アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

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死せるアストリア ※手がかり

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「ドワーフたちは建築家じゃないんだけどな……」
 
アキラは心の中で呟いたが、セレナとルナはまったく気にせず、意気揚々とドワーフの元へ駆け出していった。アキラは二人の背中を見送り、ふっと安堵の息を漏らす。

「まあ、あの二人が元気になったなら、それでいいか」

その時、ヴァイオレットがそっと宝箱を抱え直した。

「王女様のお母様が王女様に残された大切なものですから、それはヴァイオレット様のものです」

 アキラの優しい声に、ヴァイオレットはほっとしたように胸を撫で下ろす。

「ありがとうございます」

「ノワールさんの様子はどうですか?」

 アキラが心配そうに尋ねると、ヴァイオレットは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから静かに微笑んだ。
「今はリリィが面倒を見ています。寝ていたかと思えば、急に起きて『お腹が減った』って言って、珍しくたくさん食べていました。明日には元気に出かけられるでしょう」

 ふと、ヴァイオレットの瞳がわずかに揺れる。

(私たちにとって、ノワールは育ての親みたいな存在……。新しい人生を歩んでくれるといいけれど……)

 彼女はそっと胸の内で祈った。

「そうですか、安心しました」

 アキラは柔らかく微笑む。

「それでは、また明日お会いしましょう」

 こうして会話は穏やかに終わり、一行は静かにその場を後にした。

 長い一日がようやく終わり、アキラは部屋へと戻った。

「アキラさん、お疲れ様でした。少しお話ししましょう」

 闇の中に溶け込むような濃厚な気配とともに、ラピスが現れる。彼女の声は柔らかいが、どこか重みを帯びていた。

「はい」
 アキラは椅子に腰を下ろし、少し考えてから切り出した。

「ところで、アリアさんは何者ですか?」

 ラピスはわずかに目を伏せ、慎重に言葉を選んだ。

「彼女は……とても優秀な薬師です」

 その才能は、神々ですらも取り合うほどのもの。しかし、それを今、アキラに伝えるべきではないとラピスは判断した。

「では、フェニックスさんは? 彼もかなり強そうに見えましたが」

「彼もまた……とても優秀な執政官です」

 ラピスはそう答えながら、ふと自分の中にわだかまっていた違和感に気づいた。

 彼らはただの優秀な者ではない。今の段階でさえ、セレナやアキラを遥かに凌ぐ力を持っている。

 なぜ、彼らはあれほどの力を持っているのか? 誰かが、その力を与えたのか?

――まるで、アキラのように。

 ラピスは目を閉じ、静かにその名を口にした。

「アイリス神の加護を受けた者……その名は、“死せるアストリア”」

※※※

 ぽつんと佇む黒塗りの小さな平屋。表札には「藍里」とあり、ここで間違いないはずだ。

「はいはい、お待ちください。どなたですか?」

家の中から、朗らかな女性の声がした。

「すいません。私、翠さんの友人の山吹と申します。」

名乗った途端、空気が凍りついた。

「……翠の友達? 何を言っているの?  私を騙して、どうするつもりなの? お話しすることはありません。警察を呼びますよ!」

 明確な怒りと拒絶。鋭い言葉だけを残し、扉は開かず奥の部屋へと引っ込んでしまった。

 しまった……。適当に誤魔化して情報を引き出そうとした自分が恥ずかしい。あいつらの手が回っているに決まっているし、吹きこまれてもいるのだろう。

 どうする?  ここで引き下がるわけにはいかない。ここが、唯一の手がかりなのだから。

「すいません! 少しだけでもお話を。お願いします!」

 山吹は、今まで出したことのないほどの大声を振り絞った。

 沈黙。だが、仕方なくというような足音が近づき、扉の向こうに気配を感じる。

「まだいたの? 本当に警察を呼ぶわよ!」

 駄目だ。出直すべきか――そう考えた瞬間、一台の軽トラックが家の前に止まった。

 泥だらけの作業服を着た男が、無言で車を降りる。そして、不審者を見るような冷たい目で山吹を見据えた。

「何の用だ?」

 声が低く、威圧感がある。怖い――。喉が震えたが、山吹は勇気を振り絞り、名乗った。

「……私は、白洲晶の妹、白洲山吹といいます。少しお話を……」

 蚊の鳴くような声しか出なかった。

「……? 晶、あきらくんの妹さんか?」

 男の表情が、一気に変わった。険しかった目が一瞬揺らぎ、続いて家の扉を開けながら大声を上げる。

「おーい、晶くんの妹さんが来たぞ!」

「え?  そうだったの?  それなら……ごめんなさいね」

 中から女性が出てきた。先ほどとは打って変わり、心からの謝罪が伝わる声だった。

 翠の母親だろう。そして、この熊のような男が――父親か。

「あきらくんには、翠がとてもお世話になった。さあ、上がって」

「ええ、あの子が幸せに過ごせたのは、晶さんのおかげよ。さっきは本当にごめんなさいね」

「いえ……兄は、そんな立派なことは……」

 招かれた部屋には、陶芸品の焼き物が綺麗に並べられていた。その光景を眺めながら、山吹は時雨に見せてもらった開発日記を思い出し、ふと口にする。

「そういえば、兄も一度ここに来たことがありますよね?」

「一度?  ははは、何度来てくれたかわからないよ」

「そんなに?」

 思わず驚いた。確かに兄はふらりと出歩く人だったが、それほどまでに交流があったとは知らなかった。赤目はどれくらい知っていたのだろうか?

「お昼にしましょう。簡単なもので申し訳ないけど……」

「ありがとうございます」

 食卓に並んだのは、きのこうどんと数種類のおにぎり。温かい湯気が漂い、山吹の張り詰めた心を少しだけ和らげた。

 食事をしながら、翠の思い出話を聞く。年を取ってから授かった一人娘。病弱で、治らない病に冒されながらも、兄と共にゲームを作ることに夢中になっていたこと――。

「兄が色々と我儘を言って、翠さんを困らせたりしませんでした?」

「むしろ逆よ。あの子が感情を晶さんにぶつけて、どれほど困らせたことか」

「それに、僕たちはこれでも芸術家の端くれだからね。彼がどんな思いで作っていたか、理解はしているつもりだよ」

 そんな話をしているうちに、翠の父親が作業場へ戻ろうとした。その背中を見送りながら、山吹は意を決し、本題を切り出す。

「実は……翠さんの遺品を探しているんです。パソコンや携帯は、まだこちらに?」

「ごめんなさいね。全部、お仲間に預けてしまったの」

 先を越された――。だが、そんなに簡単に手放す理由は何だ?

「失礼ですが……翠さんが消えてしまったのに、捜そうとは思わなかったんですか?」

 思わず、苛立ちが口に出る。

「……実は、いなくなる前に手紙をもらっていたの。知っているでしょう?  もって数日の命だった」

「手紙の内容は教えられない。約束だからな」

「俺たちは納得したんだ。そしてわかる。この世界のどこにも、もうあの子はいない。そして、今度こそ、幸せな人生を歩んでほしい」

 それは、ただの言葉ではなく、本心から納得している者の声だった。

「でも……私には、誰も説明してくれない……」

 ずるいよ、兄さん。私にも、納得できる何かを残してくれないと……。

 抑えていた感情が爆発し、涙がこぼれた。

 そんな山吹を見つめながら、翠の父親が優しく言う。

「それは、辿り着けということじゃないのかな」
 そして、出かける前にひと言――。

「頑張れよ!」

 翠の部屋を案内してもらったが、そこはすでに綺麗に片付けられていた。アルカディアクロニクルの資料も、すべて持ち去られていた。

 がっかりする山吹を見て、翠の母親がふと思い出したように言った。

「そうだ、こんなことが役に立つかわからないけど……。ゲームのIDなら覚えているわ。アイリスよ。でも、パスワードはわからないわ」

 僅かではあるが、山吹は新たな手がかりを手に入れた。
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