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第十一章 キューバ戦争
船魄紹介【扶桑】
しおりを挟む【扶桑(ふさう)】
・艦として
・艦種:戦艦
・艦級:扶桑型戦艦一番艦
・前級:河内型・金剛型
・次級:伊勢型
・建造:呉海軍工廠
・進水日:1914年3月28日
・全長:205m
・最大幅:29m
・所属:第六艦隊
・基準排水量:30,000噸
・対艦兵装:四十五口径四一式三十六糎連装砲×6 五十口径四一式十五糎砲×16
・対空兵装:八九式十二糎七連装高角砲×8 九六式二十五粍3連装機銃×40 同単装機銃×18
・対潜兵装:なし
・搭載機:約3機(偵察用)
艦名は戦艦の通例に反して、旧国名からではなく、日本全体の美称である扶桑国から。この名前の艦は二隻目。完成は大正であるが、起工されたのは明治であり、考え方によっては明治最後の戦艦と言える。
36cm砲を搭載する戦艦としては金剛型に次いで二番目であり、建造当初は世界最強格の戦艦であった。主砲は金剛型の8門に対して12門と大幅に増加しており、その排水量も建造時は世界最大であった。扶桑という特別な名も、帝国海軍が本艦に寄せた期待の表れであろう。
その後、新たに出現した航空機への対策などから、1930年から1935年にかけて二度の改装が行われた。内容は主砲の射程延長、高角砲の設置、航続距離の延長などである。またこれらの改装で艦橋がどんどん高くなり、最終的に高さ50mを超えて大和よりも高くなった。
初の実戦と言えるのは関東大震災の救護活動であった。日中戦争などには参加していない。
大東亜戦争においては、真珠湾攻撃の後詰として出撃していたものの、結局何ら戦わずに帰還した。1942年6月のミッドウェー作戦にも参加したものの、結局アメリカ軍と交戦しないまま内地に帰還した。以降は暫く瀬戸内海の柱島泊地に練習艦として留まり、伊勢型と共に柱島艦隊などと呼ばれた。1943年6月には陸奥の事故による爆沈に出くわしている。
1944年5月からようやく前線に展開し、フィリピン沖海戦に参加するが、既に瑞鶴がアメリカ艦隊を壊滅させていたのでさしたる出番はなかった。その後は瑞鶴の護衛などに従事して相変わらず戦果を上げられないでいたが、1945年7月10日、ポートモレスビーに停泊していたところをエンタープライズに襲撃され、大破着底した。
大東亜戦争の後はポートモレスビーから浮揚されて修理を受け、艦としては高角砲の増設など多少の改造を受けたうえで船魄化され、以降はあまり列国を刺激しない旧型艦ということで、北米方面に配置されている。
・船魄として
・技術系統:日本式第二世代
・身長:172cm
・体重:82kg
・血液型:A型
・髪:亜麻色
・目:緑
・好きなもの:平和・景勝地
・嫌いなもの:トウモロコシ・新参者
明治生まれ(或いは大正最初期の生まれ)と帝国海軍でもかなり古参の艦艇に当たることから、言動にも立ち居振る舞いにも余裕と気品が溢れている。その性格は温和そのものであり、自らの名である扶桑国のような太平の世が訪れることを望んでいる。反面、自分の主張をなかなか曲げない頑固なところもある。
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