stay gold

二兎

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2nd

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 たとえもう二度と会えないとしても、俺を忘れないでほしいとずっと願ってきた。

 柔らかそうな黒髪と、つり目がちな瞳。すっと通った鼻梁に、平坦に結ばれた薄い唇。
 後方の壁際に立って真っ直ぐこちらを見つめる観客に、懐かしい面影が重なる。まさかと戸惑い、けれど、こんなところに彼が居るはずないと否定して、すぐに目をそらした。
 きっと見間違いだ。勝手にいなくなった俺のことなんて、彼はとっくに愛想を尽かしてるに決まってる。頭の中から彼の姿を消そうとしたけど、どうしたって脳裏をちらついた。
 もしも、本当に彼だったら? 俺のことを忘れずにいてくれたんだとしたら? 身勝手だとは分かっていても、そんな期待ばかりが頭をよぎった。
 終演後、ライブハウスを出てその人がいた時には、心臓が止まるかと思った。今度は見間違えようがない。確かに目の前にいるのは彼だ。
 無表情でいると、一見冷たい印象を与える精悍な顔立ち。だけど、
「日向……?」
 呼びかけると、彼――日向優は、暖かくて柔らかい、光がこぼれるような笑顔を浮かべた。
「うん。久しぶり、天野くん」
 俺の名前を呼ぶ優しい声に、胸がぎゅっと切なくなる。
 ああ、大好きな彼の笑顔だ。懐かしい気持ちに、心が揺れる。同時に、今でも彼に恋をしているのだと、胸の奥底に閉じこめていた思いが溢れだした。

***

 日向と出会ったのは、高校一年生の春。同じクラスにいつも本ばっかり読んでる奴がいるなと、何となく目についたのがきっかけだった。特段周りから無視されているわけでもなく、話しかければ普通に話しもしてくれる。けど、自ら周りと距離を縮めるような素振りはない。特定の誰かとつるむでもなくいつも一人でいる彼に、虚しくないんだろうかと、あんなんで学校生活楽しめてるんだろうかと、最初は少し気になる程度だった。
 そんな彼を意識しだしたのは、二学期になって少し経った頃。席替えで日向の席が斜め前になり、必然的に視界に入るようになった。今まで何となくしか見てこなかった彼を意識して見るようになり、そこから少しずつ彼の人間性が垣間見えた。
 必ず名前に「さん」「くん」をつけて、相手を丁寧に呼ぶところ。言葉遣いが綺麗なところ。昼食を食べる時に、「いただきます」とちゃんと手を合わせるところ。ペンや箸の持ち方が綺麗なところ。周りの席の人が忘れ物をして困っていると、自然に声をかけて助けるところ。プリントが回ってくる時、律儀に「ありがとう」と言うところ。周囲の意見に迎合せず、自分がこうだと思ったことは貫くところ。普段は無表情だけど、不意に先生が言った冗談なんかに笑った顔が、柔らかくて優しいところ。
 意識すればするほど、美しく柔らかな光のような人だと心惹かれた。彼の人間性の美しさに吸い寄せられるように、もっと彼のことを知りたい、もっと彼の笑顔が見たいと、いつからか思うようになっていた。
「な、輝。どっか遊びに行かね?」
「おー、いいじゃん。行こうぜ」
 ある日の放課後。いつもつるんでいるメンバーの誘いに、反射的に笑顔で頷く。本当は、少しでも早く帰って昨日録った動画の編集をしたかった。けど、「付き合い悪いな」と言われるくらいなら、自分の意思を曲げる方が何倍も楽だった。
「遊びに行くならあたらしも混ぜて~」
「オッケー。他に誰か誘う?」
「あっ! じゃあさ、日向くん誘おうよ」
 唐突に出た日向の名前に、ドキリとする。日向の名前をあげた女子とその友人は、帰り支度をしている日向のもとへ寄り、一緒に遊びに行かないかと声をかける。が、
「せっかく誘ってくれて申し訳ないけど、行かない。新刊買いにこれから書店に行くところだから。それじゃあ、さようなら」
 あっさりと断って別れの挨拶を告げ、日向はさっさと教室を出ていってしまった。声をかけた子たちはぽかんと口を開け、やがて、吹き出すようにお腹を抱えて笑いだした。
「うははっ、うちら本に負けてんじゃん、ダサッ!」
「まっ、ダメ元だったしいいんだけどさ。日向くん、あたし結構前から気になってて、密かに推してんだよね~」
 そう言ってうっとりと目を細める彼女に、様子を眺めていた男子が「うわっ」と顔をしかめる。
「ガチファンじゃん。お前、ああいう陰キャが好きなん?」
「陰キャってか、孤高の存在、的な? 普通に顔綺麗だし、ミステリアスでよくない?」
「結局顔かよ! ちょっと近寄りづらくねえか、あいつ。今の反応もだけど、協調性なさそうだし」
 彼の言葉に、心の中で苛立ちが湧く。だけど、ムキになって否定したところで「何マジになってんの」なんて言われ、笑われるだけだ。気持ちを落ち着け、笑顔を貼りつけてそれとなくフォローする。
「でも、周りに流されない強さみたいなのは格好良いなって思うよ、俺も」
「おおっ、輝さんお目が高い!」
「えっ、お前も日向派かよ!?」
「あははっ、そういうんじゃないって」
 笑ってごまかしたが、その頃には、俺はきっと異性ではなく同性が恋愛対象で、日向のことを好きなのだと自覚していた。だけど、告白したところで、きっと彼を困らせてしまう。それに、俺みたいな人間が彼に近づいても、欲にまみれた己の醜さが浮き彫りになって、余計に苦しくなるだけだ。
 周りに好かれたい。たくさんの人に好感を持たれたい。誰かにとっての一番特別な存在になりたい。そんな承認欲求にまみれ、周りの言うことに素直に同調し、自分の意見ではなく周りが欲しがる言葉を口にして、愛想笑いを振りまく。良い子であろうとする生き方が染みついてしまった俺からすると、彼の存在は眩しいくらいに清廉で、美しかった。
 季節は巡り、二年になっても日向と同じクラスになった。一年の時につるんでいた奴らとはクラスが離れ、教室で昼休みを誰かと過ごす気にもなれず、旧校舎の音楽室を訪れた。特にこれといった理由はない。ただ何となく、新しいクラスでも仲のいい奴を作らなきゃとか、じりじりと迫ってくる進路のこととか、そういう息苦しい焦燥感から逃れ、静かな場所で心を落ち着けたかった。
 持ってきたギターを掻き鳴らし、歌を口ずさむ。春の暖かな陽光の中で微睡むように、ぼんやりと歌っていた時だった。
「……きれい」
 ふいに聞こえた三文字に、驚いて顔を上げる。そこにいた思いがけない人物に、思わず間の抜けた顔をしてしまった。
「えっ、日向?」
 名前を呼ぶと、彼はなぜか硬直して瞬きを繰り返した。鳩が豆鉄砲を食らったよう、という例えはこういう顔を言うのかもしれない、などと思った。
「天野くん、僕の名前、知ってたんだ」
「え? ああ……」
 思いがけない指摘に、一瞬言葉につまる。一年の時から気になってずっと見てました、なんて言えるわけがない。ドキドキと早まる鼓動を落ち着け、何ともない素振りで続ける。
「だって日向、一年の時もクラス一緒だったじゃん。普通覚えてるって。そういう日向こそ、俺の名前知ってんじゃん」
「それは、天野くん学年の中でも目立つタイプだし。知らない人の方が少ないんじゃないかな」
「そうか?」
 彼の目にはそんな風に俺が映っていたのかと、少し驚く。勝手に、誰にも執着しない彼は俺の存在なんて意識すらしていないだろうと思っていたから。
「てか日向、いつからそこにいたの?」
「天野くんが歌い始めた時くらいから」
「あー、そう。マジか……聞かれてたんか……」
 誰かに聞かれているとは、それも密かに好意を寄せている相手に聞かれているとは思わなかった。恥ずかしさに口許を覆い、俯く。「邪魔してごめん」なんて言って、すぐに彼はここから出ていってしまうだろうか。そう思っていたのに、
「恥ずかしがることないよ」
 聞こえてきたのは、力強く感情のこもった声だった。顔を上げると、真剣な眼差しで真っ直ぐにこちらを見つめる日向と視線がぶつかる。
「天野くんの歌声、透明感があって綺麗なのに、しっかりした芯もあって、なんて言うか聞いててすごく心地よかったし、僕は好きだよ」
 あまりにも実直で真摯な言葉に、思わず息がつまる。泣きそうなくらい嬉しい気持ちを胸の奥にそっとしまいこみ、「あははっ、恥ずかしいやつ」と軽やかに笑ってみせた。日向は急に羞恥心が湧いてきたのか、口を閉じて視線を下に向けてしまう。
 こんなにも、真剣に思いを伝えられたことなんてなかった。母親からは「父親と同じことしないで」と音楽活動を全面否定され、周りからも「すげーじゃん、かっけー」「有名になる前にサインくれよ」と面白半分に言われ、本気にされたことなんてなかった。
「でも、そんな風に真っ直ぐ言ってもらえたの初めてだわ。すっげー嬉しい」
 顔が火照って熱い。好きな相手からもらえた賞賛の言葉が嬉しくて、むず痒いくらいに気恥ずかしくて。そんな俺に、日向は驚いた様子で顔を上げ、ふっと表情を和らげた。
 周りからも期待されず、投稿した動画の再生回数も思うように伸びず。いっそ夢なんか手放した方が楽なのかもしれないと悩んだ時もあった。だけど、今日この時、日向の笑顔を見て、言葉を貰って、続けていて良かったと心の底から思った。
 それなのに、
「輝。東京に引っ越すわよ」
 夏休みに入って間もなく、突然、母親から告げられた。訳を聞けば、再婚したい相手がいるのだという。
「もちろん、輝も一緒に来るでしょう? 輝は、あなたの父親みたいに、私のこと捨てたりしないわよね?」
 縋るような、絡めとるような声で母に言われ、声が出なくなる。
 バンドマンだった父は、ファンである母に手を出して、俺が生まれたのだという。だけど、父には付き合っている人が他にいて、俺を認知する気は毛頭なかったらしい。甘い言葉で誘惑して遊ぶだけ遊んで捨てたのだと、散々父を罵る言葉を何度も聞いてきた。
 だからこそ、母に「一人で勝手に行けばいいだろ」なんて、言えなかった。
「もちろん。ついていくに決まってんじゃん」
 引きつった笑顔を浮かべて、母の手を握る。
 良い子ぶることしかできない自分に、心底嫌気がさした。心の中では、ここに居たいと、これからもあの場所で日向に会いたいと強く思った。いつも「またね」じゃなくて、「それじゃあ」と別れる俺たちの間に、約束なんてない。それでも、昼休みに音楽室へ行けば当たり前に日向はそこに居る。そんな当たり前が、あっけなく失われようとしている。
 とにかく、このことを彼に伝えないと。そう思って自室へ駆けこみ、スマホを手に取る。だけど、
「俺、日向の連絡先も家も知らねえのか……」
 こんなに呆気なく切れてしまう程度の繋がりでしかなかったのだと、今更になって悲しみと虚しさがこみ上げる。
 スマホが手から滑り落ち、鈍い音を立てて床に落ちる。慌てて拾い上げた時には、画面は割れてヒビだらけになっていた。

***

「おーい、日向ー、大丈夫か?」
「んん……だいじょぶ……」
「全然だいじょばないなコレ……」
 彼と再会した夜。二人で入った居酒屋で、日向は完全に酔いつぶれてしまった。ハイペースで飲んでいたからアルコールに強いのかと思ったが、ジョッキを三杯空けた時にはテーブルに突っ伏していた。
 何とかタクシーの後部座席に突っこみ、住所を訊ねる。が、言語化されていないことをうにゃうにゃと言うばかりで答えは返ってこない。仕方がないので、住所確認ができる身分証はないかと財布に手を伸ばした。けど、
「あー、車、出してもらっていいですか? 行き先は――」
 思いとどまり、ドライバーに自宅の住所を伝える。走り出した車内で左右に身体を揺らす日向を支えながら、まずかったかなと内心で大きなため息を落とす。
 このまま彼を帰してしまったら、これっきりになってしまうかもしれない。そう思うと離れられず、自分の身勝手さや下心に呆れながらも自宅に連れ帰るという選択をしてしまった。
 マンション前に到着し、肩に腕を回してなんとか部屋まで連れて行く。途中で何度か転びそうになりながら、やっとの思いででかい図体をベッドに下ろした。
「日向ー? 起きてっかー?」
 軽く頬をつつくと、「うう……」と小さく呻いた。うっすら瞼が持ち上がり、焦点の定まらない瞳がこちらを向く。
「水、飲むか? 起きるの無理そう?」
「ん……あまの、くん」
「はいはい、何だね?」
 名前を呼ばれ、ベッド脇に座って視線の高さを合わせる。熱に浮かされたような顔でぼんやりこちらを見つめる彼は、ふいに蕩けるような笑みを浮かべた。思わず、心臓が大きく音を立てる。
「会いたかった、ずっと」
 とろんとした目許と火照った顔は、やけに色っぽくて。まるで告白でもされているような妙な気持ちに鼓動はうるさいくらい高鳴り、身体は緊張で硬直する。
「きみへの気持ちの正体が、なんなのか、ずっと分からないんだ」
 ふいに、日向の大きな手がこちらへ伸びる。指先が輪郭をなぞり、やがて、ゆっくりと手のひらが頬を包みこむ。
「教えてよ……あまのくん……」
 消え入りそうな囁きと日向の手のひらの温度に、発火したのかと錯覚するほど頬が熱くなる。
「ひ、ひなた」
 上擦る声で名前を呼ぶ。けれど、返事はない。浅くなっていた呼吸を落ち着けて耳を澄ますと、日向は穏やかな寝息を立てていた。
「ええ、マジかあ……」
 深いため息を落とし、ベッドに突っ伏す。未だ早鐘のような鼓動を落ち着けようと、深呼吸を繰り返した。
 君への気持ちの正体、と日向は言った。彼は一体、俺に対してどんな気持ちを抱えているんだろうか。ベッドマットに埋めていた顔を上げ、人の気も知らずにすやすやと眠る顔をじとりと睨みつける。
「正体なんか、俺が教えて欲しいよ……」


「――と思うんだけど。って、コウ、聞いてるか?」
 スタジオでの練習中、バンドマスターのリョウに声をかけられる。ハッとして顔を上げると、メンバーの視線がこちらに集まっていた。日向のことを考えてぼーっとしてしまい、打ち合わせの内容をろくに聞いていなかった。
「悪い、気い抜けてた。ちょっと外の空気吸ってくる」
「体調悪いなら切り上げるか?」
「いや、心配かけてごめん。そういうんじゃないから、大丈夫」
 笑顔を繕って部屋を出る。廊下に置かれたベンチに座り、肩にかけたタオルで顔を覆う。バンドメンバーに迷惑をかけるわけにはいかない。一週間後には、お世話になってる先輩に呼んでもらった対バンライブも控えてる。私的なことでぼんやりしている場合ではない。早く切り替えて戻らないと。
「コウ」
 名前を呼ばれて顔を上げると、後を追ってきたリョウと目が合う。ベンチの片側に寄ると、彼は隣に腰を下ろした。
「珍しいな、コウが弱ってんの」
「え、俺、そんな弱って見える?」
「うん。普段は弱ってても悟られないようにうまく隠してるのが、今日は隠しきれてない感じ」
 こちらをじっと見るアーモンドのような瞳に、口をつぐむ。
 弱音は吐かない、面倒くさいと思われたくないから。無理してでも周りの意見に合わせる、感じが悪いと思われたくないから。そうやって、嫌われないように、悪意の的にならないように過ごしてきた生き方を見透かされたような気持ちになる。
「……迷惑かけてごめん」
 背中に嫌な汗が伝う。何か言われる前にと予防線を張るような形で謝罪を口走ってしまったが、リョウはきょとんと首を傾げた。
「ん? 迷惑とかじゃないけど」
「や、でも、実際、時間も限られてんのに今も練習の手止めてるし……」
「ちょっと休憩取ってるだけじゃん。話せないようなことなら無理に聞かないけど、たまにはバンマスのこと頼ってくれてもいいぞ」
「えー、何、優しいじゃん」
 茶化すように言ってしまってから、リョウの真剣な眼差しに気がつく。半端に持ち上げていた唇を結び、膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。一呼吸置いて握りしめた手を解き、ぽつりと静かに言葉を漏らす。
「この間のライブ終わりに出待ちしてた俺の知り合い、覚えてる?」
「ああ、いたね。背が高くて、寡黙そうなイケメン」
「あいつ、高校の時に好きだった相手なんだ」
 俺の言葉に、リョウは「えっ」と驚いた声を上げる。
 自分のセクシャリティについては、結成してすぐのタイミングでメンバーには話してある。それが原因で解散することになったらどうしようと悩みに悩んで打ち明けたが、メンバーは何ともない様子で受け入れてくれた。その上、異性から向けられる肉欲に嫌悪感があると話すと、ファンから過度な接触を求められないよう、入り待ち出待ちの厳禁を徹底してくれた。
「そっか。なるほどねえ。それで、あの日に何かあったと?」
「何もなかったと言えばなかったし、あったと言えばあったし……」
 大きな手のひらの感触を思い出し、頬が熱を持つ。大きくため息を吐きながら口許を両手で覆い、天井を振り仰ぐ。
「久しぶりに会って、やっぱ今でも好きなんだって自覚した。一度、ちゃんと想いを伝えて相手が俺をどう思ってるか確かめたいけど、恐いんだ。せっかくまた会えたのに、俺のこと探して会いに来てくれたのに、嫌われたり気まずい関係になって二度と会えなくなったらと思うと……」
「そっか。大事なんだな、その人のこと」
 寄り添うような柔らかい声に、首を小さく縦に振る。
 もう一度ちゃんと会って、自分の気持ちと、あの夜に伝えられた彼の気持ちを確かめよう。そう思い、日向とのメッセージ画面を開き、文章を打ちこんでは消してをここ数日繰り返していた。
「けどさ、コウのこと探して会いに来てくれたってことは、向こうもそれなりに好意があるってことじゃないか?」
「そうだと嬉しいけど……でも、向こうには好きな人、いるみたいだし」
 好きな子をモデルにしてたりして、なんて聞いた俺が馬鹿だった。「そういうのじゃないよ」と笑って返してくれると思いこんでいたから、「モデルにした人はいるかな」と返ってきた時には、息が止まるかと思った。興味のない素振りをなんとか繕ったが、内心は動揺していた。
「そんな気持ちのままでいたって、ずっとモヤモヤするだけじゃん? なら、自分の気持ち伝えて、相手の気持ちも確かめた方がいい気はするけど。それで玉砕したら、ぱーっと飲みにでも連れてってやるよ。朝まで付き合うし」
「それはいつものことじゃん」
「あっはは、確かに!」
 軽快に笑い、リョウは「落ち着いたら来いよ」と残してスタジオへ戻っていった。
「相手の気持ちか……」
 言葉を反芻し、あの日の夜に見せた日向の顔を思い出す。「きみへの気持ちの正体が、なんなのか、ずっと分からないんだ」と言った日向は、どんな気持ちを抱えているのだろう。頬に触れた手の温もりと感触を思い出し、同じ場所にそっと触れる。
 やっぱり、もう一度会ってきちんとあの日の言葉の意味を確かめないと。そう決意して気持ちを切り替え、立ち上がった。
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