勝利を願って密かに呟く。後はもう振り返らない。
私の目の前にはオーロラと、行く手を阻まんと迫ってくる黒い鳥型の魔物達があるばかりだった。
身体と意識が何処かに引っ張られるような感覚がしたのは、ほんの一瞬だった。
気付けば、目の前に遥か見上げるほどに大きな鐘が吊り下げられている。一瞬だけキョトンとした後、私は我に返ってその鐘をまじまじを見つめた。
「これが、【福音の鐘】……!」
とにかく、その巨大さにまず圧倒された。遠目では何度も見たが、近くで見るとその規格外の大きさが分かる。
先程のクリスタルなど目じゃないくらいのスケールを誇る、大きな大きな真鍮の鐘。上下左右を頑丈な枠組みで囲み、上にはアーチ状に曲がった極太な金属の梁が架けられている。
“鐘楼”と聴くと大抵イメージするであろう、ベル・コート式の建築構造になっているようだ。梁の真下に吊り下げられた鐘はこれひとつだけであり、他の鐘は見当たらない。
「この鐘ひとつで、本当にこの世界を存続させてきたんだね……」
感慨深い。【福音の鐘】を前にして、私はまず何よりも神々しさを覚えた。
「どうやって鳴らすんだろう、これ?」
仏教のお寺にある梵鐘みたいに、杵で突いて鳴らしていたりして――と、つい変な想像が働く。
「シッスル、あそこにサレナさんが!」
鐘に目を奪われていると、シェーナが袖を引っ張って私の意識を引き戻す。緊迫した空気が一気にのしかかってきて、私は瞬時に頭を切り替えた。
「師匠!」
黒いドレスに黒いとんがり帽子という魔女の装いに身を包んだ師匠が、空から飛来するあの黒い鳥型の魔物と戦っていた。
「加勢しましょう!」
シェーナの言葉に頷き、私達は急いで彼女の元へ駆け寄る。
どうやらこの鐘楼は、【福音の鐘】を吊るすベル・コートを広い足場で囲む構造となっているようだ。下に造られた礼拝堂に比べると遥かに狭い間取りだが、それでも縦横に掛けられる広さはある。
四面に壁は無く、代わりに落下を防ぐ姫墻があり上空は開けていた。
吹きさらしになった背景にはたくさんのオーロラが映り、そこから次々と魔物が湧き出ている。
魔物達は渦を描くように上空を旋回し、四方八方からいつでも襲い掛かれる態勢を整えていた。
さすがにこれを師匠ひとりで捌き切るのは無理だ。上ってきて正解だった。
「あら、あなた達!」
私とシェーナに気付いた師匠が、驚きで目を丸くする。
「師匠、助けに来ました!」
「バーンスピア様、我々も援護します!」
私とシェーナを見つめる師匠の眼差しが柔らかくなった。
「ふふっ、“お限り様”も粋な計らいをしてくれるわね。ここ一番って時に、戦いの場で師弟を再会させてくれるなんて」
「私も、もう会えないかもと思っていました。〈究極幻術〉の前に、師匠ともう一度会えて嬉しいです」
「素直ね、さすが私の可愛いシッスル。あなたとはゆっくり話したいところだけど、まずは此処を片付けなきゃね」
「はい! 絶対に【福音の鐘】を守りましょう!」
「良く言ったわ。シッスル、あなたとシェーナは反対側に行きなさい。やることは、分かっているわね?」
私は迷うことなく頷いた。
「向こうのオーロラは任せて下さい! 師匠はこちらをお願いします!」
「シッスルは必ず守ります! バーンスピア様、ご武運を!」
「あなた達なら大丈夫。こっちは気にせず、思い切りやりなさい」
そうして、私達は二手に分かれた。
ベル・コートの内部に入り込もうと高度を落としていた黒い鳥型の魔物が数体、早速こちらを捕捉して急降下してくる。それにつられて、雲霞のように渦を巻いていた他の魔物達もこちらに狙いを定めたようだ。
黒い雪崩が、私達を押し流さんと殺到してくる。
「任せて、シッスル!」
言うやいなや、シェーナはクリスタルをかざして聖術を起動させる。
「魔断斗氣!」
もうすっかりお馴染みになった、守護のオーラだ。
しかしシェーナが展開したのは私達の頭上から約90度に渡る半円形のオーラで、腰から下には力が届いていない。出力を絞っているのだ。そのお陰で、オーラを展開しつつ走り続けることが可能となる。
シェーナが傘のようにかざした守護のオーラに阻まれ、黒い鳥型の魔物は私達に近づくことが出来ない。
大量の魔物によって形作られた黒い雪崩は、シェーナの聖術に弾き返されて再び八方へと散らばった。
上からの空襲を防いだ私達は、そのまま最初のオーロラに向かって直進する。
「うん、此処からなら狙える! シェーナ、しばらくそのままでお願い!」
「分かったわ! シッスル、敵は気にせずしっかりやりなさい!」
シェーナの激励を受けて、私は射程内に捉えたオーロラに向かって呪文を唱えた。
「幻よ、我が命に従い霧散せよ! ――“破幻”!」
呪文と同時に、幻を打ち破る魔法の光が放たれる。狙いと寸分違わず、それはオーロラのど真ん中を貫いた。
「やった!」
着弾地点から解けるように消えてゆくオーロラを目視して、私は歓喜の声を上げた。
「その調子! 次に行くわよ!」
「うん! 引き続き、ガードよろしくねシェーナ!」
敵の侵攻拠点のひとつを潰した私達は、すぐさま次のオーロラを目指して移動する。
二つ目のそれは、最初のひとつからあまり離れていない。私とシェーナは難なく狙撃地点までたどり着き、さっきと同じように“破幻”の光で二つ目のオーロラも消滅させた。
三つ目も同様だった。オーロラが次々と閉じられたことで、魔物の動きが目に見えて鈍り始める。自分達の出入り口を塞がれたことで、向こうにも動揺が走っているのかも知れない。
「あとひとつ!」
それで、此方側から見えるオーロラは全てだ。最後のオーロラを閉じれば、師匠の応援に回れる。
だがさすがに、このまま全て順調というわけにはいかなかったようだ。
「シッスル、新手よ!」
例によって、気付いたのはシェーナが早かった。
最後のオーロラから、黒い大きな塊が飛び出してきてこちらへ落下してくる。明らかに、今まであしらっていた鳥型の魔物とは異なるシルエットだ。
放物線を描きながら、“それ”が私達の正面に落ちる。衝撃で石の足場が砕け、姫墻が一部崩れた。
舞い上がる瓦礫と塵芥の中から現れたのは――
「貴様は……!」
赤黒い体皮、筋骨隆々の四肢、人間を遥かに凌ぐ巨体、剣のように研ぎ澄まされた爪牙、赤く光る眼。
西のダンジョンで遭遇した因縁の相手、デイアンさんを殺した魔族の悪鬼、オーガだった。
――グアァッ!
私達を視界に捉えたオーガが、獣のような雄叫びを上げてその鋭利な爪を突き付ける。まるで向こうも、ずっとこちらを捜していたような雰囲気を放っていた。
「ここで貴様と再び見えるのも、運命というのかもな。デイアン殿の無念が、宿敵を誘ってくれたのだろう」
シェーナは声を落とし、刀を抜き放った。私も彼女の脇を固めるように、短刀を手に執って構える。
目の前に立ち塞がる相手が、本当にあの時のオーガと同じ個体かどうかは分からない。しかしどっちだろうと、私達をすんなりとは通してくれないだろう。
ならば、戦うしかないのだ。
「シッスル、あいつの相手は私がやる」
しかし、どうあいつを突破しようかと頭を捻っていると、シェーナが思いがけないことを言ってきた。
「あなたは隙を見て、オーロラを塞いで。今一番優先すべきは、それよ」
「で、でもシェーナ……!」
オーガの強さは嫌と言うほど知っている。いくら聖術が魔物や魔族に有効だからとはいっても、シェーナひとりで討ち果たせる相手じゃない。それは彼女も分かっている。
その上でこんなことを言い出したのだ。私の理性も、彼女の言う通りにすべきだと訴えている。
それでも、口からは渋る言葉が出てきた。強敵を前に、親友を囮にすることに対する忌避感はどうしても拭えない。
「私なら大丈夫。以前の戦いで、あいつの動きは見た。今なら負ける気がしないわ。最低でも、あいつをシッスルに近付けさせないよう引き付けておくことは出来る」
オーガを見据える親友の横顔に、気負いは無い。シェーナは、本当にひとりでオーガを相手に出来る自信があるのだ。彼女の身体は、既に青色のオーラをまとい始めている。いつでも《スキル》を使える構えだ。
それを理解した時、私も静かに肚をくくる。一度大きく深呼吸して、肺の空気を入れ替えた。
「……分かった、シェーナ。すぐに済ませるから、それまでお願い」
シェーナは何も言わずただ微笑み、静かに頷いた。
隣で親友の息遣いを耳元にまとわせながら、私は駆け出すタイミングを計った。
オーガは、まだ動いていない。悪鬼の眼差しは私ではなく、明らかにシェーナの方を捉えていた。
彼女から立ち上る気迫を感じ取っているのか、向こうも迂闊には動けないでいるようだ。
両者の間に満ちる闘気は静かに、しかし確実に高まって空気を張り詰めさせる。はち切れんばかりに膨れ上がるお互いの戦意。僅かな刺激で、その潮は解き放たれるだろう。
そしてついに、その刺激が訪れる。
反対側、師匠の居る方向から強い衝撃音が轟き、私達とオーガの間に大きめの瓦礫が降ってくる。
「今よ、シッスル!」
親友の指示が飛ぶと同時に、私は石畳を蹴っていた。
――グルォ!
オーガが私の動きに反応し、僅かに姿勢を変える。
「させない!」
腰を浮かそうとしたところへ、シェーナが斬り込んだ。《スキル》の勢いを乗せた神速の一太刀。後の先を取る彼女の攻撃は、オーガが見せた微かな隙を見逃さなかった。
――ガゥッ!
繰り出された切っ先は、しかし刹那の差でオーガの肉体には届かず、かろうじて振り上げた爪がシェーナの斬撃を受け止める。
しかし、彼我の気迫には開きがあった。
「うおおおッ!!」
シェーナが気合いと共に刀を押し込むと、オーガは支えきれずに一歩身を引く。圧倒的な体格差がある相手を、胆力でシェーナが上回った。
そのまま彼女は二の太刀、三の太刀を振るい、全力の攻勢を仕掛ける。
最初の勢いで負けていたオーガは、どうしても踏みとどまれず守勢に徹するしかない。
そんな両者の攻防を尻目に、私は最後のオーロラ目掛けて疾駆する。
「シェーナ、頑張って……!」
親友の無事と勝利を願って密かに呟く。後はもう振り返らない。
私の目の前にはオーロラと、行く手を阻まんと迫ってくる黒い鳥型の魔物達があるばかりだった。
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