独立不羈の幻術士

ムルコラカ

文字の大きさ
64 / 68
第三章

第六十話 宿敵との決戦

しおりを挟む
「光よ、我が分け身を象り現せ! ――“幻体”!」

 行く手を阻まんと上空に展開する黒い鳥型の魔物に、私は魔力を宿した短刀をかざした。

 刀身が光り、魔物達を包む。それと同時に、私の周囲に私とまったく同じ姿をした幻が複数体出現した。

 《黒犬ブラック・ドッグ》の応用版、今度は私自身の分身だ。これで敵を撹乱する。

「さあ、本物が見分けられる!?」

 放射状に広がるように、“私達”は分かれた。

 黒い鳥型の魔物達は明らかに戸惑っている様子だ。分散した“私達”を見比べ、誰を狙うか咄嗟には決めかねている。

 そのうち痺れを切らした一体が一番近くに来ていた“私”に首部こうべを巡らすと、ままよと言わんばかりに突進した。それを見て、他の個体もめいめいに標的を定めて急降下していく。

 “私達”に、それを回避する運動能力は無い。たちまち複数に追いつかれ、その鋭利な鉤爪や嘴の餌食となってゆく。

 時をおかず、全ての“私”が黒い鳥型の魔物に取り囲まれた。

 ――よし、今だ!

 機が熟したとみて、私は伏せていた身体を起こして直進する。

 そう、さっき放った“私達”は全て分身。本物の私は動かず、その場で姿勢を低くして敵の意識から逃れでた。そして、分散させた囮に敵の大多数が食い付くまで待っていたのだ。

 敵の意識の裏をかけ――。師匠から叩き込まれた、幻術士の基本のひとつ。

 この局面で思い出すのは、やっぱり恩師の教えだった。今や殆どの敵が私の分身に群がり、オーロラまでの道はがら空きも同然になっている。

「私はもう立ち止まらないって決めたの! こんなところで、それを反故にしてたまるものか!」

 二つに割れた黒い波の真ん中を一気に駆け抜け、私は言葉もろとも“破幻”の呪文をオーロラに叩き付ける。

 最後のオーロラが、呆気なく雲散霧消した。

 進軍経路を断たれてこれ以上の後続を得られなくなったと察したのだろう、空の魔物達が明らかに動揺した様子を見せる。

 流れるようだった飛行の軌道も、コウモリの羽ばたきのように不規則になり歪んだ線を描きながら大鐘楼の周りを巡っている。統制なんて、最早望むべくもない。

「シェーナ……!」

 潰乱状態に陥った黒い鳥達から目を離し、親友の安否を確認する。

 ……無事だった! シェーナは未だ縦横に刀を振るい、オーガを圧倒している。彼女の優勢に陰りは見えない。

 絶好のチャンスだ。私達の宿敵は、自身の劣勢を覆す切っ掛けを掴めないでいるが、シェーナの方もあと一手が足りていない。

 加勢しなくては。オーガに立て直す隙を与えず、一気に討ち取らなくては。この機を逃せば、きっと逆転されてやられるのは私達の方になる。それだけは絶対にダメだ。

 前回の失敗が思い起こされる。あの時は、私がしくじった所為でシェーナはオーガを討ち漏らした。出しゃばった私の報いを、デイアンさんが受けた。同じ失敗を、今度もするわけにはいかない。

 確実に、シェーナの援護となり得る一手を放たなければ。

 両者が鎬を削る修羅場へ足を進めながら、私は慎重に考えを巡らす。

 だが、戦いの均衡が崩れる機会は、私の介入とは異なる形で現れた。

 シェーナが激しく繰り出す斬撃をとうとう受け流し損ね、オーガの体勢が後ろに大きく傾いたのだ。

「もらった――!」

 誘いではない。離れて見ていた私にも、オーガがバランスを崩したのは演技とは思えなかった。ましてや、正面から対峙しているシェーナならその虚実を正確に量れただろう。

 迷いなく、シェーナは手首を返して振り抜いた刃を反転させ、がら空きになったオーガの身体に再度の斬撃を仕掛けた。

 それを本能で避けようとしたのか、それとも崩れた体勢を反射的に立て直そうとしたのか、オーガは後ろに大きく足を踏み出し、石畳を叩いた。

 そして、信じられないことが起こる。

 踏み出されたオーガの足は石畳を砕き、破片が勢いよく飛び散ったのだ。

「あっ――!?」

 微小な礫が、シェーナの意識の外から彼女を襲う。予想外のことで咄嗟に対応出来なかったシェーナは、顔面に多量の礫を浴びて思わず目を瞑った。

 そして彼女が怯んだ分、繰り出された刀もその鋭さを失う。

 彼女の刃は、僅かにオーガに届かなかった。

 石畳を砕いたことで、オーガの体勢も更に崩れていた。だがそれが、逆に自らの危機を救う形となったのだ。のけぞったオーガの胸先を、刀の切っ先が虚しく掠めるのが私にも見えた。

 チャンスだったのが一転してピンチへ。態勢を立て直したのは、オーガの方が早かった。

 引き締まった腕の筋肉が縮小する。腰をかがめて腰元に引き戻されたオーガの腕が、その先に連なる鋭利な牙爪がそうが、目元を抑えてふらつくシェーナに今にも突き出されんとしていた。

「させない!」

 無意識だった。喉を震わせる絶叫を上げたのも、それに合わせて宙を薙ぐように腕を振ったのも、完全に無心の内の行動だった。

 気付けば、私はいつの間にか握り締めていた緋色の粉をオーガに向かって投げつけていたのだ。

「粉よ、敵の目を眩ませ! ――“幻爆ミラージュ・エクスプロード”!」

 私の唇が、続く言葉を送り出す。途端に、私の放った緋色の粉が一斉に火を吹いた。


 ――グカッ!?


 自分の周囲で同時に弾ける無数の火花。瞬間的に生まれた光と熱で、オーガはたまらず怯んだ。シェーナがそうしていたのと同じように、目をかばうように手で目元を覆い、衝撃から逃れようと身体を揺らす。

 もちろん、その光も熱も幻だ。だが完全に私を意識から外していたオーガに、その真偽が見極められる筈もない。

 結果として、それは大きな隙となった。

「今よ、シェーナ!」

 私が促した時には、既にシェーナは刀を構え直していた。

「たあッ!」

 両足をしっかりと開き、全ての体重を乗せて放たれた必殺の一撃。それは今度こそ、憎き仇敵をその間合いに捉えた。

 刀身が袈裟に一閃し、反射した光の軌跡が闇を斬る。一瞬の間――。

 誰もが呼吸を忘れたような刹那の静寂の後、オーガの胸元がぱっくりと割れ、そこから勢いよく血が吹き出した。


 ――ヴヴッ……!


 低く、くぐもったような呻きを漏らし、オーガが傷口を抑えてたたらを踏む。対してシェーナは刀を正眼につけて、泰然と残心を示していた。

「やった……!」

 勝負ありだ。シェーナはとうとう、強大な魔族の鬼をその手で下した。過去に辛酸を舐めさせられた敵に、ようやく勝利したのだ。

 これでデイアンさんも浮かばれる。私達は、ようやくあの時の失敗を清算することが出来る。

 今こそ、全てのけじめをつける時だ。

「シェーナ、早くとどめを!」

 最後の始末を促す私にシェーナは軽く頷きを返し、改めて刀を構え直しながらオーガへと近づく。その様子に、微塵も油断は見られない。

 オーガは未だに斬られた自分の胸元を手で抑えてうずくまっている。項垂れ肩を震わせているその姿は、既に戦意喪失したようにも見受けられるが最後まで気は抜けない。手負いの獣が一番恐ろしいのだ。

 シェーナが不意を衝かれないよう、私は注意深くオーガの様子を窺った。

「ん……?」

 ふと、胸の傷口を抑えているオーガの手が気になった。とめどなく流れる血の所為で真っ赤に染まっているが、どうもそれだけじゃなさそうに思える。

 シェーナがクリスタルを刀身に這わせ、聖なる力のエンチャントを施す。確実に魔族の息の根を止めるには、やはり聖術が必要ということだ。白く輝く刀身に照らされて、俯いたオーガの表情が見える。

 ……その口元は、薄く吊り上がっていた。

「――っ! シェーナ、気を付けて!」

 私が叫んだのと同時に、オーガが伏せていた顔を一気に跳ね上げる。

 そして、まるで居合抜きでもするかのように、血に塗れた手を大きく振り抜いた。

「なっ!?」

 偃月を描いて薙ぎ払われたオーガの腕。そこに付着していた、瑞々しい鮮血が飛沫となって放たれる。

 シェーナは咄嗟に刀を持ち上げてそれを防ごうとした。苦し紛れの目潰しなら、それで難なく捌ける筈だった。

 が、そこでまさかの誤算が起こる。

 飛来するオーガの血液に当たったシェーナのサーコートと白いマントが、すっぱりと裂けたのだ。

 いくつかの血潮は刀で受け止めたものの、カキンカキンとまるで手裏剣でも叩き落としているかのような金属音が鳴った。防げなかった血によってズタズタにされたサーコートの下から、チェインメイルがあらわになる。

「血の、刃……!?」

 私は愕然とした。オーガは、奥の手を隠していたのだ。

 エルフの《スキル》みたいな特殊技能なのか、それとも魔法なのかは分からないが、とにかくあのオーガは、流れ出た自分の血を武器として使える。追い詰めたと思ったのは甘かった。

 予想外の攻撃に晒されたシェーナが、たまらず一歩下がる。

 それを待っていたかのように、今度はオーガの方が攻勢に出た。自分の血に染まった腕を下段に構え、シェーナとの距離を一気に詰める。

「シェーナ、危ない!」

「大丈夫よ、こいつの間合いは――」

「違う、手を見て!」

 私の声に従って目線を下げたシェーナがはっとする。

 オーガの爪は、さっきまでより一回りくらい長く伸びていた。

 あれは、血だ。オーガから目を離せなかった私には分かる。さっきは散弾銃のように飛ばしてきた血を、今度は瞬間的に凝固させて爪の周りにコーティングしたのだ。

 突然広がった敵の間合いに、シェーナは完全に虚を衝かれた。

「くっ――!?」

 慌てて身を引くが、間に合わない。固まった血をまとわせたオーガの爪が下段から斜めへ跳ね上げられ、その切っ先がシェーナの胸元に届く。

 サーコートが破れても最後まで彼女を守っていた、最後の砦であるチェインメイルの鋼線がちぎれる。

「きゃあっ!?」

 シェーナの悲鳴、それと一緒に吹き出る彼女の血潮。

 赤い。水面に石を思い切り投げ込んだ時みたいに、赤い雫が辺りに吹き上がる。しかも――

「うっ!?」

 飛び出た血の塊が、下段から放たれた攻撃の勢いに乗ってシェーナの目元に当たった。一撃をまともに浴びただけでなく視界まで塞がれ、彼女は耐えきれずに足を折って顔を伏せる。

 それは、前の前の脅威から完全に注意を外す自殺行為。その隙を、オーガが見逃す筈が無い。


 ――グラァァァ!!


 報復の燃える鬼の咆哮が轟く。振り上げられた赤い爪が、再びシェーナを斬り裂かんとする。

 ……それは、ダメだ。そんなことはさせない!

「うわああああッ!!」

 私は肚の底から大声を出し、オーガに向かって短刀を投げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

処理中です...