エリートホテルマンは最愛の人に一途に愛を捧ぐ

本郷アキ

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1巻

1-3

「同じものを」

 空いたグラスを置いて、バーテンダーに声をかけた。
 酔ってしまえば、落ち込んだ気分ごと忘れられるだろうか。そう思いグラスを重ねていく。
 そしてグラスを何度か空け、カクテルの味がわからなくなった頃、突然、隣から伸びてきた腕に背中を支えられた。

「だいぶ酔っているでしょう。大丈夫ですか?」

 声をかけられるまで、自分の隣に人が座っていたことにも気づかなかった。ずいぶんと心地のいい低い声だなと、ぼんやりとした頭で考えながら一華は隣に視線を向ける。

「飲み過ぎですよ。危なっかしくて、つい声をかけてしまいました」

 気づくと、黒のスリーピースに身を包んだ、彫りの深い顔立ちをした男が、一華の手からカクテルグラスを奪い取っていた。
 真っ直ぐで癖のない黒髪は左右に分けられていて、前髪の隙間からのぞく瞳は髪と同じ色だ。

(誰? すごい美形)

 近づきがたい鋭さのある美貌を持ちながら、にこにこと人懐ひとなつっこい笑みを浮かべる様子はどこかアンバランスなのに、こちらのテリトリーにいつの間にか入ってきて、気づいたら友人になってしまえるような心地好い雰囲気があった。テーブルに肘を突いて首を傾げる仕草が、やたらと官能的で目が離せなくなる。
 だが、そんな男がどうしてこの広い店内で一華の隣に座り、声をかけてくるのだろう。自分の美貌に自信満々な唯ならばわかるが、一華はそこまで目を引くような外見をしていない。

「大丈夫です。そこまで、酔っていませんから」

 酔っ払って家に帰れなくなるような真似はしない。そう思っていたのに、彼の手が背中から離れると、ぐらりと頭が揺れて椅子から倒れそうになった。

「……っ」

 自分一人ではまともに座っていられないほど酔っていたらしい。酩酊状態であることを自覚すると、先ほどまではえていた頭がかすみがかったようにぼんやりとしてくる。

「ほら、大丈夫じゃないでしょう?」

 男はくすくすと笑いながら「ね?」と言って、ふたたび一華の背中に手を添えた。カクテルグラスを遠ざけられて、バーテンダーに頼んだ水を目の前に置かれる。

「ありがとうございます」

 一華は勧められるままにグラスの水を飲み、ほっと息をつく。喉を流れていく冷たい水が心地好い。そういえばグラスが空くたびに新しいカクテルを頼んでいて、自分が何杯飲んだかもすでにわからなくなっている。
 いやな記憶を忘れようと杯を重ねた結果だが、明彦と別れたことも、芳樹を傷つけてしまったことも、残念ながら鮮明に覚えていた。

「お酒で忘れたいことでもありましたか?」

 男性がさらに話しかけてくる。こんな酔っ払いに話しかけるなんてよほどの物好きなのか。
 一華は男を一瞥いちべつすると、苦笑を浮かべて頷いた。どうせもう二度と会うことのない相手だ。それに、誰かと話をしていた方が酩酊した頭もすっきりするかもしれない。そう思い言葉を返した。

「結婚の話がなくなって、その結果、家族を傷つけて……悲嘆に暮れているところです」

 取りつくろった笑みを浮かべた一華に、男は気の毒そうな目を向けた。茶化すでもなく、親身になるふりをするでもなく、ただ痛ましそうに見つめられると無性に泣きたくなる。

「そんなに唇を強く噛んだら、切れてしまいます」

 男が一華の唇にそっと触れてきた。突然触れられて驚いたものの、彼の持つ雰囲気のせいか警戒心が湧かない。パーソナルスペースに入ってこられても不思議と不快には感じなかった。
 強張こわばった口元から力を抜くと、舌先にざらついた感触がある。何度も噛んでしまったせいか、皮がけてしまっていた。

「悲嘆に暮れているのに、涙の跡がありませんね」
「それは……」

 自分に泣く権利などないと、わかってしまったからだ。言葉にすることなく唇に力を入れると、ふたたび男の指先が「だめ」と言うように唇に触れた。

「泣けなかった?」
「はい……我慢することに慣れてるから、でしょうか……泣くに泣けないっていうか。泣いても、なにも解決しないってわかってるので」
「我慢? どうしてですか?」

 一華は深く息を吐き、男を見つめる。一華が話しだすのを待っている様子だ。
 うながされるようにぽつぽつと話していくうちに、気づけばすべてを打ち明けていた。隠していた胸の内まですべて。もしかしたら酔って忘れるよりも、一華は誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。自分の愚かさや汚さを、誰かに許してほしかったのかもしれない。

「……それで……家族を第一に考えていたつもりなのに、弟に『あんなのじゃなくて、もっといい男を選べ』とか『結婚したら誰が飯とか作るんだ』って言われたとき、つい、カッとなってしまったんです。弟に八つ当たりして……私、最低なんです」

 ここまで話したところで、張り詰めていた糸がぷつりと切れてしまった。
 お姉ちゃんだから。ほかにやる人がいないから、仕方なく母親代わりをしていた。そんな自分の現状に不満を抱えていた。
 それを弟妹たちに言うつもりなんてなかったのに。いくら、気持ちが荒れていたにしても、言葉を選ぶべきだった。
 裕樹もふたばも下の子たちの面倒を見てくれる。芳樹だって美智だってそうだ。一華は結婚をして逃げ、自分の役割を裕樹やふたばに押しつけようとしていた。一華が結婚していなくなったあとのことを芳樹が不安に思うのは当然なのに、彼をおもんぱかる余裕がなかったのだ。

「お兄ちゃんは、私とたった二歳しか違わないのに、恋愛をして、結婚をして、実家にはほとんど帰って来ないんです。私だって、普通に恋愛をしてみたいし、やりたいことも。それなのに……どうして私ばっかりって……っ。そういうのを出さないように気をつけてたのに、我慢、できなくなっちゃって」

 不安定な場所に立たされ、足下がぐらぐらと揺さぶられるような心許こころもとなさにさいなまれる。明日には弱い自分を隠し、いつも通りに戻らなければならないのに、まったく上手くいかない。
 ふたばの進路相談、芳樹の三者面談の予定、小学校や保育園で使用する備品の購入、家事に仕事――これから先のスケジュールだってめいっぱい詰まっている。
 自分がそれらを投げだすわけにはいかない。それでも、今は立ち上がる力が湧いてこない。

「大変な環境の中、あなたは一人で頑張ってきた。でも、それだけが本音じゃないでしょう? それほど頑張ってきたのはどうして? 逃げようと思えば、逃げられたはず。あなたは責任感の強い人のようだけど、義務感だけで育児はできないのでは?」
「それは……」

 一華は言葉を失い、目をみはった。
 わずらわしいと感じることもある。けれど、頑張ってきたのは、やはり彼らへの愛情があるからだ。亜樹は母親を知らない。だから、寂しく思わないように必死に親であろうとした。どんなに辛くとも、亜樹が幸せそうにしてくれるなら頑張れた。亜樹だけじゃない。美智も詩織もだ。
 どんな大人になるのか、彼らの成長を見守り続けたい。同僚に頭を下げて、スケジュールの調整をしながらも学校のイベントに出るのは、弟妹たちの活躍をこの目で見たいからなのだ。

「違います……一人じゃない……いつも、裕樹もふたばも、芳樹も手伝ってくれていました」
「そうですか。優しいごきょうだいですね」

 みんな一華をいつも陰で支えてくれていた。
 彼らだって、たくさん我慢をしている。今日も、一華が夕飯を作れない代わりに、ふたばと美智がキッチンに立ってくれていた。芳樹がリビングにいたのは、ふたばの代わりに詩織の面倒を見るためだ。

「それなのに……私……っ」
「隠したい本音なんて、誰でもあります。それでもあなたは、家族に愛情を持って接していたんでしょう。それに、恋愛をあきらめる必要はないと思いますよ」

 背中をとんとんと優しく叩かれて、すがりついてしまいたい衝動に駆られる。

「もう、誰かと恋ができるとは思えません。結婚に逃げようとして、妹たちを危ない目に遭わせるところでしたし、私に近づいてくるのなんて幼い子が好きな変態だけみたいですしね。それに……誰と出会っても最初に考えちゃうんです。男性として好きかどうかじゃなく、この人は、私と一緒に重荷を背負ってくれるかって。打算的だし、そんなの恋とは言わないでしょう」

 明彦に対する想いも、恋愛感情などではなかった。「父親代わりになる」という甘美な言葉に惹かれただけだ。一華と結婚すれば妹たちに近づけるという打算があった明彦と、同じに思える。

「まったく打算のない恋愛などありません」

 男はぴしゃりと言い切った。

「そうですか?」
「俺が、こうしてあなたに話しかけているのも、打算ですよ。あぁ、念のため言っておくと、俺は幼い子どもが好きな変態ではありませんから」

 引く手数多あまたであろうこの男がロリコンだとは思わないが、彼のような人になんの打算があって自分に声をかけてきたのか気になった。一華は「どんな?」と続きをうながす。

「弱っているあなたにつけ込んで、俺に惚れさせられないかと目論もくろんでいますね」

 男性の冗談に、一華は思わず笑ってしまう。

「惚れさせてって! あなたみたいにモテそうな人が? まさか!」

 名前も知らない地味な女を惚れさせるだなんて。彼ならば、どんな美女だろうが思いのままだろうに。一華は酔いのせいか、いよいよおもしろくなってしまい、くすくすと笑い声を立てた。

「ということで、俺と恋をしてみませんか?」

 カウンターの上に手を差しだされて、一華は笑みを深める。
 彼に話を聞いてもらったからか、気持ちはかなり楽になっていた。
 父や兄をずるいという気持ちはいまだにあるが、放り出していいと言われても、自分の性格上それができないことがわかっただけで十分だ。
 弟妹たちの面倒を見ろと誰かに強制されたわけではない。逃げだしてもよかったのに、それをしなかったのは他ならぬ自分なのだと、彼のおかげで知れた。

「それ、いいかも。私、あなたみたいな素敵な人と恋をしてみたかったの」

 恋愛なんてするつもりはない。だが、酔った上での話をここで断るのも無粋だろう。どうせ冗談に決まっているのだから。
 一華が彼の手に自分の手を重ねると、驚くほどの強さで握り返される。

「……っ」

 重ねた手と反対側の手で、唇にそっと触れられた。先ほど、噛んだ唇に触れられたときはなにも感じなかったのに、今度は明確に男の欲が伝わってくる。真剣な目に囚われ、逃げることも叶わない。動揺のあまり乾いた唇を舐めると、彼の指に舌が触れてしまい、一華の頬が赤く染まる。

「あなたが疲れて眠るまで、甘やかして、かせてあげます。明日からまた、頑張れるように」

 男は一華の舌が触れた指に、唇を押し当てた。
 目だけはこちらを向いたまま、肉欲を思わせる視線につらぬかれるとどうしていいかわからなくなる。

「泣きたいわけじゃない、ですよ」

 誤魔化すように言うと、いつの間にか息がかかるほど近づいていた彼に耳元で小さく笑われた。

「そういう意味じゃないって、わかってるでしょう? さといあなたなら」

 下腹部に響くような男のなまめかしい声は、一華の身体を内側からどろどろに溶かしてしまいそうなほどの熱を伝えてくる。一夜の交わりを求められているのだと、わからないはずがなかった。
 だが、一華はイエスともノーとも言えなかった。
 このまま流されてはいけないという理性と、男に身体を暴かれてしまいたいという甘美な誘惑の狭間で気持ちが揺れる。
 彼が会計をする間も、片手はしっかりとつながれたままだ。

「行きましょうか」

 椅子から立たされて腰に腕が回された。断るなら今しかない。そう思うのに、力強い男の腕に囚われると、一度くらいいいかという誘惑に負けてしまう。
 一華が頷くと、男は心底嬉しそうに頬をゆるめた。まるで本当に一華を愛しているかのように、愛おしそうな目で見つめられる。

「あなたの、名前すら知らないのに……本当にいいの?」

 すると男は一華の腰をさらに引き寄せ、耳元に唇を近づけた。
 男に身体を預けると、細く見える男の体躯たいくが意外なほどしっかりしているとわかる。肩に触れる胸板は硬く、肩や腕もたくましい。

尊久たかひさ、と呼んでくれますか。あなたは?」

 どうせ本名ではないだろう。自分も偽名を名乗ればいいと思ったが、咄嗟とっさに都合のいい名前が浮かんでくるはずもなく、下の名前だけを名乗ることにした。

「……一華、です」
「あなたに似合う、美しい響きの名前ですね」

 尊久の丁寧な話し方と物腰の柔らかさのせいか、彼の腕に包まれていると安心する。
 それは乾ききった心に水を垂らすように全身に染み渡っていった。すべてを受け止めてくれそうな雅量がりょうを感じると、なにもかもを預けることにさえ抵抗感がなくなるらしい。
 男に腰を支えられたままエレベーターに乗り、上層階で降りた。
 カードキーでドアを開けて、うながされるがまま部屋に足を踏み入れる。ここはエグゼクティブスイートだ。ドアを開けても、室内の全貌は見渡せず、左右に廊下が広がっている。
 一般の客室よりもはるかに天井が高いから、最上級のプレジデンシャルスイートかもしれない。右側には会議室としても使用できるリビングルーム、左側にはキッチン付きのダイニングルーム。おそらくその奥が寝室だろう。

(ここって、たしか一泊百万はするはず。今さらだけど、この人……何者?)

 一夜かぎりの女性を抱くのに使用する部屋ではないだろうに。
 尊久の洗練された上品な立ち居振る舞いから育ちの良さがうかがえるも、当然、今日会ったばかりの彼の家柄など知るよしもない。
 バーから直接ここへ来たのだから、もともと予約をしていたのだろう。女性がほしくなって、バーで自分に声をかけたのだろうか。

(それにしては……性急さなんて欠片かけらもないけど)

 一華がここで帰ると言えば、あっさりと腰に回した腕は離れていくと確信できる。

「なにか飲みますか? アルコール類はやめておいた方がいいと思いますが」

 尊久はキッチンに一華を連れていき、備え付けの冷蔵庫を開けた。中には水やジュース類、酒がたくさん入っている。

「水を、いただいてもいいですか?」
「もちろん」

 彼はペットボトルの蓋を開け、グラスに注ぎ、一華に手渡した。そして自分は残ったペットボトルの水をぐいとあおる。男らしい喉仏が視界に入ると、このあとのことが想像されて、一華は落ち着かなくなる。
 グラスに入った水を、一華はこくりと喉を鳴らして飲んだ。普通に水を飲んだだけなのに、嚥下えんかする音がやたらと大きく響く。飲み干したところで尊久がグラスを受け取り、シンクに置いた。

「バスルームに行きましょう」

 尊久は着ていたジャケットを脱ぎ、ダイニングの椅子に無造作にかけた。一華の手を引き、広々としたバスルームのドアを開ける。

「一緒に、入るんですか?」

 男性と初めて身体を重ねるわけではないし、ここまで来てづいたわけでもないが、初対面の男性に明るいところで裸を見せることに戸惑う。

「恥ずかしいなら、全部、俺に任せてしまえばいい」
「全部って」
「あなたはなにもしなくていいんですよ」

 尊久は、立ち尽くしたままの一華のシャツをゆっくりと脱がし、スカートに手をかけた。一華がブラジャーとショーツ一枚になると、彼は自分の服を下着まですべて取り払う。
 彼の均整の取れた身体つきは惚れ惚れするほどで、太っているわけではないけれど、決してスタイルがいいとは言えない自分の身体が無性に恥ずかしくなる。
 背後に回った彼と鏡越しに目が合う。見せつけるようにうなじにキスをされて、肩がぴくりと跳ねた。

「ん……」

 ブラジャーが外されて、背中から腰のくびれをなぞられる。
 ただ肌を撫でられているだけなのに、全身が火照ほてり汗ばんできた。うなじに触れていた唇は、耳を辿たどりながら、頬をむ。
 こちらを向いてと言われているのがわかり首を傾けると、唇が甘くふさがれる。

「はぁ、ん、ん」

 気づくと正面から強く抱き締められていて、腰を辿たどっていた手がいつの間にか臀部でんぶに触れている。
 柔らかい肉を揉みしだくように上下に揺らされたあと、ショーツがするすると下ろされた。官能的で巧みな手の動きに翻弄ほんろうされ、羞恥しゅうちを感じる暇もない。

「こちらへ」

 手を引かれ、バスルームに足を踏み入れると、天井からシャワーが降り注いだ。背中を壁に押しつけられ、ふたたび唇がふさがれる。唇を割って舌が差し入れられ、口腔こうこうを余すところなく舐められた。

「ふぁ、は、んっ」

 シャワーの水音に混じり、くちくちと唾液のかき混ぜられる音が響く。ぬめった舌が歯を割り、頬裏や口蓋をなぞられる。おびえる舌を優しくからめ取られて、軽くすすられると、背筋がぞくぞくするようなしびれが腰から生まれてきた。
 思わずすがりつくように腕を伸ばすと、たくましい身体に支えられて力が抜けた。ちゅっと音を立てながら唇が離れ、またふさがれる。キスとキスの合間に、なだめるように髪を撫でられて、泣きたくなるほど優しく声をかけられた。

「あなたを泣かせてあげたいんです。辛いと口に出して言えばいい。助けてと甘えればいい。全部、受け止めてあげるから、なにも考えずに楽になって」

 尊久の言葉はまるで甘い蜜のようだ。あらがえない魅力を感じつつも、一華はまだそれを素直に受け止めることができない。辛いと言ったところで状況は変わらないし、助けを求めたところで誰が代わってくれるわけでもないことを知っているからだ。

「あなたに言ったところで、楽にはならないでしょう?」
「一人で必死に立っているあなたはとても立派だけど、今夜は、俺に寄りかかってみませんか? それなりに頼りになる男だと思いますよ」
「ふふっ……それ自分で言うの?」
「えぇ、どんなことでも受け止めます」

 そこまで言われて、一華は迷いながらもぽつぽつと口を開いた。尊久にはすでに事情を知られている。今さら隠すような話はなにもない。泣き言の一つや二つ、彼なら聞き流してくれるだろう。

「辛かったんです。本当は、誰かに助けてほしかった。仕事みたいに、思うようにならなくて、ちゃんとできない自分がいやで苦しかった。幸せそうなお兄ちゃんとか、結婚した友だちとか、楽しそうに飲みに行く同僚とか、みんなをねたましく思ってしまう。母が生きていれば、弟妹たちがいなければ……そう考えてしまう自分が、大嫌いでした」

 尊久は耳を傾けながらも、一華の身体に触れてくる。
 髪を撫でていた手が背中を通り、太腿を優しく揉みしだかれる。
 彼の膝が足の間に入ってくると、太腿の外側を撫でていた手のひらが脚の付け根に触れて、恥毛をかき分けながら秘裂を優しくなぞった。

「待って……はぁ、あっ……ん」
「でもあなたは、そんな本音をおくびにも出さず、今まで頑張ってきたんでしょう?」

 尊久のねぎらうような言葉に身体がびくりと震え、肩が強張こわばる。
 すると、反対側の手で頭を引き寄せられて、厚い胸板に倒れ込んでしまう。

「あっ」
「大丈夫だから、このまま」

 尊久の言葉が耳元で聞こえて、身体から力を抜くと、陰唇をなぞっていた指先がゆるゆると動かされた。
 ぴたりと閉じた秘裂を、這わされた指で前後にこすられる。やがて、ちゅくっと濡れた音が立ち、指の滑りが良くなると、より素早い動きでこすり上げられた。

「ん……仕事は……楽しかったから。でも、周りにも迷惑をかけて、後輩にまで嫌味を言われて、マネージャーは大丈夫って言ってくれるけど、転職を考えた方がいいかもしれないって何度も……あ、あ……待って」
「マネージャーも、あなたのような優秀な人材を手放したくなかったんでしょうね。その気持ちは俺にもわかりますよ。一華に転職されては、ホテルの損害だ」

 なにも知らない尊久に当然のように言われて、思わず笑ってしまう。
 指の動きが速まるにつれ、下腹部のうずきが激しくなり、口から漏れる息遣いも荒くなる。彼が、一華の職を知っているはずもないのに、ホテルと口に出したことに違和感を覚えなかった。

「はっ……ん、待って……っ」
「なにも考えないで、気持ち良くなって」

 閉じたつぼみが愛液にまみれ、花弁が開くように蜜口があらわになる。愛液をかき混ぜるような動きで指を揺らされ、ちゅく、ちゅくっと耳をふさぎたいほどの淫音が響くと、いよいよ話をするどころではなくなった。

「寄りかかって、甘えてもいいんです」
「そんなの……む、り……ですっ」

 目にじわりと涙がにじむ。本当は誰かに助けてほしくて仕方がなかった。けれど、頼る誰かなんていなかったから、一人で頑張らなければならなかった。一華は甘え方なんて知らない。

「大丈夫、俺はずっと一華のそばにいます。いなくならないから」

 安心させるようにささやく彼の声が、救いを求めていた一華の心に満ちていく。
 わかっている。彼が助けてくれるのは今夜限りだと。いなくならないなんて、雰囲気を壊さないためのリップサービスだと。それでも、泣いていい、甘えていいという言葉は、今までずっと頼られる側でしかなかった一華にとって、初めて得られた安らぎのようだった。

「いなくならない? 本当に?」
「約束します」

 彼の顔が近づいてくる。触れるだけのキスが長く続いた。まるで結婚式の誓いのキスのようだと思いながらも、自分たちが素っ裸であることに思い至ると、そのギャップがおかしくて口元がゆるむ。

「覚えていてくださいね。約束は必ず守りますから」

 手を取られて、指先に口づけられる。そして今度は深く唇が重なり、同時に媚肉をかき分け、太い指が中に入ってきた。異物を吐きだそうと隘路あいろうごめくと、それをなだめるように蜜襞を優しく撫でられる。

「んんっ、はぁ、ん、はっ」

 唇の隙間から漏れるあえぎ声が止められなくなる。あふれた唾液を舐め取り、角度を変えながら何度も口づけられた。その間も、一華のいい部分を探るように指が抜き差しされる。
 襞をこすり上げられるたびに鋭い刺激が頭の芯をつらぬき、立っていられないほどの快感が全身を駆け上る。

「はぁ、う……っ、ふ……ぁ、たか、ひさ……さん……なんで、私」

 あまりの気持ち良さに、気づくとぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。こんな風に泣いたことなんてなかったが、心の奥におりのように溜まったうれいが溶けてなくなっていく気がした。

「ふ……っ」
「一華は、泣き顔も可愛らしいですね」

 顔をぐしゃぐしゃにして泣く一華を見て、尊久は安堵したように微笑んだ。
 愛おしそうに口づけられると、胸が幸福感でいっぱいになる。
 尊久にとっては遊びでしかないとわかっていながら、どうして満たされた心地になるのか。どうして、彼のそばはこれほどに居心地がいいのか。不思議でならなかった。

「もっと、気持ち良くしてあげたくなる」

 そう言って、尊久は指の動きを速めながら、激しく蜜襞をかき回す。

「あっ、や、待って……はぁ……あぁっ」

 一華はぐすぐすと泣きながら、尊久の首にしがみついた。

「気持ち良くない?」

 一華が待ってと言ったからか、尊久は指の動きをぴたりと止めて、こちらの反応を見る。じんじんとうずく身体が、快感を求めるようにきゅっと指を締めつけた。

「違うの、平気……少し、驚いただけ。指……気持ちい」

 荒々しい呼吸を吐きだしながら言うと、尊久が涙を舌で舐め取りながら、ぐぐっと指をより深く突きれてきた。

「そう、よかった。でも、もっと気持ち良くなりたいでしょう?」

 そして、ついばむだけの口づけを繰り返しながら、ひときわ感じる一点をこすり上げる。

「ひぁっ、あっ……ん、そこ」

 首をらせ、一華が悲鳴のような声を上げると、狙ったようにそこばかりを撫でられる。深い快感が続けざまに迫り、四肢が自分のものでなくなったような感覚におちいった。
 思わず一華が尊久の背中に爪を立てると、さらに容赦なく指の動きが加速していく。ぐちゅ、ぬちゅっと卑猥ひわいな音を立てながら愛液がかき混ぜられると、飛び散った蜜が床を濡らした。

「どうしよう……気持ちいい……おかしく、なりそ」

 理性が壊れ、本能のままに快感を求めてしまいそうになる。なぜか、彼ならそんな自分を受け止めてくれると確信して、一華は背中に回した腕に力を込めた。

「いいですよ。たくさん気持ち良くなって。おかしくなってもいい。全部受け止めてあげるから。弱いあなたも、強いあなたも、素敵です」
「……ぁっ、そんなこと、言わないで……くださっ」

 うそだとわかっていても、一夜かぎりだとしても、自分を大事に想ってくれる男の存在にすがりついてしまいたくなる。これほど優しく愛されたら、たとえ遊びだとわかっていても堕ちてしまいそうだ。
 弱い自分を認めてくれる相手、すべてを受け止めてくれる人など、今まで一華の周りにはいなかった。しっかり者の仮面を壊し、弱い部分をきだしにしても、それでいいと言ってくれる人なんて。
 感極まってこぼれた涙が、止めどなく頬を伝い流れ落ちていく。

「何度だって言うから、俺を信じて」


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