シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
204 / 238
蠱惑の魔剣

祝祭の夜、舞い降りた者

しおりを挟む
ふふふはははは……見逃すとはな。後で悔やむだろう」
 抑えようとしても、愉悦が声となって溢れ出してしまう。胸の奥で煮えたぎる高揚が、もはや抑えきれなかった。

 想定外の乱入者が現れ、ガレアは奪われたが、ラゼルは我が身の無事を祝った。
 島民から見れば、島主を殺そうとしたドラガン、サガンをラゼルが討った英雄。

 しかし同時に、島主はサルサの手先と思しき女に奪われた――そう映るだろう。
 全てが計算通りではなかったが、まだ手はある。
「島主代行として宣言する。私は……」
 だが、誰も彼を見ていなかった。冒険者も、警備員すらも。

「へ?」
 島民たちの視線は、遥かなる天空を仰いでいる。
「ああ、グリフィンの行方を追っているのか……」
 グリフィンが消え去るのを待とうとしたが、民衆は空を見つめたままだ。風が頬を撫で、髪を巻き上げる。夜の海から吹き上げる潮風が、かすかに塩と祈りの香を運んでくる。

 風の島よ、精霊の島よ
 穏やかな海を抱く島よ
 今、歌い出すは精霊の歌
 光を導く、エリスのしもべ

 シシルナ島の讃美歌を、観衆の中の一人の青年が歌い出した。声は震えていたが、確かに空へと届く。やがて呼応するように、老いも若きも声を合わせ、島全体が一つの大合唱となった。

「くそっ、これでは俺の声が届かない……!」
 ラゼルの声に込めた誘導と支配のスキルが、音の洪水の中に溶けて消えていく。
「早く、いなくなれ! 奴らは敵だろう!」

 ラゼルもゆっくりと首をあげた。
「どこに……グリフィンが飛んでいるんだ?」
 そこにいたのは、島主を攫った女の操る小さな一匹とはまるで別の、巨大なグリフィン。上空からゆるやかに円を描き、光の帯を残して降下してくる。

「おい、攻撃の準備だ!」
 ラゼルは冒険者たちに命じた。
 あいつに襲わせるつもりなのか……。
 逃げるか? いや、今こそ全島民を支配する千載一遇の好機だ。

 ラゼルは歪んだ笑みを浮かべ、声を張り上げる。その声は夜空を震わせた。
 冒険者たちはやっとのことで反応し、弓を構え、詠唱を始めた――だが、やがて手が止まった。
 再び雲が月を隠す。
 激しい風が吹き、灯が消え、あたりは闇に包まれた。

 風の島よ、精霊の島よ
 命を紡ぐ大地の力
 目覚めし王よ、我らを守れ
 天へ祈りを、捧げる時

「唄うのをやめろ! 俺の全力のスキルを見せてやろう!」
 ラゼルは長い演唱を始めた。
 天空から、その唄に応えるように、美しい女性の透き通った声が響く。夜空の奥底から、まるで天が開かれるように光が零れ落ちる。

 天には数えきれぬほどの精霊の子らの光が舞い、風が鳴き、海が震えた。
「ありがたや! ありがたや!」
「なんたる奇跡だ……!」
「この島にいる全ての妖精すら、現れている……!」

 数年前のシシルナ島の奇蹟が、再び訪れた。いや、それ以上だった。その場に立ち会った者すら息を呑み、誰もが神々しさに膝を折る。

 光の波が天を覆い尽くし、無数の妖精の羽音すら地上に降り注ぐ。風・土・火・水・光――五属性の輝きが空に虹を描いた。

「この島は俺のものだとでも主張したいのか、愚かな精霊王よ。譲り受けろと、蠱惑の魔剣に言われている」
 ラゼルは歪んだ笑いを漏らし、支配の魔術を放つ。

 だが――民衆は天を見上げたまま、膝をつき祈りを捧げていた。冒険者や警備員すらも、武器を捨て両手を組み合わせる。
「……なぜだ、なぜ効かぬ!」
 ラゼルの喉が焼けるように叫ぶ。だが答える者はいない。

「祝福」
 光の粒が、この一帯に降り注ぐ。
 彼の放った魔術を打ち消し、さらに全ての者にかかっていたラゼルの支配や誘導すら消し去った。
 妖精の羽音――違う。グリフィンの比翼の音、違う。

 もっと大きく、荘厳で、原初の鼓動のような響き。
 降下してきたのは、偉大な存在。
「ドラゴン!」
「いや、違う。そんなもんじゃない……聖光を統べる古き竜!」
「星々を繋ぎし光竜……!」

 人々は顕現した存在に名を与える。その声は恐れではなく、畏敬に満ちていた。
「くそっ、なぜあいつがここにいる! お前たち、俺を守れ!」

 だが誰も彼を見ない。ステージに倒れるドラガンとサガンの遺体を、民たちは丁寧に降ろしていた。主の来るべき場所を清めるように。

 ラゼルは諦め、逃げ出そうとした。
「あら、どこに行くの? せっかく会えたのに」
 ラゼルがあいつと呼んだ聖女ネフェルの声。
 彼女は竜の背から軽やかに飛び降り、月光に包まれながらステージに立った。

「この子の名はアストレイルよ! 方向音痴のせいで、すっかり遅れてしまったわ」
 ネフェルは一瞬、悲しげに目を伏せた。その刹那、竜の咆哮が会場を揺るがす。

「久しぶりね、島人のみんな。この島は精霊の島。そして精霊の王により、島主はこの島を任されているわ。それは他の何者でもない」
 誰もが、彼女の言葉に静かに耳を傾けた。風が止まり、炎がゆらめく。

「それとこの地には、我が王妹アマリの命を救ってくれたサルサのサナトリウムがあるわ。決して犯してはいけない場所よ。心に刻んで頂戴」
 島民たちは深く頷いた。

 アマリも恐る恐るドラゴンから飛び降りた。
 ネフェルは大切な宝を抱くように、両手でしっかりと受け止める。
「姉ちゃん!」
「だって危ないでしょ。もう一度、讃美歌を唄いましょう。そして――『祝福』を」

 かっこよく降りたかったアマリは頬を膨らませたが、胸を張って再び歌い出す。彼女の声が、夜風に乗って島中に広がった。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 変な呪文を使いやがって!」
 ラゼルは全身の魔力が抜け落ちるのを感じ、よろめきながらポーションをあおる。

 魔力が戻ると同時に、彼は本気で逃走を始めた。
 聖女ネフェルは一瞬、その姿を視界に捉えたが、振り返らずに民衆へと向き直った。

「私が始末したいところだけど……」
 彼女は静かに微笑む。
「この島のことは、この島の民に任せましょう」
 そして、二度目の夏の祝祭は幕を閉じた。

「魔剣が手元にあったなら、こんなことにはならなかった。あの聖女すら、処分できていたはずだ」
 広場から命からがら抜け出したラゼルは、魔剣の封印されているダンジョンへと一目散に向かった。
 誰にも見つからぬように。隠れながら逃亡者のように。

「これでは、まるで犯罪者じゃないか。せめて奴隷たちでも連れてくるんだった」
 その時になってようやく、彼女たちのことが頭をよぎる。

「我の元に集え……」
 契約の約定を唱えかけて、やめた。
「蠱惑の魔剣を取り返してからだ。奴隷にも見張りがついているだろう。魔剣の場所を知られるような間抜けな真似は、せん」

 彼は歯を食いしばり、夜の森を駆け抜けた。

 その足跡の向こうで、遠く――まだシシルナ島の讃美歌が響いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!

あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。 モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。 実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。 あらゆるモンスターへの深い知識。 様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。 自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。 降って湧いた凶悪な依頼の数々。 オースはこれを次々に解決する。 誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。 さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。 やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

転生したら鎧だった〜リビングアーマーになったけど弱すぎるので、ダンジョンをさまよってパーツを集め最強を目指します

三門鉄狼
ファンタジー
目覚めると、リビングアーマーだった。 身体は鎧、中身はなし。しかもレベルは1で超弱い。 そんな状態でダンジョンに迷い込んでしまったから、なんとか生き残らないと! これは、いつか英雄になるかもしれない、さまよう鎧の冒険譚。 ※小説家になろう、カクヨム、待ラノ、ノベルアップ+、NOVEL DAYS、ラノベストリート、アルファポリス、ノベリズムで掲載しています。

処理中です...