完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
173 / 221
蠱惑の魔剣

悪夢

しおりを挟む
ダンジョンの四隅に設けられた、小さな祭壇――休憩所としても使える場所だった。
「着替えてもらって構いませんよ!」
 仲間たちは安堵の声を上げ、コートを脱ぎ、武具を置き、汗で湿った上着と下着を取り替えていく。

「疲れたぁ……」
「もう動けない……」
 ロッカたちの弱々しい声が響いた。
 ノルドは最初に祭壇を清掃し、蝋燭を並べて火を灯す。フィオナも嬉しそうに手伝いに加わった。

「……ここ、精霊王の神殿と造りが同じですね」
彼女が小声で呟く。
 両脇を流れる溝からは、透明な水の音。飲める真水らしい。どこから来て、どこへ流れていくのかは、ノルドにもわからなかった。

 やがて数十の蝋燭がともり、部屋全体が温かな光に包まれる。空気が和らぎ、仲間の緊張もほどけていく。

「食事が終わったら、小さなテントを並べます」
 その夜、宴会はなかった。ラゼルは無言のまま、料理をほんのひと口だけ口に運ぶと、一人用のテントに籠もってしまった。

 いつも放たれるラゼルの持つ魔剣の妖艶な光も、僅かに微細な光となっている。
 残された者たちは驚きつつも、彼の疲れを慮って何も言わなかった。

「今日はよく頑張ったでしょう! 褒めて!」
 サラが甘えるように言う。ノルドは彼女の頭を撫でてやった。
「ノルド師匠に追いつかないと」
 気持ち良さそうに目を細めるサラ。だが実際には、すでに彼女の投擲力はノルドを凌ぎつつあった。苦笑しながらも、ノルドは“まだ自分の方が上だ”と工夫して伝える。

「なるほど、明日はその弱点を克服してみせます!」
 サラの口から出る難しい言葉に、ノルドは内心たじろいだ。彼女は戦いの中で、確実に知恵までも磨いている。
「ワオーン!」
 ヴァルが割り込むように鳴き、ノルドはその頭も撫でた。

 いつの間にか、ロッカたちが片付けとテント設営を終えていた。
「それじゃあ、男と女で二つのテントを借りるよ」
「狭くてすまん」
「いや、これで充分だ」
ノルドはふと問いかける。
「ところで、ロッカさん。炎の穴で、なぜラゼル王子の元へ?」
「……判断を誤った。なぜか守らねばと。シルヴィアにも怒られたよ。すまん」
 頭を下げると、彼らは疲れた様子でテントに消えていった。

「今日はヴァルと寝る」
 肉皿を抱えたサラが言う。
「は? フィオナは?」
「フィオナ、お参りしてる。ノルドが一緒に寝ればいい。強い雄なら当然」
「ば、馬鹿なことを……!」
 顔を真っ赤にするノルド。その空気の変化に気づいたサラは慌てて笑う。
「じょ、冗談! フィオナ来たら、ヴァル返す!」
 フィオナは精霊王の祭壇に向かい、真剣な祈りを捧げていた。

「……俺も少し休もう」
 ノルドは蝋燭の揺らめきを見つめながら、深い眠りに落ちていった。

※※※
「母さん、死なないで……!」
 泣きじゃくる少年。その視界の奥に、ノルドは“入り込む”。
「美人ではあったが、それだけだ。毒ごときで命を落とすとは、貴族の妻には力が足りん」

 冷ややかな声。父だ。
「父上、それは違います。これは病気だ……助けられなくてごめん」
 暖かな手が少年を抱く。兄だ。
 だが父は鼻で笑った。

「統治者に必要なのは冷酷な判断と、ひれ伏させる力だ」

――場面が変わる。
 少年は城の一室にひとり。天井から吊るされた虫籠をじっと見つめる。蝶、芋虫、羽をむしられたバッタ……。机には薬品と解剖道具。

 食事の度に喉を焼く毒。臓腑を掻きむしる痛み。ノルド自身も追体験する。
 毒を盛ったのは、乳母代わりのメイドと養母。赤ん坊の頃から育ててくれたはずの二人の女。

「なぜだッ!」
 心の叫びが闇を震わせる。
 二人は侯爵の手つきになった。だが、絞首刑になっても最後まで誰に命じられたか言わなかった。
 最後に残したのは――「私たちが間違っていた」という言葉だけ。


 再び場面が変わる。
「……レクシオン兄さん」
 猜疑に満ち疲れ果てた兄が部屋を訪れる。ラゼルが初めてその名を呼んだ。

 レクシオンは、虫籠と檻を一瞥する。中では魔物が引き裂かれ、死骸が放置されている。机の上には刃物と薬瓶。
「お茶を……いかがですか?」
 ラゼルがぎこちなく微笑む。

「……俺は王立学園に入学することになった」
 レクシオンはお茶に手をつけず、ただ弟を見据える。
「羨ましいです。僕も将来は学者になりたくて」

「そうか……どんな命でも大切にしろ」
「はい。有効に活用します」
 ラゼルの言葉に、兄は小さく首を振った。

――何かを言いかけ、飲み込む。
 そして黙って背を向け、扉を閉めた。
 残されたのは、虫の鳴き声と薬の匂い。


 ノルドは夢の中で一つの思考に固執する。
「セラ母さんに……殺されかけたら、僕はどうすれば……」
 そして、深い闇の中に引き摺り込まれる。

「ノルド、起きて」
「ワオーン!」
 声と気配が、眠りを破った。

ノルドは目を開ける。そこは精霊王の神殿――ダンジョン四階層。

 しかし、いつもなら真っ先に駆けつけてくるはずの存在がいない。
――精霊ビュアンの姿が、どこにも。
 蝋燭の炎がかすかに揺れ、冷たい影が迫る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...