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第三章
第六十話 宿敵との決戦
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「光よ、我が分け身を象り現せ! ――“幻体”!」
行く手を阻まんと上空に展開する黒い鳥型の魔物に、私は魔力を宿した短刀をかざした。
刀身が光り、魔物達を包む。それと同時に、私の周囲に私とまったく同じ姿をした幻が複数体出現した。
《黒犬》の応用版、今度は私自身の分身だ。これで敵を撹乱する。
「さあ、本物が見分けられる!?」
放射状に広がるように、“私達”は分かれた。
黒い鳥型の魔物達は明らかに戸惑っている様子だ。分散した“私達”を見比べ、誰を狙うか咄嗟には決めかねている。
そのうち痺れを切らした一体が一番近くに来ていた“私”に首部を巡らすと、ままよと言わんばかりに突進した。それを見て、他の個体もめいめいに標的を定めて急降下していく。
“私達”に、それを回避する運動能力は無い。たちまち複数に追いつかれ、その鋭利な鉤爪や嘴の餌食となってゆく。
時をおかず、全ての“私”が黒い鳥型の魔物に取り囲まれた。
――よし、今だ!
機が熟したとみて、私は伏せていた身体を起こして直進する。
そう、さっき放った“私達”は全て分身。本物の私は動かず、その場で姿勢を低くして敵の意識から逃れでた。そして、分散させた囮に敵の大多数が食い付くまで待っていたのだ。
敵の意識の裏をかけ――。師匠から叩き込まれた、幻術士の基本のひとつ。
この局面で思い出すのは、やっぱり恩師の教えだった。今や殆どの敵が私の分身に群がり、オーロラまでの道はがら空きも同然になっている。
「私はもう立ち止まらないって決めたの! こんなところで、それを反故にしてたまるものか!」
二つに割れた黒い波の真ん中を一気に駆け抜け、私は言葉もろとも“破幻”の呪文をオーロラに叩き付ける。
最後のオーロラが、呆気なく雲散霧消した。
進軍経路を断たれてこれ以上の後続を得られなくなったと察したのだろう、空の魔物達が明らかに動揺した様子を見せる。
流れるようだった飛行の軌道も、コウモリの羽ばたきのように不規則になり歪んだ線を描きながら大鐘楼の周りを巡っている。統制なんて、最早望むべくもない。
「シェーナ……!」
潰乱状態に陥った黒い鳥達から目を離し、親友の安否を確認する。
……無事だった! シェーナは未だ縦横に刀を振るい、オーガを圧倒している。彼女の優勢に陰りは見えない。
絶好のチャンスだ。私達の宿敵は、自身の劣勢を覆す切っ掛けを掴めないでいるが、シェーナの方もあと一手が足りていない。
加勢しなくては。オーガに立て直す隙を与えず、一気に討ち取らなくては。この機を逃せば、きっと逆転されてやられるのは私達の方になる。それだけは絶対にダメだ。
前回の失敗が思い起こされる。あの時は、私がしくじった所為でシェーナはオーガを討ち漏らした。出しゃばった私の報いを、デイアンさんが受けた。同じ失敗を、今度もするわけにはいかない。
確実に、シェーナの援護となり得る一手を放たなければ。
両者が鎬を削る修羅場へ足を進めながら、私は慎重に考えを巡らす。
だが、戦いの均衡が崩れる機会は、私の介入とは異なる形で現れた。
シェーナが激しく繰り出す斬撃をとうとう受け流し損ね、オーガの体勢が後ろに大きく傾いたのだ。
「もらった――!」
誘いではない。離れて見ていた私にも、オーガがバランスを崩したのは演技とは思えなかった。ましてや、正面から対峙しているシェーナならその虚実を正確に量れただろう。
迷いなく、シェーナは手首を返して振り抜いた刃を反転させ、がら空きになったオーガの身体に再度の斬撃を仕掛けた。
それを本能で避けようとしたのか、それとも崩れた体勢を反射的に立て直そうとしたのか、オーガは後ろに大きく足を踏み出し、石畳を叩いた。
そして、信じられないことが起こる。
踏み出されたオーガの足は石畳を砕き、破片が勢いよく飛び散ったのだ。
「あっ――!?」
微小な礫が、シェーナの意識の外から彼女を襲う。予想外のことで咄嗟に対応出来なかったシェーナは、顔面に多量の礫を浴びて思わず目を瞑った。
そして彼女が怯んだ分、繰り出された刀もその鋭さを失う。
彼女の刃は、僅かにオーガに届かなかった。
石畳を砕いたことで、オーガの体勢も更に崩れていた。だがそれが、逆に自らの危機を救う形となったのだ。のけぞったオーガの胸先を、刀の切っ先が虚しく掠めるのが私にも見えた。
チャンスだったのが一転してピンチへ。態勢を立て直したのは、オーガの方が早かった。
引き締まった腕の筋肉が縮小する。腰をかがめて腰元に引き戻されたオーガの腕が、その先に連なる鋭利な牙爪が、目元を抑えてふらつくシェーナに今にも突き出されんとしていた。
「させない!」
無意識だった。喉を震わせる絶叫を上げたのも、それに合わせて宙を薙ぐように腕を振ったのも、完全に無心の内の行動だった。
気付けば、私はいつの間にか握り締めていた緋色の粉をオーガに向かって投げつけていたのだ。
「粉よ、敵の目を眩ませ! ――“幻爆”!」
私の唇が、続く言葉を送り出す。途端に、私の放った緋色の粉が一斉に火を吹いた。
――グカッ!?
自分の周囲で同時に弾ける無数の火花。瞬間的に生まれた光と熱で、オーガはたまらず怯んだ。シェーナがそうしていたのと同じように、目をかばうように手で目元を覆い、衝撃から逃れようと身体を揺らす。
もちろん、その光も熱も幻だ。だが完全に私を意識から外していたオーガに、その真偽が見極められる筈もない。
結果として、それは大きな隙となった。
「今よ、シェーナ!」
私が促した時には、既にシェーナは刀を構え直していた。
「たあッ!」
両足をしっかりと開き、全ての体重を乗せて放たれた必殺の一撃。それは今度こそ、憎き仇敵をその間合いに捉えた。
刀身が袈裟に一閃し、反射した光の軌跡が闇を斬る。一瞬の間――。
誰もが呼吸を忘れたような刹那の静寂の後、オーガの胸元がぱっくりと割れ、そこから勢いよく血が吹き出した。
――ヴヴッ……!
低く、くぐもったような呻きを漏らし、オーガが傷口を抑えてたたらを踏む。対してシェーナは刀を正眼につけて、泰然と残心を示していた。
「やった……!」
勝負ありだ。シェーナはとうとう、強大な魔族の鬼をその手で下した。過去に辛酸を舐めさせられた敵に、ようやく勝利したのだ。
これでデイアンさんも浮かばれる。私達は、ようやくあの時の失敗を清算することが出来る。
今こそ、全てのけじめをつける時だ。
「シェーナ、早くとどめを!」
最後の始末を促す私にシェーナは軽く頷きを返し、改めて刀を構え直しながらオーガへと近づく。その様子に、微塵も油断は見られない。
オーガは未だに斬られた自分の胸元を手で抑えてうずくまっている。項垂れ肩を震わせているその姿は、既に戦意喪失したようにも見受けられるが最後まで気は抜けない。手負いの獣が一番恐ろしいのだ。
シェーナが不意を衝かれないよう、私は注意深くオーガの様子を窺った。
「ん……?」
ふと、胸の傷口を抑えているオーガの手が気になった。とめどなく流れる血の所為で真っ赤に染まっているが、どうもそれだけじゃなさそうに思える。
シェーナがクリスタルを刀身に這わせ、聖なる力のエンチャントを施す。確実に魔族の息の根を止めるには、やはり聖術が必要ということだ。白く輝く刀身に照らされて、俯いたオーガの表情が見える。
……その口元は、薄く吊り上がっていた。
「――っ! シェーナ、気を付けて!」
私が叫んだのと同時に、オーガが伏せていた顔を一気に跳ね上げる。
そして、まるで居合抜きでもするかのように、血に塗れた手を大きく振り抜いた。
「なっ!?」
偃月を描いて薙ぎ払われたオーガの腕。そこに付着していた、瑞々しい鮮血が飛沫となって放たれる。
シェーナは咄嗟に刀を持ち上げてそれを防ごうとした。苦し紛れの目潰しなら、それで難なく捌ける筈だった。
が、そこでまさかの誤算が起こる。
飛来するオーガの血液に当たったシェーナのサーコートと白いマントが、すっぱりと裂けたのだ。
いくつかの血潮は刀で受け止めたものの、カキンカキンとまるで手裏剣でも叩き落としているかのような金属音が鳴った。防げなかった血によってズタズタにされたサーコートの下から、チェインメイルがあらわになる。
「血の、刃……!?」
私は愕然とした。オーガは、奥の手を隠していたのだ。
エルフの《スキル》みたいな特殊技能なのか、それとも魔法なのかは分からないが、とにかくあのオーガは、流れ出た自分の血を武器として使える。追い詰めたと思ったのは甘かった。
予想外の攻撃に晒されたシェーナが、たまらず一歩下がる。
それを待っていたかのように、今度はオーガの方が攻勢に出た。自分の血に染まった腕を下段に構え、シェーナとの距離を一気に詰める。
「シェーナ、危ない!」
「大丈夫よ、こいつの間合いは――」
「違う、手を見て!」
私の声に従って目線を下げたシェーナがはっとする。
オーガの爪は、さっきまでより一回りくらい長く伸びていた。
あれは、血だ。オーガから目を離せなかった私には分かる。さっきは散弾銃のように飛ばしてきた血を、今度は瞬間的に凝固させて爪の周りにコーティングしたのだ。
突然広がった敵の間合いに、シェーナは完全に虚を衝かれた。
「くっ――!?」
慌てて身を引くが、間に合わない。固まった血をまとわせたオーガの爪が下段から斜めへ跳ね上げられ、その切っ先がシェーナの胸元に届く。
サーコートが破れても最後まで彼女を守っていた、最後の砦であるチェインメイルの鋼線がちぎれる。
「きゃあっ!?」
シェーナの悲鳴、それと一緒に吹き出る彼女の血潮。
赤い。水面に石を思い切り投げ込んだ時みたいに、赤い雫が辺りに吹き上がる。しかも――
「うっ!?」
飛び出た血の塊が、下段から放たれた攻撃の勢いに乗ってシェーナの目元に当たった。一撃をまともに浴びただけでなく視界まで塞がれ、彼女は耐えきれずに足を折って顔を伏せる。
それは、前の前の脅威から完全に注意を外す自殺行為。その隙を、オーガが見逃す筈が無い。
――グラァァァ!!
報復の燃える鬼の咆哮が轟く。振り上げられた赤い爪が、再びシェーナを斬り裂かんとする。
……それは、ダメだ。そんなことはさせない!
「うわああああッ!!」
私は肚の底から大声を出し、オーガに向かって短刀を投げた。
行く手を阻まんと上空に展開する黒い鳥型の魔物に、私は魔力を宿した短刀をかざした。
刀身が光り、魔物達を包む。それと同時に、私の周囲に私とまったく同じ姿をした幻が複数体出現した。
《黒犬》の応用版、今度は私自身の分身だ。これで敵を撹乱する。
「さあ、本物が見分けられる!?」
放射状に広がるように、“私達”は分かれた。
黒い鳥型の魔物達は明らかに戸惑っている様子だ。分散した“私達”を見比べ、誰を狙うか咄嗟には決めかねている。
そのうち痺れを切らした一体が一番近くに来ていた“私”に首部を巡らすと、ままよと言わんばかりに突進した。それを見て、他の個体もめいめいに標的を定めて急降下していく。
“私達”に、それを回避する運動能力は無い。たちまち複数に追いつかれ、その鋭利な鉤爪や嘴の餌食となってゆく。
時をおかず、全ての“私”が黒い鳥型の魔物に取り囲まれた。
――よし、今だ!
機が熟したとみて、私は伏せていた身体を起こして直進する。
そう、さっき放った“私達”は全て分身。本物の私は動かず、その場で姿勢を低くして敵の意識から逃れでた。そして、分散させた囮に敵の大多数が食い付くまで待っていたのだ。
敵の意識の裏をかけ――。師匠から叩き込まれた、幻術士の基本のひとつ。
この局面で思い出すのは、やっぱり恩師の教えだった。今や殆どの敵が私の分身に群がり、オーロラまでの道はがら空きも同然になっている。
「私はもう立ち止まらないって決めたの! こんなところで、それを反故にしてたまるものか!」
二つに割れた黒い波の真ん中を一気に駆け抜け、私は言葉もろとも“破幻”の呪文をオーロラに叩き付ける。
最後のオーロラが、呆気なく雲散霧消した。
進軍経路を断たれてこれ以上の後続を得られなくなったと察したのだろう、空の魔物達が明らかに動揺した様子を見せる。
流れるようだった飛行の軌道も、コウモリの羽ばたきのように不規則になり歪んだ線を描きながら大鐘楼の周りを巡っている。統制なんて、最早望むべくもない。
「シェーナ……!」
潰乱状態に陥った黒い鳥達から目を離し、親友の安否を確認する。
……無事だった! シェーナは未だ縦横に刀を振るい、オーガを圧倒している。彼女の優勢に陰りは見えない。
絶好のチャンスだ。私達の宿敵は、自身の劣勢を覆す切っ掛けを掴めないでいるが、シェーナの方もあと一手が足りていない。
加勢しなくては。オーガに立て直す隙を与えず、一気に討ち取らなくては。この機を逃せば、きっと逆転されてやられるのは私達の方になる。それだけは絶対にダメだ。
前回の失敗が思い起こされる。あの時は、私がしくじった所為でシェーナはオーガを討ち漏らした。出しゃばった私の報いを、デイアンさんが受けた。同じ失敗を、今度もするわけにはいかない。
確実に、シェーナの援護となり得る一手を放たなければ。
両者が鎬を削る修羅場へ足を進めながら、私は慎重に考えを巡らす。
だが、戦いの均衡が崩れる機会は、私の介入とは異なる形で現れた。
シェーナが激しく繰り出す斬撃をとうとう受け流し損ね、オーガの体勢が後ろに大きく傾いたのだ。
「もらった――!」
誘いではない。離れて見ていた私にも、オーガがバランスを崩したのは演技とは思えなかった。ましてや、正面から対峙しているシェーナならその虚実を正確に量れただろう。
迷いなく、シェーナは手首を返して振り抜いた刃を反転させ、がら空きになったオーガの身体に再度の斬撃を仕掛けた。
それを本能で避けようとしたのか、それとも崩れた体勢を反射的に立て直そうとしたのか、オーガは後ろに大きく足を踏み出し、石畳を叩いた。
そして、信じられないことが起こる。
踏み出されたオーガの足は石畳を砕き、破片が勢いよく飛び散ったのだ。
「あっ――!?」
微小な礫が、シェーナの意識の外から彼女を襲う。予想外のことで咄嗟に対応出来なかったシェーナは、顔面に多量の礫を浴びて思わず目を瞑った。
そして彼女が怯んだ分、繰り出された刀もその鋭さを失う。
彼女の刃は、僅かにオーガに届かなかった。
石畳を砕いたことで、オーガの体勢も更に崩れていた。だがそれが、逆に自らの危機を救う形となったのだ。のけぞったオーガの胸先を、刀の切っ先が虚しく掠めるのが私にも見えた。
チャンスだったのが一転してピンチへ。態勢を立て直したのは、オーガの方が早かった。
引き締まった腕の筋肉が縮小する。腰をかがめて腰元に引き戻されたオーガの腕が、その先に連なる鋭利な牙爪が、目元を抑えてふらつくシェーナに今にも突き出されんとしていた。
「させない!」
無意識だった。喉を震わせる絶叫を上げたのも、それに合わせて宙を薙ぐように腕を振ったのも、完全に無心の内の行動だった。
気付けば、私はいつの間にか握り締めていた緋色の粉をオーガに向かって投げつけていたのだ。
「粉よ、敵の目を眩ませ! ――“幻爆”!」
私の唇が、続く言葉を送り出す。途端に、私の放った緋色の粉が一斉に火を吹いた。
――グカッ!?
自分の周囲で同時に弾ける無数の火花。瞬間的に生まれた光と熱で、オーガはたまらず怯んだ。シェーナがそうしていたのと同じように、目をかばうように手で目元を覆い、衝撃から逃れようと身体を揺らす。
もちろん、その光も熱も幻だ。だが完全に私を意識から外していたオーガに、その真偽が見極められる筈もない。
結果として、それは大きな隙となった。
「今よ、シェーナ!」
私が促した時には、既にシェーナは刀を構え直していた。
「たあッ!」
両足をしっかりと開き、全ての体重を乗せて放たれた必殺の一撃。それは今度こそ、憎き仇敵をその間合いに捉えた。
刀身が袈裟に一閃し、反射した光の軌跡が闇を斬る。一瞬の間――。
誰もが呼吸を忘れたような刹那の静寂の後、オーガの胸元がぱっくりと割れ、そこから勢いよく血が吹き出した。
――ヴヴッ……!
低く、くぐもったような呻きを漏らし、オーガが傷口を抑えてたたらを踏む。対してシェーナは刀を正眼につけて、泰然と残心を示していた。
「やった……!」
勝負ありだ。シェーナはとうとう、強大な魔族の鬼をその手で下した。過去に辛酸を舐めさせられた敵に、ようやく勝利したのだ。
これでデイアンさんも浮かばれる。私達は、ようやくあの時の失敗を清算することが出来る。
今こそ、全てのけじめをつける時だ。
「シェーナ、早くとどめを!」
最後の始末を促す私にシェーナは軽く頷きを返し、改めて刀を構え直しながらオーガへと近づく。その様子に、微塵も油断は見られない。
オーガは未だに斬られた自分の胸元を手で抑えてうずくまっている。項垂れ肩を震わせているその姿は、既に戦意喪失したようにも見受けられるが最後まで気は抜けない。手負いの獣が一番恐ろしいのだ。
シェーナが不意を衝かれないよう、私は注意深くオーガの様子を窺った。
「ん……?」
ふと、胸の傷口を抑えているオーガの手が気になった。とめどなく流れる血の所為で真っ赤に染まっているが、どうもそれだけじゃなさそうに思える。
シェーナがクリスタルを刀身に這わせ、聖なる力のエンチャントを施す。確実に魔族の息の根を止めるには、やはり聖術が必要ということだ。白く輝く刀身に照らされて、俯いたオーガの表情が見える。
……その口元は、薄く吊り上がっていた。
「――っ! シェーナ、気を付けて!」
私が叫んだのと同時に、オーガが伏せていた顔を一気に跳ね上げる。
そして、まるで居合抜きでもするかのように、血に塗れた手を大きく振り抜いた。
「なっ!?」
偃月を描いて薙ぎ払われたオーガの腕。そこに付着していた、瑞々しい鮮血が飛沫となって放たれる。
シェーナは咄嗟に刀を持ち上げてそれを防ごうとした。苦し紛れの目潰しなら、それで難なく捌ける筈だった。
が、そこでまさかの誤算が起こる。
飛来するオーガの血液に当たったシェーナのサーコートと白いマントが、すっぱりと裂けたのだ。
いくつかの血潮は刀で受け止めたものの、カキンカキンとまるで手裏剣でも叩き落としているかのような金属音が鳴った。防げなかった血によってズタズタにされたサーコートの下から、チェインメイルがあらわになる。
「血の、刃……!?」
私は愕然とした。オーガは、奥の手を隠していたのだ。
エルフの《スキル》みたいな特殊技能なのか、それとも魔法なのかは分からないが、とにかくあのオーガは、流れ出た自分の血を武器として使える。追い詰めたと思ったのは甘かった。
予想外の攻撃に晒されたシェーナが、たまらず一歩下がる。
それを待っていたかのように、今度はオーガの方が攻勢に出た。自分の血に染まった腕を下段に構え、シェーナとの距離を一気に詰める。
「シェーナ、危ない!」
「大丈夫よ、こいつの間合いは――」
「違う、手を見て!」
私の声に従って目線を下げたシェーナがはっとする。
オーガの爪は、さっきまでより一回りくらい長く伸びていた。
あれは、血だ。オーガから目を離せなかった私には分かる。さっきは散弾銃のように飛ばしてきた血を、今度は瞬間的に凝固させて爪の周りにコーティングしたのだ。
突然広がった敵の間合いに、シェーナは完全に虚を衝かれた。
「くっ――!?」
慌てて身を引くが、間に合わない。固まった血をまとわせたオーガの爪が下段から斜めへ跳ね上げられ、その切っ先がシェーナの胸元に届く。
サーコートが破れても最後まで彼女を守っていた、最後の砦であるチェインメイルの鋼線がちぎれる。
「きゃあっ!?」
シェーナの悲鳴、それと一緒に吹き出る彼女の血潮。
赤い。水面に石を思い切り投げ込んだ時みたいに、赤い雫が辺りに吹き上がる。しかも――
「うっ!?」
飛び出た血の塊が、下段から放たれた攻撃の勢いに乗ってシェーナの目元に当たった。一撃をまともに浴びただけでなく視界まで塞がれ、彼女は耐えきれずに足を折って顔を伏せる。
それは、前の前の脅威から完全に注意を外す自殺行為。その隙を、オーガが見逃す筈が無い。
――グラァァァ!!
報復の燃える鬼の咆哮が轟く。振り上げられた赤い爪が、再びシェーナを斬り裂かんとする。
……それは、ダメだ。そんなことはさせない!
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私は肚の底から大声を出し、オーガに向かって短刀を投げた。
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