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蠱惑の魔剣
王にすらなれる男
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シシルナ島、ダンジョン第二階層。
ラゼルの戦い方は、出鱈目だった。自ら魔物の群れに躊躇なく飛び込み、状況の把握すらしない。そのせいで、後衛が包囲されることも珍しくない。
「奴は、魔物の仲間じゃないのか!」
叫びながらも、マルカスはスケルトンを次々に粉砕していく。笑みさえ浮かべながら。
「笑ってる場合じゃないわよ!」
カノンが鋭く返しながら、ゾンビの首を一閃で落とす。
「どうせゾンビなんて、倒してもまた復活するぞ!」
「引き連れて歩くよりマシでしょ!」
「……それもそうだな。そっちは任せるよ。……それにしても、ノルドの消化薬、効くな」
彼らは後衛の位置にありながら、近接戦闘に長けていた。とくに最上位ランクのマルカスにとって、この程度の敵はむしろ肩慣らしにすぎない。スケルトンを骨の芯ごと叩き砕き、蘇生の余地を消していく。
ふと先方を見やった彼の目に、奇妙な光景が飛び込んできた。
「……おい、あれを見ろ。ドラガンだけじゃなくて、サガンまで前に出てるぞ」
本来、計画ではラゼルに魔剣を抜かせるまでは、彼一人に戦わせるはずだったはずだ。
「サガン、左に回り込め!」
指示を出しているのは、他でもないドラガンだった。
だが、ラゼルは味方の位置など意に介していない。いや、そもそも誰がどこにいるかなど、視界にすら入っていないように見えた。
それなのに、彼を中心にして戦線が自然と形作られていく。気づけば誰もが、否応なく彼の渦中に巻き込まれていた。
一息つける隙に、マルカスがドラガンに声をかけた。
「どういうつもりだ?」
「どう、とは?」
問いの意図が掴めず、ドラガンは困惑していた。
「ラゼルに魔剣を抜かせるまで、奴一人で戦わせるはずだっただろう?」
「しかし……島主様から、彼を“守るよう”命じられていまして」
「……過保護すぎるな」
マルカスは言葉を切り、納得しきれないまま沈黙した。
この一日で討伐した魔物の数は相当なものだった。だが、ラゼルの戦法ではほとんどが再びダンジョンに飲み込まれ、時間とともに蘇るだろう。
「やれやれ、骨折り損だな」
「普段から飲んだくれてるから、いい運動になったでしょ?」
カノンは軽口を叩きながらも、後衛でありながら群を抜く討伐数を誇るマルカスの技量には、密かに舌を巻いていた。
「では、三階層まで進んで本日は終わりとしましょう」
ドラガンの言葉に、誰もがうなずいた。あれほど暴走していたラゼルすら、今は素直に従っている。まるで、本番がこれからであるかのように。
※
三階層の休憩所では、すでに手配された冒険者と荷運び人たちがテントの設営を終え、食事も整えられていた。
「ドラガンさん、では失礼します。あちらにおりますので」
「ああ、アレン、助かる!」
補助要員の一人、アレンは自身の待機区画へと戻っていった。給仕役として、女娼婦たちも数人控えている。
「……どういうつもりだ、ドラガン?」
マルカスの声が低くなる。まるでダンジョン内で宴でも開くつもりか、と言わんばかりに。
「いえ……これが、ラゼル王子の探索の“通常”です。普段はノルド君が準備していたのですが、今回は不在でして。島主様とも相談のうえ……」
「ドラガンを責めないでください。……これは、島主様のご指示です」
サガンが思わず口を挟んだ。自身の中に芽生えた違和感を押し隠しながら。
そのやりとりに興味を示すこともなく、ラゼルは女娼婦たちと笑い合っていた。
「あ、カノン姐さん」
彼女はラゼルの輪に加わり、場を盛り上げたかと思うと、あっさりその場を離れる。どう守るべきか、瞬時に判断していた。
贅沢な食事。選び抜かれた高級ワイン。ダンジョンの底に似つかわしくない饗宴。
ラゼルの音頭と共に、宴は始まった。
「マルカス、珍しいじゃない。飲まないの?」
「いや……やめておく」
いつもは真っ先に酔い潰れる彼が、今夜に限っては酒を控え、周囲をじっと観察していた。
※
夜。
激しい戦闘の疲れと、カノンたちによってラゼルが酔い潰されたことで、宴はお開きとなった。
「ああ、疲れた……何の罰ゲームだこれは」
マルカスのテントを訪れたカノンは、体調が優れないと告げた。
「カノン、気づいたな?」
「ええ……ラゼルの剣、妖しく光ってた。私たち以外、まるで操られてるみたいだった……言いすぎかしら?」
「いや、言い過ぎじゃない。たぶん、俺にはラゼルのスキルも、あの剣の力も効かない。種族特性ってやつだな。だが、それすら貫通しようとしてくる」
マルカスの血には、古の吸血鬼の力が流れている。
「私は……?」
「はは。お前は“あの呪い”を宿してただろう? 怪我の功名ってやつだ。だが、人族には効くみたいだな」
きっと、サルサはそれを見越して、この編成にしたのだ。
「……それでも、気分悪いわ」
「そりゃあ、体が抗おうとしてるんだろうな。あのスキルか、剣か……あるいは、その両方に」
ノルドの酔い止め薬を受け取り、カノンは「助かったわ。おやすみ」と一言残して、女性たちのテントに戻っていった。
ひとり、残されたマルカスは、テントを出て夜の空気を吸い込んだ。
そして、ダンジョンの中央にそびえるエルフツリーを見上げ、低く呟く。
「奴の狙いは、本当にダンジョンなのか……。人の自我すら貫通するスキル。あれがあるなら……奴は、王にさえなれる」
ラゼルの戦い方は、出鱈目だった。自ら魔物の群れに躊躇なく飛び込み、状況の把握すらしない。そのせいで、後衛が包囲されることも珍しくない。
「奴は、魔物の仲間じゃないのか!」
叫びながらも、マルカスはスケルトンを次々に粉砕していく。笑みさえ浮かべながら。
「笑ってる場合じゃないわよ!」
カノンが鋭く返しながら、ゾンビの首を一閃で落とす。
「どうせゾンビなんて、倒してもまた復活するぞ!」
「引き連れて歩くよりマシでしょ!」
「……それもそうだな。そっちは任せるよ。……それにしても、ノルドの消化薬、効くな」
彼らは後衛の位置にありながら、近接戦闘に長けていた。とくに最上位ランクのマルカスにとって、この程度の敵はむしろ肩慣らしにすぎない。スケルトンを骨の芯ごと叩き砕き、蘇生の余地を消していく。
ふと先方を見やった彼の目に、奇妙な光景が飛び込んできた。
「……おい、あれを見ろ。ドラガンだけじゃなくて、サガンまで前に出てるぞ」
本来、計画ではラゼルに魔剣を抜かせるまでは、彼一人に戦わせるはずだったはずだ。
「サガン、左に回り込め!」
指示を出しているのは、他でもないドラガンだった。
だが、ラゼルは味方の位置など意に介していない。いや、そもそも誰がどこにいるかなど、視界にすら入っていないように見えた。
それなのに、彼を中心にして戦線が自然と形作られていく。気づけば誰もが、否応なく彼の渦中に巻き込まれていた。
一息つける隙に、マルカスがドラガンに声をかけた。
「どういうつもりだ?」
「どう、とは?」
問いの意図が掴めず、ドラガンは困惑していた。
「ラゼルに魔剣を抜かせるまで、奴一人で戦わせるはずだっただろう?」
「しかし……島主様から、彼を“守るよう”命じられていまして」
「……過保護すぎるな」
マルカスは言葉を切り、納得しきれないまま沈黙した。
この一日で討伐した魔物の数は相当なものだった。だが、ラゼルの戦法ではほとんどが再びダンジョンに飲み込まれ、時間とともに蘇るだろう。
「やれやれ、骨折り損だな」
「普段から飲んだくれてるから、いい運動になったでしょ?」
カノンは軽口を叩きながらも、後衛でありながら群を抜く討伐数を誇るマルカスの技量には、密かに舌を巻いていた。
「では、三階層まで進んで本日は終わりとしましょう」
ドラガンの言葉に、誰もがうなずいた。あれほど暴走していたラゼルすら、今は素直に従っている。まるで、本番がこれからであるかのように。
※
三階層の休憩所では、すでに手配された冒険者と荷運び人たちがテントの設営を終え、食事も整えられていた。
「ドラガンさん、では失礼します。あちらにおりますので」
「ああ、アレン、助かる!」
補助要員の一人、アレンは自身の待機区画へと戻っていった。給仕役として、女娼婦たちも数人控えている。
「……どういうつもりだ、ドラガン?」
マルカスの声が低くなる。まるでダンジョン内で宴でも開くつもりか、と言わんばかりに。
「いえ……これが、ラゼル王子の探索の“通常”です。普段はノルド君が準備していたのですが、今回は不在でして。島主様とも相談のうえ……」
「ドラガンを責めないでください。……これは、島主様のご指示です」
サガンが思わず口を挟んだ。自身の中に芽生えた違和感を押し隠しながら。
そのやりとりに興味を示すこともなく、ラゼルは女娼婦たちと笑い合っていた。
「あ、カノン姐さん」
彼女はラゼルの輪に加わり、場を盛り上げたかと思うと、あっさりその場を離れる。どう守るべきか、瞬時に判断していた。
贅沢な食事。選び抜かれた高級ワイン。ダンジョンの底に似つかわしくない饗宴。
ラゼルの音頭と共に、宴は始まった。
「マルカス、珍しいじゃない。飲まないの?」
「いや……やめておく」
いつもは真っ先に酔い潰れる彼が、今夜に限っては酒を控え、周囲をじっと観察していた。
※
夜。
激しい戦闘の疲れと、カノンたちによってラゼルが酔い潰されたことで、宴はお開きとなった。
「ああ、疲れた……何の罰ゲームだこれは」
マルカスのテントを訪れたカノンは、体調が優れないと告げた。
「カノン、気づいたな?」
「ええ……ラゼルの剣、妖しく光ってた。私たち以外、まるで操られてるみたいだった……言いすぎかしら?」
「いや、言い過ぎじゃない。たぶん、俺にはラゼルのスキルも、あの剣の力も効かない。種族特性ってやつだな。だが、それすら貫通しようとしてくる」
マルカスの血には、古の吸血鬼の力が流れている。
「私は……?」
「はは。お前は“あの呪い”を宿してただろう? 怪我の功名ってやつだ。だが、人族には効くみたいだな」
きっと、サルサはそれを見越して、この編成にしたのだ。
「……それでも、気分悪いわ」
「そりゃあ、体が抗おうとしてるんだろうな。あのスキルか、剣か……あるいは、その両方に」
ノルドの酔い止め薬を受け取り、カノンは「助かったわ。おやすみ」と一言残して、女性たちのテントに戻っていった。
ひとり、残されたマルカスは、テントを出て夜の空気を吸い込んだ。
そして、ダンジョンの中央にそびえるエルフツリーを見上げ、低く呟く。
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