アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

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アストリアとノワール 前編

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 ノワールは、ホテルで長い夢を見ていた。それは彼女の半生を辿る長い夢だ。


 ノワールは、ヴァルターク王国四大公爵家の一つ、北侯爵家ウルフェンハイトの当主の娘として生まれた。

 北方の自然は厳しく、土地は貧しかったが、家庭は温かく、領民たちとの関係も良好だった。両親や兄と共に過ごす日々は、平穏で幸せに満ちていた。
 
しかし、ノワールが十歳の時、その平穏は一瞬で崩れ去った。ウルフェンハイト家が狼族と結託し、王家に反乱を企てたという噂が広がり、一族や家臣たちが王国軍に拘束されてしまった。

「我らは無実です!どうか、レオナルド王に謁見を!」

 父は必死に訴えたが、王に会うことは叶わなかった。レオナルド王はかつて賢王と称され、王国最大の版図と平和を築いた人物であった。

 しかし、高齢となった王は判断力を失い、側近の囁きに惑わされていた。

 父の無実の訴えは届かず、有罪の判決が下される。確かにウルフェンハイト家は狼族との交流があったが、それは古くからの伝統であり、反乱など全くの言いがかりだった。

 それでも、裁判の結果は変わらず、彼女の家族や親戚、関係者が次々と処刑されることとなった。王国始まって以来の大粛清が行われた。父も母も、兄も、次々と処刑台へ送られていった。

 その後、中央で新たに台頭した公爵家がウルフェンハイト家の所領を引き継ぐことになった。

 程なくして、レオナルド王は病に倒れ、その死は「ウルフェンハイトの呪い」として恐れられた。レオナルド王の後を継いだのは王太子ディオンであった。

 ノワールは奇跡的に生き延びたものの、生きる気力は残っていなかった。死ぬ勇気すら無かった彼女は、地下牢の独房に閉じ込められたまま、ただ時が過ぎるのを待っていた。

 その日々は一年以上に及んだが、正確な日数は分からなかった。拷問を受けることはなかったが、食事は粗末で、誰とも言葉を交わさない孤独な日々。唯一の話し相手は壁だった。狂気がすぐそこまで迫っていた。

 誰も幼い少女を処刑することに手を汚したくなかったし、何より呪いを恐れていた。病死を期待して放置されていたのだろう。

 ある日、地下牢に一人の女性が現れた。彼女はアストリア、王の第二夫人だった。

 監視窓からノワールを見つめると、冷静な口調で「この子は私が預かります」と告げた。警備は驚いて上長に報告に走った。

「しかし、この者はウルフェンハイトの血族です」と警備長が職務上の説明を行った。

「ここに、ディオン王の署名入りの書状があります。異議があるなら、王に直接言いなさい。さあ、早くその子を出しなさい」

 アストリアはノワールを救い出すと、彼女の邸宅に連れ帰り、自らその体を丁寧に拭き、アリアという住み込みの薬師を呼び、傷ついた体を回復させるために手を尽くした。

 回復食を与え、優しく世話をするその姿は、長い間忘れ去られていた母の愛情を思い出させた。

「いきなり明るい場所に出すのは良くないわ」と、日陰で風通しの良い部屋に彼女の寝室を準備した。

「紹介するわ。リリィ、彼女はノワールよ。今日から一緒に暮らすのよ」そう言って、可愛らしい小さな女の子が現れた。彼女はノワールよりも少し年下に見えた。リリィは恥ずかしそうにノワールを一瞥すると、お皿を持って部屋を出ていった。

「あの子は、今は話せなくなっているの。仲良くしてあげてね」と、アストリアが静かに告げる。

 ノワールは、初めて会ったリリィに不思議な親近感を覚えた。それは、まるで妹のような存在だった。

 そして、薬師のアリアは頼りになるけれど、少し適当な姉のような存在だった。



 ノワールには職業がなかった。英才教育を受けた貴族の子供であれば、10歳になる前には何らかの職業を手にするのが普通だったが、彼女はまだ子供のままだった。

 成長が遅いわけではなく、レベルはとっくにMAXなのに、職業は現れなかった。

「なぜ、私を助けてくれたのですか?私には何もありません」久しぶりに人と会話を交わし、彼女は思わず声を震わせた。

「違うわ。きっと、いつかあなたが私の子を助けることになるわよ」アストリアは意味深に微笑み、その目には確かな光が宿っていた。

 アストリアの手厚い看病とアリアの調薬のおかげで、ノワールはすぐに体調を回復させた。そして、驚くことに、彼女はすぐに職業を得ることになった。

 それはメイドという職業だった。西部の修道院から派遣された初老のベテランメイドから様々なことを教わり、メイドとしての修行に励む日々が始まった。

 しかし、メイドという職業にはどこか不満があり、心から身を入れることができなかった。

「お前さん、職業なんて後から自分の意志で増やすこともできるんだよ」そのメイドは厳しい表情で言った。

「本当ですか?」そんな話は今まで聞いたことがなかった。

「嘘は言ってないよ。そんな人間を見たことがあるからさ。ノワール、アストリアのためにメイドをするのは嫌なのか?いや、卑怯な聞き方だったな。自由や安全は保障するから、ここを去りたいならそれもいい。仕事はいくらでも紹介してあげるよ。顔は広いから」

 その言葉にノワールは考え込んだが、行きたい場所もやりたいことも失った彼女には、答えを出すことはできなかった。

 しかし、王妃の宮での日々は楽しいものだった。

 アストリアの周りには、彼女が拾ってきた人々が次々と集まり、温かな笑い声が響いていた。そして、彼女の優しさがその場を明るく照らし続けていた。

 後に、国王の署名が偽物だったと知った時、ノワールはアストリアの奔放さに驚愕した。彼女は単なる淑女ではなく、その自由な精神がノワールの心に火を灯した。

「もしバレたらどうするつもりだったのですか?」ノワールは尋ねた。

「どうもこうもないわよ。あなたを逃がして、私は……どうしたかしらね」アストリアは考えるふりをしながら微笑んでいた。

 彼女は自分の地位や立場に固執する様子はなく、たとえ処罰が下されても変わらないだろうとノワールは感じた。それは彼女にとって、新たな自由への扉を開くかのようだった。
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