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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
ドレッドノート
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ドレッドノートは瑞鶴と比べれば3分の2ほどの長さしかない。排水量も空母である瑞鶴よりも小さく、時代の差というものは歴然であった。ドレッドノートは瑞鶴に横付けして、瑞鶴はタラップを下げて乗り移らせてやった。
「あんたがドレッドノート?」
「うむ。私こそがHMSドレッドノートである」
元気溌剌な少女は赤い目と長い銀髪、まるで御伽噺に出てくる騎士のような鎧を纏い、腰には大剣を提げている。とても現代の軍艦とは思えない格好である。
「はぁ。瑞鶴よ、よろしく」
「よろしく頼もう、瑞鶴殿」
双方とも全く敵愾心なく握手をすると、瑞鶴は応接間にドレッドノートを案内した。
「心遣いに感謝する」
「立ち話するのは嫌だし、私が座りたいだけよ」
「そうか」
「で、要件は何?」
「女王陛下からの言伝は幾つかあるが、一番は捕虜の返還である。陛下は貴艦らに捕らえられた兵らについて、非常に心を痛めておられるのだ」
月虹が襲撃した給油艦は未だに月虹の管理下にある。
「他国の兵士をわざわざ気にかけるなんて、随分と心優しいのね」
「当たり前であろう。神の恩寵によるグレートブリテン、アイルランドおよびイギリス海外自治領の女王にして信仰の擁護者にあらせられる陛下の大御心は、海よりも広いのである!」
「そ、そう……。それは分かった。でも安心して。補給艦なんだから物資はたっぷりあるからね。誰も食べ物には困ってないわ。それに、もうこれ以上抑留しておく理由もない。いつでも解放するわよ」
「ふむ。給油艦ごと解放してくれるのか?」
「それでも構わないわよ。ここからキューバに帰る片道分の燃料くらいなら、もう補給してあるから」
「左様か。であれば直ちに、そうしてもらおうか?」
「構わないわよ。そういう風に伝えるわ」
瑞鶴は給油艦に好きにしていいと伝えた。給油艦はすぐにベルファストの軍港に向けて動き始めた。本当に即座に人質を解放したのである。
「この圧倒的に不利な状況下で人質を解放するとは、愚かなことだとは思わないのか?」
「そんなものは必要ないってことかもね」
「なるほど。余程自信があるようだな」
「そうでもなければヨーロッパに殴り込みなんてしないでしょ」
と言うのは全てハッタリである。一度ゲッベルス大統領が攻撃を決意すれば、端的に言って戦いにすらならない。一瞬で制圧されることは目に見えている。
だが瑞鶴は自信満々に振る舞うことには慣れていた。ドレッドノートは瑞鶴に何か策があるとすっかり思い込んでいる。
「なるほど。何を企んでいる?」
「いやいや、言う訳ないでしょ」
「武器を隠して奇襲とは、武人の心得に悖るとは思わんのか?」
「そんなこと言ってるのはあんただけ――ってこともないけど、今の時代に騎士道精神なんて説いても意味はないのよ」
「そうか……。それは残念だ」
ドレッドノートは心底残念そうに暗い声で言った。
「で、他にも女王陛下からのお言葉があるんじゃないの?」
「ああ、そうだった。今言った、貴艦らが何をする気なのかという問いも、女王陛下からのお言葉である。女王陛下は貴艦らが我が国に危害を加えるつもりなのか非常に憂いておられるのだ」
「あ、そう。手の内はあんまり晒したくないけど、女王直々に聞いてくるってなら、少しくらい教えてあげてもいいわ。少なくとも民間人に被害が出ることはない。まあ運悪く現場に居合わせたら死ぬかもしれないけど」
「それはつまり、陸上を攻撃するつもりはないということか?」
「ええ、そうよ。教えられるのはこれだけ」
瑞鶴はもちろん何の作戦も持っていないが、適当にそれっぽいことを言い連ねておいた。だがドレッドノートには真実味を帯びて聞こえたらしい。ドレッドノートの浅慮が過ぎるのか瑞鶴の詐術が巧みなのか、それは定かではないが。
「分かった。それならばよいのだ。ではもう一つ。貴艦らの目的は? 要求は何なのだ?」
「普通それから聞くもんじゃないの?」
「貴艦が何も言わずに捕虜を返還してくれたのが予想外だったのでな。しかしこれは、女王陛下からの命でもある。まずは貴艦らに人を傷つける意志のあるや否やを確かめよとな」
「そう。イギリス人なんて皆ロクでもない連中だと思ってたけど、少しは見直したわ」
「世に女王陛下以上の人徳ある者などあるものか」
「口を開けば陛下陛下って、そんなに尊敬してるの?」
「自らの君主を崇敬しない者など人にあらず。唾棄すべきクズ共、獣と何ら変わらん。それとも、貴艦はまさか日本の天皇陛下を崇敬しないとでも言うのか?」
ドレッドノートは目を鋭く細めた。答え次第では腰の剣で瑞鶴に斬りかかって来そうである。が、瑞鶴にその心配は不要であった。
「そんな訳ないでしょ。日本人であることを捨てた覚えはないわ」
「なればよいのだ。で、話を戻そう。貴艦らの要求は何なのた? どうしてこのような行動に出た?」
「そうねえ。じゃあはっきり伝えましょうか。これはあなた達に向けた要求じゃなくてドイツに向けた要求だけれど、アメリカへの軍事制裁に協力しなさい。いえ、手を貸してくれなくても、国連総会で拒否権を行使しないだけでもいいわ」
「それが望みか。無謀な頼みだとは分かっているのか?」
「ええ。でも、何もしないよりはいいと思ったのよ」
「確かに、女王陛下もアメリカの残虐さには宸襟を害されておられるし、貴艦らは誰も殺してはいない」
「へえ? 陛下が手を貸してくださるってこと?」
「そんな確約はできない。だが私から陛下に申し上げておこう」
「よろしく。でもドイツから回答がない限り、ここから動くつもりはないけどね」
「……貴艦の意志はしかと確かめた。今日のところはこれで終わりだ。近い内に女王陛下の最も高潔なる枢密院を経て、沙汰が下されるであろう」
「沙汰ねえ。私が従うとでも思ってるの?」
「いいや。だが、無視するのは懸命ではないぞ」
瑞鶴はそっけなく「あ、そう」とだけ応えた。ドレッドノートは一先ず去っていき、状況に変化はなかった。
「あんたがドレッドノート?」
「うむ。私こそがHMSドレッドノートである」
元気溌剌な少女は赤い目と長い銀髪、まるで御伽噺に出てくる騎士のような鎧を纏い、腰には大剣を提げている。とても現代の軍艦とは思えない格好である。
「はぁ。瑞鶴よ、よろしく」
「よろしく頼もう、瑞鶴殿」
双方とも全く敵愾心なく握手をすると、瑞鶴は応接間にドレッドノートを案内した。
「心遣いに感謝する」
「立ち話するのは嫌だし、私が座りたいだけよ」
「そうか」
「で、要件は何?」
「女王陛下からの言伝は幾つかあるが、一番は捕虜の返還である。陛下は貴艦らに捕らえられた兵らについて、非常に心を痛めておられるのだ」
月虹が襲撃した給油艦は未だに月虹の管理下にある。
「他国の兵士をわざわざ気にかけるなんて、随分と心優しいのね」
「当たり前であろう。神の恩寵によるグレートブリテン、アイルランドおよびイギリス海外自治領の女王にして信仰の擁護者にあらせられる陛下の大御心は、海よりも広いのである!」
「そ、そう……。それは分かった。でも安心して。補給艦なんだから物資はたっぷりあるからね。誰も食べ物には困ってないわ。それに、もうこれ以上抑留しておく理由もない。いつでも解放するわよ」
「ふむ。給油艦ごと解放してくれるのか?」
「それでも構わないわよ。ここからキューバに帰る片道分の燃料くらいなら、もう補給してあるから」
「左様か。であれば直ちに、そうしてもらおうか?」
「構わないわよ。そういう風に伝えるわ」
瑞鶴は給油艦に好きにしていいと伝えた。給油艦はすぐにベルファストの軍港に向けて動き始めた。本当に即座に人質を解放したのである。
「この圧倒的に不利な状況下で人質を解放するとは、愚かなことだとは思わないのか?」
「そんなものは必要ないってことかもね」
「なるほど。余程自信があるようだな」
「そうでもなければヨーロッパに殴り込みなんてしないでしょ」
と言うのは全てハッタリである。一度ゲッベルス大統領が攻撃を決意すれば、端的に言って戦いにすらならない。一瞬で制圧されることは目に見えている。
だが瑞鶴は自信満々に振る舞うことには慣れていた。ドレッドノートは瑞鶴に何か策があるとすっかり思い込んでいる。
「なるほど。何を企んでいる?」
「いやいや、言う訳ないでしょ」
「武器を隠して奇襲とは、武人の心得に悖るとは思わんのか?」
「そんなこと言ってるのはあんただけ――ってこともないけど、今の時代に騎士道精神なんて説いても意味はないのよ」
「そうか……。それは残念だ」
ドレッドノートは心底残念そうに暗い声で言った。
「で、他にも女王陛下からのお言葉があるんじゃないの?」
「ああ、そうだった。今言った、貴艦らが何をする気なのかという問いも、女王陛下からのお言葉である。女王陛下は貴艦らが我が国に危害を加えるつもりなのか非常に憂いておられるのだ」
「あ、そう。手の内はあんまり晒したくないけど、女王直々に聞いてくるってなら、少しくらい教えてあげてもいいわ。少なくとも民間人に被害が出ることはない。まあ運悪く現場に居合わせたら死ぬかもしれないけど」
「それはつまり、陸上を攻撃するつもりはないということか?」
「ええ、そうよ。教えられるのはこれだけ」
瑞鶴はもちろん何の作戦も持っていないが、適当にそれっぽいことを言い連ねておいた。だがドレッドノートには真実味を帯びて聞こえたらしい。ドレッドノートの浅慮が過ぎるのか瑞鶴の詐術が巧みなのか、それは定かではないが。
「分かった。それならばよいのだ。ではもう一つ。貴艦らの目的は? 要求は何なのだ?」
「普通それから聞くもんじゃないの?」
「貴艦が何も言わずに捕虜を返還してくれたのが予想外だったのでな。しかしこれは、女王陛下からの命でもある。まずは貴艦らに人を傷つける意志のあるや否やを確かめよとな」
「そう。イギリス人なんて皆ロクでもない連中だと思ってたけど、少しは見直したわ」
「世に女王陛下以上の人徳ある者などあるものか」
「口を開けば陛下陛下って、そんなに尊敬してるの?」
「自らの君主を崇敬しない者など人にあらず。唾棄すべきクズ共、獣と何ら変わらん。それとも、貴艦はまさか日本の天皇陛下を崇敬しないとでも言うのか?」
ドレッドノートは目を鋭く細めた。答え次第では腰の剣で瑞鶴に斬りかかって来そうである。が、瑞鶴にその心配は不要であった。
「そんな訳ないでしょ。日本人であることを捨てた覚えはないわ」
「なればよいのだ。で、話を戻そう。貴艦らの要求は何なのた? どうしてこのような行動に出た?」
「そうねえ。じゃあはっきり伝えましょうか。これはあなた達に向けた要求じゃなくてドイツに向けた要求だけれど、アメリカへの軍事制裁に協力しなさい。いえ、手を貸してくれなくても、国連総会で拒否権を行使しないだけでもいいわ」
「それが望みか。無謀な頼みだとは分かっているのか?」
「ええ。でも、何もしないよりはいいと思ったのよ」
「確かに、女王陛下もアメリカの残虐さには宸襟を害されておられるし、貴艦らは誰も殺してはいない」
「へえ? 陛下が手を貸してくださるってこと?」
「そんな確約はできない。だが私から陛下に申し上げておこう」
「よろしく。でもドイツから回答がない限り、ここから動くつもりはないけどね」
「……貴艦の意志はしかと確かめた。今日のところはこれで終わりだ。近い内に女王陛下の最も高潔なる枢密院を経て、沙汰が下されるであろう」
「沙汰ねえ。私が従うとでも思ってるの?」
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