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4章 求められる英雄、欲しない英雄
58話 未亡人の色香にタジタジの男
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モヒンと別れて、しばらく河原で佇んでいたルイーダだったが、川の水で顔を洗い、気合いを入れるように両頬を叩く。
(モヒンさんに背中を押されて呆けてられない!)
ルイーダは、シーナに会う為に農場へと歩を進めた。
農場に着くと真っ先にシーナを捜し回る。
しかし、冒険者として依頼に出てない時は、いつもなら割と簡単に見つかるシーナであったが今日に限って見つからない。
(おかしいわ、今日は依頼は受けずに農場にいるって言ってたのに……)
キョロキョロしているとラフィが通りかかり、シーナを知らないかと質問した。
「シーナ? シーナならあそこにさっきはいたよ」
ラフィが指差す方向には大きな木があり、どうやらそこにいるようだ。確かに遠目でも誰かいるように見えた。
ルイーダは、ラフィに感謝を告げ、シーナがいると思われる場所へと向かう。
着いたルイーダは自分では気付いてなかったが入り過ぎてた力が抜けるのを感じ、柔らかい笑みを浮かべる。
見つめる先には大きな口を開けて寝るシーナとシーナの腕枕で寝る愛する子供、ムクとメグが寝ていた。
一緒に寝るムクとメグがシーナの服を小さな手でギュッと掴む姿を見て、フゥと息を洩らす。
(本当にこの人は……)
どれくらい3人を眺めてたかルイーダ本人も自覚はなかったが、スラムの子供達がシーナと一緒に寝ている2人を起こしに来る。
「ムク、メグ、あそぼー!」
揺すられて起きた2人は目をゴシゴシと擦り、起こした相手を見て、もう一度「あそぼー!」と言われて嬉しそうに頷くとムクはメグの手を取って一緒に向かった。
駆けていく子供達を見送っていたルイーダは、取り残されたシーナが寝返りをうって目を覚まし、ムクとメグがいない事に寝ぼけた頭で悩んで首を捻っていたのを見て微笑む。
「ムクとメグなら、友達に起こされて遊んでますよ」
ルイーダが「ほら、あちらで」と指差す方向を見て、何を納得したのがウンウンと頷きながら大きな欠伸をするシーナ。
「うーん、喉が渇いた」
「ふふふっ、大きくお口を開けて寝てらっしゃいましたし、お茶でも出しましょう」
「えっえっ? 俺、そんなだらしない顔してたの?」
(子供っぽいと思えば、凄く大人な時もある不思議な人……)
クスッと笑うルイーダを見て赤面するシーナに手を差し出し、手を引いてルイーダの家がある方向に歩き始めた。
家に到着したが天気も風も気持ちいいという事で外にあるテーブルで飲む事になった。
ルイーダが出してくれたお茶を一口飲むとオッサン臭い溜息を零すシーナを見て笑ってしまうのを耐えようとするが失敗した。
何に笑われたか分からなかったらしいシーナにルイーダは口を耳元に寄せて言ってあげる。
「溜息の吐き方がちょっとオジサン臭かったですよ?」
「えっ……えーと、マジですか?」
うろたえたように目をキョドらせているシーナを見て、思わず距離を取る。
(今、私の胸を見て戸惑った?)
そう、シーナは耳元で話しかけられた時にルイーダに顔を向けた瞬間、胸の谷間を覗いてしまい、照れてしまったのだ。
ついこないだまで童貞だったシーナには未亡人の色香ありありのルイーダは強烈だ。
(女として見てくれてる……嬉しい)
その事をバレないように慌てたシーナがお茶のお代わりを頼まれ、嬉しさが零れる笑みを浮かべてお茶を注ぎ始めた時、シーナの目の前に紙とペンが現れた。
現れた紙とペンを見たシーナが、ウッ、と唸りながら仰け反るのを見て、それが何かを悟る。
「それがもしかしたら、唯一絶対神であられるシズク様への反省文ですか」
「ああ……そうなんだ……何度書いたか正直思い出したくないんだけど、どうしても合格にしてくれないんだ……」
ワイバーン襲撃後にラフィ達と一緒にルイーダもシーナとシズクの関係を聞かされていた。
ルイーダはこれがそうかと納得しながら、シーナに今までどんな反省文を書いたかを聞き出す。
それを聞き出したルイーダは目が点になってしまうがすぐに苦笑に変わる。
(なるほど……男の子であるシーナさんは盲点かもね。あれ、でも、ターニャさん達なら気付いてておかしくないと思うのだけど)
思った事を早速聞いてみる。
「ターニャさん達と相談したの?」
「うん……凄い簡単だから自分で考えろって言われたよ」
(なるほど、ターニャさん達も女の子ね……気持ちは良く分かるけど……そうだ!)
突然の閃きを思い付きに頬を紅潮させるルイーダであったが咳払いをして平静を保とうとする。
少し緊張気味なルイーダがシーナの隣に腰掛ける。
「その答え、知りたいですか?」
「分かるの! ルイーダさん!? 是非、お願いします」
(ちょっと試すようで気が引けるけど、ごめんなさい、シーナさん!)
両二の腕を掴んで正面で向き合い、おでことおでこがぶつかり合いそうな距離で顔を近づけた。
「いつも心配かけてごめん…………君の事を一番、愛してる」
「ちょ、ちょ、顔が近いって!」
「うふふ、ごめんなさいね?」
まったく悪びれる事なく笑うルイーダが離れて見て、赤面するシーナは唇を尖らせる。
(今、愛してるの件で一気に顔が赤くなった……脈ありと思っていいのかな? 2人の子持ちの私を女として見てくれるかな?)
胸をときめかすルイーダの心情もテンパってる状態で気付いてないシーナは、再び、お茶を口にする事で冷静さを取り戻そうとする。
誤魔化すようにペンを持つと紙に早速掻き始めるようだ。
それを横から見ていたルイーダは思い出す。昨日からどうしても聞きたかった事を聞き出す事にした。
「そういえば、どうして青空教室をしようと思ったんですか?」
そうルイーダが質問すると、ヘッ? と間抜けな顔を晒すシーナは「ウーン」と悩むようにしてペンの背で額を掻く。
「そうたいした話じゃないんだけどさ。例えば、ルイーダさん、ムクとメグに将来どうなって欲しい……抽象的か、じゃ、どういう生き方をして欲しいと思う?」
(シーナさんは何を言いたいの……はぐらかすような人じゃない、きっと意味があるはず)
少し俯き、考えを巡らせるルイーダは、シーナの言葉を吟味して顔を上げると少々自信なさげだが答える。
「……自分の望む未来に生きて欲しい、です」
「だよな~、俺もそう思う。職業だってさ、このまま農業を仕事にしてもいいし、俺のように冒険者になってもいい。それこそ、商人、役人、色んな選択肢がある」
遠くで駆け回る子供達を見つめるシーナがニカっと大きな笑みを浮かべる。
「学者になりたいとする。いきなり、読み書き、簡単な計算も出来ないようなら……まあ無理だよな? 本人の根性と才能があれば万が一はあるかもしれないが、そんな無理必要ないよな?」
「それって……」
「まあ、そういう事。子供達の進める道、選べる道を増やす事。勿論、さっきの例で学者になりたいと本気に願う子がいたら俺は背を押してやるつもりだよ」
そう言ったシーナは笑みを消して楽しそうに笑う子供達から横にいるルイーダに目を向ける。
(どうして、この人はこうもサラッとこういう事を考えられるの?)
シーナがそう考える下地は元の世界の義務教育からきているが、正直、それを成す必要などシーナにはない。
だが、
「ルイーダさん、ムクとメグの母親になった事に後悔はありませんよね?」
「当然です! いくらシーナさんでも……」
「ごめんなさい、デリカシーがなかったですね。ですが、故郷では農業をされていたようですが、自分のしたい事が農業でしたか?」
したかった事を問われたルイーダは思わず、目を見開いて固まった。
(私がしたかった事……そ、そんな事を考えた事なかった……)
シズクへの反省文の書き込みを再開させながらシーナは答え続ける。
「そうなんですよね、ルイーダさんも、ラフィ達も『それしかない』と意思と関係なく選んだんです。だから、ラフィ達は娼婦でいる事を止めて今、この農場で汗を流してます。確かに働き口がなかったのもあるでしょう。でも、相手に求められる能力もなかったのも間違いなかったと思うんですよね」
「そ、そうかもしれません」
ルイーダは学がないが聡明だ。シーナが何をしようとしているか、おぼろげに把握した。
(し、シーナさんは未来という無選択という呪いから解き放ち、選択が出来る未来にしようとしている!)
ここで勉強せずに自分と違う選択をした人を羨み、妬む事は自分がした選択の結果であると突き付けるという事に他ならない。
残酷とも取れるかもしれないが、自分が選んだ危険と安全、広義的には冒険者のような生き方だ。
だから、この青空教室はモヒンがシーナにしたように、シーナがマロン達にするように無知なまま放りださずに最低限の知識と知恵を与える作業ぐらいにシーナが考えているのが伝わった。
しかし、考えようによっては残酷だ。
定められた未来だからと諦める事が出来るが選ぶとなると自己責任だから。
(あっ、そうか……定められた未来というのも選択した事になる。だったら、ムクとメグには自分で後悔なく選んで欲しい)
どうやら、シズクへの反省文を書き終えて満面の笑みを浮かべ、紙を掲げると掻き消える。
「たのんます! ルイーダさんのお知恵だから大丈夫だとは思うけど、俺も後がない……シズクぅ!」
「うふふ、どうなるでしょう?」
「ええっ! さっき自信ありげだったやん!」
半泣きになるシーナが可愛くて少し意地悪をしたくなったルイーダがクスクスと笑う。
(多分、大丈夫だと思うけど……)
ルイーダは豊かな胸を右掌で押し当て、悩ましげに溜息を零す。
(チクチクとする変な感覚……嫉妬してるの? シーナさんを前にすると母親としての自分と女としての自分で揺れちゃう……)
自分の想いを持て余し気味のルイーダとシーナの前に先程、シーナが提出した紙が届く。
二つ折りされた紙を目の前にして生唾を飲み込むシーナがおそるおそる開くとそこには赤文字で大きくハナマルが書かれていた。
「ふぇ、へっ? こ、これって合格か!? 合格だよな!」
ヤッターと両手を突き上げるシーナの様子を見てたのか、興奮が少し落ち着いた辺りでテーブルの上で光文字が滑るように書かれていく。
どうやら、本当に女神シズクのお許しが出たようで「今回はシーナが寂しがってるから、これぐらいで許してあげる」「次はこれぐらいじゃ、許さない」だとか凄い勢いで書かれていくのを隣で見てたルイーダは苦笑してしまう。
(寂しがってたのはシズク様のようね、本当に女神であるシズク様を惚れさせたのね)
『いい? 早く、私を王都に行って迎えに来てね? 私達はずっと一緒にいるんだから、ねっ!』
「おう、任せろ、新居が出来たら迎えにいくからっ!」
力強い頷きを見せるシーナの手をそっとルイーダも手を重ねる。
いきなり手を包まれるようにされたシーナは、慌ててルイーダを見返すと母性が生み出す笑みを浮かべて見つめられて息を飲む。
(私もずっと……)
ルイーダの行動にドギマギしつつも、シズクに『何、でれでれしてるの!?』と挟まれてアタフタして固まるシーナの頬にチュッとキスをすると悪戯っ子のような笑みを浮かべてその場から立ち去る。
それからシーナはシズクの話を陽が暮れるまで付き合わされながら終始低姿勢を崩さすに乗りきったそうだ。
(モヒンさんに背中を押されて呆けてられない!)
ルイーダは、シーナに会う為に農場へと歩を進めた。
農場に着くと真っ先にシーナを捜し回る。
しかし、冒険者として依頼に出てない時は、いつもなら割と簡単に見つかるシーナであったが今日に限って見つからない。
(おかしいわ、今日は依頼は受けずに農場にいるって言ってたのに……)
キョロキョロしているとラフィが通りかかり、シーナを知らないかと質問した。
「シーナ? シーナならあそこにさっきはいたよ」
ラフィが指差す方向には大きな木があり、どうやらそこにいるようだ。確かに遠目でも誰かいるように見えた。
ルイーダは、ラフィに感謝を告げ、シーナがいると思われる場所へと向かう。
着いたルイーダは自分では気付いてなかったが入り過ぎてた力が抜けるのを感じ、柔らかい笑みを浮かべる。
見つめる先には大きな口を開けて寝るシーナとシーナの腕枕で寝る愛する子供、ムクとメグが寝ていた。
一緒に寝るムクとメグがシーナの服を小さな手でギュッと掴む姿を見て、フゥと息を洩らす。
(本当にこの人は……)
どれくらい3人を眺めてたかルイーダ本人も自覚はなかったが、スラムの子供達がシーナと一緒に寝ている2人を起こしに来る。
「ムク、メグ、あそぼー!」
揺すられて起きた2人は目をゴシゴシと擦り、起こした相手を見て、もう一度「あそぼー!」と言われて嬉しそうに頷くとムクはメグの手を取って一緒に向かった。
駆けていく子供達を見送っていたルイーダは、取り残されたシーナが寝返りをうって目を覚まし、ムクとメグがいない事に寝ぼけた頭で悩んで首を捻っていたのを見て微笑む。
「ムクとメグなら、友達に起こされて遊んでますよ」
ルイーダが「ほら、あちらで」と指差す方向を見て、何を納得したのがウンウンと頷きながら大きな欠伸をするシーナ。
「うーん、喉が渇いた」
「ふふふっ、大きくお口を開けて寝てらっしゃいましたし、お茶でも出しましょう」
「えっえっ? 俺、そんなだらしない顔してたの?」
(子供っぽいと思えば、凄く大人な時もある不思議な人……)
クスッと笑うルイーダを見て赤面するシーナに手を差し出し、手を引いてルイーダの家がある方向に歩き始めた。
家に到着したが天気も風も気持ちいいという事で外にあるテーブルで飲む事になった。
ルイーダが出してくれたお茶を一口飲むとオッサン臭い溜息を零すシーナを見て笑ってしまうのを耐えようとするが失敗した。
何に笑われたか分からなかったらしいシーナにルイーダは口を耳元に寄せて言ってあげる。
「溜息の吐き方がちょっとオジサン臭かったですよ?」
「えっ……えーと、マジですか?」
うろたえたように目をキョドらせているシーナを見て、思わず距離を取る。
(今、私の胸を見て戸惑った?)
そう、シーナは耳元で話しかけられた時にルイーダに顔を向けた瞬間、胸の谷間を覗いてしまい、照れてしまったのだ。
ついこないだまで童貞だったシーナには未亡人の色香ありありのルイーダは強烈だ。
(女として見てくれてる……嬉しい)
その事をバレないように慌てたシーナがお茶のお代わりを頼まれ、嬉しさが零れる笑みを浮かべてお茶を注ぎ始めた時、シーナの目の前に紙とペンが現れた。
現れた紙とペンを見たシーナが、ウッ、と唸りながら仰け反るのを見て、それが何かを悟る。
「それがもしかしたら、唯一絶対神であられるシズク様への反省文ですか」
「ああ……そうなんだ……何度書いたか正直思い出したくないんだけど、どうしても合格にしてくれないんだ……」
ワイバーン襲撃後にラフィ達と一緒にルイーダもシーナとシズクの関係を聞かされていた。
ルイーダはこれがそうかと納得しながら、シーナに今までどんな反省文を書いたかを聞き出す。
それを聞き出したルイーダは目が点になってしまうがすぐに苦笑に変わる。
(なるほど……男の子であるシーナさんは盲点かもね。あれ、でも、ターニャさん達なら気付いてておかしくないと思うのだけど)
思った事を早速聞いてみる。
「ターニャさん達と相談したの?」
「うん……凄い簡単だから自分で考えろって言われたよ」
(なるほど、ターニャさん達も女の子ね……気持ちは良く分かるけど……そうだ!)
突然の閃きを思い付きに頬を紅潮させるルイーダであったが咳払いをして平静を保とうとする。
少し緊張気味なルイーダがシーナの隣に腰掛ける。
「その答え、知りたいですか?」
「分かるの! ルイーダさん!? 是非、お願いします」
(ちょっと試すようで気が引けるけど、ごめんなさい、シーナさん!)
両二の腕を掴んで正面で向き合い、おでことおでこがぶつかり合いそうな距離で顔を近づけた。
「いつも心配かけてごめん…………君の事を一番、愛してる」
「ちょ、ちょ、顔が近いって!」
「うふふ、ごめんなさいね?」
まったく悪びれる事なく笑うルイーダが離れて見て、赤面するシーナは唇を尖らせる。
(今、愛してるの件で一気に顔が赤くなった……脈ありと思っていいのかな? 2人の子持ちの私を女として見てくれるかな?)
胸をときめかすルイーダの心情もテンパってる状態で気付いてないシーナは、再び、お茶を口にする事で冷静さを取り戻そうとする。
誤魔化すようにペンを持つと紙に早速掻き始めるようだ。
それを横から見ていたルイーダは思い出す。昨日からどうしても聞きたかった事を聞き出す事にした。
「そういえば、どうして青空教室をしようと思ったんですか?」
そうルイーダが質問すると、ヘッ? と間抜けな顔を晒すシーナは「ウーン」と悩むようにしてペンの背で額を掻く。
「そうたいした話じゃないんだけどさ。例えば、ルイーダさん、ムクとメグに将来どうなって欲しい……抽象的か、じゃ、どういう生き方をして欲しいと思う?」
(シーナさんは何を言いたいの……はぐらかすような人じゃない、きっと意味があるはず)
少し俯き、考えを巡らせるルイーダは、シーナの言葉を吟味して顔を上げると少々自信なさげだが答える。
「……自分の望む未来に生きて欲しい、です」
「だよな~、俺もそう思う。職業だってさ、このまま農業を仕事にしてもいいし、俺のように冒険者になってもいい。それこそ、商人、役人、色んな選択肢がある」
遠くで駆け回る子供達を見つめるシーナがニカっと大きな笑みを浮かべる。
「学者になりたいとする。いきなり、読み書き、簡単な計算も出来ないようなら……まあ無理だよな? 本人の根性と才能があれば万が一はあるかもしれないが、そんな無理必要ないよな?」
「それって……」
「まあ、そういう事。子供達の進める道、選べる道を増やす事。勿論、さっきの例で学者になりたいと本気に願う子がいたら俺は背を押してやるつもりだよ」
そう言ったシーナは笑みを消して楽しそうに笑う子供達から横にいるルイーダに目を向ける。
(どうして、この人はこうもサラッとこういう事を考えられるの?)
シーナがそう考える下地は元の世界の義務教育からきているが、正直、それを成す必要などシーナにはない。
だが、
「ルイーダさん、ムクとメグの母親になった事に後悔はありませんよね?」
「当然です! いくらシーナさんでも……」
「ごめんなさい、デリカシーがなかったですね。ですが、故郷では農業をされていたようですが、自分のしたい事が農業でしたか?」
したかった事を問われたルイーダは思わず、目を見開いて固まった。
(私がしたかった事……そ、そんな事を考えた事なかった……)
シズクへの反省文の書き込みを再開させながらシーナは答え続ける。
「そうなんですよね、ルイーダさんも、ラフィ達も『それしかない』と意思と関係なく選んだんです。だから、ラフィ達は娼婦でいる事を止めて今、この農場で汗を流してます。確かに働き口がなかったのもあるでしょう。でも、相手に求められる能力もなかったのも間違いなかったと思うんですよね」
「そ、そうかもしれません」
ルイーダは学がないが聡明だ。シーナが何をしようとしているか、おぼろげに把握した。
(し、シーナさんは未来という無選択という呪いから解き放ち、選択が出来る未来にしようとしている!)
ここで勉強せずに自分と違う選択をした人を羨み、妬む事は自分がした選択の結果であると突き付けるという事に他ならない。
残酷とも取れるかもしれないが、自分が選んだ危険と安全、広義的には冒険者のような生き方だ。
だから、この青空教室はモヒンがシーナにしたように、シーナがマロン達にするように無知なまま放りださずに最低限の知識と知恵を与える作業ぐらいにシーナが考えているのが伝わった。
しかし、考えようによっては残酷だ。
定められた未来だからと諦める事が出来るが選ぶとなると自己責任だから。
(あっ、そうか……定められた未来というのも選択した事になる。だったら、ムクとメグには自分で後悔なく選んで欲しい)
どうやら、シズクへの反省文を書き終えて満面の笑みを浮かべ、紙を掲げると掻き消える。
「たのんます! ルイーダさんのお知恵だから大丈夫だとは思うけど、俺も後がない……シズクぅ!」
「うふふ、どうなるでしょう?」
「ええっ! さっき自信ありげだったやん!」
半泣きになるシーナが可愛くて少し意地悪をしたくなったルイーダがクスクスと笑う。
(多分、大丈夫だと思うけど……)
ルイーダは豊かな胸を右掌で押し当て、悩ましげに溜息を零す。
(チクチクとする変な感覚……嫉妬してるの? シーナさんを前にすると母親としての自分と女としての自分で揺れちゃう……)
自分の想いを持て余し気味のルイーダとシーナの前に先程、シーナが提出した紙が届く。
二つ折りされた紙を目の前にして生唾を飲み込むシーナがおそるおそる開くとそこには赤文字で大きくハナマルが書かれていた。
「ふぇ、へっ? こ、これって合格か!? 合格だよな!」
ヤッターと両手を突き上げるシーナの様子を見てたのか、興奮が少し落ち着いた辺りでテーブルの上で光文字が滑るように書かれていく。
どうやら、本当に女神シズクのお許しが出たようで「今回はシーナが寂しがってるから、これぐらいで許してあげる」「次はこれぐらいじゃ、許さない」だとか凄い勢いで書かれていくのを隣で見てたルイーダは苦笑してしまう。
(寂しがってたのはシズク様のようね、本当に女神であるシズク様を惚れさせたのね)
『いい? 早く、私を王都に行って迎えに来てね? 私達はずっと一緒にいるんだから、ねっ!』
「おう、任せろ、新居が出来たら迎えにいくからっ!」
力強い頷きを見せるシーナの手をそっとルイーダも手を重ねる。
いきなり手を包まれるようにされたシーナは、慌ててルイーダを見返すと母性が生み出す笑みを浮かべて見つめられて息を飲む。
(私もずっと……)
ルイーダの行動にドギマギしつつも、シズクに『何、でれでれしてるの!?』と挟まれてアタフタして固まるシーナの頬にチュッとキスをすると悪戯っ子のような笑みを浮かべてその場から立ち去る。
それからシーナはシズクの話を陽が暮れるまで付き合わされながら終始低姿勢を崩さすに乗りきったそうだ。
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