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蠱惑の魔剣
監視の檻
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ダンジョン前の広場には、すでにドラガンが召集した面々が揃っていた。癖の強い顔ぶれが並ぶ。油断ならない気配が、そこかしこに漂っている。
──だが、それより問題だったのは、誰が時間通りに現れるかだった。
医師マルカスは、助手のカノンに手を引かれて到着した。ラゼル王子は、フィオナに伴われて姿を見せた。
予定通りの面々が揃った、というだけで、全員が無言の安堵を漏らす。
「それでは、ラゼル様。ここで失礼いたします」
フィオナは凛とした所作で一礼し、静かに列から離れる。ラゼルはその背を一瞥したのち、一瞬だけ頼りなげな眼差しを浮かべ──すぐに表情を整えた。
カノンの姿に気づいたのだ。
「やあ、カノンじゃないか。お前も来ていたのか?」
「ええ、ラゼル様のご活躍、この目で拝見したくて」
「ふふ……うまいことを言う。──まあ、期待していてくれ」
軽口を交わすふたりの間には、穏やかだが妙に馴れた気配があった。カノンが営む港町の娼館──そこに通う常連になりつつある男が、他ならぬラゼルだったのだ。
サナトリウムの院長である姉・サルサの要請により、医師マルカスには魔物討伐隊への同行が命じられた。
ちょうどその頃、彼の医院には連日、不可解な症例が持ち込まれていた。
──患者は、娼婦たち。
その中には、カノンの店の娘も含まれていた。
共通する症状は、魔力欠乏と魔力酔い。
「魔術の使用歴もなし。魔物との接触歴も──ないわ」
「それでいて、全員が前日にラゼルと同衾していると?」
カノンの声音は低く、だがその芯には、凍えるような怒りが潜んでいた。
「──なら、話は早い」
マルカスの声が重くなる。
「だが、人族であるラゼルが魔力を吸ったとすれば、それこそが異常だ」
彼の眉間に深い皺が刻まれる。
魔力酔いとは、本来、強すぎる魔力を受けた際に、肉体が拒絶反応を起こす現象だ。
一方の魔力欠乏は、魔術の酷使や、魔力吸収布の使用などで起きるもの。
だが、今回の娼婦たちは皆──「内側から何かをむしり取られたような感覚だった」と訴えている。
「……だとすれば、どうやって魔力を抜いた? 抜いた魔力は、どこに消えた? 何に使われた?」
マルカスの目が、鋭く細められる。
「ラゼルの正体は──」
問いを飲み込むように、彼は沈黙した。
「どういうことですか?」
カノンが静かに問いかける。その声には感情が乗っていない。けれど、その無感情こそが、怒りの深さを示していた。マルカスは淡々と答えた。
「人族の魔力は、基本的に他者に渡せない」
「同様に、他者から吸収することも、供給することもできない。……それが、この世界の常識だ」
だから、魔力が枯渇すれば、外部から魔力を補う手段──たとえばマジックポーションを使うしかない。
だがそれは一時的な凌ぎでしかなく、精神への負荷も極めて大きい。
「つまり──他者の魔力を使うという行為は、理論上、存在しない。成立しないんだ」
それにも関わらず、ラゼルの周囲では、明らかに常識を超えた現象が起きていた
だが──ラゼルを取り巻く異変は、その常識を覆している。
「……魔剣よ」
カノンの脳裏に浮かぶのは、ラゼルの背に負われた、妖しく光を放つ一振り。
まだ確信はない。けれど、マルカスなら──必ず何かを見抜く。
「それと──ラゼルが使っている媚薬について、姉さんから情報があった」
「媚薬、ですから」
「猛毒性のある特殊なもの。魔力酔いの患者からは検出できなかった。一度限りの使用では痕跡が残らないのかもしれないけれど……」カノンの声が、深く沈んだ。
「女を──道具みたいに扱う奴は、許せない」
怒声も、罵倒もなかった。
ただ、静かに燃える意志がそこにあった。
「尻尾を掴んで、叩き潰す」
「……怖いな。酒でも飲まんとやってられんな」冗談めかしつつ、マルカスが酒瓶に手を伸ばしかけ──
パシン、とカノンの指が彼の手をはたいた。
「ダメ」
その手は、誰よりも冷静で、誰よりも怒っていた。
※
そんな経緯で参加したマルカスとカノン。
そしてもうひとり、半ば強制的に加わることになったのが、サガンだった。
「……だから最初から事件になるって言ったんだよ」
「仕方ないだろう、政治だ。お前も問題起こしたんだから」
渋面を浮かべるサガンに、ドラガンが低く返す。
とはいえ、パーティリーダーである島主ガレアの命令には、彼なりの義理もある。
文句を言いつつも、従うしかなかった。
──結局のところ、全員がラゼルの監視者だったのだ。
※
「さあ、行きましょう」
ラゼルは、あたかも自身が隊長であるかのような口調で、ダンジョンへと歩を進める。
己を取り巻く空気に気づいていないのか。あるいは──意図的に無視しているのか。
「この面子を前にして、よく堂々としたものだな……」
サガンが苦笑し、他のメンバーに視線を送る。
この討伐隊の戦力を、彼はすでに見極めていた。
一番の実力者は、間違いなくマルカスだ。
だらしない私服姿に、腰の剣一本という軽装。眠そうな目つきのくせに、一点の隙もない。
その次が──カノン。
マルカスと笑顔で言葉を交わしていても、彼女の周囲には一種の緊張感が張りつめている。
瞬時に反撃へ転じる刃のような空気。
そして、もっとも戦闘力に劣るのが、ラゼルだった。
「餌は元気なほうがいい……ってか」
マルカスが笑顔を浮かべる横で、ドラガンは重々しく頷いた。
大楯に厚い防具をまとった彼の顔には、明らかな不安の色が浮かんでいる。
ダンジョン内部では、ゾンビとスケルトンの群れが出現していた。
それらに対し、ラゼルは迷いなく突撃し──腰の平凡な剣を両手で抜く。
背の剣では、ない。誰もが、その魔剣が抜かれる瞬間を警戒していた。
だがラゼルは、背後から迫る魔物に囲まれながらも、それを抜こうとはしない。
必死の防戦。その剣筋には、剣術の型も魔法の兆しもない。
──まるで、囮のようだ。
「……仕方ない、助けに行くか」
ドラガンが低く呟き、盾を構えて駆け出した。
──だが、それより問題だったのは、誰が時間通りに現れるかだった。
医師マルカスは、助手のカノンに手を引かれて到着した。ラゼル王子は、フィオナに伴われて姿を見せた。
予定通りの面々が揃った、というだけで、全員が無言の安堵を漏らす。
「それでは、ラゼル様。ここで失礼いたします」
フィオナは凛とした所作で一礼し、静かに列から離れる。ラゼルはその背を一瞥したのち、一瞬だけ頼りなげな眼差しを浮かべ──すぐに表情を整えた。
カノンの姿に気づいたのだ。
「やあ、カノンじゃないか。お前も来ていたのか?」
「ええ、ラゼル様のご活躍、この目で拝見したくて」
「ふふ……うまいことを言う。──まあ、期待していてくれ」
軽口を交わすふたりの間には、穏やかだが妙に馴れた気配があった。カノンが営む港町の娼館──そこに通う常連になりつつある男が、他ならぬラゼルだったのだ。
サナトリウムの院長である姉・サルサの要請により、医師マルカスには魔物討伐隊への同行が命じられた。
ちょうどその頃、彼の医院には連日、不可解な症例が持ち込まれていた。
──患者は、娼婦たち。
その中には、カノンの店の娘も含まれていた。
共通する症状は、魔力欠乏と魔力酔い。
「魔術の使用歴もなし。魔物との接触歴も──ないわ」
「それでいて、全員が前日にラゼルと同衾していると?」
カノンの声音は低く、だがその芯には、凍えるような怒りが潜んでいた。
「──なら、話は早い」
マルカスの声が重くなる。
「だが、人族であるラゼルが魔力を吸ったとすれば、それこそが異常だ」
彼の眉間に深い皺が刻まれる。
魔力酔いとは、本来、強すぎる魔力を受けた際に、肉体が拒絶反応を起こす現象だ。
一方の魔力欠乏は、魔術の酷使や、魔力吸収布の使用などで起きるもの。
だが、今回の娼婦たちは皆──「内側から何かをむしり取られたような感覚だった」と訴えている。
「……だとすれば、どうやって魔力を抜いた? 抜いた魔力は、どこに消えた? 何に使われた?」
マルカスの目が、鋭く細められる。
「ラゼルの正体は──」
問いを飲み込むように、彼は沈黙した。
「どういうことですか?」
カノンが静かに問いかける。その声には感情が乗っていない。けれど、その無感情こそが、怒りの深さを示していた。マルカスは淡々と答えた。
「人族の魔力は、基本的に他者に渡せない」
「同様に、他者から吸収することも、供給することもできない。……それが、この世界の常識だ」
だから、魔力が枯渇すれば、外部から魔力を補う手段──たとえばマジックポーションを使うしかない。
だがそれは一時的な凌ぎでしかなく、精神への負荷も極めて大きい。
「つまり──他者の魔力を使うという行為は、理論上、存在しない。成立しないんだ」
それにも関わらず、ラゼルの周囲では、明らかに常識を超えた現象が起きていた
だが──ラゼルを取り巻く異変は、その常識を覆している。
「……魔剣よ」
カノンの脳裏に浮かぶのは、ラゼルの背に負われた、妖しく光を放つ一振り。
まだ確信はない。けれど、マルカスなら──必ず何かを見抜く。
「それと──ラゼルが使っている媚薬について、姉さんから情報があった」
「媚薬、ですから」
「猛毒性のある特殊なもの。魔力酔いの患者からは検出できなかった。一度限りの使用では痕跡が残らないのかもしれないけれど……」カノンの声が、深く沈んだ。
「女を──道具みたいに扱う奴は、許せない」
怒声も、罵倒もなかった。
ただ、静かに燃える意志がそこにあった。
「尻尾を掴んで、叩き潰す」
「……怖いな。酒でも飲まんとやってられんな」冗談めかしつつ、マルカスが酒瓶に手を伸ばしかけ──
パシン、とカノンの指が彼の手をはたいた。
「ダメ」
その手は、誰よりも冷静で、誰よりも怒っていた。
※
そんな経緯で参加したマルカスとカノン。
そしてもうひとり、半ば強制的に加わることになったのが、サガンだった。
「……だから最初から事件になるって言ったんだよ」
「仕方ないだろう、政治だ。お前も問題起こしたんだから」
渋面を浮かべるサガンに、ドラガンが低く返す。
とはいえ、パーティリーダーである島主ガレアの命令には、彼なりの義理もある。
文句を言いつつも、従うしかなかった。
──結局のところ、全員がラゼルの監視者だったのだ。
※
「さあ、行きましょう」
ラゼルは、あたかも自身が隊長であるかのような口調で、ダンジョンへと歩を進める。
己を取り巻く空気に気づいていないのか。あるいは──意図的に無視しているのか。
「この面子を前にして、よく堂々としたものだな……」
サガンが苦笑し、他のメンバーに視線を送る。
この討伐隊の戦力を、彼はすでに見極めていた。
一番の実力者は、間違いなくマルカスだ。
だらしない私服姿に、腰の剣一本という軽装。眠そうな目つきのくせに、一点の隙もない。
その次が──カノン。
マルカスと笑顔で言葉を交わしていても、彼女の周囲には一種の緊張感が張りつめている。
瞬時に反撃へ転じる刃のような空気。
そして、もっとも戦闘力に劣るのが、ラゼルだった。
「餌は元気なほうがいい……ってか」
マルカスが笑顔を浮かべる横で、ドラガンは重々しく頷いた。
大楯に厚い防具をまとった彼の顔には、明らかな不安の色が浮かんでいる。
ダンジョン内部では、ゾンビとスケルトンの群れが出現していた。
それらに対し、ラゼルは迷いなく突撃し──腰の平凡な剣を両手で抜く。
背の剣では、ない。誰もが、その魔剣が抜かれる瞬間を警戒していた。
だがラゼルは、背後から迫る魔物に囲まれながらも、それを抜こうとはしない。
必死の防戦。その剣筋には、剣術の型も魔法の兆しもない。
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