シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

戦わぬ者の戦場

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実際、中級の魔力回復薬は、一個五十ゴールドの市場価値があるからだ。

 フィオナの言葉は、間違っていない。
実際、製薬に専念していた方が、よほど儲かるのだから。

 それは、ノルド自身も荷運び人として動き始めてすぐに気づいていた。

 けれど──彼にはもうひとつ、「力をつける」という目的があった。

 二年前、このダンジョンに初めて足を踏み入れた頃。

 ノルドは、ダンジョンという存在すら知らず、攻撃スキルも持たない彼にとって、単独での探索は困難を極めた。

 だが、やがてシシルナ島の特異なダンジョン特性を知り、地図を描き、魔物対策用の消火薬を完成させると──

 ノルドは、他の冒険者たちに気づかれぬよう索敵能力を駆使し、ひそかに単独探索を始めていた。

……いや、正確には「単独」ではない。
「ワオーン!」

 今でも“小狼”と呼ばれるヴァルは、剣士を凌ぐ戦闘力と《牙狼》のスキルを持ち、前衛を担っている。

 採掘に適した場所を見つけ出す知識と、《風水》の魔法を操る妖精・ビュアンも共にいた。

 ノルド自身も、戦闘スキルこそ持たないが、投擲武器や各種薬弾を使いこなせる。

 そして何より、決して他人には見せない──荷運び人としての、彼だけの特異なスキルがある。

 それはまだ、誰にも知られていない力だ。
「……もう、他人の荷運びはやらなくてもいいかな」

 新たな依頼を断り、今では古くからの常連だけを最低限受けている。

 そんな中で舞い込んだのが、ラゼル王子の同行依頼だった。
「この島での“荷運び人”としての仕事は、これで終わりにする」

 ここまで来るのに、二年かかった。
ノルドの中で、その決意が、静かに形になりつつあった。



「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
 ノルドの一言を合図に、ラゼル一行は地下二階への階段へと足を向けた。

「今日は地下三層の安全地帯――休憩所まで一気に進みます。明日が採掘本番なので、無駄な戦闘は避けてください」

「なんだよ、つまらねぇな」

 ラゼルが肩をすくめ、あからさまに不満を漏らす。

 先導を任されたヴァルは、可能な限り魔物との遭遇を避けるルートを選びながら、慎重に進んでいく。地下二階ともなると、魔物の密度は格段に高い。それもそのはず――この階層での戦闘を冒険者たちが敬遠し、手つかずになっているため、魔物の数は増す一方なのだ。

 副ギルド長のドラガンも、定期的な掃討戦の必要性を訴えてはいるが、ギルドの判断は鈍いままだ。

 やがて、周囲にただよう魔物の気配が濃くなる。視線の外から、じわじわと敵が迫ってくるのが、肌でわかる。

「奴ら、察知能力が高くて動きも速いです」

 ノルドが足を止め、壁際の曲がり角を示した。
「ここで迎え撃ちましょう。囲まれる前に、こちらから仕掛けます。数は多いですが、まとめて削れます」

 次の瞬間――暗闇の奥から、ぞろりと姿を現す影。

「……ゾンビの体格、大きくなってますぅ」
 サラがわずかに声を震わせながら呟く。
「スケルトンもだな。剣の振りが素人じゃねぇ。――楽しみだ」

 ラゼルがニヤリと笑う。
 目の前に現れた魔物たちは、明らかに“強化”されていた。かつての鈍重な動きは影を潜め、まるで生前の記憶を呼び覚ましたかのような鋭さを漂わせていた。



 ノルドはヴェルと共に、壁際の曲がり角に身を潜めた。
「さて、どう戦うのか……」

 秘密主義だった彼らの戦術とスキルが、少しずつ明らかになりつつある。

 二方向から迫る大量の魔物――ゾンビとスケルトン。どう捌くつもりなのか。

「まずこっちからだ!」
 ラゼル王子が、より数の多い側に駆けていく。
「じゃあ、私は反対側を担当するわ」
 カリスはすぐに詠唱に入り、魔法の準備を始めた。

 サラもラゼルの後に続く。今回は、彼女にも補助魔法の光が宿っている。おそらく、フィオナの仕業だ。

 だが、敵は手強い。ゾンビは錆びた鉄の防具と盾で武装し、スケルトンは細身ながらも剣さばきが鋭い。

 ラゼルは冷静に一体ずつ確実に仕留めていくが、サラは苦戦していた。

 ゾンビの盾で弾かれ、スケルトンの刃に斬られて、後退する。

「サラ、一度戻りなさい」
 フィオナの声が飛ぶと、サラは悔しさをにじませながら退却した。体は血に染まり、足元もふらついている。

 ノルドは彼女を寝かせ、手早くポーションを塗布する。たちまち傷はふさがっていく。

「ありがとう……! 行ってくる!」
「ちょっと、待って」

 ノルドは腰のホルダーから、少し大きめの投げナイフを一本抜いてみせた。

「狙うならスケルトンだ。急所はいくつかある。たとえば――ここ、膝の関節。見てて」

 ラゼルを囲む一体が背を向けた瞬間、ノルドはナイフを放った。

 シュッ――と鋭い音を立てて飛んだ刃は、正確に関節を射抜き、スケルトンはもんどりうって倒れる。

「骨は脆くないが、これで、あの場から動けない」
 サラは目を見張った。

「すごい……! わたしも、やってみたい!」
「どうぞ。多少外しても、効くはずだ」

 ノルドは、大型の投げナイフを数本取り出し、並べる。すべて消火薬が塗ってある。

 サラは笑顔でうなずき、投擲を始めた。構え、狙い、投げる――その一連の動きは滑らかで投げるたびに精度が上がる。ノルドは自分の成長速度との違いに愕然とした。

 反対側の通路では、ドカンという爆音が響いた。
 カリスが風水魔法で魔物の炎を消し、間髪入れずに土魔法で一掃する。

「カリスさん、威力もあるんだ……!」
 ノルドは目を丸くする。
「これくらいはできるわよ」

 カリスは涼しい顔でそう言うと、まるで義務を果たしたかのように戦線を見下ろして腰を下ろした。
 残るはラゼル王子の側のみ。

 暇を持て余していたヴェルは、サラが投げたナイフを拾い集めては、隠れてサポートに回り、再び彼女のもとへ戻ってきた。

「ありがとう、ヴェル! ねえノルド、ゾンビの倒し方も教えて!」

 フィオナはそのやり取りを、表情を変えずにじっと見つめていた。その目は、無関心を装いながらも鋭くノルドを観察していた。

「よし、お前で最後だ! ――全部片付けた!」
 そのとき、ラゼル王子の勝利の声が通路に響いた。
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