142 / 221
蠱惑の魔剣
箱庭の第三階層
しおりを挟む
そのあと、数度の戦闘を経て、一行はついに第三階層への降り口の近くまでたどり着いた。
だが、その場所はセーフティゾーンではない。むしろ、第二階層で最も魔物が溜まりやすい危険地帯だ。
どの冒険者パーティも戦闘を避けて逃げ込んでくるため、自然と魔物が集まってしまう。
「魔物が多いです。少し待ちましょう」
ノルドの声に、全員が足を止めた。
ラゼル王子も、さすがに疲れが見える。いつものように真っ正面から突っ込んでいく姿勢はなかった。それも当然だ。もう半日以上も、ダンジョン内を動き続けているのだ。
しばらく待っていると、ゾンビたちの陣形が少しずつばらけはじめた。
「今です。行きましょう、ヴェル先頭で!」
ノルドの合図で、一行は走り出した。
小さな狼――ヴェルが、ぴょんと跳ねるように前へ出る。行く手を遮るスケルトンの足を素早く蹴り崩し、そのままゾンビの横腹に体当たりして転がす。その動きは滑らかで、一切の無駄がない。
ただの遊びのようにも見えるが、すべては計算されたもの。ヴェルの俊敏な動きが、一行の突破口を切り開く。
「今です、階段に飛び込んで!」
ノルドの再指示に従い、全員が階段へと雪崩れ込んだ。
熱気に包まれていた空気が、一瞬で変わる。階下から涼やかな風が吹き上がり、ほてった肌をなでた。
「火山のダンジョンは、もう終わりか?」
ラゼル王子が息を吐く。
「いえ、これからが本番です。でも、地下三階は特別なんですよ」
らせん階段を何度も折り返しながら降りていく。やがて、ひらけた空間に出た瞬間――
一同の足が止まった。
広がっていたのは、まるで別世界だった。
たくさんの精霊が高い場所を舞い、芝生が広がる。小川が流れ、中央には巨大な大木が根を張っていた。幹は、まるでこの階層を突き破るかのように上へと伸びている。
そのせいでとてもその場が明るい。
それは、階層というより、ひとつの大きな箱庭だった。
「……何だここは?」
ラゼルが思わずつぶやく。
「ここが、第三階層です。そしてこの大木――“カリス”はダンジョン町の魔物の森最深部にあるエルフツリーです」
ビュアンに確認したので、間違いないだろう。
「私と同じ名前?」魔術師のカリスが、反応し、一行が笑った。
「ごめんなさい、昔、僕が名前つけて」
「でも。どうしてこんなところに?」
フィオナが首をかしげる。
「古文書を調べたのですが、昔はこのダンジョン、五階層しかなかったそうです。この下が、当時のダンジョン構造みたいなんです」
「ってことは、ここが昔のダンジョンの入り口……」
「昔の地上だと思います」
第三階層は今、安全な階層として、冒険者たちのキャンプ地になっている。ギルドによって、テントを張れる区域もきちんと定められていた。
すでに何組かの冒険者パーティが設営を終えており、ノルドの姿を見て軽く手を振ってくる者もいた。
「では、テントの設営と食事の準備をします。皆さんは、どうぞ休んでいてください」
「手伝いまーす!」
サラが元気よく手を挙げる。
「僕の仕事ですから」
ノルドがそう言うと、彼女はふっと笑ってこう返した。
「早くご飯食べたいから!」
※
まずは収納魔法で、テントを取り出した。
「ノルド、悪いがこれも頼む。貴賓用のテントだ」
ドラガンが貸し出した特別製のそれは、設営すれば周囲の視線を集めるほどの大きさになる。
「カリスさん、他のテントはどうします? 人数分はありますが」
「一つで十分よ。狭くても平気だから」
「まあ、俺と一緒に寝るからな」
ラゼル王子が当然のように言い放つと、その場の空気が一瞬で凍りついた。
カリスたちは微笑みを浮かべていたが、その目は少しも笑っていない。
「……とりあえず、一つだけ設営しておきますね」
ノルドは空気を和らげるように言い、荷をそっと展開し始める。
シュラフ、簡易テーブルを手早く並べ、次いで火元の準備に取り掛かった。
「お前、料理なんてできるのか?」
テントの組み立てを女たちに任せたまま、ラゼル王子が手持ち無沙汰に声をかけてくる。
「はい。一人暮らしが長かったので。もっとも、下ごしらえは済ませてあります。焼くだけ、煮るだけです」
「なんだ、つまらん! 酒を寄越せ。情報交換してくる!」
ノルドがドラガンから預かっていた酒瓶を渡すと、王子は鼻歌まじりに他の冒険者たちの輪へと消えていった。
ほどなくして、遠くから陽気な笑い声が聞こえ始める。
魔道具の簡易コンロに火を灯し、厚切りの肉を網に乗せる。ぱちぱちと脂が跳ね、香ばしい匂いがあたりに広がった。
「味見する?」
ノルドが問うと、サラの耳がぴくりと動き、目を輝かせてしっぽをぱたぱたと振り出す。
「うん」
ノルドは肉の端を切り、皿に載せて差し出す。サラは調味料もつけずに、それをぱくりと頬張った。実は、下味はつけてある。
「おいしい。……うん、問題ない」
満足げに頷いた彼女は、今度は明らかに“もう一切れ”をねだる視線を送ってくる。
一方、ヴァルにはあらかじめ生肉を渡してあった。小狼はテントの隅に腰を下ろし、静かに食べている。
精霊の光を背に受け、微動だにしないその姿は、まるで夜の森に潜む獣が、獲物を味わっているかのようだった。
だが、その場所はセーフティゾーンではない。むしろ、第二階層で最も魔物が溜まりやすい危険地帯だ。
どの冒険者パーティも戦闘を避けて逃げ込んでくるため、自然と魔物が集まってしまう。
「魔物が多いです。少し待ちましょう」
ノルドの声に、全員が足を止めた。
ラゼル王子も、さすがに疲れが見える。いつものように真っ正面から突っ込んでいく姿勢はなかった。それも当然だ。もう半日以上も、ダンジョン内を動き続けているのだ。
しばらく待っていると、ゾンビたちの陣形が少しずつばらけはじめた。
「今です。行きましょう、ヴェル先頭で!」
ノルドの合図で、一行は走り出した。
小さな狼――ヴェルが、ぴょんと跳ねるように前へ出る。行く手を遮るスケルトンの足を素早く蹴り崩し、そのままゾンビの横腹に体当たりして転がす。その動きは滑らかで、一切の無駄がない。
ただの遊びのようにも見えるが、すべては計算されたもの。ヴェルの俊敏な動きが、一行の突破口を切り開く。
「今です、階段に飛び込んで!」
ノルドの再指示に従い、全員が階段へと雪崩れ込んだ。
熱気に包まれていた空気が、一瞬で変わる。階下から涼やかな風が吹き上がり、ほてった肌をなでた。
「火山のダンジョンは、もう終わりか?」
ラゼル王子が息を吐く。
「いえ、これからが本番です。でも、地下三階は特別なんですよ」
らせん階段を何度も折り返しながら降りていく。やがて、ひらけた空間に出た瞬間――
一同の足が止まった。
広がっていたのは、まるで別世界だった。
たくさんの精霊が高い場所を舞い、芝生が広がる。小川が流れ、中央には巨大な大木が根を張っていた。幹は、まるでこの階層を突き破るかのように上へと伸びている。
そのせいでとてもその場が明るい。
それは、階層というより、ひとつの大きな箱庭だった。
「……何だここは?」
ラゼルが思わずつぶやく。
「ここが、第三階層です。そしてこの大木――“カリス”はダンジョン町の魔物の森最深部にあるエルフツリーです」
ビュアンに確認したので、間違いないだろう。
「私と同じ名前?」魔術師のカリスが、反応し、一行が笑った。
「ごめんなさい、昔、僕が名前つけて」
「でも。どうしてこんなところに?」
フィオナが首をかしげる。
「古文書を調べたのですが、昔はこのダンジョン、五階層しかなかったそうです。この下が、当時のダンジョン構造みたいなんです」
「ってことは、ここが昔のダンジョンの入り口……」
「昔の地上だと思います」
第三階層は今、安全な階層として、冒険者たちのキャンプ地になっている。ギルドによって、テントを張れる区域もきちんと定められていた。
すでに何組かの冒険者パーティが設営を終えており、ノルドの姿を見て軽く手を振ってくる者もいた。
「では、テントの設営と食事の準備をします。皆さんは、どうぞ休んでいてください」
「手伝いまーす!」
サラが元気よく手を挙げる。
「僕の仕事ですから」
ノルドがそう言うと、彼女はふっと笑ってこう返した。
「早くご飯食べたいから!」
※
まずは収納魔法で、テントを取り出した。
「ノルド、悪いがこれも頼む。貴賓用のテントだ」
ドラガンが貸し出した特別製のそれは、設営すれば周囲の視線を集めるほどの大きさになる。
「カリスさん、他のテントはどうします? 人数分はありますが」
「一つで十分よ。狭くても平気だから」
「まあ、俺と一緒に寝るからな」
ラゼル王子が当然のように言い放つと、その場の空気が一瞬で凍りついた。
カリスたちは微笑みを浮かべていたが、その目は少しも笑っていない。
「……とりあえず、一つだけ設営しておきますね」
ノルドは空気を和らげるように言い、荷をそっと展開し始める。
シュラフ、簡易テーブルを手早く並べ、次いで火元の準備に取り掛かった。
「お前、料理なんてできるのか?」
テントの組み立てを女たちに任せたまま、ラゼル王子が手持ち無沙汰に声をかけてくる。
「はい。一人暮らしが長かったので。もっとも、下ごしらえは済ませてあります。焼くだけ、煮るだけです」
「なんだ、つまらん! 酒を寄越せ。情報交換してくる!」
ノルドがドラガンから預かっていた酒瓶を渡すと、王子は鼻歌まじりに他の冒険者たちの輪へと消えていった。
ほどなくして、遠くから陽気な笑い声が聞こえ始める。
魔道具の簡易コンロに火を灯し、厚切りの肉を網に乗せる。ぱちぱちと脂が跳ね、香ばしい匂いがあたりに広がった。
「味見する?」
ノルドが問うと、サラの耳がぴくりと動き、目を輝かせてしっぽをぱたぱたと振り出す。
「うん」
ノルドは肉の端を切り、皿に載せて差し出す。サラは調味料もつけずに、それをぱくりと頬張った。実は、下味はつけてある。
「おいしい。……うん、問題ない」
満足げに頷いた彼女は、今度は明らかに“もう一切れ”をねだる視線を送ってくる。
一方、ヴァルにはあらかじめ生肉を渡してあった。小狼はテントの隅に腰を下ろし、静かに食べている。
精霊の光を背に受け、微動だにしないその姿は、まるで夜の森に潜む獣が、獲物を味わっているかのようだった。
2
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる