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第二章 第五艦隊
涼月
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第五艦隊は鎮守府に帰投して、船魄達は鎮守府の宿舎へと戻る。
「お疲れ様です、妙高さん。いかがでしたか、戦場は?」
「そうですね……敵を倒すために戦えるというのは、とても誇らしいことだと、思いました」
「と言うと?」
「妙高がいた第三艦隊にとって、敵は民間人でした。ですから、その……」
南太平洋を管轄する第三艦隊。
その主な任務は帝国に対して反旗を翻そうとする者への牽制、そして万一にも反旗を翻した場合、その殲滅である。最近ではヴェトナムでホー・チ・ミン率いるヴェトナム解放軍が反乱を起こし、その鎮圧に動員されたこともあった。
妙高は多くの人間を撃った。それが大東亜連盟の秩序を保つためとは言っても、船魄に対して抵抗する手段すら持たない人々を殺したのは、彼女にとっては辛い記憶だ。
「ええ、これ以上は何も言わなくていいですよ。私には分かります」
高雄は静かに妙高を抱擁した。
「た、高雄さん……?」
「辛いことは何も思い出さなくていいんです。これから私達が戦うのは、人類を脅かす敵を倒す正義の戦いです。ですから、心配は要りませんよ」
「そ、そうですね。妙高、前向きになります!」
「うふふ。別に報告してくださらなくても――あら、あそこに涼月がいますね」
「涼月さん?」
高雄の指示する方向には凛とした峯風がいた。だがその背中に誰か別の影がくっついて回っている。ほとんどが峯風の体に隠れているが、短めの二本の角が見え隠れしていた。
「あの方が涼月さんですか?」
「ええ。もう見て分かると思いますが、引っ込み思案と言うべきか臆病と言うべきか、そういう子なのです」
「ご挨拶してきても、いいのでしょうか?」
「うーん、ご自由に。但し、無理に話そうとはしないように」
高雄の意図を了解し、妙高は涼月と峯風を呼び止める。
「あのー、涼月さん、ですよね?」
「…………」
涼月は妙高の言葉には応えず、峯風の耳元で何かを喋っているようだった。二本の角と鉄の尻尾が生えて、白く薄い着物を着た第一世代の船魄である。船魄としては妙高より年上ということになる。
先に口を開けたのは涼月ではなく峯風であった。
「何だ、お前達、まだ会ったこともなかったのか」
「は、はい」
「ならば仕方ないな。こいつは秋月型駆逐艦三番艦の涼月。見ての通り人見知りの極まった奴だ。涼月、こいつは妙高。第五艦隊の新入りだ」
「新入り……? 私の、味方……?」
「そうだ。あいつは僚艦だ」
「あの、妙高型重巡洋艦一番艦、妙高って言います! よろしく……お願いできますか?」
妙高の無害そうな空気感を感じ取って、涼月は峯風の後ろから姿を現した。体格は峯風と同じくらいで別段小さいわけではない(というか寧ろ大人っぽい)のだが、その姿はとても幼く感じられた。
「す、涼月……よろしく、お願いします……」
「はい! 手、握ってもいいですか?」
「は、はい…………」
涼月はゆっくりと右手を差し出した。妙高は静かにその手を握りしめた。
「では行くぞ、涼月」
「う、うん、峯風」
駆逐艦の二人は立ち去ってしまった。
「涼月さんって、第一世代型なんですね」
「ええ。彼女は実は、ここでも長門に次ぐ古参兵なんです。船魄としては信濃よりも。でも昔のトラウマで、あんなに臆病な性格に」
「それは……お気の毒に……」
「きっと、そっとしておくのが一番です。戦闘となったらちゃんと戦ってくれますし」
妙高もそれが一番いい気がした。
○
鎮守府に帰投して、中断されていた鎮守府施設の案内を一通り済ませ、夕食を食べ終えた高雄と妙高。
「それでは最後に、唯一まだ案内していない場所をご案内しましょう」
「そ、それは……?」
「お風呂です! 我が鎮守府は長門の権威を利用して船魄専用の大浴場が整備されているのです」
「おおー! 実は妙高、少し肌がべたついてまして」
「無理もありません。コスタリカは熱帯ですから」
ここは暑い。日本の夏は凄まじく暑いが、ここはそれ以上に過ごしにくく、妙高は額からとめどなく汗を流していた。
「まあ慣れればどうということはありませんが、まずはお風呂に入って汗を流しましょう」
「はい! お願いします!」
「あら、私に洗って欲しいのですか」
「べ、別にそういうわけでは、うぅ……」
冗談ですよと高雄にからかわれて顔を赤くする妙高。高雄に連れられて大浴場にやって来た。
「お疲れ様です、妙高さん。いかがでしたか、戦場は?」
「そうですね……敵を倒すために戦えるというのは、とても誇らしいことだと、思いました」
「と言うと?」
「妙高がいた第三艦隊にとって、敵は民間人でした。ですから、その……」
南太平洋を管轄する第三艦隊。
その主な任務は帝国に対して反旗を翻そうとする者への牽制、そして万一にも反旗を翻した場合、その殲滅である。最近ではヴェトナムでホー・チ・ミン率いるヴェトナム解放軍が反乱を起こし、その鎮圧に動員されたこともあった。
妙高は多くの人間を撃った。それが大東亜連盟の秩序を保つためとは言っても、船魄に対して抵抗する手段すら持たない人々を殺したのは、彼女にとっては辛い記憶だ。
「ええ、これ以上は何も言わなくていいですよ。私には分かります」
高雄は静かに妙高を抱擁した。
「た、高雄さん……?」
「辛いことは何も思い出さなくていいんです。これから私達が戦うのは、人類を脅かす敵を倒す正義の戦いです。ですから、心配は要りませんよ」
「そ、そうですね。妙高、前向きになります!」
「うふふ。別に報告してくださらなくても――あら、あそこに涼月がいますね」
「涼月さん?」
高雄の指示する方向には凛とした峯風がいた。だがその背中に誰か別の影がくっついて回っている。ほとんどが峯風の体に隠れているが、短めの二本の角が見え隠れしていた。
「あの方が涼月さんですか?」
「ええ。もう見て分かると思いますが、引っ込み思案と言うべきか臆病と言うべきか、そういう子なのです」
「ご挨拶してきても、いいのでしょうか?」
「うーん、ご自由に。但し、無理に話そうとはしないように」
高雄の意図を了解し、妙高は涼月と峯風を呼び止める。
「あのー、涼月さん、ですよね?」
「…………」
涼月は妙高の言葉には応えず、峯風の耳元で何かを喋っているようだった。二本の角と鉄の尻尾が生えて、白く薄い着物を着た第一世代の船魄である。船魄としては妙高より年上ということになる。
先に口を開けたのは涼月ではなく峯風であった。
「何だ、お前達、まだ会ったこともなかったのか」
「は、はい」
「ならば仕方ないな。こいつは秋月型駆逐艦三番艦の涼月。見ての通り人見知りの極まった奴だ。涼月、こいつは妙高。第五艦隊の新入りだ」
「新入り……? 私の、味方……?」
「そうだ。あいつは僚艦だ」
「あの、妙高型重巡洋艦一番艦、妙高って言います! よろしく……お願いできますか?」
妙高の無害そうな空気感を感じ取って、涼月は峯風の後ろから姿を現した。体格は峯風と同じくらいで別段小さいわけではない(というか寧ろ大人っぽい)のだが、その姿はとても幼く感じられた。
「す、涼月……よろしく、お願いします……」
「はい! 手、握ってもいいですか?」
「は、はい…………」
涼月はゆっくりと右手を差し出した。妙高は静かにその手を握りしめた。
「では行くぞ、涼月」
「う、うん、峯風」
駆逐艦の二人は立ち去ってしまった。
「涼月さんって、第一世代型なんですね」
「ええ。彼女は実は、ここでも長門に次ぐ古参兵なんです。船魄としては信濃よりも。でも昔のトラウマで、あんなに臆病な性格に」
「それは……お気の毒に……」
「きっと、そっとしておくのが一番です。戦闘となったらちゃんと戦ってくれますし」
妙高もそれが一番いい気がした。
○
鎮守府に帰投して、中断されていた鎮守府施設の案内を一通り済ませ、夕食を食べ終えた高雄と妙高。
「それでは最後に、唯一まだ案内していない場所をご案内しましょう」
「そ、それは……?」
「お風呂です! 我が鎮守府は長門の権威を利用して船魄専用の大浴場が整備されているのです」
「おおー! 実は妙高、少し肌がべたついてまして」
「無理もありません。コスタリカは熱帯ですから」
ここは暑い。日本の夏は凄まじく暑いが、ここはそれ以上に過ごしにくく、妙高は額からとめどなく汗を流していた。
「まあ慣れればどうということはありませんが、まずはお風呂に入って汗を流しましょう」
「はい! お願いします!」
「あら、私に洗って欲しいのですか」
「べ、別にそういうわけでは、うぅ……」
冗談ですよと高雄にからかわれて顔を赤くする妙高。高雄に連れられて大浴場にやって来た。
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