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蠱惑の魔剣
戦わぬ者の戦場
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実際、中級の魔力回復薬は、一個五十ゴールドの市場価値があるからだ。
フィオナの言葉は、間違っていない。
実際、製薬に専念していた方が、よほど儲かるのだから。
それは、ノルド自身も荷運び人として動き始めてすぐに気づいていた。
けれど──彼にはもうひとつ、「力をつける」という目的があった。
二年前、このダンジョンに初めて足を踏み入れた頃。
ノルドは、ダンジョンという存在すら知らず、攻撃スキルも持たない彼にとって、単独での探索は困難を極めた。
だが、やがてシシルナ島の特異なダンジョン特性を知り、地図を描き、魔物対策用の消火薬を完成させると──
ノルドは、他の冒険者たちに気づかれぬよう索敵能力を駆使し、ひそかに単独探索を始めていた。
……いや、正確には「単独」ではない。
「ワオーン!」
今でも“小狼”と呼ばれるヴァルは、剣士を凌ぐ戦闘力と《牙狼》のスキルを持ち、前衛を担っている。
採掘に適した場所を見つけ出す知識と、《風水》の魔法を操る妖精・ビュアンも共にいた。
ノルド自身も、戦闘スキルこそ持たないが、投擲武器や各種薬弾を使いこなせる。
そして何より、決して他人には見せない──荷運び人としての、彼だけの特異なスキルがある。
それはまだ、誰にも知られていない力だ。
「……もう、他人の荷運びはやらなくてもいいかな」
新たな依頼を断り、今では古くからの常連だけを最低限受けている。
そんな中で舞い込んだのが、ラゼル王子の同行依頼だった。
「この島での“荷運び人”としての仕事は、これで終わりにする」
ここまで来るのに、二年かかった。
ノルドの中で、その決意が、静かに形になりつつあった。
※
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
ノルドの一言を合図に、ラゼル一行は地下二階への階段へと足を向けた。
「今日は地下三層の安全地帯――休憩所まで一気に進みます。明日が採掘本番なので、無駄な戦闘は避けてください」
「なんだよ、つまらねぇな」
ラゼルが肩をすくめ、あからさまに不満を漏らす。
先導を任されたヴァルは、可能な限り魔物との遭遇を避けるルートを選びながら、慎重に進んでいく。地下二階ともなると、魔物の密度は格段に高い。それもそのはず――この階層での戦闘を冒険者たちが敬遠し、手つかずになっているため、魔物の数は増す一方なのだ。
副ギルド長のドラガンも、定期的な掃討戦の必要性を訴えてはいるが、ギルドの判断は鈍いままだ。
やがて、周囲にただよう魔物の気配が濃くなる。視線の外から、じわじわと敵が迫ってくるのが、肌でわかる。
「奴ら、察知能力が高くて動きも速いです」
ノルドが足を止め、壁際の曲がり角を示した。
「ここで迎え撃ちましょう。囲まれる前に、こちらから仕掛けます。数は多いですが、まとめて削れます」
次の瞬間――暗闇の奥から、ぞろりと姿を現す影。
「……ゾンビの体格、大きくなってますぅ」
サラがわずかに声を震わせながら呟く。
「スケルトンもだな。剣の振りが素人じゃねぇ。――楽しみだ」
ラゼルがニヤリと笑う。
目の前に現れた魔物たちは、明らかに“強化”されていた。かつての鈍重な動きは影を潜め、まるで生前の記憶を呼び覚ましたかのような鋭さを漂わせていた。
※
ノルドはヴェルと共に、壁際の曲がり角に身を潜めた。
「さて、どう戦うのか……」
秘密主義だった彼らの戦術とスキルが、少しずつ明らかになりつつある。
二方向から迫る大量の魔物――ゾンビとスケルトン。どう捌くつもりなのか。
「まずこっちからだ!」
ラゼル王子が、より数の多い側に駆けていく。
「じゃあ、私は反対側を担当するわ」
カリスはすぐに詠唱に入り、魔法の準備を始めた。
サラもラゼルの後に続く。今回は、彼女にも補助魔法の光が宿っている。おそらく、フィオナの仕業だ。
だが、敵は手強い。ゾンビは錆びた鉄の防具と盾で武装し、スケルトンは細身ながらも剣さばきが鋭い。
ラゼルは冷静に一体ずつ確実に仕留めていくが、サラは苦戦していた。
ゾンビの盾で弾かれ、スケルトンの刃に斬られて、後退する。
「サラ、一度戻りなさい」
フィオナの声が飛ぶと、サラは悔しさをにじませながら退却した。体は血に染まり、足元もふらついている。
ノルドは彼女を寝かせ、手早くポーションを塗布する。たちまち傷はふさがっていく。
「ありがとう……! 行ってくる!」
「ちょっと、待って」
ノルドは腰のホルダーから、少し大きめの投げナイフを一本抜いてみせた。
「狙うならスケルトンだ。急所はいくつかある。たとえば――ここ、膝の関節。見てて」
ラゼルを囲む一体が背を向けた瞬間、ノルドはナイフを放った。
シュッ――と鋭い音を立てて飛んだ刃は、正確に関節を射抜き、スケルトンはもんどりうって倒れる。
「骨は脆くないが、これで、あの場から動けない」
サラは目を見張った。
「すごい……! わたしも、やってみたい!」
「どうぞ。多少外しても、効くはずだ」
ノルドは、大型の投げナイフを数本取り出し、並べる。すべて消火薬が塗ってある。
サラは笑顔でうなずき、投擲を始めた。構え、狙い、投げる――その一連の動きは滑らかで投げるたびに精度が上がる。ノルドは自分の成長速度との違いに愕然とした。
反対側の通路では、ドカンという爆音が響いた。
カリスが風水魔法で魔物の炎を消し、間髪入れずに土魔法で一掃する。
「カリスさん、威力もあるんだ……!」
ノルドは目を丸くする。
「これくらいはできるわよ」
カリスは涼しい顔でそう言うと、まるで義務を果たしたかのように戦線を見下ろして腰を下ろした。
残るはラゼル王子の側のみ。
暇を持て余していたヴェルは、サラが投げたナイフを拾い集めては、隠れてサポートに回り、再び彼女のもとへ戻ってきた。
「ありがとう、ヴェル! ねえノルド、ゾンビの倒し方も教えて!」
フィオナはそのやり取りを、表情を変えずにじっと見つめていた。その目は、無関心を装いながらも鋭くノルドを観察していた。
「よし、お前で最後だ! ――全部片付けた!」
そのとき、ラゼル王子の勝利の声が通路に響いた。
フィオナの言葉は、間違っていない。
実際、製薬に専念していた方が、よほど儲かるのだから。
それは、ノルド自身も荷運び人として動き始めてすぐに気づいていた。
けれど──彼にはもうひとつ、「力をつける」という目的があった。
二年前、このダンジョンに初めて足を踏み入れた頃。
ノルドは、ダンジョンという存在すら知らず、攻撃スキルも持たない彼にとって、単独での探索は困難を極めた。
だが、やがてシシルナ島の特異なダンジョン特性を知り、地図を描き、魔物対策用の消火薬を完成させると──
ノルドは、他の冒険者たちに気づかれぬよう索敵能力を駆使し、ひそかに単独探索を始めていた。
……いや、正確には「単独」ではない。
「ワオーン!」
今でも“小狼”と呼ばれるヴァルは、剣士を凌ぐ戦闘力と《牙狼》のスキルを持ち、前衛を担っている。
採掘に適した場所を見つけ出す知識と、《風水》の魔法を操る妖精・ビュアンも共にいた。
ノルド自身も、戦闘スキルこそ持たないが、投擲武器や各種薬弾を使いこなせる。
そして何より、決して他人には見せない──荷運び人としての、彼だけの特異なスキルがある。
それはまだ、誰にも知られていない力だ。
「……もう、他人の荷運びはやらなくてもいいかな」
新たな依頼を断り、今では古くからの常連だけを最低限受けている。
そんな中で舞い込んだのが、ラゼル王子の同行依頼だった。
「この島での“荷運び人”としての仕事は、これで終わりにする」
ここまで来るのに、二年かかった。
ノルドの中で、その決意が、静かに形になりつつあった。
※
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
ノルドの一言を合図に、ラゼル一行は地下二階への階段へと足を向けた。
「今日は地下三層の安全地帯――休憩所まで一気に進みます。明日が採掘本番なので、無駄な戦闘は避けてください」
「なんだよ、つまらねぇな」
ラゼルが肩をすくめ、あからさまに不満を漏らす。
先導を任されたヴァルは、可能な限り魔物との遭遇を避けるルートを選びながら、慎重に進んでいく。地下二階ともなると、魔物の密度は格段に高い。それもそのはず――この階層での戦闘を冒険者たちが敬遠し、手つかずになっているため、魔物の数は増す一方なのだ。
副ギルド長のドラガンも、定期的な掃討戦の必要性を訴えてはいるが、ギルドの判断は鈍いままだ。
やがて、周囲にただよう魔物の気配が濃くなる。視線の外から、じわじわと敵が迫ってくるのが、肌でわかる。
「奴ら、察知能力が高くて動きも速いです」
ノルドが足を止め、壁際の曲がり角を示した。
「ここで迎え撃ちましょう。囲まれる前に、こちらから仕掛けます。数は多いですが、まとめて削れます」
次の瞬間――暗闇の奥から、ぞろりと姿を現す影。
「……ゾンビの体格、大きくなってますぅ」
サラがわずかに声を震わせながら呟く。
「スケルトンもだな。剣の振りが素人じゃねぇ。――楽しみだ」
ラゼルがニヤリと笑う。
目の前に現れた魔物たちは、明らかに“強化”されていた。かつての鈍重な動きは影を潜め、まるで生前の記憶を呼び覚ましたかのような鋭さを漂わせていた。
※
ノルドはヴェルと共に、壁際の曲がり角に身を潜めた。
「さて、どう戦うのか……」
秘密主義だった彼らの戦術とスキルが、少しずつ明らかになりつつある。
二方向から迫る大量の魔物――ゾンビとスケルトン。どう捌くつもりなのか。
「まずこっちからだ!」
ラゼル王子が、より数の多い側に駆けていく。
「じゃあ、私は反対側を担当するわ」
カリスはすぐに詠唱に入り、魔法の準備を始めた。
サラもラゼルの後に続く。今回は、彼女にも補助魔法の光が宿っている。おそらく、フィオナの仕業だ。
だが、敵は手強い。ゾンビは錆びた鉄の防具と盾で武装し、スケルトンは細身ながらも剣さばきが鋭い。
ラゼルは冷静に一体ずつ確実に仕留めていくが、サラは苦戦していた。
ゾンビの盾で弾かれ、スケルトンの刃に斬られて、後退する。
「サラ、一度戻りなさい」
フィオナの声が飛ぶと、サラは悔しさをにじませながら退却した。体は血に染まり、足元もふらついている。
ノルドは彼女を寝かせ、手早くポーションを塗布する。たちまち傷はふさがっていく。
「ありがとう……! 行ってくる!」
「ちょっと、待って」
ノルドは腰のホルダーから、少し大きめの投げナイフを一本抜いてみせた。
「狙うならスケルトンだ。急所はいくつかある。たとえば――ここ、膝の関節。見てて」
ラゼルを囲む一体が背を向けた瞬間、ノルドはナイフを放った。
シュッ――と鋭い音を立てて飛んだ刃は、正確に関節を射抜き、スケルトンはもんどりうって倒れる。
「骨は脆くないが、これで、あの場から動けない」
サラは目を見張った。
「すごい……! わたしも、やってみたい!」
「どうぞ。多少外しても、効くはずだ」
ノルドは、大型の投げナイフを数本取り出し、並べる。すべて消火薬が塗ってある。
サラは笑顔でうなずき、投擲を始めた。構え、狙い、投げる――その一連の動きは滑らかで投げるたびに精度が上がる。ノルドは自分の成長速度との違いに愕然とした。
反対側の通路では、ドカンという爆音が響いた。
カリスが風水魔法で魔物の炎を消し、間髪入れずに土魔法で一掃する。
「カリスさん、威力もあるんだ……!」
ノルドは目を丸くする。
「これくらいはできるわよ」
カリスは涼しい顔でそう言うと、まるで義務を果たしたかのように戦線を見下ろして腰を下ろした。
残るはラゼル王子の側のみ。
暇を持て余していたヴェルは、サラが投げたナイフを拾い集めては、隠れてサポートに回り、再び彼女のもとへ戻ってきた。
「ありがとう、ヴェル! ねえノルド、ゾンビの倒し方も教えて!」
フィオナはそのやり取りを、表情を変えずにじっと見つめていた。その目は、無関心を装いながらも鋭くノルドを観察していた。
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